王の王の資質
戦闘3日目の朝
夜通し、オークを見張ってくれていたワーグが帰ってきた。斥侯の報告で、オークは、しばらく攻めてこないことが分かった。オークがいるところには、オアシスから流れ出て、砂漠で干上がっている川と塩湖がある。ここには、塩と水がある。そして、同族の死骸とはいえ食べ物も。
それにしても胸糞悪い。
「あの、共食いは、何とかならないのか」
「キビトの疑問は、もっともだが、あいつらに農業を教えたとする。するとどうなると思う」
ボイが、禅問答のようなことを聞いてきた。
「そりゃ、平和になるんじゃないか。食い物があるんだから」
「違う。大地の恵みを食い倒して、何千万というオークが生まれる。そのオークはどうすると思う。大地の恵みを食い倒したオークはなにをする」
「そりゃ、食料を探して移動するさ。でも、何千万って規模でか」
「キビトは、何千万のオークが、ここに来たら、戦えるか?」
「さすがに無理だろう。あいつらは、自然のバランスを自分たちで取れないのか」
「ワイドオークが指導者にいれば抑えが効く。ワイドオークは、人並みの知恵があるからな。それでも、こうして攻めて来るんだぞ。それが現実だ」
「それって、自分たちが生き残るためなら、周りに迷惑かけてもいいと思っているってことじゃないか。はーー、ワイドオークにも指導者がいるな」
「なるほど、それは、よい考えだ。キビト、頭いい」
「キビトが、オークの王の王になるということか。面白い」
「コドシ、そりゃ無いよ。おれ、15歳だよ。指導者は、無理。冒険者になりたい」
「今、我らの大将をやっている。2000匹のオークを食わせられればいいんじゃないか」
コドシもボイも、少人数とはいえ、一族の長。それなりの見通しを話す。
「なんで、2000匹なんだよ」
「女子供を入れるとそうなる。ここに攻めてきているぐらいだ、子供は、少ないだろうがな」
「出来そうか?。最初に何とかしてくれと言ったのは、殲滅してくれというのとは、限らなくていい」
「オークは、ワイルドオークの言うことを聞くのか?」
「当り前だ」
「ちょっと、考えさせてくれ」
土と水の合体魔法に、ヌーバという魔法がある。泥沼を作って、相手を足止めする魔法だ。サブ職業が錬金術師のおれは、こういう合体魔法が得意だ。これに、増殖魔法を使えば、砂漠の土壌改良ができる。草原でこれをやると自然環境が変わるから気が引けるが、砂漠なら逆に良くなると考えられる。
ワイルドオークが得意なのは土魔法。増殖魔法も土魔法。教えられないことはない。でも、いったいどれぐらい魔法を使いまくらなきゃいけないんだ。
この、オアシスの前にあるゴル砂漠というのは、荒野まで、100Kmはある。それを、オークたちは、踏破して、ここまで来た。おれ達の、たった16人ぐらいの小隊に、100匹も殺されるぐらいヘロヘロになってやってきた。
何とかしてやりたいけどなー
農作物の成長魔法は、風魔法だ。幸い、ハルク族もワーグが進化したローガ族も風系魔法を使う。自分たちが何とかしてくれと言ったんだ、成長魔法を覚えさせて、死ぬほどこき使ってやる。問題は、作物の元の種だな。
オレが持っている種は、変なのばっかりだ。魔樹の種だとか、食虫植物ラフェエラの種だとか、ちょっと使えない。草だったら、月花草だとか、ポウの草とか、回復薬の原料だから、いっぱい持っている。錬金術の興味で、根っこも付いているけど、根付するのかな。それにしてもお腹いっぱいになる食物じゃない。
「長考だな。悪かった難問を言って」
コドシが心配して、おれを覗き込んでいた。
「出来ないことはないよ」
「なんだって?」
「出来ないことはないと思うんだ。ボイも来てくれるかな」
ボイしか呼んでいないのに、女も合わせていっぱい来た。敵の心配をするなんて、優しい人達だ。
「みんないいかな、ちょっとおれから離れてくれ。出来るだけ四角くやってみる。『ヌーバ』!」
約3m×3mという大きさを泥沼にした。畑だと浅くでいいから、結構広げられる。
「どうだ、これを畑にできそうか?」
「分からない。おれたち遊牧民」
「わしたちは、狩猟犬だぞ」
ガクッ
「じゃあ、実験を続けるよ。なんか食べれそうな食物の種を森から探してきてくれないか。成長魔法で育ててみる」
「そんなことが出来るのか!」
「成長魔法って、風魔法だぞ」
「分かった、ミヨを呼んでくる。あれの守護神は南風だ」
そうか、得意不得意があるのか。いやいや、風魔法が使える奴には、全員、嫌でも覚えさせる。
「何でもいいんだ。ボイ、なんか無いか」
「ハコンでもいいか。根っこが食べられる」
「頼むよ、根っこ系なら切れ端でもいい」
ハルク族の女たちが、気さくに答えてくれた。
「昨日の夕食の余りの食材なら、あるけど」
「それ、お願いします」
ハルク族の女の人が、ハコンの切れ端をいっぱい持って来てくれた。
「これ、本当に切れ端よ」
「ありがとうございます」
匂いを嗅ぐとちょっと甘い香り。カブかな?
そこにミヨがやって来た。
「キビトさん、来ましたけど。私、成長魔法なんって知りません」
「ミヨさんだったらすぐできますよ。すいません皆さん。その切れ端をこの畑に植えてください。葉っぱは、空を向くようにお願いします」
食材の切れ端は、肥料になるから、森に返すために捨てないんだろうな。みんな泥だらけになりながら、食材の切れ端を植えてくれた。
「ミヨさん、皆さんも見ていてください。生命を循環させる成長魔法です。腕を広げて、この中で、生命の輪を作ります。これは地面でも、おれみたいに空中でも構いません『バイオコーラス』」
おれの右手から左手に、生命の風が流れ、また右手に戻っていく。
「生命の風って綺麗でしょう。風の魔法使いだったら、みんな見えるはずだよ。見える?」
「見える」
「見えるな」
「綺麗」
「触っていいの?」
「ダメ。この生命の風をこの畑にまくんです『アウレア』」
生命の風は、渦の中心から、この畑に降り注がれた。それは、清々しい風、優しい風、温かい風が歌っているよう。楽器を奏でているように聞こえる。
「清々しいな、この音」
「風が歌っているの?」
「優しい音色」
「みんな分かるんだ。これは、音楽って言うんだ。じゃあ、みんな、何回かこれを聞いていたら、バイオコーラスが想像できるようになると思うな。そして、その命の風を畑に降り注がせるんだよ。その呪文が、アウレア」
成長魔法の説明をしていたら、畑が緑の葉っぱで覆われて、泥が見えなくなった。どうよ、レベル100越えじゃなかったら、こんなプレゼンできないぞ。普通は、成長補助だったり、凄くても、ゆっくりしか成長しない。10人ぐらいの共同詠唱で、やっとこうだろうな。
「クイ、ムイ。ちょっと収穫してみ」
二人は、おれより、図体はデカいが、年下の様に感じる。ちょっと使いたい。
「いいの!」
「さっきの汚名挽回だ」
泥だらけになった二人には悪いが、15個もの、大きなハコン〈カブ〉が、収穫できた。ここは、森の近くで、土壌がいいから、こんなに立派に育ったが、砂漠ではこうはいかないだろう。
「すいません。味が分かる人に食べてもらいたいです。誰か挑戦してくれませんか?」
「私が食べようかね」
さっき、ハコン〈カブ〉の切れ端をいっぱい持って来てくれたおかみさんだ。
「おいしいね。こっちの方が、味が濃いんじゃないか!」
「ありがとうございます。ここの土壌がいいからですよ。砂漠だとこうはいかないだろうなー。ヌーバする前に、肥料〈糞〉を砂漠に敷けばいいか。2000匹分のオークのねぇ・・・」
「キビト。早速、ワイドオークと話し合いに行かないか?これなら、オークを養える」
「あなた、今なんて言いました?」
「まあまあ、ミヨさん。2000人ほど、オークを助けても、ばちは当たらんだろ」
「なんだって、あんた」
わー、さっきのおばさん怖え。
「ボイ、この人は?」
「おー、紹介が遅れたな。嫁のウラだ。美人だろ」
「確かに」 逆らえる気がしねー
「美人だなんて」ドガン「いやだよ」ドオン。
オレとボイは、ウラに、吹き飛ばされた。ボイはともかく、おれは、ハルク族より、か細いんだ。お手柔らかに頼みたい。物凄く吹っ飛んだ。
「ごめんよ。人族だったね」
「今度から、お手柔らかに頼みます。二人とも、作物が育つのを見たでしょう。砂漠に畑が作れます。オアシスの川も砂漠の中を長い距離流れているから、地下水も出ると思うんです。飲み水にも困らないし、畑を大規模にできますよ」
「どうやって?いっぱい、いるのよ」
「敵を助けるのかい?」
「ごもっとも。おれも、そう言ったんですが、この二人が」
「わしらに振るな」
「増殖魔法が、どうたら言っていただろ」
二人とも、奥さんに弱いんだ。
「土の魔法に、増殖魔法があります。ワイドオークは、土魔法を使えるので、覚えさせれば、畑を拡張できます。ダムドしまくればいいんですよ。肥料は、撒かないといけないと思いますけど」
増殖魔法には、「ドワンゴ」という究極魔法がある。これなら、すぐ2000匹を賄えるようになるだろうが、専門職では無いので、さすがに使えない。
「増殖魔法は、気合なんです。皆さん、おれの後ろに来てください。真っ直ぐ奥にやろうとは思いますけど、失敗すると、ワーーーと、放射状に広がります」
みんな、おれの後ろに来た。
「『ダムド』」
「増えたね」
「面積が3倍だね」
「これをワイドオークが?」
「出来ます。おれが教えます」
アオーーーン「キビトさん、素晴らしいわ」
「いいわね。農作物を作ってくれるなんて、助かるよ」
「オークは、雑食ですから、ウラさんが、美味しい料理を教えてあげたら、狩猟が減ると思います」
「そうかねぇ」
まんざらでもないみたい。
「狩猟の話は、ワイドオークと交渉だな。ここは草原だ。冬は、寒くなる。そんなに獲物はいないぞ。狩猟し尽されてもかなわん」
「飼料を育てられるのなら、牧畜を教えんこともない。わしらは、遊牧の方が性に合っているがな」
「二人とも、今の話もしてもらえるかな。じゃあ、交渉メンバーは、おれ、オアシスの主のコドシ、牧畜が分かるボイでいいかな。昨日100匹も殺したんだ。警戒されないよう3人で行こう」
「問題ない」
「そうだぞ。あいつらも、お腹いっぱいの時は、襲ってこない。行くなら今だ」
二人の嫁も付いてきたそうな顔をしたが、何も言わない。やっぱり、女の方が、肝が据わっているのだろう。夫を敵中に送りだしてくれた。