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人族なのに、魔物の王の王になってしまいました  作者: 星村直樹
良き隣人と虚ろな商人の王
37/43

右方戦初戦

 敵軍と味方の軍勢がぶつかりそうになる前。中央の土塀が音を立てて崩された。中央軍の仕業だ。しかし、中央軍は、その土塀の奥に新たな岩壁を見出すことになった。向こうは、戦いの選択肢を増やす気でやったんだろうなと思う。ハクオウ軍師は、策士だ。


 この、超高い土塀が壊される音を聞いた左右軍は、気勢を上げた。そして行軍の足を速めた。


 おれやザインたちは、「バカめ」と、思うのだが、敵将軍がいると思しき二馬二連立の神輿風戦車が、意気揚々と足を速めているのを見て、あいつら、ハマった。とも思った。


 ザインは、味方の軍に、敵の足が早まったことを知らせている。壁の向こうで早足になったのだ。我々は、最初は、あくまで受け。敵が壁を越えてきたら逐次攻撃する。それに気づいて、壁を越えたところで陣形を組みだしたら、ワーグ隊が吐出して攻撃するというやり方になる。そんな楽勝な作戦で済むことになった。あの土塀を倒した音は、おれらの援助になったのだ。


 ただ、さすがに昨日ほどのような楽な戦いはさせてくれない。先頭は、騎馬兵。そこに戦車が組み込まれていた。馬二頭立てで兵が4人。操馬一人。左右と後ろに一人いる。三人とも長槍を持っている。


 この騎馬集団と最初にぶつかるのが、ワーグ+ハルク隊。騎馬の数は、向こうの方が圧倒的に多い。ワーグは、その馬を直接屠る。そしてハルクは、馬上の武将を倒す。向こうは、騎馬隊を最初に入れてそこで陣形を組む気だったのだろうが、ハルクたちは、その壁の内側で息を殺して待っていた。この状況は、遠目が利くダークエルフの戦士長エンドルフに筒抜けだ。敵は、もうすぐそこまで来ている。


 ザインが狼煙をあげた。敵は突っ込んできただけなのだ。壁際に潜んで一瞬やり過ごし横激する。騎馬は、正面から来られると怖い。しかし、急には右向け右はできない。横からの攻撃に対処できないのだ。その辺、自由に動けるワーグの奇襲は、苛烈を極めるものだった。


 敵は、ある程度壁、中に入り込んで戦列を組む予定だったのだろう。壁からもっと離れた見晴らしのいいところでそうすれば、こんな目には合わなかった。壁が長すぎたというのもあるだろうが、功を焦って、今日もまた、暴挙に出たのだ。おれたちをなめすぎだ。


 ただ戦車だけは、横からの攻撃を凌げる。後ろにも隙が無い。ワーグとハルクが、攻めあぐねている。エルフ弓隊の応援には、まだ、距離がありすぎる。ここは踏ん張ってもらうしかない。


 ワーグ部隊長ボイの息子カイが、ザインの狼煙を見た。速足で、ここを通り抜ける敵500。昨日削られて数を減らしていると言ってもワーグ隊は、37匹しかいない。圧倒的戦力差だ。従弟のクイとムイがカイに並んだ。ハーン家のボイ一家は総出。兄一族のザイ一家は、北のツンドラに行って居ない。16名ほどの青肌のハルク族、カーン一家が、昨日に引き続き参戦してくれた。


「向うは、数が多いんだ。真ん中あたりを横撃するぞ」

「それじゃあ、歩兵まで騎馬が届いちゃうよ。出鼻を挫こう」

「おれたちは、騎馬隊を縦断すればいいんだろ。ちょっとは、鬼人に、取っておこうぜ」

「分かった、先頭だけ見送ったら行くぞ」


 カイは、クイとムイが成長したのが嬉しい。鬼人族もそうなのだが、ハルク族の武器は、伝統的に、こん棒。ドワーフが、それじゃあ、途中で折れて使えなくなったら困ると持ち手と真に鉄棒を入れている。見た目と違って、とても破壊力があるこん棒を握っている。


 ワーグは、機動力があり爪がある巨大な獣だ。それも馬より早い。それにしても馬足が遅い。カイたちは、馬の速度を見誤っていた。相手は、思ったよりポンコツだ。


 敵騎馬隊が早足でやって来た。


「思ったより馬足が遅いな」

「あれって、隊列が伸び切っていないか。横に往復してもいいんだろ」

「おれが指示を出す」

「いいね」

「カイのあんちゃん、行こう」


 敵は、オーク本陣まで、まだ距離があると思って、後続の歩兵の為に思ったより遅いスピード。結局、カイたちは、出ばなをくじく形で、壁側から突進した。


 ワーグが、馬にかみついたり薙ぎ払いだした。ハルクは、敵の騎馬兵がワーグを狙ってきたらそれを受けたり、攻撃したりする。太いこん棒は槍をはじくし、真に鉄が入っているから、刀では折れない。ドカドカ、バタバタバタと、騎馬隊の先頭集団が倒されていく。後続の馬は、これを見て足を止めた。


「おいおい、弱いぞ」

「昨日より楽だね」

「バカ。馬は、横激に弱いんだよ。わざわざ正面から叩きに行くなよ。こっちは数が少ないんだから」


 一往復目。これは、楽勝だった。しかし、二往復目。ここに、ワーグとハルクが戦ったことが無い未知の敵、戦車が待ち構えていた。


 戦車は馬2頭立てで、長槍を持った兵士が、左右と後ろにいる。この長槍がワーグに届いた。


 ギャン

「大丈夫か。相棒!」


 ムイのワーグが、軽く負傷した。怪我は、どおってことないが、油断できない相手だ。


「ムイ、そいつにかまうな。数を減らせ」


 カイのあんちゃんが言うことはもっともだが、悔しい。ムイは、戦車に、後ろから食い下がろうとした。しかし、後ろにも長槍兵がいる。これだと、相棒の頭を突かれる位置。近寄ることが出来ない。気が付いたらムイは、ワーグの集団から外れていた。周りを囲む騎馬兵団。


 まずい、囲まれた!

 ムイは、戦車と対決するどころか、騎馬兵に翻弄され出した。


 騎馬兵は馬上の戦士と戦うのを心得ているのだ。ムイの相棒はともかく、ムイは、太ももや腕を切られてしまった。


「相棒、済まねえ」

 バオーーーーン


 ムイの相棒は、風を纏ってこの閉塞した状況から飛び出した。彼は、ムイを守ることだけに集中した。しかし、向こうは、馬で垣根を作ってくる。そこにそのまま突っ込めば、槍を持っている馬上の騎士の餌食になるだけ。


 バオーーーン

 バオーーーン

 そこに、カイとクイが、救いに来てくれた。その後ろには、ワーグ隊本隊の大集団も。ムイは、血を流し過ぎて気を失いそうになりながら、このワーグ隊の中心に入って、もう一度来た道を戻ることになった。


 カイは、「黒よくやった」と、ムイの相棒の頭を鷲掴みにした。

 クゥン

「クイ、途中までムイに並走してやれ。ムイ、その後は一人で帰れ。傷は残してもらえ。戒めだ」


「ごめん」

「行くぞ、クイ」


 ハーン家のボイ一家、一人脱落。ワーグ乗りは、馬の騎士より視野が広いはずなのに、この失態。ムイは、傷を二つ残すことになった。


 カイたちワーグ隊は、この後、もう一度、騎馬兵団に突っ込んだ。今度は、戦車隊が大挙してカイたちを待ち構えていた。混戦になり、負傷者があと4人も出た。今回も騎馬は大量に倒したが、戦車に興味を持ったワーグたちがケガをした。


「おれたちは、ここまででいい。エルフの弓兵を守るぞ。お前らも傷を残してもらえ。クイの失敗を見ていただろ。戒めだ。次は戦車にも勝とう」



 敵の先頭騎馬集団は、戦車のおかげで、隊列をかろうじて維持しながら、次の敵、鬼人族と対決した。彼らには、投石で、対抗してもらう。ただの石じゃない。大きな石を平気で投げる。これは馬も戦車もたまったものではない。その間にワーグ+ハルク隊は、エルフ弓隊がいるところまで引く。メンバー37のうち5体が、戦車の長槍で負傷して、戦線離脱を余儀なくされた。


 おれは、遠くから、大怪我しながら元気に逃げ帰るワーグを見て呆れた。何を考えているかよくわかる。

 あいつらもケガを残すように治せと、わがまま言うんだろうな。


 騎馬隊が、鬼人族に立ち向かうと、馬ごとこん棒で殴られてしまう。それより、戦線の確保が先だと判断した敵騎馬隊長は、壁から距離を取り出した。ここにエルフの弓隊が、待ち構えていた。ワーグ+ハルク隊は、このエルフたちを守る。騎馬は弓に弱い。我慢しきれず、真っ直ぐ壁沿いに進みだした。

 ここに、農水路を共に作った馴染みの岩のゴーレムを盾にしたオーク隊が待ち構えていた。ハイオークの土んでん返しによって倒される馬たち。地上に落とされた騎兵は、オーク5人がかりで倒していく。


 ドガンドガンドガン


 土んでん返しというより、あれは土の爆発だ。ハイオークたちの気合が良く分かる。そして。ワーーーーーと、気勢を上げるオークたち。地上に降りた騎馬兵なら、1対1でも勝てそうなオークが5人がかりで武将たちを刀や槍で突き殺す。戦車は、鬼人族とエルフによって、ここまで到達できなかった。


 騎馬の戦いの声や、オークたちの怒号を聞いた左将軍は、スピード優先から隊形優先の指示を出した。しかし、歩兵の先頭集団は、壁を曲がっていた為、伝令が遅れる。鷹の目を使えるエンドルフが、そしてその状況を受けたザインがこれを見逃すはずがない。主力部隊に突撃を命令した。


 瓦解している騎馬隊を後詰めのダークエルフ弓隊とオーク歩兵隊に任せて、ハイオークたちが率いる歩兵主力部隊は、気勢を上げて、敵歩兵隊に突っ込んだ。攻める気でいた敵歩兵部隊は、盾と長槍隊で防備を固めていない。敵の中に入り込むのは簡単だった。そして横からの鬼人族とワーグ+ハルク隊の挟撃。敵歩兵の後ろにいた弓兵は、エルフ族が、バタバタ倒していく。


 朝のうちに戦局は大きくこちらに傾いた。向こうは、戦力が半減、こちらは、ほとんど無傷。双方が隊列を組みなおした時には、敵1500対味方2000と、戦力差が逆転していた。


 向こうは、足の遅い重歩兵が残っている。数が少ないとはいえメイジ兵も温存されたままだ。左右軍で、オークたちを挟撃しているつもりの左将軍は、全く戦意を失っていなかった。これで、右軍が後ろからくれば、4000以上。おれたちの倍の戦力がいることになるからだ。




 オーク王バウワが、前に出て、何用だと声を張り上げた。王なのに、おれがいると思って、先頭に出過ぎだ。バウワは、岩壁も岩板返しも使える。死ぬことはないだろう。


「わしは、オークの王バウワだ。何用で、我ら開拓村を襲う」


 これを見た左将軍が、馬を駆って最前列に出てきた。この将軍は、左軍六千の兵をたった二千で、自軍を千五百まで減らしたオークの王に敬意を払ったのだ。


「わしは、西方河のマジャだ。今は覇業の為、こんなところにいるが、バウワのうわさぐらい聞いている。貴様は、逃げ込んだエルフの女をかくまっているな。それを差し出せ」


「マジャよ。今朝の初戦を見ておらんのか。貴様らは、エルフを怒らせたのだ。エルフの6部族とダークエルフの選抜部隊は、我らの味方だ」


 豪胆にも、どちらの将も、対峙している軍の中心近くまで出て話をしている。おれは、敵将マジャの顔を目に焼き付けた。


「それがどうした。シイナ国に逆らって生きられると思うな」


「貴様、西方河出身だと言ったな。西方河は、ここまで魔族を差別していなかったぞ。我らは、三百年我慢して一族を減らし、やっとここに来て生を拾った。邪魔するな」


 そういや、オークたちが何でガリガリになってここに来たかちゃんと話を聞いていないや。生きるのに必死だったしな。確か、シイナ国に弾圧されていたんだよな。


「貴様らは、わしの覇業の礎になれ」


「もう話さん。我らに負けて、生きていれば、弁明しろ」


 バウワは、相手が小物で、自分の地位や力を蓄えることしか考えていないのを悟って、話し合うのを諦めた。右方の戦いは、いよいよだなと思う。でも、その前に、左方の戦局だ。不味いことに、勝ちすぎている。まあいいかと思って、頭を掻いた。

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