ホウギ将軍とハクオウ軍師
おれは中央軍をすり抜けて、本陣まで行き、本陣の夜番に、ヒデラ皇帝の使者だ。ホウギ将軍に会いたいと言って、これが証拠だ。このハンカチをハクオウ軍師に見せてくれと言った。
おれは、ホウギ将軍がいる天幕に通された。
「貴様、将軍の前だぞ、傅かんか」
「おれは、ヒデラ皇帝の勅使だぞ。それは、逆だろう」
いきり立っていた将軍付きの士官は、ホウギ将軍によって天幕から出された。ここには3将軍と、ハクオウ軍師もいる。
「話を聞こう」
「今日、開戦前に言った陛下の話を聞かなかったのか。引き上げろ」
「ホウギ将軍、彼は本当に、陛下の勅使なのか。十老子様方の命令で我々は来ている。話が合わないではないか」
「この軍は、皇帝直属の新王軍である。なぜ、陛下の言に背く。ホウギ将軍、この者たちを捕らえよ」
「勅使殿。それはなりませぬ。戦時下で、兵の指揮が下がるようなことはできませぬぞ」
「では聞こう。陛下は、エルフと話がしたいと言っただけだ。それなのになぜ、エルフの森を攻め、オークの開拓村を攻める。それのどこに正義がある。陛下は、心痛しておられる。その上、ペイ村の今年の冬の食料まで摂取したそうではないか。我が民を苦しめるとは何事かとおっしゃっておられた」
「右将軍、左将軍。それは真か」
「ここはゴル砂漠ですぞ。兵が飢えては、戦になりもうさん」
「食料は、戦争が終われば返すことにしていた」
ハクオウ軍師が、ぴくっと表情を動かした。この話は、大罪だ。民からの搾取は、許されることではない。しかし、ハクオウ軍師は、違うことを言った。
「右将軍、左将軍。お疲れ様です。勅使殿も、都からはるばるお越しいただいてありがとうございます。我々は、敗けません。勝てば、取り決めは、我々で出来ます。十老子様方にも、そう、お伝えください」
おれは、腕組みして、ムッとした。しかし、右将軍、左将軍は、にやけた顔をして、この天幕から出て行った。ホウギ将軍も、ハクオウ軍師も、この若造の話を聞かないと確信したからだ。
「そうそう、勅使殿。せっかくいらしたのです。茶など出しましょう。私は、そちらが得意でして」
天幕を出て行く右将軍、左将軍は、これを聞いて、更に、ニヤニヤした。軍師はこの二人に対してずっと昼行燈を決め込んでいた。
ハクオウ軍師は、戸外の魔法使いに命じて、この天幕の内側に、防音結界を張らした。その上で、本当に茶を出してきた。
「それで、開拓村の代表の方。何用ですか」
「陛下は無事なのだろうな」
「おれのことが分かるのか?」
この二人は、さっきの雇われ将軍とは、雲泥の差がある人物だった。
「その身なりで勅使もない」
「従者も連れない勅使様か」
「なぜ、あの二人は、おれのことを本物だと思ったんだ」
「私が先に、お忍びの勅使様で、十老子様方は、本当に知らないようですと、話しておいたからです」
「奴らは盗賊か?我が民を何だと思っている。明日で、奴らを無力化できるのに、勅使殿を我らが彼奴らに渡すわけがない」
「まいった。まず、ヒデラの間違いを伝えさせてもらうよ。お宅の皇帝は、国に人無しだと言っていた。それは間違いなのだろう。とにかく経緯を話させてくれ」
そう言って、ヒデラ皇帝が、エルフと話したいと十老子に言っただけなのに、十老子は、それを皇帝を篭絡する手段に使おうとした。エルフの長の娘を拉致して、性奴隷にしようとしていたが、彼女には、風の加護があって手が出なかった。そこで、長と娘の兄を皇帝陵まで呼び出して拉致した。ところが、エルフの長の方が上手で、長の魔法で娘に逃げられてしまった。その娘は、魔物の開拓村まで逃げたため、今回の戦争になったと、事細かに話した。そして、その長達の救出劇。
「ここまで話すとわかると思うけど、おれは飛べるだけじゃない。城から皇帝を連れてきた張本人だ。その時、十老子に、音波攻撃をして鼓膜を破ってやった。エルフの長スメルは、皇帝の今日の発言を応援していた。おれなんか、最初は、虚ろな王だと思っていたが、見直しているところだ」
「あなたは、魔物の王の王なのですか」
「そんな強い魔法使いの噂は聞いたことが無いぞ」
「オークは、おれのことを吉古神だと言っている」
「魔王の神名ではないか」
「そうなの?みんな、魔王にはならないでって、戦に参加させてくれないんだ。おれだったら、3万ぐらい殲滅できるのに」
「そんなことをしたら全人類が、君を滅ぼそうとするだろう」
「魔王の悲劇の繰り返しになりますよ」
「そう、なるんだ。でも、そっちが言う民って、塀の中の、荒野全人口の1割ぐらいの人たちの事だよね。だったら、それを殲滅してもいいかな。塀に囲まれている標的だろ。分かりやすい」
「止めてくれ。その民を守るために我々がいる」
「今の文化のほとんどは、その塀の中に有るのですよ」
「おれの頭の中に有る文化は、お前らの1000年先の文化が詰まっている。だいたい商業文字など、音文字でルビを振れば、子供だって読める文字じゃないか。それを選民思想に使うのは、許せない」
「ハクオウ!何の話だ」
「理解できません」
そこで、ひらがなの50音を羊皮紙に書き。商業文字に当てはめてみせた。
「つまり、この、50音文字があれば、全ての者に商業文字が通じると」
「わざと国の中に異民族の言葉を混ぜて、民を混乱させるのは止めろ。それでは、国とは言えない。共通文字は50文字でいいんだ3000音もいらない。商業文字は、ひらがなでルビを振れば子供でも読める。民の識字率が上がれば、国力が上がる」
ハクオウは、今の話で、キビトの話を理解した。1割が滅んでも、9割の人が生きる話だった。
「我々は、滅ぼされるのですか」
「ヒデラは、そう思っていない。どうする?今晩、会いに行くか」
「止めておきましょう。今、我々がここを動くと、あの両将軍に、軍を乗っ取られる。それは、十老子の悲願の一つでもあるのです」
「我らは、明日も動かんぞ。それは、今の話を聞かなくてもそうだった。悪いが、そっちで、こちらのがんを治療してくれ」
「あの2将軍を倒していいのか?」
「助かる」
「中央の土壁を岩壁に変えて閉じれば、左右軍は中央を諦めて両脇から攻めてきます。それにしても長い壁を作ったものだ。片方を全軍で殲滅する各個撃破が、貴軍の被害を最小限にする作戦です。こちらは、ゴーレムを作れないとだけ明かしましょう」
「一般兵の命はいいのか」
「彼らも、両将軍の私兵。逃げのびても、盗賊や山賊になり、民に害を及ぼすでしょう」
「奴らは、皇帝の私兵という肩書を持った軍閥なのだよ。ありえない話なのだがね」
「こっちは、今日負傷したお宅の兵を必死になって治療しているんだ。無駄だってことか?」
「貴軍が、引き取ってくれるのなら、私兵化するまい」
「彼らが、魔物の中にいてもいいというのであればですけどね」
「それは、ヒデラと相談させてくれ。シイナ国に、自治領を作る案を出す。それをおれたちの開拓村の出先村にしたい。そこで、おれたちの産物をシイナ国に提供する用意がある」
「ペイ村を開拓村の出先にするということですか」
「今なら、村人も賛同するだろうな。あの、あほ共が」
おれは、ここまで話して、先が見通せたと思った。
「今夜は、これで帰る。色々話せて楽しかったよ」
「わしは、先代皇帝との約束を果たしたい。ヒデラ様が、先代様の『民を頼む』という御言葉を覚えていたら嬉しいのだが、幼少の頃の話だから難しい。もし覚えていなくても、そう思われていることを願うと伝えてくれ」
「私は、政治に明るいです。そちらが本業たと伝えてください」
「帰ってすぐ伝える。明日、おれが、右将軍、左将軍を倒したら、残った烏合の衆の面倒は、そっちで見てくれよ。負傷者は仕方ない。こっちで面倒みるよ。そのようにメイジ隊を配置してくれ。これ以上ごくつぶしが増えても困るんだよ。まいったなぁ」
おれは、ぶつぶつ言いながら、この、防音結界をすり抜けた。
この結界を破った者はいない。ましてや、すり抜ける術者など今まで見たことが無い。2人は、キビトにゾッとした。二人はキビトを捕まえて、優位な立場で話していたつもりだったが、全く違っていたようだった。
帰ろうとして梟の目を使うと、案の定待ち伏せしているのが見える。あの、2将軍というのは、明日堂々と倒したいので、自分に『無音状態』『体温感知無効』『光学迷彩』を掛けてステルス化。そしてゆっくり浮かび上がった。上空では、偏光板を空気で作って、相手に見えないよう念を入れた。賊は、おれが消えたのに驚いて、隠れていたところから出てきたが、ホウギ将軍とハクオウ軍師の言う通り、雇われ将軍の配下なのだろう、大きい声を出さず、ヒソヒソやっている。ただ、あの防音結界は、内側の風属性に加え、外側に水結界のリバーシブルだった。この結界の内側にいたのでは、この世界の住人では、破れない結界。あの2人も食わせ物だと思うが、まだ、信用できる。少なくとも、今夜は、正直に話していたと思う。
もう一戦するしかないか。
あまり左右将軍の私兵を生かし過ぎても、ハクオウ軍師に捨て駒にされ、生き残りの雑兵を噛ませ犬に使われそうで危うい。向こうの言う通り、わが軍で、左右両軍を屠るしかないと思った。
公民館に帰ってみると夜に強いコドシが起きていた。コドシは、おれを待っていてくれた。敵軍の中で、ホウギ将軍とハクオウ軍師に会って話した経緯を話すと、明け方もう一度、戦議をしようと言ってくれた。「みんなせっかく寝たのだ。明日のために起こさないでおこう。キビトもわしが起こすから寝なさい」と言われ、そうさせてもらった。明日は、おれも参戦する。




