魔法開眼
翌朝、お腹を減らして目が覚めた。
また、薬草を探しに行く。とにかく、その知識しかない。ハーブも分かるけど、それだけを食べるのは、薬草よりつらい場合がある。それでも食べられるものは何でも食べた。
まずい、何とか魚を捕まえたい。
湖の水で、薬草をかっ込んで、落ち着いたところで、また、ライトボードを出した。落ち着いて思い返して見ると、今まで砂漠からたどった地形は、ファンタジーLDと全く一緒だ。
脳内にあるコンピューターをネットに繋ぐことが出来ないのに、ファンタジーLDにいる気分。とにかくアナログ操作盤であるライトボードが出るのだ。いろいろ試してみても、ばちは当たらない。
おれのファンタジーLDでのメイン職業は、魔法剣士だ。魔法と剣士のいいとこどり。しかし、専門職には敵わない。だから躍起になって、強化してきた。ところが、ニューロリンクのおかげで、実質レベル100オーバーしているので、専門職換算でも、レベル112ぐらいある。更に魔法は、専門属性にしないで、何でも使えようにしているので、これも専門属性を使う魔法師に劣る。高レベルでも、スキル的に使えない魔法があるということだ。それでも、専門属性魔法士換算でレベル102あるのだから、とんでもなく強い。理不尽な男だと思うのなら思え。
とにかく魔法を試したい。使えるのなら魚が獲れる。これは、湖に向けるしかないか
「『水球』!」
まいったな、出ちゃったよ。これを見て、さっきまで、死にそうだったのが、一挙に元気になった。
サッカーボールぐらいの水の玉がぷよんぷよん、目の前に浮かんでいる。砂漠で、これを飲みたかった。
回転、回転
そう念じると、ものすごい勢いで、その水玉が、球を描いて玉となった。
「シュート!」
水の回転球は、ギューーーーンと、湖の彼方に飛んでいった。シュートと言う割には、この玉を蹴らない。この辺は、気分で詠唱している。実は、おれの詠唱は、いい加減。実際は、気合で魔法をつかっている。
水球が出ちゃったよ。でも、クラウドにもネットにも繋がっていない状態なのになぜ?。
これは、もう、ここは異世界だと、決めつけるしかない。。
おれは、サバイバル教本を検索して、釣りではない魚の獲り方を読んでみた。それで、オアシスの岸辺の岩の下から餌のワームをゲット。手製の釣り糸をツタを使って作り、餌で魚をおびき寄せたところで、石を投げて魚を捕まえて夕食の準備をした。
ここは、釣りをするような奴がいないオアシスなのだろう。魚に警官感はなく、簡単ににゲットできた。
魚を焼いて気づいた。「まずい」。鱗が、邪魔で、美味しいと感じられない。いや、魚の白身は、いつもの白身なんだが、せっかくの魚を美味しく感じることが出来なかった。内臓は苦いし、「何なんだよ全く」。だけど、薬草以外の食い物だ。食べるのを止めなかった。
鱗をどうやってとればいいんだと、途方にくれた。
そんななのに2匹目が食べたい。今度は、ポケットに持参の塩を振りかけて焼いた。前より格段にうまくなったが、鱗が、「あうあう」する。少しは落ち木で、鱗を取ったつもりだけど、最初とあまり変わらない。
そこで、サバイバル教本をもう一度読み直した。これだ、燻製にすればいいんじゃないと思った。魚の油で、皮がつるんと取れたらこっちのものだ。深い穴と、その横から伸びる煙突を掘って、煙突部分に、今日は、食いきれないであろう魚を葉っぱを引いて、そこに置いた。これで、夜通し焚き木をして最後、焚き木に葉っぱの蓋をすれば燻製の出来上がりだ。保存食にもなる。
ニューロリンクのおかげで、脳内に図書館があるようなものだ。検索が大変だが、明日の朝飯は、何とかなった。
こんな状態が、3日ほど続いたある日の夜、森の方で、ガサッと藪が揺れて、夢の中に出てきた白いワーグの夫婦が、こちらにゆっくりとやって来た。森の中には大量の気配。全部ワーグ族だろう。
普通に立っているだけで、おれの身長ぐらいあるワーグ族。その中に、薄い白銀のような眼をした白いワーグと。緑の優しい目をしたメスのワーグがおれを見ていた。猟犬というより狼神。白銀の巨大オオカミは、獰猛さと知的な瞳をおれに向けた。
「こ、こんばんわ。すいません」
日本人は、やっぱり、挨拶からだ。そして、とにかく謝る。
「わしは、ここの主をしている。コドシと言う。すまんが、嫁のミヨの話を聞いてやってくれんか」
「はい!おれは、キビトです」
思わず受け答えしてしまった。ワーグが喋るのを不思議がる暇はなかったと思う。もう、燻製で固くなった皮から白身をこさいで食べている場合ではない。頭に言葉が響いてくる。葉っぱの食台に魚を置いて畏まった。いずれ、名のある主様なのだろう。
「素直な方ね」
「うむ、わしらを差別した目で見ない。魔物と恐れないし蔑まない」
緑の優しい目をしたメスのワーグが、一歩前に出た。ミヨは、本題から、ちょっと断線した話から始めた。
「あなたは、私たちを恐れないのね。そもそも魔物という目で見ていない」
滅相もないと思う。
「このオアシスの主様でしょう。ワーグの族長でもあるのかな。ワーグは、ハルク族に命令されないかぎり人を襲いません。今のワーグは、危険じゃないです」
「正しい判断ね。それに、ここは、私たちの縄張りだから、夫が主と言われても違わないわ」
「すいません、勝手に入って食事して。でも、こうするしかなかったんです」
「それは構わないわ。それより、煙の穴で干している魚が気になるわね。いい匂い」
「おい、ミヨ」
「ごめんなさい。あなた」
ミヨは、夫のコドシに促されて本題を話した。
「私たちの守護神は、北風の神様よ。寒くても生き延びられる加護を貰っています。ところが、私は、南風の加護を貰っています。目が緑色なのは、そのためです。南風の神様は、オークが、砂漠を行進しているのを知らせてくれました。今日から5日後、ここに攻めてきます。狙いはこの森。私たちを食べる気です。私たちを助けてください」
オークの襲撃?なんか優斗から聞いたな
「オークって、豚顔の?」
「そうです」
「わしが放った斥侯が、さっき戻ってきた。オークが砂漠にいるのは間違いない。ざっと1000匹いる。奴らは武器を持っている。それでも、わしらの方が強いが、数で押してくる。わしら1匹に対して10匹も30匹も群がって襲ってくる」
「オークって1000匹ぐらい固まってきますよね。荒野だと酷い時は、何万だ」
「奴らは常に飢えている。共食いをするほどにな。キビト殿からは、並々ならぬオーラを感じる。何とかならんか」
この時おれは、自分のステータスを正確に把握していた。この世界のおれは、ファンタジーLDのステータスをそのまま受け継いだ存在だった。
「一つ聞いてもいいですか。皆さんは、オークを食料にできます?」
実は、この時のおれの頭の中は、オークとさほど変わらなかった。日本人としての遠慮はあるものの。生への執着、そのための食べ物への執着が、すべてを支配していたと言っても過言でなかった。
「豚だからな。二足歩行だろうが、人を食せと言われてもできるのだ。嫌がらんさ」
「人は困りますけど。食料が向こうからやってきていると思えるんだ」
「もちろんだ」
「じゃあ殲滅しましょう。オークって腐ると物凄く臭いんです。だから、砂漠に捨てたくなる。でも、そうしたら、その匂いを嗅いで、別のオークがやってくる。面倒な奴らなんです。保存食も、今、魚を燻製にしている手法が使えます。明日の朝できますから、食べてみます?」
「嬉しいわ。ねっ、あなた」
「う、うむ。しかし殲滅しかないのか・・・」
「じゃあ明日。オークだったら作戦だけで、何とか勝てますよ。明日練習しましょう。燻製の準備も」
奥さんのミヨは、魚が食べられると単純に喜んでいたが、主のコドシは、あっけなく話がまとまったので、首を振りながら森に消えた。こういうイベントは、ファンタジーLDで、よくやっていたのだ。今回は敵だが、オークルートもある。それは、奴らが、ワイドオークに進化したらの話だ。ワイドオークは、人並みの知能がある。オークだと二足歩行しているので、それらしく見えるが、ただの魔獣で、殲滅するしかない。戦争ばかりしている人のまねをする戦争狂。
その晩は、ワーグに守られてぐっすり眠れた。