北のオアシスの魔女の正体
自分としたら、ちょっと行ってくる感じなのだが、ボイ一家と、バウワ一家、コドシ夫婦も見送りにやって来た。
「キビト殿。本当は、休みを許可する立場ではないのに、すまん」
「実際よく働いている」
「この木の御守りなんだが、兄貴に見せてくれ。信用してくれるから」
みんなに見送られながら、浮遊を掛けて宙に浮いた。まず、体温を一定に保つウオーム。そして、飛翔でみんなから遠ざかる。空気抵抗を減らすために、エアバリアーを施した。更に何かにぶつかった時の保険にバリヤー。そこで、加速、倍加速、超加速を掛け。遠くを見るために、剣士スキルの燕眼、視野を広げる八方目を使った。
おれは、ゴオーーーンと、一挙に加速した。
すごいや、草原しかない
80キロ先のオアシスの森が見える。確かに、2家族のテントも見える。
空の旅は、一瞬だった。カイとクイは、何処で油を売っていたんだろ。よく見ると、北のオアシスから南方24Km地点に、テントがいっぱい集まっている所がある。ハルク族が、物々交換しているところだろう。あれも、今回の旅に含まれていたのに違いない。他の一家と単独で交流して、初めて一人前か。分かる気がする。
そのうちここに、オークが育てた作物を持って行こう。
交易は、新たな品物を手にするチャンスだ。それは、情報もそうだ。自分がどういうことになっているのか、この世界がどうなっているのか、何か分かるかもしれない。
北のオアシスの名前は、ないと言っていたが、今は、さしずめ魔女の森だろう。二つあるテントの片方のハルク族が緑色で、本当に、もう片方が青色だった。当然、ザイ一家のテントに降り立った。
テントに近づくと、若いハルクが出て来たので名前を名乗った。そうすると、大きなテントから、ボイと同じ顔の、でかいハルクが出てきた。
「もう来たのか。カイとクイもやるな」
あいつら、おれをここに来させろと伝言を受けていたのか。聞いてないぞ。やっぱり、まだまだだ。
「ボイから預かったお守りだ。青肌のハルクにも紹介してくれ。その後で、魔女に話に行く」
「青肌のハルクは、カーン一家だ。青肌は少ない。家主の名前もカーンだ」
カーン一家の所に行くと、意外にも歓迎された。主のカーンが怒っているのは、森の魔女たちだ。
「本当に人族が来た。これなら、魔女たちも話を聞くだろう」
「魔女も人族だとおもう。小さかったがな。オレとは、少し言葉を交わした。だが、カーンが、なぜ鉄の臭いがするのかと聞いた途端、結界を張ってしまった」
「鉄だぞ、オアシスの水、濁る」
そりゃそうだ。ここでは鉄より水の方が貴重だ。
「カーンたちは、浄化魔法が使えるんだったよな」
「そうだが、鉄は無理だ」
「そりゃカーンが、怒るの無理ない。事情を聴きに行くよ。大概の結界ならすり抜けられるから、強行突破する」
「そうしてくれ、もう、2週間もあのままだ。今更、遠くから話しかけても応じないだろう」
「オレも、そう思う」
「それで、もし、この問題を解決したら、一つお願いを聞いてもらっていいか」
「なんだ言ってみろ」
「オークの事か。いいぞ」
ザイに頷きながらカーンと交渉した。
「実は、砂漠で、一族が全滅しそうになったオークを保護しているんだが、食料が足りない。おれは、風魔法のアウレアという成長魔法が使える。それで、パンの種を育てて、そのオークたちを養っているのだが、カーンにも助けて貰いたい。成長魔法は、おれが教える」
「カーン。今、オークたちに恩を売っとけは、後に、穀物を安く売ってもらえるぞ。どうだ、いい話だろ」
「オークは、危険だ。あれは、生態系を狂わす」
「オークの群れに、ワイドオークもいるんだ。彼が王だ。その辺は、大丈夫。ザイに、詳しく話を聞いてくれ。おれ、ちょっと行ってくる」
「おー、頼んだぞ」
「魔女に、話次第では、助けてやると言ってくれ。こっちの事情も頼む」
「わかった」
久々に羽を伸ばしている気分。魔女が人族だと聞いて、ちょっと嬉しくなった。
オアシスの森に入って、こりゃ酷いと思った。湧き水が出ている湖を水の結界で覆っている。規模も大きいし、アイテムを使っているに違いない。ここは草原で、砂漠ではない。それにしても、水は貴重だ。特に飲める水は、皆で分け合わなければいけない。独占は良くないと思った。今は、凍土側にこの湖の水が、流れ込んでいるから、そこで、水を飲むことが出来るが、鉄を使うということは、大量に水を使うということだし、その水は、毒のように濁って飲めなくなる。
水の結界には、水の結界ですり抜けられる。おれは、散歩をするように、この結界をすり抜けた。
湖のほとりに小屋があった。大きな煙突から煙。あれは、鍛冶屋だな。なんで、魔法使いじゃないと張れない結界を張れるんだ? 行けば分かるか。
ドンドンドン
ごめんください。
キンコンカンキンコンカン言っていた音が止んだ。
「何者じゃ」
「そうよ何者?」
「何者じゃないぞ。公共の湖を独占しちゃって。それも、水を大した量使っていないじゃないか。毛長牛と羊が迷惑なんだよ」
「知るかそんなこと、わしら、命が掛かっとるんじゃ」
「そうよそうよ」
「じゃあ、今死んどくか?」
ドガン
なんかムカつく。
とりあえず、家を半壊させた。簡単に言うと、ふっ飛ばした。実は、家ぐらい直ぐ岩作りで作れる。だけど、こういう引きこもりタイプの職人には、これが効く。そして、おれは、もう一押しする気だ。世界の境なんて、簡単に変わるんだ。
「ヒッ!」
「ギャッ」
ドワーフ? 鍛冶屋だもんな
「お前さん、何者じゃ」
「そりゃこっちのセリフだよ。迷惑な爺さんと孫だな。おれは、お前らと、ここを使っている使用者が、話し合えるようにしに来ただけだ。ってわけで、『水玉砕』!」
そう言って、目の前で、何かを握って見せた。結界のよりどころになっているアイテムは、水結晶。それも、特大のやつだ。おれは、魔法剣士だから、範囲攻撃ができる。アイテムを探して壊す必要はない。
パッ、ぱしゃ
青みがかった水の膜が消えて青空を覗かせた。
「じゃあ、みんなを呼んでくる。ちゃんと謝れよ」
「きゃーーー」
「お、お終いじゃ。どうしてくれるんじゃ」
「はぁ、そりゃこっちのセルフだって言ってるだろ。あっと、そうだった。カーンって言う青肌のハルク族の主が『魔女に、話次第では、助けてやると言ってくれ』って、言ってた。2週間も、我慢していたんだ。怒ってたぞー」
「待て、弁償しろ」
「そりゃカーンと話し合ってくれ。そっちも弁償な。話し合いに応じなかったのはそっちじゃないか」
「一族の命が掛かっとったんじゃ。全員死ぬ。お前のせいじゃ」
「何勝手なこと言ってんだ?そんなの、こっちも一緒だろ。悪いけど、おれは、ザイという緑肌のハルク族の所にいる。カーンと話し合え。カーンとお前が、一緒に来たら話を聞いてやる。ホントに、自分勝手な奴だな」
引きこもりが急に青空の下に出るとこんなものだろう。二人は、脱力して、全く動く気配がない。
おれは、カーンに、こうなりましたと話して、ザイの所に行った。カーンは、ドワーフだと聞いて、片手をあげておれをねぎらいながら森の中に入って行った。おれは、ザイに、経緯を話しにテントへ。思った通りいい匂いがしていたので、嬉しくなった。ザイの奥さんの料理もうまいに違いない。
「なんだ、もう帰って来たのか」
「あれっすよ、結界のアイテム壊しといた。後は、カーンに任せていいんだろ」
「なるほど、で、どんな魔女だった」
「ドワーフだった。鉄の臭いがしていたのはそのため。そんな感じだったんで、湖は汚染されていいなかったよ」
「湖は無事か、良かった。それにしてもドワーフ。はて、そんなの近所にいたかな」
ザイというか遊牧民の近所とは、とても広大。
「北の凍土に居ただろ。あんたがキビトかい。お腹減っただろ」
「そうなんですか。ザイ、奥さんなんだろ」
「おお、すまん。嫁のシミだ。ボイの嫁と同じ一家の出だぞ」
「ウラさんの。いつもお世話になってます」
「そうかい。お昼を食べな。テントに入りなよ」
この世界に来て一番の楽しみは飯だ。飯が美味しいので、ここで、なんとかやっていけている。
そしてオレは、ついに、ここ〈異世界〉で、日本食の片りんを見た。
うどんだ。
「シミさん、これ、作れるんですか」
「パンの種からね。つるんって言うんだ」
「つるんと、口に入るからですね。わー、嬉しいな」
遊牧民風、肉焼きうどんだ。たぶん最高のもてなしなんじゃないかな。肉が分厚いし。それにしても、テントの中を見回すと、カラフルな布がいっぱいある。ボイ一家は、オークと同じになるために、コドシがいるワーグの森にテント一式を預けて、オークの中に入って生活している。だから、ハルク族のテントに入るのは、初めてだ。
ものすごく、つるんをかっ込んだと思う。いくらでも食べれる。
「さっき、凍土にドワーフがいたとか言わなかったか」
「それなんだけど、子供のころだったかね。郷里に帰るって、居なくなっちゃったんだよ」
「居なくなった?その言い方、引っ越しって感じじゃないだろ」
「そうさ、居なくなったんだ」
「ゲートでしょ」
「ゲート? そんなものが凍土にあるのかい」
「だから、あのドワーフたちも、急に現れたんじゃないかな」
「見たことないぞ」
「ゲートって、遠くの村や町に一瞬で行ける。ドワーフは、そう言うアイテムを作れるんだったっけ。鍛冶屋だけじゃ無理だよな。でも、水結界を作るアイテム使ってたし。う~ん」
「独り言、言ってないで教えろよ」
「ドワーフは、鍛冶屋だろ。多分、鍛冶屋と錬金術師が、共同作業したら作れるかも。どっちも、すごくレベルが高くないと無理だと思うけど」
「錬金術士なんて、都市にしかいないものだろう。こんな片田舎にか」
「昔、居たから、そう言うアイテムが作れたんじゃないかな」
「ゲートねえ、便利でいいねえ」
「そうでもないんですよ。もし敵国が、草原の真ん中にゲートを作ったら、元気いっぱいの侵略者たちが、ここに来て、暴れてしまいます。だから、ちょっとずつしか通れないように作るんです。大きさもそうですよ。毛長牛とか馬は、通れないように作るんです」
「やっぱり楽は、できないねぇ」
「急にオークの軍団に来られても困るしな」
「それもそうだね。それで、あんた、ウラたちがいるところに行くのかい」
「カーンと話したら行こう。キビトも手伝ってくれるんだろ」
「三日休みをもらたんだ。一日は、テント村に行きたい」
「バザールか、いいぞ」
「チャイも飲むかい」
「いただきます」
男の仕事は、なんとか出来るけど、女の人は、すごいな。飯がうまい。
「キビトも、落ち着いたら、嫁を貰わないとな」
ブファ
「うちの一家のを貰ってくれるかい」
「一応人族でお願いします。種族を残したいんで」
だって、娘さんもプロレスラーに見えるんだもんな。
「そうかい、残念だね」




