第三話【交渉】
頭の中に電流が流れる。今、この女神、「帰れない」、って言ったか。何かの比喩? いや。真剣な声色からしてそれはないだろう、きっと本当に。
「帰れない、と」
腰が抜ける。俺は座布団の上に大胆に座った。どん、と言う音が部屋に響く。む、確かに俺の知っている異世界モノは帰れないことも多くあったが、それは物語を進める上で仕方なかったからなのでは。思わぬ事態に眉間にシワが寄る。そんな俺を潤んだ瞳で見つめながらメリーは気まずそうに話を続けた。
「そう、そうなのよ。んで、その理由なんだけども。召喚獣というのは基本的に召喚者の『願い』によって呼び出されるの。それを……」
彼女は言葉に詰まり始めた。頭を抱えて足をじたばたとさせるメリーを俺は冷めた目で見る。……本当に目の前の女の子は女神なのだろうか。女神って言うと少々我儘だけど、基本的には聖女のような存在、人間達の上を行く存在だと思ってたのだが。これでは人間達と同等、いや、それ以下じゃないか……。少し同情する。
「えっと、つまり、つまりね。私、アナタを『何らかの目的』で召喚したの。その目的を、その目的を……」
「──なるほど、忘れた、と言うんですね」
「そうなのよ……本当にすみませんでした……」
彼女は地面に足をつける。そして前に倒れて……なんと土下座した。女神なのに。誠心誠意心の篭った土下座だった。ジャパニーズな人間でも恐らくなかなか出来ないであろう土下座に俺は心を大きく揺さぶられる。
(いや、許しちゃダメだろう……。何とかして帰らせてもらわなきゃいけない……もうじき楽しみに待っていた番組が……)
そうだ。俺は今流行りの魔法少女モノアニメを楽しみに今日の就活を頑張っていたのだ。こんな訳の分からないところに連れてこられて美少女と談話? 一時的なら最高だ! でも、これは半永久的に続く、とそこの桃色女神から忠告されたじゃないか。そうなると状況は反転する。美少女と生活だなんて死ぬ! 主にメンタルが。土下座されたとしてもさすがに譲れない。何か、何か「見返り」が無ければ。
「ええと。それで帰る方法を探す間。普通にこの世界の生活をエンジョイしてくれないかし」
「嫌です、断固拒否です」
彼女が言い切る前に断る。俺にだって断る権利くらいあるはずだろう。家畜じゃないんだぞ。心と知識を持った霊長類だ。
「……そういうと思ったわ……。でもどうしようもないの……分かって、分からない、と言うのなら神様の特権を乱用してアナタを殺すわ……」
発想が突飛すぎる。俺には権利すら与えられてないのか。発言したら殺される世の中なんてクソ喰らえ。
「……仕方ない、特権を乱用するのなら別の方向で使いましょう。ユウ、アナタは自分の世界に好きな人とか、いるのかしら」
いない、と言えば嘘になる。だが、これを言って良いものなのだろうか。俺の好きな人は……。
「まぁ。います……10歳の小さな子ですが」
なんで俺は性癖まで暴露しているんだろう。そうだ。こうなったらヤケだ。俺は10歳くらいの女の子が一番好きだ。あのつぶらな瞳。そして柔らかそうな小さな身体。全てが可愛らしい。ぶっちゃけ同い年にはそこまで魅力を感じないし可愛いと思っても恋心を抱くまでには至らない。しかし、イエスロリータノータッチ。俺は今まで見るだけに留めていた。それがなんだと言うのだ。
「なるほど。そのご縁、私が結んで差し上げましょう。元の世界に帰ることが出来た暁にはアナタを小さい女の子と合法的に同棲させてあげる、それならアナタも……」
「交渉成立です。これからよろしくお願いします、女神様」
俺は土下座した。メリーの手を固く握りながら。誠心誠意、感謝の意を込めて丁寧に、力強く土下座をした。頬を無数の涙が伝っていく。心臓が仄かに暖かい。今まで灰色だった世界が虹色に輝いているように見えた。ああ、ありがとうございます。女神様。俺は幸せです。ようやく報われたような気がします。本当に、感謝しかありません。
「異世界に祝福あれぇぇえ…………」
案の定レティからは氷の如く冷たい視線が向けられていた。それでもいい。
俺はこの世界で強く生きていくんだ──!
(イエスロリータノータッチ)