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第二話【俺の異世界はラブレターから!】

はず、だったんだが。



──目の前に広がる景色は現実離れした、見たことの無い世界のものだった。目に映ったのは二人の少女。そして香水の瓶や桃色の便箋などが置かれている大きな棚。化粧品が散らばっている鏡台。白色のレースが施されたカーテン。ほのかに漂う甘い香り。「女の子らしい」という言葉が似合う部屋に俺は置かれていた。神々しく淡い光に包まれながら。



え、何処だ。これは。



時が経つ度に沈黙の重みが増していく。心臓の鼓動が早くなっていく。何か言わなきゃ、と思うのに声が全く出ない。「あ、あ」と吃るばかりだった。少女たちは訝しげな瞳で俺を見つめるばかりで何も言わない。この状況を不審に思っているみたいだ。当然だろう。なら、次に起こることは何となく予想が……。



「え、キモ」



出来なかった。金髪碧眼の少女は俺を罵倒して僅かに口角を上げた。その瞬間、後頭部を殴られたかのような衝撃を受ける。容姿端麗な美少女がまさかこんな口汚く罵るなんて。いや、侵入者に対してそこは普通だと思う。別に女子からの陰口なんて前々から慣れているから正直そこはどうでもいい。悲しいけど! いやいや、そこではなく。


──なんでもう片方の桃色の髪の女の子は侵入者に対してお茶を入れようとしているんだ!?


とぽぽ、とポットからお茶が注がれる音が部屋に響く。丁寧で、かつ自然な流れでティーカップがテーブルの上に並べられていった。桃色の髪の女の子は長い髪を揺らしながら鼻歌を歌っている。不審者を目にして不機嫌そうにしているようには見えない。むしろ歓迎されているような、そんな風に見えた。目を輝かせてこの状況を楽しんでいるようにも見える。


(どうしてこうなった……!?)


小さい頭を必死に回転させる。もしかして俺は夢を見ているのだろうか!? きっとそうに違いないと謎の確信を持ち思いっ切り自分の頬をつねる。……痛い。跡が残る程の痛みが頬に走る。自分でやっておきながらなんだが、少しだけ涙が出る。これは多分、夢じゃない。じゃあ何故こんなところにいるんだ! ……と考えを張り巡らせていると不意に肩を叩かれる。首だけ横を向くと桃色の髪の少女がこちらをのぞき込んでいた。


「ささ、茶菓子のひとつも用意してないけれど、とりあえず座って」


ぽん、と俺の目の前に座布団が置かれる。これまたピンク色で甘い香りのするTHE女の子な座布団だった。少女は「えへへ……」と微笑みながら自分の席へとついた。金髪の少女の方も戸惑いつつも様子を見ながら着席した。俺が座ればこの小さなちゃぶ台を三人で囲む形となるだろう。家族かよ。


一体どうなっているんだ? 急に初対面の女の子の部屋に来たと思ったら三人で仲良くお茶会? ……ダメだ! いくら考えても思考が追いつかない。


この状況に反論する気も起こらず、かといって鵜呑みにする訳にも行かず。俺は立ったまま紅茶を嗜みながら少女達の話を聞くことにした。結果的に女の子二人がいる可愛らしい空間をぶち壊す立っている一人の男、という気味の悪い構図が完成してしまった。



「このお紅茶美味しいですね、えっと……そちらの方は」


とりあえずこの空気をどうにかしようと愛想笑いを浮かべながら俺は桃色の髪の少女の方に話題を振る。すごく、気まずい。桃色の女の子の方は朗らかそうでまだマシなのだが、金髪の方の笑顔がものすごく怖い。完全な愛想笑い(敵意込み)、だ。だんだん立ちながら紅茶を優雅に啜る自分が馬鹿らしくなってきた。羞恥で足が震えてくる。めちゃくちゃ帰りたい。


「メリーでいいわ。そうでしょう? 最高級の茶葉を使ったんだもの、美味しいに決まっているわ!」


ふふん、と胸を張るこちらの紅茶注ぎ系女子は「メリー」というらしい。金色の瞳に桃色の長い髪、幼くも整った顔立ち……。もう少し幼かったら俺の好みドストライクだったかもしれない。でも、こんな少女がうちの近所にいたらめちゃくちゃモテたと思う。高嶺の花、その言葉が相応しい女の子だ。ただ常識が欠如しているのか、少し不思議な行動が目立つ……気がする。この場では完全なる癒しだが。


「ほらほら、レティも自己紹介しなさい、アナタを触媒に彼を召喚したのだから!」


そう言いつつメリーは金髪の女の子の肩を優しく叩いた。……ん? 触媒? 召喚……?! どこかで聞いたことのあるワードに紅茶を喉に詰まらせかける。それでも会話の流れを止めるのは面倒なため平然を装った。ちょっとむせてしまったけど、このくらいならきっと誤差だ。問題ない!


「……私はレティです。一般的な商人の娘です」


……彼女の額に青筋が浮かんでいるのはきっと気のせいだろう。しぶしぶと答えたのは第一声が罵倒だった少女、「レティ」だった。金髪の短い髪、空のような利発そうな青い瞳。メリーに比べると地味な印象を受けるが、よく見ると顔立ちはかなり整っている。これで第一声が「キモイ」なのだから、本当に残念な少女だ。


「あ、俺は……」


俺も便乗して自己紹介しようと口を開くが、メリーの元気で大きな声によって遮られる。


「アナタの名前は知っているわ! 不動 (いさむ)!」


満面の笑みを浮かべて俺に近寄る。待て、色々と間違っている。ぶっちゃけ名前を間違えられるのはいい気分ではない。彼女には悪いが、俺は間違いを訂正するためだけにすぐさま口を挟んだ。


「不動 (ゆう)です」


そうだ、よく間違えられることなのだが、俺の名前は「ユウ」だ。いさむ、だと少し古臭い! と母さんが気を利かせて読みを変えたらしい。恐らく間違えたのがものすごくショックだったのだろう。メリーは愕然としている。俺は謝罪の意を込めて彼女に視線を向けた。何か言わねば彼女が可哀想だ、と口を開こうとするが、またまた遮られる。


「あぁ……やっぱり……何かおかしいと思ったら召喚した彼はカッコイイジャパニーズサムライではなく、冴えない一般人だったんだわ……」


メリーがしょんぼりと俯く。レティはそれを哀れな目で見ていた。他にも色々引っかかるところはあるが、彼女また召喚と言ったな。俺はその言葉で大体今の状況を理解出来た。


多分、『異世界に呼び出された』のだ。


流行りのライトノベルでよくある展開だ。トラックに轢かれてチート技能を頂いて転生先で無双したり人員不足のためクラス丸ごと召喚されて結局残るのは主人公だけだったり、とにかく最近異世界モノが流行っている。こんなことが現実に起こりうるのかは知らないが、今の状況はそれらと酷似している。もしも異世界召喚された、というのならばメリーが名前を知っているのも何となく分かる。


「うぅん……私の口から話すべきよねきっと……ごめんなさい、ユウ。私すごく大きなあやまちを犯してしまったみたいなの」


涙声で語りかけるメリー。彼女の瞳は潤んでいる。レティはそれを蔑むような目で見つつため息を吐いていた。俺はというとその光景を黙って見つつ紅茶を啜ることしか出来なかった。無駄な発言をして長引かせるのも癪だ。ずず、という音が部屋にこだまする。


「実はね……私は女神で……」


彼女なりのジェスチャーなのか大きく手を動かしてメリーは語り始めた。レティは相変わらず冷たい視線を彼女に向けている。さすがにかわいそう。何があったのかは知らないけど、これはさすがに当たりが強すぎないか……? しかし、どれもこれもよくある展開だ。俺は何となく予想出来ていた事態を聞き流すかのように紅茶を啜る。立ったままなのでいい加減に足が痛くなってきた。帰りたいという思いが今にも爆発しそうなくらい膨らんでいく。


「そ、それも縁結びの女神なの……。今日は、その力を悪用し過ぎたと言うか……」


どもる彼女にとうとう堪忍袋の緒が切れたのかレティが勢いよく立ち上がった。机が揺れてティーカップがドミノのように倒れる。メリーはと言うと一度飛び上がった後小刻みに震えている。さながら助けを乞う小動物のようだった。


「あの? 女神様、縁結びの女神様ことメリア・ラヴメイクさん? ちゃんと説明しませんか?」


般若のような形相でメリーに詰め寄るレティ。このままでは喧嘩が始まってしまう、一触即発な状態…………なのだろうが、俺は黙って見ていた。ここで俺が出ても多分事態が悪化するだけだ。ここは何も言わず呆然と立ち尽くして背景の棒と化している方が幾分かマシだと思うのだ。


「あ、あうあう……分かってるわ……。あのね、この世界にはちょっと複雑な召喚法があるの……普通に魔法陣を書いて行う召喚法ではなくて……」


あたふたとするメリー。確か彼女、「縁結びの女神」なんだよな。もしかして俺を誰かと結ばせるために召喚の儀式を行ったのだろうか? 本当にそうだとしたら迷惑極まりない。


「18歳までの少女の小指に結ばれた赤い糸を辿ってその先にいる人物を召喚する、という方法よ。今回はそれを使ってアナタを召喚したのだけれども……」


「大失敗、に終わったんですよね? 女神サマ」


嫌味たらしくレティが笑う。そのときの彼女の表情は悪魔そのもの。逆らったらきっと殺される。そんな覇気が彼女にはあった。見ているだけでぞわぞわしてくる。今まで全て聞き流して早く終わるのを待っていたが、これだけはスルーしきれない。俺は恐怖に耐えきれずメリーの方へと視線を逸らした。……これだけ見るとレティの方が立場が上に見えるな。町娘だというのに謎の威圧感が彼女にはある。


「うぅ……ごめんなさい。本当はもっと強そうな人を召喚したつもりだったの……。ほら、『不動勇』って字面、めっちゃ強そうじゃない!?」


まぁメリーの言い分も分からんでもない。でも、俺はただの一般人な上、全てが平均以下だと自負している。ガラスのハートがボロボロになってしまうので、これ以上「俺の名前がいかに強いか」を唱えるのはやめてもらいたい。泣きそうだ。


「ちなみにアナタの赤い糸はこの子、レティと結ばれているの……。大分太い繋がりがあるようだったからきっと『町娘を片手で護れるほど強いジャパニーズザムライ』なのだろうと思っちゃったってわけ……」


何だそれは。名前だけで俺は召喚されたのか。もうやめてくれ。心が叫んでいる。裂けそうだ。心臓が今にも飛び出そうなほどだ。バクバクという音が二人に聞こえていないだろうか、とても心配だ。


「すみません、普通の一般人で……」


頭を深く下げる。何故俺が謝罪しなければならないのだろうか。疑問に思った。勝手に召喚されたうえ、凡人なだけで罵倒される? おかしいじゃないか。だが、面倒事はなるべくなら避けたい。俺は早く終わらせることに専念した。


「あーー……アナタが謝ることはないと思うわ。ただ……その……」


メリーが言葉を濁らせる。さっきまでうるさかったジェスチャーもやめ、手は膝の上に置いている。何か言えないことでもあるのだろうか。俺は少しだけきつい目付きで彼女を見る。


「えっとね……その。結論から言わせてもらいます。ユウ、アナタは『帰れない』の」


──え、今なんとおっしゃいました。

二話目でしたが、いかがだったでしょうか。一話より少し異世界成分が増したかと思います!

三話目では主人公の性癖が暴露されます。よろしければ次回も見ていってください…!

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