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虚ろのロトル  作者: 干物人間
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実力行使

 酒、タバコ、あるいはドラッグの匂いが充満する小屋の中に、喧騒が飛び交う。カードに負けた者が仲間であるはずの者に手をあげ、周囲の人間は当然のように煽った。


「いけ」「やれ」「マイルズに20000クライト」「コルトに50000クライトだ」「おい、バカッ! そいつァ俺の金だ!」


 賭けが始まったと思えば新たな喧嘩が勃発する。掃き溜めであるこの場では日常であった。なにせ彼らは人族(じんぞく)の商会組織ではあるものの、その(もっぱ)らが違法取引で成り立っている。


 その奥には鎖で縛られた鳥面(ちょうめん)の亜人が3人。いや、亜人というのは齟齬が生じる。この世界では、人間は人族であり鳥面の某等(なにがしら)には鳥人族という正式な区分が存在するため、亜人と呼ぶのは差別に他ならない。


 あまりにも騒がしい空間であったので全く目立たなかったが、その中に異質なものが存在した。商人連中すらも少しずつどよめき始め、いつの間にやらそれは嘲笑に変わった。


 暗い瞳に黒髪の少年が、いつの間にやら紛れていたのだから。


 面白がった者が近づいて肩を組む。


「ぼーや、こんなところにきてどうしたぃ。酒はまだはえぇよな?」


 その言葉に周囲はわっと湧いた。ここにいる者達はこの少年がどうなるのか(おおむ)ねわかってしまったし、それを愉しむ連中であるのだ。


「迷子ならおじさんがいいところに連れていってあげよう。ぼーやみたいな身寄りのない子供を引き取ってくれる優しいお医者さんがいてなぁ」


 アルコールと紫煙の染みついた口臭を煙たがった少年は数歩たじろぐ。


「ほら、そうと決まりゃ行こうぜ」


 男は強引に少年の腕を取り、引っ張った。周りの人間は「可哀想に」と嘲笑混じりに声を上げるものや「この働き者め」と煽る者ばかりで、鳥人達は明日は我が身かとその光景から目を逸らす。


「あー、いや…そのお医者さんとやらの居場所も後で聞かせてもらうけれど…」


 それはつぶやきにしてははっきりとしたつぶやきだった。しかしこの喧騒の中でそれが聞こえたのは近くにいた数人。それもなんと言ったかまでは全く聞き取れなかった。



 バンッ



 途端、少年の頭上で閃光と控えめな爆発音。控えめと言えど人族の騒ぎ声を(くつがえ)し黙らせるには十分な異常事態だった。


「そこの鳥人族について。どういうことなのか説明願えるか?」


 静まり返ったのを見計らい、少年らしい澄んだ声色で、少年らしからぬふてぶてとした質問を投げかける。闇商人達は質問の意味がわからずに揃って首をかしげた。そもそもまともに聞いていなかったのがほとんどであるが、それも次の言葉で完全に意識を切り替えさせられる。


「……申し遅れたけど、僕は知性種(ちせいしゅ)総合(そうごう)取締課(とりしまりか)特別監査員(とくべつかんさいん)のロトルだ。姓はない。異種族を取り扱う不正な取引報告を受けて監査にきた」


 ロトルと名乗った少年は気だるそうに肩元のサスペンダーを弄ぶ。


 特別監査員のロトルとは異種族を商品として扱う闇商人達の間では危険人物であった。その容貌も、黒髪黒瞳に白のカッターシャツとサスペンダー。少年らしく小柄で外見的特徴が薄いことこそが特徴。全て聞いていたものと一致した。単に忘れていたからか酒気を帯びていたからか、今の今まで誰一人気づくことは無かったが、その酔いも一気に覚めた。


「逃げた方がいいんじゃねぇのか…?」「バカかお前。この人数に対して1人だぞ」「しかし南の商会の噂は」「まて、あいつ噂によれば竜人種を連れてるんじゃなかったか?」「名前だけ借りた偽物かもしれねぇ」


 どよめきは困惑から意思を固める暗示のように変化し、まさに一触(いっしょく)即発(そくはつ)の状況である。


「もう一度聞くけど、あの鳥人族はどういう目的、経緯(いきさつ)があってあそこでああして縛られているんだ?」


その言葉通りそれを皮切りに闇商人達は少年に向けてなだれ込んだ。同時に少年も腰を低くする。


「特別監査員規則其二十三条第一項…監査員の命の危機、及び武力の執行がやむを得ない場合これを認め、後の裁判で対象者の罪が認められた場合、原則不問とする」


 それはただのつぶやきに過ぎなかったが、これが少年なりの合図だったのだろう。無感情で無感動。ニヒルに振る舞う少年の顔には爛々とした笑みがあった。


 知性種総合取締課特別監査員のロトルというのは魔法使いの名だ。魔法使いの間では有名人であるし、闇商人達にまで名が通っていたのは──



「アルケミー」



 ──強引な監査によって戦闘を勃発させては、その苛烈な魔法により、単独で一個団体を無力化するだけの戦闘能力である。

 ロトルが掌から黒く小さな塊を転がした。爆発物ではないかといっせいに人混みが割れたが一向に変化が起きない。


「スパイク」


 その命令と同時に塊は天井を目指すように垂直な柱へと形を変え、無数の針や刃を突き出して商人達に襲いかかったのだ。黒い柱はそれ自体が意思を持つようにして急所以外を切り裂いていく。肩、肘、太股、膝、足首。次々と無力化される仲間達を尻目に目前の少年が本物であるのだと確信する。しかしこうなっては後にも引けない。


 魔法は便利な道具としてこの世界に普及している。まして彼らは裏稼業を本業とした者達だ。便利な魔法を悪事に用いることは必然であった。それぞれが魔杖(まじょう)や護符を取り出し魔力を流し込む。炎や電気、あるいは単純な魔力エネルギーが次々に飛び出した。


 少年に襲いかかる多種多様の魔弾。逃げ場など当然あるはずもなく誰もがひき肉になると信じたが、そう上手くいくものだろうかという懸念(けねん)もあった。


 そしてその懸念は現実のものとなり得る。魔弾全てが着弾しないまま一様に消え去ったのだ。


「どうなってやがる!?」


 悲鳴があがった。その間にも影のような刃が闇商人達を貫く。


 避けるのに必死で攻撃の手が休んだ商人の群れに、あろう事かロトルは徒手(としゅ)空拳(くうけん)のまま突撃した。突進の速度を緩めることなく固めた拳を大きく突き出す。突き飛ばされたひとりが連鎖的に後ろの闇商人たちを蹴散らしては、先ほどの自発的なものよりも一層強引に、激しく人垣を割った。


 強化の魔法。少年のように己が拳や武器を文字通り強化するものであるが、本来硬化程度に留まるものでこれほどの破壊力を持つものではない。


「くっそ! なんの魔法なんだありゃぁ!?」


 そんな悪態もなんのその、続けて大振りの回し蹴りを放つ。


 (はん)放射状(ほうしゃじょう)に人間が吹き飛ぶ様を、残った者達はただ呆然と見ることしかできなかった。


「テメェ! 一人でおっぱじめやがったなぁ!?」


 怒号。いや、咆哮とでも言うべきか。とうに風前の灯火となった戦意を根こそぎ消し去るような咆哮は、さながら暴風だ。声の主は──


 身の丈3mはゆうに超える筋骨たくましい竜人だった。


「り、るりゅるりゅ、竜人種ぅ!?」


 小屋の中は阿鼻(あび)叫喚(きょうかん)に包まれる。


「待てよオメーラ、このオレのエモノなら前向いとかねぇと死ぬぞぉ…ラァ!」


 気勢一発、竜人の立っていた床が爆ぜた。およそ想像もつかないほどの質量弾となった竜人は直撃寸前に猛烈なブレーキ。当然着地した床は抜け、破片が散り、更にその余波だけで残りの殆どを吹き飛ばしてしまった。


「あぶね、今のじゃマジで殺すとこだった」

「殺すなよ」


 ワンテンポおそい指摘。かくいう少年はとうに飽きたと言わんばかりにテーブルに腰掛けている。


「わーってるっつの、ったくテメェ…なにが合図するだよ、アァ?」

「閃光弾、つかったろ」

「こんなところじゃ爆発物なんざ珍しくもねぇだろ!?」


 潰し潰されるだけの状況で潰す側の呑気な会話だけが響く。


「まぁ、もういいだろ。迎えを待つ…」

「こっちを見ろクソガキ!」

「「…?」」


 この期に及んでまだ騒がしいのがいるのかと視線を向けた先には息を荒らげる闇商人が3人と刃物を突き立てられた鳥人達の姿があった。


「んー…あー…」

「あー…っとに…」


 いまいち緊張感にかける2人に商人の1人が新たな叫びをあげたが、極度の興奮状態にあるようで聞き取れない。


「おい、デブ竜。お前が変なタイミングで入ってきたせいだろ」

「知るか、元はと言えばお前が合図出さなかったせいだろうが陰険チビ」

「めんどくさい…もう少し張合いがあればこんな結果にもならなかったのに」


 刺激すれば人質が無事ではいられないことは明白なため、努めて小声ではあったものの、やはりそれは気の抜けた呟きであった。


「いいかバケモノ共! 俺たちに手を出せばこの鳥共を殺すぞ!? 追ってきても殺すぞ。これ以上俺たちに手ぇ出すな。いいか!?」


 ナイフの刃を向けてむちゃくちゃに叫び散らす男にロトルは嘆息して小さく両手をあげた。そして──


強制(ギアス) 執行(オーダー)


 短かな詠唱により少年の目が淡い青に光る。光を見た3人の闇商人は半ば取り落とすようにしてナイフ、あるいは魔杖を地面に置いた。


 強制とはその名の通り対象に魔術的な強制命令を行うものである。発動の条件を満たした上で強制力が対象者の魔術的抵抗を上回れば強制は成功するが、命令が複雑化すれば強制力は必然的に弱まる。先の場合での発動条件とはロトルの目を見ることであり、その視線を集めるためにロトルは観念した様に諸手(もろて)を挙げたのだ。


「うぃー、ひやひやしたぜ。減給は別に構わねぇが、また講習だかなんだかを受けさせられるのはゴメンだからなぁっはっはっ」


 即座に3人を無力化した竜人が豪快に笑った。指先で(つま)むような動作で鳥人達の拘束具を引きちぎる。


 自由になった鳥人は左翼を折り曲げて腹を覆い、右翼は肩から水平に持ち上げた。鳥人族にとってこれ以上ない感謝を表す際に用いられるお辞儀らしい。2人の鳥人もそれに習った。


「猛々しきドラゴニュート、そして小柄ながら奴らを紙吹雪のように扱う賢者様。この度は危うきところをよくぞお助けくださいました。言葉をどれだけ尽くしても足りませぬ…」

「おう、気にすんな。仕事だからな」

「うん、気にしなくていい」

「そうはいきませぬ。この御恩を必ずしも果たすため、つきましては御二方のお名前とその住所を伺いたく存じます」


 あっけらかんと応える2人とは対極的に3人の中で一番身分の高そうな鳥人が一層(うやうや)しく振舞う。


「…んー、それについては後でお話しましょう。まずはあなた方の身柄を保護という形で一時的に預からせていただきたい。その後のことは担当の者に任せますので」


 ロトルが初めて敬語を使ってみせた。職務中であるため当然といえば当然ではあるが、どうも釣られて敬語になったという見立てが適当か。


「そのように致します。しかしどうか名前だけはお聞かせください。命の恩人の名も知らぬとは、我らにとって恥であります」

「ロトルです。こっちのでかいのがデーブーって言います」

「ざけんなチビガキ! …オレはグラームだ。グラってよんでもいいぜ」

「ロトル様とドラゴニュートのグラーム様ですね。我が心に刻んでおきましょう……」


 鳥人は二人の手をとって改めて礼を述べた。


「ひとまずお連れしましょう。グラは全員縛り上げて迎えが来るまで待機だ」

「わーったよ」



 ※※※



「で、君は最終的に強制(ギアス)まで使って無力化してしまったと…」


 真っ白なスーツに眼鏡を掛けた、いかにも幸薄そうな男は苦しげに書類を書き上げていく。痛いのはきっと頭か胃。あるいは両方だろう。


「下手したら人権問題だぞこれは…。ないとは思うけれどこれが正当な武力行使でなかったら飛ぶのは君の首だけじゃ済まない…」


 青ざめた顔で何やらブツブツと呟きつつも、手だけは動かし続けている。どうしようもない仕事人間だ。


「そもそも、いくら特別監査員と言えど君はあまりにも強引すぎる…。これじゃ監査ではなく強制捜査だ。まぁ特別監査員は得てしてそういうものだろうけれど…。それと、だ!毎度言ってるように被害はできるだけ少なくしてほしい。刺し傷や切り傷は下手をすれば失血死しかねないんだからな」


 たしかにいつもの小言だ。耳にタコができるほどという表現と口を酸っぱくしてという表現をかけあわせても足りないのではないか。


「聞いているのか、全く! だいたい、君がどれだけ強かろうと君自身が危険であることに違いはないんだからな!?」

「………」


 驚いたことにこの男は僕の素性を知った上で本気でこれを言っている。心労の絶えない男である


「まーまー、マミズのあんちゃん。確かにこいつは危なっかしいが、オレがついてるから大船に乗った気でいろやぃ」

「グラ、君も君だぞ。重体者のうちほとんどが君の攻撃だ。中には全身の骨がバキバキに折れた者だっている!」


「やー、そりゃー加減できなかったのは悪かったけどよぉ」などと言葉を濁した。豪快かつ感情的なグラームはどうにも理性的に叱られることに慣れていないらしい。


「君は誇り高き龍の末裔、ドラゴニュートなのだろう。であれば手加減くらいできるようにしてくれ」


 いまいち掴めない理屈を用いる。いつもこの位適当であればよいのだが。


「いやぁ、別にオラァ龍の末裔(ドラゴニュート)なんてどうでもいいんだがよ。ただの竜人だぜ。ま、実力は折り紙つきだがな!」

「はぁ…もういい。話を切り替えよう…。今回君たちが保護した鳥人種の3人だがひとりは王族にも繋がりのある貴族だ。あとの2人は侍女らしい」


 身の振り方に気品のある主人と常に一歩引いて弁えた態度の2人を見れば、それはある程度予想のつくことだった。


「そうか」

「そうか…って、君ね。もう少し驚いたりするところじゃないの? ここ!? 無礼を働いちゃったーみたいに…あ、いやいい……。君にそういうことを求めた私が浅はかだった…」


 何やらひとりで納得するマミズ。


「それでだね、君たち2人に"鳥人国の主要都市・フォウゲン"から招待がかかっている。今回の仕事ぶりも荒々しいものではあったが無事で何よりだ…。多少書類を書いてもらうことになるけれど休暇が貰えるだろう。それとは別に招待に応じてもらって構わない。外交のひとつになり得るし監査ではなく、少し調査も頼みたい」


 突如、相槌程度にとどめていたロトルの眉間にシワが寄った。


「いい。休暇と同じ扱いにしてくれ」

「はぁ?」


 マミズはややオーバーなリアクションを見せたがすぐに腕を組んで嘆息した。


「あのな、ロトルくん。休むことだって仕事のうちだし、休暇を与えなければ労働補償機関に目をつけられかねないんだぞ?」

「じゃあせめてもう少し張合いのある仕事を回してくれ」


 やや不機嫌そうに応えるロトルをグラームは(いさ)めない。それはある種の同意でもあった。


「はぁ、ほんとに…上には伝えるだけ伝えてみるよ…」




 少年が求めるものは弱者を蹂躙する悦ではなく


 強敵を屠った誇りとは似て非なり


 ただ自らの強さを自覚できる刹那にこそに悦びを見出す。


 それだけが虚ろな少年にとって唯一の悦楽──

こんにちは!干物人間と申します。

まずはご覧頂き、ありがとうございました。


ずっと前から書きたかったテーマであったため書き表してはこうじゃない、ああでもないと加筆したり削ったりと大変不安定なスタートではありましたがこうしてひとまず形にできました。これからも不安定なままではないかなと思いつつ、ぼちぼち書き進めていきたいと思います(笑)


あとがきではありますがこちらで本編の内容に触れることは今後もなしということにしていきたいです。


誤字脱字、その他諸々、できる限りないようにと努めてはきましたが発見いたしましたら感想等で教えていただくと大変助かります…。見つけ次第こちらでも改善していきたい所存です。


では、あとがきまで読んでいただきありがとうございました。更新速度はそう早くないものと思われますが、これからも読んでいただくと嬉しいです。それではまたお会いしましょ〜!

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