浮き足だった凧
宝生鉋は、人間関係が苦手になった。正確には、苦手だった。
思い返せば、活発な男の子であった。小学校では、いつもクラスの中心にいて、ふざけたことや面白いことをして皆を盛り上げる。時には教師に怒られることもあったが、それはどの小学生にも言えることであり、珍しいことではない。寧ろ、元気がいい証拠である。
そんな鉋は中学に上がる頃、おとなしくなった。おとなしくなったとはいえ、友人はいるし、休み時間に話をする。体育の授業でペアを組むときも、「俺が鉋と組むー」とあちらこちらで声がするほどだった。おとなしい性格になってもなお、ちやほやされるとは、どれだけ顔が広いのか。どれだけ人望が固いのか。ヒエラルキーの下層から見れば、きっと羨ましがられるに違いない。
時には、女から声がかかることだってある。
「また、鉋と〇〇ちゃんペア組んでるよー。このまま付き合っちゃうんじゃない?」
「いや、それはないよ。この間は、△△ちゃんだったから」
「じゃあその二人の取り合いになるね」
周りの生徒からはこんな声が上がっていた。それほど、鉋はモテた。他人の興味に貢献していた。でも、普通はおとなしい男がモテるはずがない。
なぜだろうか。
入学当初の鉋は、実はそれほどおとなしい存在ではなかった。男女関係なく、分け隔てなくクラスの皆と接し、人望も厚かった。誰もが「ルーム長をやるなら鉋君だよねー」「生徒会長もやっちゃうんじゃねーの鉋って」と言われてしまうほど目立つ存在であり、その域はクラスだけでなく、学年、全校へと広がってしまうほどだった。学校を歩いている人に宝生鉋を知っているかと聞いたら、「ああ、あの人ね」とほとんどの人から返ってくる。
でも、「モテる」というほどのキャラではない。それが、いわゆる「おとなしい」だ。
顔は多少なりとも整っていたが、身長は百七三センチと平均的で高身長ではない。髪は短く切られ、整髪料は付けておらず、無造作にはねているのは、どうやら寝癖のよう。
学校の中で一人や二人の女が好きになるならわかるが、ちやほやされるほどの存在ではない。
「鉋ってなんかちょっと変わったよな」
「そうかー?」
教室の自席。鉋は、本を読みながらなんとなく答える。
「そうかー? じゃねえよ! 小学校の頃はあんなに面白かったのに、今じゃどこにでもいるような人間になっちまったじゃねーか! 前は、本気で芸人になるんじゃないかって思ってたんだぞ」
「そうかー」
小学校から一緒の友人にさえ、この口調だ。小学校から一緒の友人が、少々の興奮を言葉に混ぜながら話しても、この口調。
「鉋ってさー、誰にでもそんな風に話してんの? そのうち友達いなくなるんじゃねーの」
「それもまた面白そうだけどなー」
友人は溜息をつく。
無理もない。昔の鉋を知っている人物から見たら、この姿はおかしく見えるに違いない。何かあったのだろうと探りを入れたくなるのも当然の行為。だから、この友人も話を広げようとした。
「なんかあったんじゃねーのか? 恋人に振られたとか、彼女に呆れられたとか、デートでミスしたとかさ」
「いや、ない」
本に目を落としたままの鉋を見て、また溜息が出た友人。
「まあ、本気で何か悩んでんならいつでも相談しろよな。俺ならいつでも聞いてやれるから。部活もやってないし」
そう言って、友人は放課後の誰もいない教室を出ていこうとした。でもそれを止めたのは、今の今まで興味なさげに返答していた鉋の声の色が変わったからだった。
「悩みなんかないですよ。ただ、どちらかと言うと、何も知らなかったからはしゃげていたってのはあります。知ってしまったから、変わってしまうんですよ」
教室のドアから、鉋を眺めている友人。友人は何を思ったか。意味ありげな表情を浮かべ、ニヤリと笑い、そしてまたもとの表情に戻り、
「意味わかんねーや……。また明日な」
そう朗らかに言った。
友人が出ていくのを、鉋はしっかりと横目で見ていた。読んでいた小説の蓋をパタンと閉じる。
読んでいた小説は終わりを迎える。
以後、鉋の風貌はだんだんと変わっていった。
髪型は、女の前髪が切られていないショートヘアー。学校指定のジャージの半ジップの間から見える鎖骨は、中学生の域を超えていた。
その雰囲気に、気圧されそうになる者が多数見られた。その雰囲気に、オーラに、多くの人間が引き寄せられていく。
だが、長くは続かない。
理由はない。ただ何となく、皆の興味はあちらこちらへと逸れていった。
残された、鉋。誰も自分に興味を持たなくなった。席について本を読んでいても、自分の中で流れる時間と視界の外で代わる代わる目まぐるしく変わる時間は、到底同じ時間だとは言えない。
これで小説に集中できる。面倒なことをしなくていい。そう心から思った。
ただ、ちょっとだけ、日課でもある読書、その小説の内容がふわふわしているのは、きっとその代償なんだと鉋は思った。




