第二十九話「10年の時を超え・・・」
「10年の時を超え・・・」
ナイトはぼやけた意識の中で、左目には真っ白な天井を、右目には真っ黒な天井を見た。
だが、いくら目を動かしても左目には真っ白な、右目には真っ黒な風景しか見えない。
まだ自分は夢の中にいるのかと疑ってしまうほど、単調な風景しか見えない。
しかし、麻酔の切れた右目の痛みで今、自分の意識ははっきりしているということがわかる。
なぜ、物体が物体が見えないのだろうか??
そして、なぜ左右で違う風景が見えるのだろうか??
自分はどこにいるのだろうか??
どのくらいの時間この単調な風景を見続けるのだろうか??
さまざまな疑問が一気に彼の脳を埋め尽くした。
だが考えたところでわかるはずもない。
ナイトはとりあえず自分の寝ているベットと思われるものから体を起こすと、あたりを手当たり次第触ってみた。
だが触ったところでそれが何であるかなどわかるはずがない。
彼は短くため息をついた。
そのとき、やや右側から甲高い声が聞こえた。
「あ、目覚めたんだ!!よかった!!」
彼は瞬時に声のした方へ向き、戦闘態勢をとった。
「何者だ??」
彼の冷静な声に彼女は短く笑って答えた。
「あははっ。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。私は清鐘麗那。あなたのメイドとしてジスニアから派遣されてきたの。実はあなたとはすごく昔に一度会ってるんだけどね。あ、でもあなたは大活躍したからそんなこといちいち覚えてられないか。」
清鐘麗那・・・。
どこかで聞いたことのあるような名である。
いや、むしろ忘れるはずの無い名である。
10年前のジスニアの街で、声が出ないせいでマフィアにからまれているところを救い、ともに共通の楽しい日々をすごした彼女の名である。
彼は表情を変えずにその声の主を見た。
しかし、真っ白な風景と真っ黒な風景以外何も見えない・・・。
「ここはどこだ??」
彼は清鐘麗那と名乗るその女性に冷たくたずねた。
「ああ、そっか・・・。包帯で見えないんだね。ここはあなたの部屋だよ。今あなたが寝てたのがあなたのベット。あなたはジスニア郊外の町カールスルーエの悪魔族と戦って右目を負傷したのよ。」
彼女の最後の言葉が、彼の胸にひっかかった。
「右目を負傷。それは、つまり右目がないということか??」
彼は表情も口調も変えずに聞いたが、内心そうでないことを祈った。
だが、彼女からの返答は残酷なものだった。
「そうか。ということは、もう騎士への復帰は絶望的であるということだな。」
彼は冷たくつぶやいた。
彼女は彼の弱気なその発言が気に入らなかったのか、急に表情を変えて喋りだした。
「何言ってんの!?あんたはこれからその騎士団に戻る為にリハビリするんでしょうが!!あんたがそんな弱気なこといってたらあたしがあんたを支援する意味ないでしょうが!!」
感情的な彼女とは対照的に彼は近くにあったベッドに座ると冷静に言った。
「では聞くがお前が入団者審査員だったとして、片目のない者を採用するか??俺だったら絶対に採用しない。足手まといになるだけだからな。俺が努力したところで騎士団に戻れる保障はどこにもない。」
彼の発言にとうとう彼女はキレてしまった。
「あんたねぇ・・・、やってみもしないで勝手に決めつけないでよ!!」
彼女は息継ぎをして続けた。
「あんたは今まで数々の伝説を残してきた男でしょう!?その体では「無理」だと言われたのに大人でも扱いの難しいロングソードを5歳で使いこなし、絶対に「無理」だと馬鹿にされながらも5歳で入団試験に受かって大人たちのどぎまをぬいて、「無謀」だといわれながらも14歳で団長の座をゴールドから奪いとった最強の騎士じゃない!!そんなやつがこんなところで足踏みしてていいの!?あなたはこれからいくらでも大きくなれる可能性があるのに、こんなことでその可能性を捨てていいの!?百戦錬磨の騎士が怪我なんかに「負けて」いいの!?」
彼女の言葉をナイトは黙って聞いていたが、不意にベッドから立ち上がると静かに彼女につぶやいた。
「そこまで言われてはやらないわけにはいかないな。俺もやるだけやってみよう。」
彼女の情熱が、彼の氷のような心を溶かしつつあった。