表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対、だめっ!  作者: 芝井流歌
PR
8/11

8

 ふと気がつくと、僕は自分のベッドの横に敷いてある布団で寝ていた。

 聖の布団……?

 だけど、隣に聖の姿はない。

 ちょっと安心、というのは聖と寝ていたら変態扱いされるからな。

 でも、僕の部屋で、これは聖の布団で、なんで僕はここに寝ているんだ?

 起きあがろうとしたけど、頭にズキンと鈍痛が走って、思わず声がもれてしまった。


「い……ってぇ……」


 頭に手を置くと、額が熱くてズキズキしている。

 熱でもあるのか?


「おにぃ、目、覚めた?」


 僕のベッドに座った聖が覗き込んでいる。

 僕は聖の布団で、聖が僕のベッド?

 なんだか考えていたが、それとは逆に聖は察しているかのようにこちらを見ている。


「水、飲む?」

「あぁ、うん」


 言われてみたらすごく喉が乾いている。

 用意してあったのか、枕元にあったコップを差し出された。

 頭がズキズキするけど、やっとの思いで起き上がり、水を一口飲むと、少し落ち着いてきた。

 しかし、今の状況がなんであるかを考えると、頭痛がひどくなり、なかなか思考が働かない。

 どうしたんだろう?


「おにぃ、頭、痛いの?」

「あぁ……うん、どうしたんだろう?頭打ったのか?」

「……もう少し、横になりなよ」


 聖は僕からコップを取り上げると、またベッドに戻って座った。

 本来なら僕が自分のベッドで寝ればいいものの、聖の布団にいては聖が寝れないじゃないか。

 物言いたげな顔をするわけでもなく、じっとこちらを見ているが……。


「聖、僕どのくらい寝てた?」

「分かんない、気を失ってたのか寝てたのか、分かんないから寝かせた」

「気を失ってた?」

「……分かんない」


 じっと視線を合わせていたのに、都合が悪いかのように目をそらされたけど……、なんだ?

 また横になると起き上がるのにしんどくなるかもしれないし、とりあえずこのままおとなしく座っていよう。

 頭痛はするけど、ぶつけたような痛みじゃなくて、なんかこう……、内側から殴られているような……。

 殴る……?

 殴った、のは僕じゃないか……?

 そう、決してしてはいけないことをしてしまったような……。

 いてぇ……考えるな、思い出すなとばかりに頭痛が激しくなりやがる。

 でも、忘れちゃいけないことを忘れてる気がする。

 どこかで忘れたいって声も聞こえる気がするが、なんだっけ?


「聖、僕をなんでここに寝かせたんだ?寝る前……うーん、意識があった時はなにしてた?なんでここに……」

「……休みなよ」

「なんで答えないんだ?思い出せないんだよ、寝る前が、てか寝たことが、かな?」

「疲れたんじゃないかな」


 いつも口数は少ないやつだけど、慎重に言葉を選んでるというか、濁してるというか。

 疲れてたって、なんか疲れるようなこと、したっけな?

 あー、頭が……いってぇ。

 汗ばんでるし、この時期に風邪……、でもなんか、ザワザワして気持ちがうごめいてるような。

 ただの風邪ではなさそうだが、とりあえず汗ばんだままじゃ気持ち悪いし、着替えてから考えるか。


「おにぃ、なにすんの?」

「着替え取りたいんだけどさ……、いててっ」

「俺が取るよ、どこ?」

「あー、一番上の引き出しにあるTシャツ……」


 Tシャツ……。

 ザワザワが一気に高ぶったと同時に、僕はすべてを思い出した。

 Tシャツ、凪沙に貸したんだ、そして僕はいけないことをしている稔を……。

 稔を何度も殴った。


「おにぃ……?」


 思い出した。

 寝ていたようだけど、夢じゃないんだ。

 夢であってほしかったけど、忘れたかったけど、忘れられない現実……。

 暴れて、怒鳴って、興奮したあげくに力が入らなくなって……、意識なくしたのか……。

 頭痛は興奮しすぎて血管がドクンドクンしていたからなのか。


「稔……、稔はっ?」

「……寝てる、たぶん」

「聖、僕は……、僕が稔にしたこと、見てたのか?」

「見てない、でも、……たぶん分かる、声とか、音とか……」

「やっぱり……、僕は妹に手をあげたのか」

「おにぃ、悪くないよ、たぶん」

「だめだろっ、妹を殴る兄貴なんてだめだろ……」

「おねぇも、悪い、俺がおにぃの立場でもそうなる、たぶん」

「……お前、僕に見るなと言ってたよな?……見たんだな、お前も……」


 少し黙ってからコクンとうなづいた弟の申し訳なさそうな表情……、家庭内の修羅場を小学生の弟に見せてしまった僕のほうこそ申し訳ないだろ。


「顔……、洗ってくるよ」

「俺、ついていく」

「大丈夫だよ、ありがとな、先に寝てるんだぞ?」


 まだ頭痛が残っているけど、少し頭を冷やして落ち着こう。

 これ以上聖にまで迷惑かけられないし。

 いっそついでにシャワーを浴びて、汗ばんだ服を着替えよう。

 今よりはましになるだろう。

 とはいえ、まだぼーっとしていて、どこかに魂が飛んでいきそうだ。

 シャワーを一番冷たくして、冷たいけど、身も心もクールダウンさせて、気持ちを立て直そう。

 稔は本当に寝ているのか、まだ泣いていないだろうか、僕が殴った頬は赤くなってないだろうか……。

 いろいろ気になるけど、どうしたらいいのか分からないし、情けないし、逃げたい。

 どんな顔すりゃいいんだよ……。


「弥……、タオル……」

「わっ、な、凪沙っ!……びっくりさせんなよ……」

「ごめん、びっくりさせるつもりはなかったんだけど、……髪ぬれたままだったから……」

「あ、あぁ、ありがとう」


 そういえば、稔と聖のことばかり気にしていたけど、一番の被害者である凪沙のことを考えてなかった。

 妹がしでかしたことだから、これは兄である僕が謝罪しなければならないんだけど……なんて謝ればいいのか分からない……。

 タオルで髪をくしゃくしゃしているうちに考えなければ……。


「弥さ、……あの、責任とか感じないでね?」

「……それは……できないお願いだな」

「お兄ちゃんだからとか、そういうの、そういうことじゃないから……」

「兄だろうがなんだろうが、僕はあいつの父親代わりをしなきゃいけないはずなんだよ、……だけどさ、父親どころか兄らしいことすらできてなくて、取り乱してごめん」

「そういうことならあたしだって、お姉ちゃん代わりなこと、なにもできてないよ?」

「凪沙はいい姉貴だよ、あいつらにとっても、僕にとってもな」

「……髪、ちゃんと乾かしなさいよね、まだびしょぬれなんだから」

「……はいはい」


 やっぱりお前には勝てないよ。

 僕なんかよりずっと広い心で見てくれてる。

 出来の悪い弟でごめんな。


「ひーくんは、寝た?」

「あぁ、うん、僕が出てくる時に寝ろとは言ったけど、あいつのことだから、きっと僕が戻るまで寝ないんじゃないかな」

「なにも言わなくても心配なのよ、ひーくんは優しいから……」

「うん、僕が起きるまでずっと見てくれてたみたいだったしな、あいつらしくじぃーっと見てた」

「ひーくんらしいね、明日も学校なんだから、早く寝かせてあげて?」

「うん、そうなんだけどさ……」


 考えてみたら、今日は凪沙と稔を一緒の部屋で寝かせるわけにはいかない。

 かといって凪沙を僕の部屋で寝かせるわけにいかないし、……今必要なのは、僕が稔のそばにいることだよな。


「凪沙、悪いけど、嫌だろうけど、今日は僕の部屋で寝てくんないかな?あ、いや、もちろん僕とじゃなくて、聖とだよ」

「いいけど……、みのちゃんが……」

「稔には僕がついてるよ、あいつは嫌かもしれないけど、今日はそれが一番いい」

「……うん、分かった」

「聖は物分かりのいいやつだから、お前から言っておいてな」

「うん、でも……、弥?」

「……なに?」

「もう、暴力はしないよね?しないと信じてるけど……」

「バカか?僕のこと、一番分かってんだろ?お前」

「分かってるけど、その前の芝居じみたかけひきもそうだし、……さっきみたいに取り乱す一面があるなんて、そんなの分かるわけないから……」

「自分でもびっくりだよ、人に怒鳴るなんて、僕の人生にあったのかとびっくりしてる」

「初めて本気で怒ったとこ見たよ……」

「そうだな、僕も怒りってこういう感じなのかって知った気がするよ」

「弥は優しいのよ、人を傷つけたくないから、いつも自分を攻める……」

「お前に僕の優しさが伝わってるとは思わなかったよ、優しいんだぞ?知ってた?」

「さあ?そんなとこあったっけなー?」

「おいっ、今言ってたよな?優しいって言ったよなー?」

「じゃーね、おやすみぃ、ちゃんと髪乾かしてから寝なさいよー」


 はいはい、ご心配どうも……。

 シャワーを浴びたおかげか、凪沙の言葉のおかげか、ちょっと心が洗われた気がする。

 お互いにお互いを分かってるつもりだけど、自分でも分からないとこは分かってもらえないのは当たり前のことだからな。

 あんなことがあったばかりなのに、平然を装いやがって……。

 羨ましい限りだよ。

 あいつのことだから、明日になってもふつうに稔と接してくれるんだろうが、僕はその場でどんな顔をするんだろうか。

 そういう時は聖が一番冷静なんだろうな。

 稔、まだおびえてるかな。

 拒絶するかな。

 でも、僕がちゃんと向き合わないと、避けられない、家族なんだから。


「……稔、起きてるか?」


 部屋からは物音ひとつしない。

 ちゃんと寝ているんだろうか。

 涙で枕をぬらしてるんじゃないかな。


「入るよ?」


 中は電気が消えていて真っ暗だけど、扉から差し込む明かりで、稔が布団で寝ているのが確認できた。

 電気を付けるのは申し訳ないから、明かりを頼りに、少しだけ顔を覗いた。

 やっぱり殴った頬が赤くなっている……。

 妹に、女の子の顔に、腫れ上がるまで殴るなんて最低だよな。

 ごめんな、最低な兄貴で。

 痛かったろうな……。

 怖かったよな……。

 明日、こんな顔じゃ学校行かせられないな。

 母さんには僕からちゃんと言うから……、僕が殴ったってな。

 赤く腫れ上がった頬に触れると、熱をもって痛々しさが伝わってくる……。

 できることなら代わってあげたいよ。

 いや、こんなにしてしまったのは僕だ。


「ごめんな……」


 思わずつぶやいたから起こしてしまったのか、頬に触れている手を、稔の手がそっと握ってきた。


「……おにぃ」

「ごめん、起こしちゃったな」

「痛くて眠れなかった……」

「そうだよな……、冷やすもん持ってくるよ」


 僕が離そうとした手を強く握りなおして、稔が引き寄せる。


「おにぃ……、ごめんなさい……」

「なんであんなこと……って聞きたくないけどさ、いくらなんでもだめだろ……、いけないことだって、分かるよな?」

「ごめんなさい……」

「いけないことだって気付いたんならいいんだよ、でもな……、その、なにがいけないのか、だ」

「なぎちゃんに……、女の子同士なのに……」

「……ん、まぁ……それは仕方ないというか……好きになっちゃいけないわけじゃないし、……その、誰もお前がそういう風に凪沙を見ていたなんて思わなかったから、……恋愛対象ってやつだとはさ」

「好きじゃいけないって分かってたけど……」

「違うぞ、いいか稔、好きかどうかじゃなくて、僕がいけないことだと言ってるのは、寝ている間に……、そういうことはだめだと言ってるんだ、分かるか?」

「……うん、でもきっとなぎちゃんが気付いたら、あたしのこと嫌いになっちゃうから……、だから……」

「だから、なのか?それは違うんだ、いいか?自分の気持ちを受け入れられなくて拒絶されるかもしれない不安も分かるけど、自分の気持ちを満たすために内緒で相手を汚したらそれを知った相手はどう思う?素直な気持ちをそのまま伝えて拒絶されるよりも、相手を汚して拒絶されるほうがいいのか?もしもだぞ?もし僕がお前に妹以上の特別な気持ちを抱いてたとして、汚されてから知るのと、素直に気持ちだけ伝えられて知るのと、どっちがいいか?どっちのお兄ちゃんがまし?例えばだぞ?」

「どっちもやだし、知りたくない……」

「知りたくなくて、じゃあ僕が、稔が気付かないことなら、なにをしてもいいのか?知られなければ、内緒なら、隠れてたらなにをしてても?」

「やっぱそれは知りたくない……」

「うん、じゃあ僕はお前に気持ちを伝えた上で風呂を覗かせろ!ていうのと、お前の知らないうちに風呂を覗かれるのはどっちがいやだ?」

「覗くなって言う」

「うん、覗かないで!と言っておけば、僕は覗かないかもしれない、でも、隠れて覗いてたとしたら、バレなければいいやって、僕は覗き続けるかもしれない、どうせならハッキリ覗かせろ!と宣言されて断ったほうがよくないか?知らないままだとずっと覗き続けられるかもしれないんだぞ?」

「……うぅ、どっちもキモいけど、覗かないでって言ってやめてくれるなら、知ってたほうがいい……」

「そうだよな?……例えが悪かったかもしれんが、稔は同じ選択しで、隠れて覗き続けるほうを選んだ、分かるか?」

「いけないことなのは分かってるから、だから、バレなければって思って……、でも、バレちゃったから……」

「バレなければいい、のは違うよな?好きな人に求めてしまうことは悪いことじゃないんだ、好きになるのは悪くない、むしろ僕だったら、本当の気持ちを知りたい、相手がどう思ってて、僕になにを求めてて、どんなことなら受け入れられるか、受け入れられないか、考える……、稔は?稔ならどうする?」

「……分かった、分かったけど、あたしもう……取り返しつかないことしちゃったからっ」

「取り返しがつかないことはある、でも、相手にどうやって挽回するか、失ったものを取り戻せるかは、自分と相手次第なんだよ」

「きっとなぎちゃんは許してくれないよ、もう嫌われたよ!」

「そうか?もし凪沙がお前を全力で拒絶したなら、とっくに家に帰ってるだろうな、と僕は思うけど?でも、さっきまでうちにいたんだぜ?お前のことを心配してたよ」

「……それは、あたしが謝るまで帰らないのかもしれないし……、でも、そしたら、謝ったら帰っちゃうし……」

「バカだなー、じゃあ、謝ってさよならと、謝らないままさよならだったらどっちがいいんだ?まぁ、謝ってもいない時点で重傷だけどな」

「おにぃは謝ったら……、許してくれると思うの?」

「謝らないのに許すやつはおらんよ、まぁ許す許さないは謝らないと分からないってことだ」

「……どんな顔して謝ればいいのか分かんない」

「そうだな、僕も稔にどの面下げて謝ればいいんだと思いつつ、いつの間にか説教になってしまったよ」

「痛かったけど、あんなに怒ったおにぃは見たことなくて、だから、あたしはとてもいけないことしたんだって思った……」

「そう、稔はとてもいけないことをした、だから僕はあんなに怒った……でもな、どんなに悪いことをしても、手をあげてしまったことはいけなかった、ごめんな、何度も……」

「怖くてなにも言えなかったの、答えろって言われて答えたくてもおにぃが怖くて……言えなかった……」

「うん、ごめん、……暴力を許してくれとは言えないから、僕は謝ることしかできないよ」

「あたしがいけなかったから、謝らないで?」

「謝らないと許してもらえないだろ?」

「……あたしも、なぎちゃんに謝らなきゃ……」

「そうだな、明日ちゃんと話そうな?」

「今、今から謝らなきゃ!」

「あー、うん、でももう寝てるかもしれないし、今日は遅いから、明日な」


 泣き疲れてたのか、僕の手を握る力は少しずつ弱くなって、返事は返ってこなかった。

 明日な、明日一緒に謝ろうな……。

 しっかりしていると思っていた妹が、こんなにバカなやつだとは、さすが血は争えないな。

 特に恋愛に関しては鈍感で臆病で、でも奥手なのか積極的なのか分かんなくて。

 僕とそっくりじゃないか。

 お兄ちゃんは、自分が一番だと思っていたが、どうやら稔も相当な恋愛下手らしい。

 まぁ、慣れてたらお兄ちゃん悲しいけどさ。

 複雑な気持ちだな、稔が凪沙を……、妹が女の子のことを好きになる……、誰を好きになっちゃいけないとは言えないが、よりによって凪沙とはね……。

 明日、か。

 明日になっても稔の頬は赤いままなんだろうな……。

 それを見て僕はまた自己嫌悪をきっと繰り返す。

 二人の仲も、どんな顔して立ち会えばいいのか分からない。

 稔、すっかり寝れたようで安心したけど、あんなにおびえて泣いていたし、怖かったんだよな。

 たくさん悩んで、我慢してきたのが積み重なって、きっと理性を失ってしまったんだよな……。

 なに一つ分かってやれなかった自分が情けない。

 今日、何度目のざんげだ?

 数えてねーし、数えきれねーよ。

 早く寝ないと明日がやってくる。

 明日は、稔と凪沙とたまきさんにも謝らなきゃな……。

 あぁ、明日も何度ざんげするんだかなぁ。

 先が思いやられるよ……。


「……たる」


 誰かに呼ばれているような?

 稔は寝てるし、廊下にも気配は……ない。

 あー、疲れてんだなー。

 さっさと寝たい。


「わーたるっ」


 確かに今、呼ばれたよな?

 怖いからっ怖いからっ。

 暗いのとか全然怖いからっ。

 絶対呼んでないし聞いてないっ。

 聞こえなーい!

 やだやだやだやだっ。

 まだ春だぞっ?

 幽霊は夏だろ?

 あ、違うか。

 夏に盛り上がるってだけで、季節は関係ないか。

 いやいや、だとしたら、いや、だとしない!

 だとしない!

 布団かぶれば見えないっ聞こえないっ、てかなんもいないっ!

 そうそう、呼んでるとしたら、きっと僕で妄想してるたまきさんの生き霊に呼ばれてるんだ、うん、きっとそう。

 ち、ちょっとそれはそれで怖いかもっ生き霊とか怖いかもっ。

 やめてやめてっ!

 誰も呼ばないでー!


「弥ってば!」


 えー!いやいやいやいや、空耳とかじゃないんですけど!

 めっちゃ呼ばれてますけどっ!

 て、おいーっ!

 布団めくらないでーっ!

 ほんとにっほんとに怖いからーっ!

 ……あ、待てよ?

 母さん?

 こんな夜中に帰ってくるのは母さんしかいない。

 脅かすなよー!

 いや、ちょっと安心しちゃいけなくないか?

 だって、これ、なんで僕が妹の部屋で寝てるの?って聞かれるよね?

 やばいやばいっ。

 考えてなかったー!

 稔の頬のことは言うつもりだけど、じゃあなんで殴ったの?って聞かれても。

 まさかこんなことがありまして、だから殴りまして、だからあれこれしてこうなりました、と?

 言えんだろー。

 いきさつなんて言える範囲がどこにもない!

 えーと、僕が飲酒しまして、それを止めようとした稔に酒乱しましたー、とか。

 酒乱しましたって日本語あってんのか?

 だめだ、肝心の酒がない。

 あ、そうだ、外で飲んできて、酔っぱらって殴りましたー、てのは?

 あ、殴った妹と寝てるのはおかしいよな、ふつうなら別々に寝るだろ。

 第一、僕が稔の部屋にいることがおかしいだろ!

 い、いてもおかしくはないかもしれんが、寝ないよな、寝ないよな?

 よっぽどの理由がない限り、寝ないよなー?

 うー、誰か起きてー!助けてー!

 母さーん!……じゃなくて、母さん来たら一番困るからっ呼んだら絶対だめだからっ。


「……本当に寝てるの?」


 はい!全力で寝てます!

 たぶん明日、母さんがまた出勤するまで寝続けます!


「嘘ついてもだめよー?」


 いやいやいやいや、見てっ!こんなに寝てるんだぞ?

 よく見ろよ!

 あ、だめ、やっぱ見ちゃだめっ。

 よく見ないでー!

 諦めてくださーい!


「寝てるかどうか、試しにチューしてもいいんだなー?」


 おいーっ!変態ですーっうちの母さん変態ですー!

 いくら僕が長男でかわいがられてたとはいえ、高校生の息子にチューはないですよねー?

 僕は聖にだってしたことないぞーっ!

 あ、それは願望はないことだけは付け足すけど。

 じゃなくて、どうすんのどうすんの!

 起きたら説明しなきゃだし、寝てたらチュー地獄だし!

 どうすんのこれーっ!


「……いいんだなー?じゃあ……」

「ちょちょちょちょっ、ちょっと待てっ!起きてるっ起きてるから勘弁っ勘弁して母さん!」

「母さん?……ぷっ」

「えっ、え?」


 母さんのチュー地獄から逃れようと布団から飛び出ると、薄暗い中で笑いをこらえている凪沙がいた。

 ゆ、幽霊じゃないよな?

 生き霊じゃないよな?

 なまもの?


「なにびびってんの?ぷははっ」

「なにやってんだよー!すんげぇびっくりしただろーがっ」

「お母さんだと思ったの?ぷぷっ、あせってやんのー」

「あせるわ!で、なんのようだよ、人をたたき起こしといて……」

「しー!みのちゃん起こしちゃうから、とりあえずリビング行こ」

「たたき起こしたくせに……静かにしろとか意味分かんねーし……ったく」


 せっかくやっと寝れるとこだったのに……。

 どうせ起こすんならふつうに起こせよなっ。

 びびらせやがって。

 くそっ、疲れとびびらされたのとで機嫌悪いんだぞ。


「まぁ座って座って」

「座って座って、じゃねーよ、僕んちだろーが」

「落ち着きなさいよー、びびったこと根に持ってんの?」

「誰がびびらせたんだよ!ふつうに起こせよなっ」

「まぁまぁ、でさ、みのちゃんとは話せた?」

「あぁ、まぁな」

「やっぱり気にしてたみたい?」

「そりゃ……、んー、なんつーか自分が悪いことをしたのは分かってんだけど、曲がった解釈してたから例え話とかしたら理解したみたいで、明日謝るって言ってたよ」

「明日かー、あたし、しばらく来ないほうがいいのかなーって思ってさ……、今日もやっぱり帰ろうかなと思って起こしたのよ」

「んー、どうなんだろうなー……、時間あけたら気まずいのが広がる気もするし、時間あけたほうが冷静になれるんかもしれんしなぁ」

「それとね、ひーくんが寝ないのよ……」

「聖が?やっぱり僕と寝たかったのかー、かわいいやつめっ」

「それは違うと思うけどね」

「かぶせて言うなよっ」

「たぶんさぁ、こんなことがあったのが結構衝撃的だったんじゃないかな?ひーくんには……」

「冷静といえど、まだ小学生だからなぁ、当たり前だよな……」

「でね、あたしが帰るから、お兄ちゃんと寝る?って聞いたの」

「うんうん、答えはもちろん、うんうんだろ?」

「ぶー!ざーんねーん!」

「はー?照れなくてもいいのにー、あいつめっ」

「まぁまぁ、やっぱりさ、彼は彼なりに弥を一目置いちゃったんじゃないかと思うわけよ」

「お兄ちゃんに惚れ直したってことか……」

「あんた、ひーくんのことになるとポジティブになるわよねー、羨ましいけど、違うのよ……逆に怖くなっちゃったんじゃないかな?」

「なんでだよ、別に怖がる要素がないだろ?」

「なんだろうなー、今までお兄ちゃんらしくなかったお兄ちゃんが、鬼おにぃだったっていう衝撃?……てのは言い過ぎだけど、がつんときちゃったのかなーって」

「物怖じしないと思ってたけど、そんな感じなのか?僕にはふつうに見えたけどな……」

「最初はあたしがいるから寝れないのかなって思ったの、でも、お兄ちゃんと寝る?って聞いたら、ぶんぶん首振ってさぁ……」

「ショックすぎるー!聖が僕をっ僕をっ」

「まあ聞きなさいよ、だからさ、帰るからねって言ったらさ……俺はおねぃと寝るからなぎちゃんはおにぃを頼む……って言い出したわけよ」

「なるほどなるほど、とても意味が分からないぞ?おにぃと寝たくない、おねぃと寝る、ここまでは残念ながら理解できる」

「……完全にパニくってみえるけど、理解してんの?」

「いや、分かるわけないだろー、その続きは意味が分からん!さっきはあれだけティッシュがどうのとかで軽蔑発言してたくせに、なんで僕と凪沙を一緒の部屋にするんだよ」

「それがね、ひーくんは弥をあたしに任せるって言ってたけど、そうじゃなくて、あたしを弥に任せたいんだと言ってると思うわけよ」

「都合のいい解釈だな、それは純粋に僕の暴走を心配してお前に託すという意味じゃないのか?」

「そうとも思うけどさ、帰るって言ってるあたしに託す?あたしのこと心配して、おにぃに任せるって解釈もできるのよ」

「いやいや、僕が暴走するのを怖がっているなら、凪沙には帰れというのが男だろ」

「だよね……、あたしの考えすぎかな?んじゃあやっぱり帰るね、ひーくんには悪いけど、そうさせてもらうわ」

「悪いのはうちのほうだろ、結局振り回したあげく、帰るはめになってさ……すまんよ」

「いいのよ、結果論なんて誰にも予測つかないんだし」

「送ってくよ、近いとはいえ、夜中に一人で帰すわけにはいかないからな」

「いいよー、どうせいざとなったらあたしのほうが用心棒になるんだから、足手まといはいらないよー」

「あーっそ、そんだけたくましければ変態もよりつかないか!じゃあ気をつけて帰れよ?襲わないようにな」

「けっとばしたろか?」

「冗談だよっ!でも、まじで送るよ」

「悪いからいいよ」

「なんかあったら悪いのは僕になるからなー、親父さんにも稔にも聖にも悪者扱いされるしー」

「はいはい、もういいわよ、じゃあねー」

「まったくー、素直じゃねーな、送ってって言えばかわいいのにさー」

「かわいくなくて結構よ!じゃあね!ちゃんと戸締まりしなさいよねっ」


 怒っちゃったー、たはは。

 ふざけすぎたかな?

 いつものテンションのつもりだったんだが。

 ほっんと強情なんだからー……。

 ……ったく、追っかけてやるか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ