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は、はははははっ。
そうか、そうなのか!
あの人はキモ男……改め、葉山くんのお姉さん。
そしてお姉さんは美少年好き。
そして僕は美少年!
こ、こんなうまい話があっていいのだろうか?
「あの、葉山……くん?」
「いつにする?言っておかないと部屋の片付けとかしないといけないからさー」
「え、まじで言ってんの?」
「え?来ないの?それなら……」
「いやいやいやいやっ行く!行くんだけどさ、いや、本当にいいのかなって……」
「そんな改まることないよ、友達連れてくるぐらい」
なんだよ……。
葉山くん!
めっちゃいい奴じゃないか!
それを早く言いたまえよ、葉山くん。
君と僕は同じクラスで親友で、その親友をうちに連れてくるけど、いいよね?姉ちゃん、と!
そして、姉ちゃんも一緒に話そうぜ?
なんなら俺は席外すよ、と!
えー、芹沢くんて名前なんだー?あたしのタイプの美少年だなー。
下の名前は何ていうの?
あたし、呼び捨てにしちゃおうかなー?
わ・た・る……。
ま、まずいですよ、お姉さん!こんなところで……。
お姉さんなんて言わないで、呼び捨てでいいわよ。
え、じゃ、じゃあ……。
「弥……、またニヤニヤしてるけど、よからぬこと考えてないでしょうね?二人きりになれるんじゃないかとか……」
「ばっ、バカ言うなよ!僕はそんな妄想するわけないだろっ!バカだなぁ凪沙はー、ははははは……」
恐ろしや、幼なじみスコープっ!
多分、凪沙が思ってる以上を妄想してたぜ、あは、あはははは……。
しかし、こいつがいる限り、僕の表情から思考を読みとられてしまうから要注意だな。
変な妄想も期待も御法度だ。
健全な男子校生だぜ、僕はっ。
「凪沙は……行くの……か?」
「それ、あたしに来んなって言いたいんでしょー?」
「香田さんも来なよー、俺の部屋意外と広いからさー」
おいっ!
やっぱり空気読めないのか葉山くん!
この状況で凪沙を誘うか?
ふつうは誘わないよ?
ふつうは誘わないんだよ、ここは!
しかも、凪沙は気付いてるんだぞ、あたしに来ないでほしいんでしょって、言ってる矢先だろうが!
「凪沙も行こうぜ……」
「顔、めっちゃひきつってるわよ、反対のこと言うから」
「そーんなことないよなっ、な、葉山くん!」
困った時の葉山くん、どうにかしてくれたまえ!
僕はもうこれ以上読みとられるわけにはいかないのだよ?
そんな時は君の出番だろ?
こういう時に空気読めない不思議発言するんだよ。
今だよ?
今、その不思議パワーを使わないでどうするよ!
「そうだよー、芹沢くんが誘ってくれてるんだから来なよ、香田さんも」
……僕が悪かったよ、葉山くん。
思考が読みとれない君が羨ましいよ、葉山くん。
はぁ……。
仕方ない、最初からうまくいきすぎたらアレだしな。
うんうん。
最初は葉山くんを頼りに、その後から僕が距離を縮めればよいのだ!
あったまいいー。
ふふん、インドアをなめるなよ?
「僕はいつでもいいよ、葉山くんちの事情がいい時で」
「そう?予定ないならこれから来る?今日は入学式と歓迎会だけだから、姉ちゃんも部活ないと思うし、ちょうどいいじゃん」
「い、いいのっ?行く行く!なー?凪沙っ」
「あたしは別にー」
「そんなこと言わないで一緒に行こうぜ?」
「思ってないくせにー」
「そんなことないってば、な、な?」
「弥が来てほしいんなら行ってあげるけど?」
ち、かわいくない奴め。
僕の空気を読んでくれないのか?
わざとだろうが、今の僕はポジティブシンキングだから痛くもかゆくもないがな。
「僕が人見知りなの知ってるだろ?凪沙がいてくれたら話しやすいしさー」
「はいはい、ご利用ありがとうございます」
手中がバレバレだが仕方ない。
実際、僕が人見知りなのは凪沙が一番分かってるはずだしな。
「じゃあ、二人とも来るってことで、後で一緒に帰ろうぜー」
千里眼の凪沙と不思議発言の葉山くん、くれぐれも僕の初恋を壊さないでくれよ?
初めての下校が我が家ではなく、初恋の人の家なんて。
本当にいいのか?
大丈夫なのか?
鼻血出さずに帰れるのだろうか。
緊張で話せなくなるのは覚悟の上だが、変な反応しないか心配だぞ。
いや、変な反応って下半身の話も含めてだ。
いろいろ含めて変な反応しないかが心配なんだよ。
あんなキラキラビームを長時間浴びたら、その場で鼻血が出血大サービスになってぶっ倒れないだろうか。
その場でぶっ倒れたら……、今日はうちで休んでいきなよ、なんて……。
いかんっ、また凪沙がジロリしてるっ。
なんてカンしてやがるんだ?
野生のキリンな気分だぜ、まったく。
「でさー、二人はぶっちゃけどういう関係なわけ?」
「は?だから幼なじみだってば」
「幼なじみでも、することはしてるんでしょ?」
「あー、ないない、色気すらないない」
「ちょっとー!チキンのあんたに言われたくないんだけどー?」
「誰がチキンだ、誰が」
「弥は鈍感だしチキンだからみんなから相手にされてなかったもんねー」
「お前だってそんな調子だから女として見られないんだよ」
「二人は夫婦漫才だねー、本当に仲いいな」
「……保育園からの付き合いだから、弟みたいなもんってだけよ!男らしいとこなんかちっともないしっ」
「おいっ、僕のどこを見て男らしくないって言ってんだ?体育祭のリレーで僕がアンカーやってた時、かっこよかったって言ってたの誰かなあ?」
「足が速ければみんなかっこよく見えるわよ!しかもあの時は二位だったしー」
「前のやつが遅くて二位だったんだよ!アンカーのせいじゃないだろーが」
「遅れを取り返すのがアンカーのかっこいいとこじゃない?あんた、足は速いけど、運動神経やばいしー」
「おいっ、失敬なこと言うなよ!僕にだって得意分野があるんだからなー?しかも、そういうこと、初対面の葉山くんの前で言ったら誤解されるだろーが」
「ねぇ、お二人さん?仲いいのは分かったから、落ち着いて落ち着いて、ね?」
「落ち着いてるわよ!」
落ち着いてるって、どんな言い方してんだよ……。
はぁっ、疲れた。
こんな調子じゃ、あの人にたどり着く前にくたばりそうだぜ。
そもそも葉山が変なこと聞くからいけないんだよ。
純粋無垢な僕が、野獣相手に野獣になるわけがないだろ。
キリンだよ、キリン。
草食どころか、草さえ食べれないピュアな僕が。
キラキラビームだけで大量出血死するかもな僕が。
でもでも、死ぬ寸前まであの人を見ていられるなら、死んでもいいかな……。
あぁ、そんなこと考えちゃう僕って、どんだけピュアなんだ?
話せなくたって、香りだけでも吸って帰りたい。
いや、それはちょっと変態ぽいな。
くんくんしたら間違いなく変態だぜ。
じゃあいっそガラス張りから眺めてるだけでも……。
「さ、どうぞー」
「おっじゃまっしまーす」
「……おじゃまします」
やばいぞ。
ついに着いてしまった。
もう引き返せないぞ。
あ、今のうちに引き返すいいわけを考えておこう。
いざとなったらきっと思いつかないだろうしな。
凪沙んちは近所だし、家族同士が仲いいから行き来してたけど、他人様の家に上がるのは久しぶりだな。
初めて上がる家ってだけで緊張してくるし。
「一番奥が俺の部屋だから、勝手にくつろいでていいよー!俺、飲み物持ってくから」
「勝手にって言われてもな……、どうする?」
「どうするって、行きましょうよ」
「緊張という言葉がないんだな、お前の辞書には……」
僕が凪沙んちで緊張しないのは慣れてるからであって、よその家で緊張しないわけがないのが分からないんだろうな、こいつには。
ただでさえ、あの人に会えるってだけで緊張してるのに、図太い神経にあっぱれだよ。
ここにあの人が住んでるのか……。
このスリッパも、あの人が使ってたりして……、ってやめろっ!
落ち着け、何か別のことを考えよう。
神経を集中させて……神経を。
……え、なんか聞こえてくる。
これって、もしかして、あの人の歌声じゃないのか?
待て、落ち着け、神経集中だ。
幻聴だ、あまりの興奮に幻聴が聞こえてしまったじゃないか。
どんだけだよ、僕のピュアは幻聴をも起こしてしまうのか。
「かっこいいね」
「……お前も聞こえるのか?」
それは幻聴なんかじゃなく、まさにあの人の声だった。
小さくてかわいくて、どこからそんなかっこいい声で歌えるんだって思うけど、間違いない。
僕を一瞬で夢中にさせた、あの歌声だ。
廊下を進む足が前に出ない……。
心臓がドクドクする度に体から魂を吸い取られていくような……。
腹をドカドカ殴られてるみたいな振動。
歌詞なんて聞き取れないほど真っ白になっていく。
すごい。
釘付けとはまさにこれのことか。
本当に十字架に打ち付けられてるみたいに動けないほどの衝撃……。
「なんだ、部屋で待っててって言ったのに、遠慮するなよー」
「……あ、あぁ」
やばい、本当に動けないんですけど。
呆然と立ち尽くすって言葉、これで合ってる?
「あ、姉ちゃん先に帰ってたみたいだな、呼んでくるよ」
「い、いや……」
動けなくていいから、このまま聴いていたい。
ここまで来たけど、聴いていられるなら、話せなくてもいい。




