10
結局、なんだかんだ眠れずに、明日というやつは今日になってしまった。
いつの間にか仕事から帰って寝ていた母さんの尋問から逃れる前に、聖を学校に行かせて、僕も学校へと向かった。
稔はというと、頬の張れはだいぶ治まったが、やっぱり女の子の顔を張らせたまま行かせられないので、休めと言ったのだが、本人の希望により、マスク着用で登校した。
これで母さんが起きても、昨夜の出来事はなにもなかったこと……というか、それぞれの中に収まったわけで。
しかし眠い。
高校生活は始まったばかりだというのに、サボってやろうかと思うくらい眠い。
自他ともに認めるコミュ障な僕は、今は誰に話しかけられてもスルーできる自信がある。
「おはよー、弥ー!」
と、誓った矢先に声をかけてくる空気読めない男、その名も葉山。
誓ったといっても話しかけるなオーラを出せるほど器用ではないし、単に眠そうな顔にしか見えていないだろうけどね。
そして呼び捨て定着しとるしっ。
まぁいいんだけど。
「おはよう葉山くん、昨日は急におじゃまして悪かったな」
「いいよいいよー!また来てって姉ちゃんも言ってたしさ」
「あー、うん……ありがとう」
「今日は香田さん一緒じゃないの?」
「んな、年がら年中一緒にいたら狂うよ」
「そうなのか?家が近所って言ってたし、買い物して帰るから用心棒連れていくねって言ってたから、昨日はずっと一緒なのかと思ってたよー」
ずっと一緒ねぇ……。
あながち間違いでもないというか、実際そうだったのかもだけど……、近所という先入観とは恐ろしいな。
あー、いやいやいや、できれば昨夜の自分はなかったことにしたい!
近所なのに送っていく途中であんなことになるなんて……、ないない、うん、ふつーならない。
「葉山くんこそ、たまきさんとは一緒に登校しないのな……、当たり前か、いくら仲良くても一緒には行かないよな、うちもあえて時間ずらしてたし」
「え?弥もお姉さんいるの?」
「いや、うちは妹と弟だよ」
「そうなんだー!じゃあ香田さんとも仲いいの?」
つっこんできやがるな……。
「あぁ、うん」
「香田さんて面倒見よさそうだし、いい姉ちゃんなんだろうなー!弥の姉ちゃんでもあるんだろ?」
「あるんだろ?と聞かれてそうですねとは答えたくない……ふぁ」
「今度は弥んちに招待してよー、香田さんも一緒に」
「あいつが来るとうちがうるさくなるから嫌なんだよなー」
「そうなんだ?じゃあうちの姉ちゃんも連れて行くよー」
聞いてんのかこいつっ。
僕は嫌だと言ったのに、たまきさんを連れてくるとか断れないじゃないか!
それに、たまきさんにうつつをぬかしてる兄の姿は見せたくないぞ!
「あぁー、うん考えとくよ……ふぁ」
「さっきからあくびしてるけど、眠いの?」
「あんま寝てなくてさ……あー眠みぃ」
放っといてほしいのに話しかけて来られると適当な返事になってしまうのは人間誰しもあるだろうよ。
許せ葉山弟よ。
「あはは!だらしない顔だなー!美少年がだいなしだぞ?」
そ、そのキラキラボイスはっ!
すごい嫌なタイミングなんですけど……。
「あー……、たまきさんっ、おはようございます!」
「おはよー!今更取り繕っても遅いよー!すっごい眠そうだねー、あはははは」
「そんなに笑わないでくださいよ……、僕だって眠い時くらいありますよ」
「あははっそうだよねー!ごめんごめん!で、昨日はなにしてたのかなー?」
ぎくっ!
「え、なにをって……なんのことをなにをとおっしゃってるのか……」
「恥ずかしがることないじゃなーい!言っちゃえ言っちゃえー!男の子でしょっ?」
「は、はいっ?」
なにっ?なにを聞かれてるの?
また妄想を働かせて変換されてんのか?
試されてんのか?
まさか凪沙に聞いたとかじゃないよな?
いやいや、あいつに限ってペラペラしゃべるはずがない。
それ以前になにもない!
あー、なにもなかったとは言い切れないけど、……いやいやできればなかったってことで!
「なになにー?どもっちゃうくらいだったのー?やだやだっ弥くんたらー!」
「なにもないですよ、残念ながらたまきさんが想像してるようなことはなにもないですって」
「えー?ねぇねぇ凪沙ちゃーん!弥くんが隠してるよー?やましさ満載だよー?」
そして振り返るとこれまたタイミング最悪の魔王……もとい、凪沙……。
朝っぱらからニヤニヤしてますけどー?
こいつだって睡眠時間的にはあんまり寝てないだろうに涼しげにご登校なさりやがって。
「たまきさん、昨日の弥の話……聞きたいですかー?言ってもいいよねー?弥ぅ」
「は、はっ?なんもねーだろーが!なんのことだよ」
かなり強気な口調にしてますが、内心バクバクですよもちろん!
カレーをよそる時に、あえてにんじん避けてよそってるでしょ?と聞かれて、ちげーしっ!って時くらいバレバレすぎたかも……。
「弥くーん!やっぱり楽しそうなことしてたんじゃーん!で、で?なになにー?」
あー、いいかげんにしてくれー。
眠くてだるい時にキラキラテンションアタックビームされてもまぶしすぎて棺に帰りたくなりますです、はい。
「ご覧の通り、疲れて寝不足になるほどアレだったよねー?わ・た・るっ」
今すぐ埋めてやろうかこのやろー!
「キャー!そんなにアレなのっ?アレだったの弥くん!そりゃ眠いよね!仕方ないよ、うん!でもでも、君はまだ学生なんだから、学校がある前日は控えなさいよ?ううん、しちゃだめって言ってないよ?ほどほどに、ね!」
「アレってなんすか……、まじで今つっこみ入れられるほど気力ないんで、お好きに妄想しててください……」
「いいの?いいんだね?聞いちゃうよっ凪沙ちゃんに聞かせてもらっちゃうよ!」
「いいのー?弥ぅ」
この世の支配者かのようなニヤニヤスマイルすんなっ。
どうせ本当のことなんぞ言わんくせに。
あー、でも、たまきさんに妬いてる的なことを昨日聞いた気がするけど、あれは真実なのか?
もし仮に真実だとしたら、ライバル視してるたまきさんに、あたしは弥とー……とかなんとか言い出さないか?
言わんよな?こいつの性格からすると、そんなことは決して言いそうに思えないけど……。
が、僕に不利なことを言ってからかう時があるからあなどれないかもっ。
「はい、僕はアレですので……、凪沙がなにを話そうが、どうぞ妄想のおかずにしてください……」
我ながらグッドチョイス!
凪沙がなにをばらそうが、たまきさんの変態妄想……、あ、いや、妄想に勝手に変換させれば、事実も単なる妄想になる!はずっ。
あとは勝手に事実と妄想をかき混ぜとけば、結局なにが本当なのかは発覚しない!はずっ。
ふふんっ、証拠なんてなにもないのだからなっ。
「でー、弥はビビりだからぁキスがへたくそでー……」
おいーっ!
若干事実的な体験談を言うのは反則だろーっ!
「えー!そうなのっ?でもでも、あの顔で慣れてたりやたらうまかったらアレよねー!へたなのね!うんうん」
「そうなんですよねー、ふいにしたキスはアレだったんですけどー、やっぱりへたくそでー!」
や、やめれっ!
公開処刑やめれーっ!
しっかり記憶しやがって……、ふいにとかやっぱりとかってなんだっ。
アレってなんだよー。
たまきさんまでへたくそに納得しやがってー!
「それでそれでっ、相手はどんな子?受けなの?攻めなのっ?」
あぁ……僕の初恋の人がおかしな妄想癖の持ち主でありがたかった瞬間があるなんてーっ、複雑すぎる!
「相手っていうかー、弥は攻めになりきれないのになろうとしてる攻めを演じてるって感じですねー」
「いいねっいいねそれっ!根はもっぱら受けなのに、相手のために攻めになろうとしてるんだね!うわぁっ!ピュアだよー!ピュアすぎるよ弥氏っ」
「そういうのって、ヘタレ攻めっていうんですよねー?」
「そうっ!そうなのよ凪沙氏!分かってるなー!さすがだよー」
「……僕が悪かったです!その辺でやめてくださいっ、変な妄想っ」
「妄想?」
「妄想?」
二人そろってキョトンとすんなよなー。
いや、一人は天然なキョトンなんだろうけど、もう一人は天然でも養殖でもないブラックキョトンだぞ!
たちが悪すぎるーっ!
「あははっ!弥ーっ怒ってるのー?」
「今なら素直に心から言うよ、怒ってます」
「冗談なのにー?怒ると事実を認めてるみたいだよー?」
「じゃあ全力で怒ってません!」
「あははっ!日本語おかしいぞー?あやしいぞー?」
「……お前のこと埋めてやろうと思ってたけど、僕が埋まってくるよ……、というわけで帰る」
「冗談だってばー!なにもそんなに怒ることないじゃーん!ねー?たまきさん」
「そうだよ!最初からうまい人なんていないんだよ!それに弥くんにはヘタレ攻めの素質があるのは事実だから大丈夫!受けの子はヘタレ攻めがいいんだから大丈夫!自信もって!」
「あー、はいはい、ありがたく受け止めます……、じゃ」
「帰ることないじゃーん!怒ったなら謝るからさー」
「寝不足だし頭痛くなってきたから帰る、というわけで担任によろしく」
えー!とかなんとか後ろで言ってるけど、無視無視。
僕の足は迷うことなく家に向かっているのだから。




