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●指輪を投げ捨てる彼女

作者: かや博史

夢に出る亡き婚約者。そのな意味は、

●指輪を投げ捨てる彼女


男性が、夢について相談に来る事は珍しい。



40歳になるという彼は、

メガネの奥に悲しみが感じられ、

なんとなく人生に疲れ、覇気が無かった。



ゆっくりと穏やかな口調の彼を見ていると、

きっと、どんなにか辛い過去があったに違いない。そう感じた。



そんな彼には、

同じ大学で知り合ったという彼女が居たという。



”居た”という過去形になっているのは、

その彼女が病気で亡くなってしまったからだ。


ふたりは2年付き合ったという。


彼女が亡くなった後も、

彼は毎年毎年命日には彼女のご両親の家に行き供養しているという。


ところが、

3ヶ月前の命日に、彼女の実家に行ってから


彼の夢の中に彼女が出て来る彼女が、急変したという。


彼があげた指輪を、指から外して投げ捨てるというのだ。



今までは、

亡くなった彼女が夢で出て来ても笑顔だったり、楽しそうだった姿だったのに、



この前の彼女の命日を境にして、

なぜか彼女の笑顔が消え、

指輪を指から外して投げ捨てるという暴挙に出始めたと言う。



「実家で何か私、粗そうでもしてしまったのでしょうか?」


それとも、

彼女にウソついてホントは安かった指輪を、

高価な指輪に様に偽って渡しのがいけなかったのでしょうか?


また、簡単な結婚式はやったのですが、

籍を入れなかったのを怨んでいるのでしょうか?


あれこれと色々と考えてみたのですが、分らなくて・・・・


それから、自宅でも不思議な事があったという。


仏壇が突然揺れて、

倒れるはずがないロウソク立てが倒れて、

白いロウソクが真っ二つに割れたんです。


なんか不吉な前兆かと思って、お伺いしました。



そんな相談だった。





「なるほど、彼女が指輪を投げ捨てる夢を見始めたのは、

 この前、貴方が実家に行った時からなのですね」



「はい」



「とりあえず、その時、

 彼女の実家でどんな事があったのか、教えてもらえますか?」


 仏壇のロウソク立てが倒れて、ロウソクが真っ二つに割れたという事ですが、

 その仏壇は誰を祀っているものですか?」


「彼女の事を供養する為に買いました」


「彼女だけ?」


「はい」


「え、じゃあ、

 彼女が亡くなってから買ったのですか?」


「はい」


「へぇ、それは珍しいですね。

 彼女の事を、とても愛していたのですね」


「はい」


「では、彼女の実家でどんな事があったのか、教えてもらえますか?」


「特に変わった事はありませんでしたよ。

 いつものように、ご両親に挨拶して、

 彼女の位牌に合掌して、お線香をあげる。

 毎年、同じです。」


「いやでも、

 今年は去年までとは違った所が、何かあったと思うんですよね。」


「ちょっと思いつきませんが・・・」


「その場には、貴方と彼女のご両親だけですか?」


「いや、彼女の妹も毎年一緒に墓参りします。

 あっ、そういえば今年は子供も2人連れてきたなぁ。」


「子供さんを?

 何か変わった事をはありませんでしたか?」


「いや、いい子達でしたよ。

 変わった事はありません。


 ああ、ただ、

 私が少し取り乱して泣いたくらいです。」



「泣いた?


 位牌の前で泣いたのですね?」



「はい、つい思い出してしまい・・・」


「ああ、彼女と結婚してたら、

 こんな風に子供を育てて、遊んで・・・

 そんな事を考えたら涙が出てしまいました。」



「そうですか、そんな事が・・・」


やがて、彼は当時の事を話し始めた。



私達は、大学2年の時に知り合いました。

彼女はその頃からしっかり者で、

頭が良くて、笑顔が可愛い子で、

私にはもったいない子でした。


映画が好きだった彼女とは、よく映画館に行きました。


今でも、彼女が好きだった犬の映画が来ると、つい

彼女の写真を持って見に行ってしまいます。


当時は、二人ともまだ若かったので、

結婚という言葉は出しませんでしたが、

私は彼女と一生添い遂げるもんだろうと思っていました。


彼女が見たいコンサートがあると、

その為に二人でアルバイトをして、お金を貯めて見に行ったりもしました。


彼の思い出話を聞いていると、

まるで彼の人生の時計は、


大学時代に彼女と付き合っていた時期で止まっているかのようだった。


彼女はショートケーキが好きで、

ふたりの記念日や誕生日はいつもショートケーキでした。


私はこんな幸せな日が、いつまでも続くと思っていました。



ところが、

彼女が就職の準備に入った時、

彼女が腰と背中が同時に急に痛みだしたというので、医者に行くと、

末期のすい臓がんであることが分ったんです。



余命半年でした。


泣いている暇はありませんでした。


その事を彼女の両親から告白された時から決めていました。






「結婚しよう。」


私は指輪を彼女に渡しました。


正直安アルバイトだったので、事実ですが、大げさに言ってしまいました。


「給料の20ヵ月分だぞ、高かったぞぉ」


すると、彼女は、

その指輪を大切にいろいろな方向から眺めながら、



「うれしい。ありがとう」


「いっぱいお金使わせちゃったね」


「大したことないさ、

 今度、割の良いバイト紹介してもらえそうなんだ。」



「私ね、

 籍は入れなくてもいいから、


 その代わり、


 一度だけ、


 ウェディングドレスが着たいなぁ。」



「ああ、一度だけじゃなく、何度でも着させてやるさ」


「バカぁ、一度だけなの。」


「そうか、そうだよね。」



その後、新婚旅行と称して、

ふたりで昔よく行った映画館とか、

銭湯とか、遊園地とかに行きました。


「もっと、ハワイとか、パリとかでもいいんだよ。」

と言うと、彼女は、


「ううん。

 健ちゃんと行った所を、忘れない様に心にもう一度刻みたいの。」



多分、

私があまりお金を持っていなかったので、気を使ってくれたんだと思います。




最後は

私の胸の中で、

泣きながら天国に行きました。




籍は入れてませんが、

彼女は私の妻だと思っています。


彼の重い話を聞いて、しばらく沈黙していた。



5分位して、私は少し涙目の彼に、


「なんとなく分った気がします」と小声で言った。



私が感じたままに彼に話した。



「多分、彼女は今でも

 貴方の事を愛していると思いますよ。



 人は、愛しているからこそ、


 鬼にもなる。そんな事もあると思います」




彼は無言で私の言う事を聞いていた。



「多分、彼女と貴方が逆の立場でも、

 貴方は同じ事をしたと思いますよ。


 貴方を見ているとそう思うんです。



 彼女が夢の中で、指輪を捨てたのも、

 ロウソクが半分に割れたのも、

 全て、貴方に幸せになって欲しいという


 彼女の愛情のような気がするんです。



 彼女の死後、止まったままの貴方の時計が

 再び動き出しますように。という」




ここからは、

もし、彼女が生きていたら、

こんな事を貴方に言ったのではないか。と私は思うのです。




「健ちゃん、





 今までどうもありがとう。



 もう十分です。



貴方が、子供が大好きだったのを知っています。


よく二人で

子供は2人は欲しいねって言ってたよね。


この先も

子供を持てぬまま

うらやましそうに、


他人の家庭の子供を眺めている

貴方を見ているのが、つらいです。


そんな健ちゃん、見たくないよぉ。



どうか、

もう私の事は忘れて、誰か良い人と結婚して下さい。



そして、幸せになってください。





だから、




だからね、






さよならだよぉ。





でも、もし、

今度生まれ変わって、また出合えたなら、






その時は、


私でよかったら、




ホントに、私でよかったら、


その時は、
















貴方の、お嫁さんにして下さいね。」


END


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