かくて神風と成る
多分、青森辺りにいます。(自転車旅行中&予約投稿)
ABC兵器の溢れる戦場でもパイロットを保護するべく、ボンガレのコクピットに窓は無い。
電源を失いライトも無く、一部の蛍光パーツによってぼんやりと輪郭が分かる程度の闇の中、蛮、弓軌、さくらの心中にも闇がさしつつあった。
弥勒の言葉にウソは無く、最上のカレーを作る蛮やさくらの命を奪う真似はしないだろう。
だがそれは保身のためにプライドを捨て、道具になれ、犬になれ、尻尾を振れ、という意味に他ならない。
元々人間だったマルチフードを調理し、最高のカレーを作って人類を家畜にすることを手伝え、と云っているのだ。
「…蛮、今は降伏するしかない。あんたは…死んだらいけない人だ」
行き詰まった空気の中、弓軌が沈黙を破った。
蛮の作るカレーは人を幸せに出来る。弥勒とは別の意味で平和を作れると、そう弓軌は確信していた。
「…俺のカレーは、美味いのか…?」
「ああッ? 当たり前だろっ…」
「…俺にはカレーの味がわからない…そもそも俺には味覚なんてモノがない」
「? 何言ってんだよ、あんなカレーを作れて、舌が効かないわけが…」
「本当です、料理長は……」
もしも光源があればさくらの泣きそうな顔を見えただろう。闇の中、声の震えだけが倒れそうなさくらの心を伝える。
「前大戦末期、俺の所属していた第四機動部隊は北海道戦線に参加していた。俺の部隊は多くの避難民を抱え極度の食糧不足に陥いり、ボンガレ用のカレーもなくなった」
当時、日本全土では敵対する南方同盟のHHと呼ばれる作戦によって寒冷化。そこで最も積雪への対応力に優れた北海道を決戦の場としていた。これが北海道が消失することとなった北海道戦線である。
「そして、俺の部隊は弥勒と同じことをしていた。軍の食糧難を解消するため…一般人をマルチフード化した」
外から弥勒の『早く決めろ』という意味合いの言葉が聞こえたが、そんなモノは誰にも届かない。
「いざとなれば、軍は民衆以上に軍そのものを守ろうとする。俺は何も知らないガキに母親を変化させたマルチフードの肉を食わせていた」
「だが、それはッ!」
「理由はどうでもいい、重要なのはその事実…お前はどうだ弓軌、ここで負けてもいいのか。
今は人を食べることに抵抗を持っているが、このまま時代が進んだら子供達はそれを当然のことと思うだろう。
それは正に、かつての人が森を焼き、貪ることに疑問も苦悩も持たなくなったようにッ!」
誰かが云った。戦争は終わることは無く、戦争がなくなることはない。だが人間は身近で戦闘が無いだけで戦争をしていることを忘れ、錯覚していくのだ、と。
「弥勒が勝てば人を食べることが当たり前の“しょうがないこと”になってしまう。もう一度訊く。 弓軌、負けてもいいのか?」
コクピットの中の何かが変わっていた。それは作り出されたカレーの匂いが人の心を躍らせるように、蛮から弓軌へと伝播している。
「…負けたくねぇ。皆にあんたのカレーを知ってもらいたいんだ。きっと皆、あんたのカレーを食べれば、人間なんか食わなくなる。だから、ここじゃ負けたくない」
「良い答えだ。さくらとビッグズババンを頼むぞ、弓軌」
「? 料理長?」
灯りが点いた。
その光はビッグズババンの操縦席、光源には蛮が居た。自身の胸に手刀を押し当て、突き貫いている
「な、何を…っ!?」
血は出ていない。 ボドボドと出てきたのは汚れた油とギチギチと鳴る何かの音。
自身で引き剥がした胸板の下にあったのは、熱い血肉ではなく、熱すぎる鉄の回路。さっきから光っているのはスパークしている蛮の回路だった。
「見ての通り、俺は弥勒と同じ、スモールサイズのボンガレだ。俺のガレドライヴを直結させれば、ビッグズババンは生き返るはずだ」
「そんなもん引きずり出して、あんたは大丈夫なのかッ!?」
「知らん!」
そのとき、“俺は自分のカレーの味はわからない”という蛮の言葉が弓軌の中でリピートされた。
彼がなんのためにカレーを作っているのか、そしてなぜ彼のカレーは美味いのか、それがわかった気がした。
自分が食事ができない体になっても、味覚も全て無くなっても、誰かの幸せだけを願い続ける男の作るカレーが、不味いわけなどが無かったのだ。
「…わかった、あんたが死んだとしても、ビッグズババンは俺が操縦してやる」
「当たり前だ! お前は職業的にサルベージしていたんだろう? 包丁よりはマニピュレーターの方が扱える、そうだろう!
蛮が吠え、足元の鉄板を蹴破ってコードを引きずり出す。
「やだっ、料理長、やだァああーー!」
「行け! さくら! 弓軌!」
胸から出した回路をビッグズババンのコードに突き刺すように直結させる。
さっきまで明かり代わりになっていた蛮のスパークがなくなり、代わりにライトが灯る。そして弓軌の中に炎が入った。
今まで自分の中に燻っていた決意が、蛮という熱に当てられ、今、大きな炎として自分を駆動させていることを感じていた。
「う…う、あああああぉおおおおっ! シャああああッ!」
動かなくなった蛮の躯を背もたれに、弓軌は後部座席からメイン運転席に飛び乗った。
ズバっと涙を拭い、バンと操縦桿を握り、機器を踏み込む。
「蛮…ビッグズババン…ッ! やるぞ! 時代はミロクには渡せない!」
その熱さを感じるとるサーモグラフィーを持たない弥勒は、苛立ちを覚えていた。
「どうしたんです! 仏の顔も三度まで…早く決めて…」
弥勒が歯痒さまで覚える中、突如として無線が復活した。
《やるぞ! 時代はミロクには渡せない!》
先ほど壊れたはずなのに無線が使える。これが一つ目の驚き。
無線の向こうから聞こえてきた声は蛮ではない、これがまず二つ目の驚き。
そして、三つ目の驚きはすぐにやってきた。
動かないはずのビッグズババンの左腕が、むんずと空を飛ぶロケットパンチのひとつを掴んだのだ。
「なんとぉっ!? 電波の出力変化でこちらの無線不調まで治ったのか!? なんだっ? この力場は!?」
弥勒が反応するより早く、ビッグズババンのパイロットは次の行動を起こしつつ、弓軌は改めてボンガレという兵器の完成度に恐怖すら覚えていた。
《五本指のマジックアームってだけでスゲぇのに、なんて精密動作性だ》
かつて、弓軌がサルベージ中にアームを折ってしまい、それを残った腕で付け直したことがあった。
そのときは、水中でかつ三本指のマニピュレーターを使っていたせいで二十分を要した。
しかして今使っている腕は、蛮のガレドライヴで動く魂すらこもった超高性能マニピュレーター。
その腕で弓軌はロケットパンチのリモートコントロール回路を破壊し、ガトリングガンを失った右腕に取り付ける。要した時間、二,九秒。
《ミスった。両方左腕になっちまった》
外したガトリングガンは右腕だったが、捕らえたロケットパンチは左腕。
性能上の問題はないが、ただでさえダルマのように悪いプロポーションが輪をかけてダサくなった。だがしかし、なんだか知らんがとにかく良し。
「どういうことです、蛮さんが操縦しているのではないんですか?」
《操縦してるよ、今も蛮がっ!》
状況把握はできないながら、既に弥勒は何をすべきか理解していた。
これは明らかに敵対の意思表明、予期していた通り、やはりこのボンガレが味方になることはないだけだ。
「…ならば、ここでこの弥勒が倒すだけ、といったところか!」
残る九つの腕が空気を叩き、ソニックブームを生みながら超音速へとゆるやかに加速するのが弓軌にははっきりと視えた。
弾丸のように速く、結界のように広く、針の様に正確に、襲いかかる鉄拳はビッグズババンを包囲するが、ビッグズババンの巨体はするりと隙間を抜けた。
「なにぃっ!?」
ビッグズババンは次の瞬間には全身の装甲を脱皮し、さらに早く動いていた。
このとき、トリプルシックスのロケットパンチは、その高性能さを大いに発揮していた。
今までの蛮の攻撃パターンを記憶し、その中から相手の攻撃パターンを予測、それはガレドライヴが積んであるからこそできる超演算であった。
「なぜ…攻撃が当らないぃいいいいいッッ!?」
だが、その超演算が弓軌に味方した。
歴戦のパイロットである蛮から、いきなり若葉マークの弓軌に変わり、記録したデータが空回りしているのだ。
それに弥勒が気が付いていれば、ロケットパンチの操作をオートマチックからマニュアルに変更するだけで対抗できたのだが、弥勒はマルチフードばかりを相手にしており、ボンガレを相手にしたのはこれが初めてだった。
初体験というのは痛く惨めな物である、失敗して当然である。
成功のための失敗として次があるならそう割り切れる。が、弓軌はその弥勒の痴態に付け込み、次なんぞ与えない。
「でァやあああああッッ!」
先ほども記述したが、この辺一帯は戦時中の爆撃によって大きなダメージを受け、廃墟同然。
そして廃墟として大量の鉄屑があるにも関わらず、なぜこの町の住人は鉄屑を求めて面倒なサルベージなんぞをしているか? 答えはシンプル、この辺りに残った廃ビルはいつ倒れるともわからない不安定さで、回収がサルベージ以上に危険だからだ。
「ああ、わかってる、わかっているぜ、蛮ッ!」
弓軌は当然、サルベージをやっていただけにどのビルが倒れそうで、どのビルを倒すのが最も効率的かを知っていた。
それはすなわち、この摩天楼、かつては東京の中心であったこのビルディング、東京都庁である。
「ズババン、ラリアァットォッ!」
蛮の心のガレドライヴ、弓軌の知識という名の技、ビッグズババンの力。
これらが練りこまれた心技体のビッグズババンの一撃が、危ういバランスで保たれていた東京都庁を揺るがすことができないはずがない。
『ビィッグ! ボンバぁアーーァッ!』
打ち合わせもしていないのに、弓軌とさくらが叫んだ。崩れゆく東京の象徴は東京救世主に向けて落下している。
「…な、なんとおおおおおっっ!?」
弥勒は反射的に、ロケットパンチの攻撃目標を都庁へと変更し、拳は次々と都庁を貫いていくが、ロケットパンチの威力が高すぎた。
これが中途半端な威力ならば砕くこともできただろうが、ロケットパンチの超高速はライフルのように正確に鉄を貫いてしまったのだ。
圧倒的な体積の前には、小規模な線での破壊力は無意味でしかない。
「ウWOOOオオオオァAAOOOォォッッ!?」
鉄骨が、コンクリートが、トリプルシックスの身体に突き刺さる。
埋まる、埋まってしまう、世界を救うトリプルシックスが、至高の機体が。
そのとき、弥勒の鋼鉄の脳髄に生身だった頃の消去したはずの記憶がノイズとして襲う、走馬灯のように。
「私は…俺は、こんなところでは、死ねんなっ!」
瓦礫を踏み越え、トリプルシックスは粉塵の中を泳ぎ、堂々と瓦礫の上までたどり着き、そびえ立って見せた。
ただの救世主ごときにできることではない、弥勒もまた一人の男として人類の未来を考えているのだ。
「出て来い! ビッグズババン! 今ので死んでないのは分っている! 勝負だ!」
《当然だ》
瓦礫から陽炎のようにゆらりと立ち上がった傷だらけのビッグズババン。
対抗すべく、トリプルシックスもロケットパンチを戻す……が、戻ってきたのは左腕が一本。
壊れたわけは無いが、都庁に埋まってしまい、再起動して戻ってくるのに何秒か掛かる。そしてもちろんそれをビッグズババンが待つわけもない。
『勝負っ!』
「メシア・ナックルッ!」
「飯屋パァアアアンチ!」
瓦礫の上を二台のボンガレが走る、生と死の狭間、人類の未来を賭けて。客観的に見ればそれは一秒にも満たない。静止した時の中の一撃だったが、互いの意識は無意識の中で走馬灯のように交差した。
この瞬間、弓軌は一流のパイロットだった。 遥かに成長して最短距離を最速攻撃を繰り出した。
だが、トリプルシックスのコンピューターは、元々一流のパイロットの攻撃を想定している。美しいまでに正確な攻撃は、トリプルシックスの予想した通りの動きだった。
「(防げはしない、だが、致命傷にはなりはしない!)」
ほんの数センチ、ゼロコンマ数度だけ、弥勒は胴体を動かした。
ビッグズババンの方が早いが、その攻撃は致命傷にはなりはしない。
「(攻撃が、当たらない…!)」
弓軌は一流になってしまった。 そして一流ゆえに勝敗を悟ってしまった。
「(――負けた。)」
悔いは無い。 弓軌は最後の最後で一流の男になり、敵である弥勒もまた男だった。 男と男がぶつかれば、必ずどちらかが死ぬ。 それだけのこと――。
「カレーが胃にある間は! 諦めるなッ!」
弓軌には、蛮の声が聞こえた気がした。
だが、蛮ではない、蛮はもう喋れるはずは無い。だが、幻聴だろうと奇跡だろうとどうでもいい。
諦めない。 胃袋の中にカレーがあるのだ。 たっぷりとカロリーがあるのだ。カロリーさえあれば、人間は、明日を信じられるのだ。
「ア、ァァあああああっっ!」
ビッグズババンの腕は、トリプルシックスの胴体を貫いた。
正確にコクピットを貫き、トリプルシックスの拳はビッグズババンの脇腹を掠めただけだ。
この戦闘、さくらと弓軌が弥勒と遭遇してから一時間も経っておらず、未だに太陽は昇りきっていない。
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