腕
予約投稿っ!
戦争の前、ここには笑顔が有った。
戦時下、ここには死と恐怖が満ちたが、それは全て終わったはずだった。
砕けた都庁や朽ちようとするタワー、象徴の面影だけを残しているこの地で新たな笑顔を作るべく、二台のボンガレが対峙していた。
《既に破壊の限りを尽した荒野、ここなら遠慮なく戦えますね…私としては給食係を引き出してくだされば、戦わなくてもいいんですが?》
「…そもそも、お前は誰なんだ?」
蛮の質問に、面々は少々唖然とした。そうか、コイツはその場の雰囲気で乱入したのかと。
《私は東京都救世主の弥勒と申します。人間をマルチフード化し、その肉を都民に振舞っています》
「…なるほど、それでさくらが必要なわけか。マルチフードへの変質は、素体の精神状況によって変化後のサイズが異なる。さくらは心身ともにストレスが少なく…ラージか、それ以上のサイズのマルチフードになるはずだ」
《…よくご存知で》
無線機越しに聞こえる弥勒の声には驚嘆があった。弓軌にしてみれば、人間をマルチフード化する技術自体が初耳だったというのに蛮はなぜこんなに詳しいのだろうか。
「料理長、ストレスって何ですか?」
「マイペースの対義語だ」
「…えっと、マイペースって?」
「自分が食われるかどうかという瀬戸際に、そういう質問ができることだ」
《…何にせよ、マルチフード化についてご存知なら話が早い。ラージ以上のマルチフードにでき、東京都民以外の人間…というのは貴重です、引渡しを》
態度こそ丁寧だが、無線機越しでも弥勒のプレッシャーに弓軌は奥歯をかみ締める。一触即発、だ。
「断る」
いかなる譲歩や交渉の余地のない覚悟。蛮の言葉がゴング代わり。無線機の向こうから弥勒が無線を切る音が聞こえた。
「シートベルトを付けて可能な限り動くな」
蛮はそう云うと、クラッチを切ってペダルを踏み込む。カクテルシェイカーのようにコクピットが上下に揺れ、弓軌の胃袋の中のカレーが喉まで込み上げる。だが、吐きはしない。 少なくともこの戦いが終るまでは。
トリプルシックスの操る十のロケットパンチは、夏場の蚊のようにビッグズババンに浅い一撃を与えては飛び去る。
深刻なダメージにはなりえないが、ハイスピードで連打されたら並のパイロットはロケットパンチを捉えることすらできないだろうが、蛮は深いダメージになりそうな一撃を選り、ガトリングアームで受け止めている。金属同士の激突する音に続き、再び無線の電源が入った。
《ヒットアンドアウェー…というヤツです。 あなたに勝ち目はありません。降伏しなさい》
「この程度のスピードに、俺が対応できない、そう云いたいのか?」
《ええ、その通り!》
「…ひとつ、わかったことがある」
《なんでしょう?》
ロケットパンチの動きの、一定のリズム。そのリズムの中のワンテンポ、反撃のタイミングがあった。
ビッグズババンは、盾代わりに使っていたガトリングアームを反転し、腕なしのトリプルシックスへと向けた。蛮は並のパイロットではなかった、それだけのことだ。
「お前は莫迦だ」
排莢が跳ねて弾丸が飛んでいく。ロケットパンチが蚊ならこちらは蝿か何かのようだったが、蚊は蝿より早かった、ロケットパンチが二本か三本、空中で弾丸を殴り弾く。
《バカでは有りません! 救世主! 救世主のマツザカ・ミロクです! マツザカ・ミロクをよろしくお願いします!》
――今の動作は、操作のフィードバックが早すぎた――
蛮は、あのスピードはそれぞれの拳に一つずつガレドライヴ搭載され、胴体に一つ、そういう構成でないと説明がつかない、自らの仮説を確信に変える。その思考もガトリングガンが弾丸を一〇~二〇撃つ程度の間に纏める。
ならば、本体を叩くしかない。蛮は既にガトリングのカートリッジを取り外す操作をしていた。
「チェンジ・ビッグ・ズババンっ。第二の姿、キラービー・ハァンド」
ガンの下には銀色の鉄棒が反り立っていた。というかガトリングガンの弾倉を回転させるパーツなのだが、鋭利な部品ではあり、それだけでも武器といえば武器らしくはある。
蛮はトリプルシックスめがけて即席の槍を構えて跳ぶ。しかし弥勒はその思惑を読みきって逃れるべくバックステップで距離を保つ。
「頼む、緑一!」
コクピットの中で蛮は叫んだ。応えとばかりに地中で待機していたグランドライナーが動いた。
大地を裂き、トリプルシックスの背後から例のボンガレ運送用エレベーターが生えて退路を断つ。
距離を取ってからロケットパンチで仕留めるという負けない戦い方をしていたつもりの弥勒は、不意を突かれ、まともに狼狽した。
「ヅォオオオオオッッ!」
キラービーハンドを構えて突撃する蛮の雄叫びは狭いコクピット内に残響。
必殺のキラービーハンドはまっすぐトリプルシックスの胸部コクピットを貫き、同時に十のロケットパンチはビル残骸の中に墜落した。
「やっちまった…のかっ!?」
細長い槍とは云っても、それはボンガレサイズに限った話。
コクピットに乗った生身の人間にすれば野太い凶器。弓軌は大昔に有ったアイアンメイデンという諸兄道具を連想したとき、無線機が何かを受信した。
《私を直接攻げkあqwsでrftgyふじこlpゅつが有ったんvgbhか、戦場では》
ノイズの砂嵐を切り裂き、周囲のロケットパンチが再び浮上した。
「料理長! 離れて!」
「わかっている!」
ビッグズババンは刺した腕を引き抜く時間を惜しんでキラービーハンドを力で捻じ切り、その勢いで転がるように退がる。
《…シングルドライヴのゴーディオスのパワーで折れるはずが…ッ!?》
「何度言わせる! こいつはゴーディオスではない! 我が兄弟にして我がマシン、ビッグズババ――」
言葉も途中、十のロケットパンチは壁として生えたボンガレ運送用エレベーターへと殺到した。
ほんの数秒叩かれ、バベルの塔のようにそびえたそれは、いまやピサの斜塔のように歪み、傾いた。
「っちぃっ?」
《こqせdrfゅう用のパーツは出せませんね…これでpぉきじゅyゃべれないようですね?》
大地を穿孔する以上、エレベーターはまっすぐでなければ引っ込めることも伸ばすことも出来ない。
逃げ場を失ったビッグズババン、十のロケットパンチが次に狙ったのはトリプルシックスの胸板。五本の腕の二十五本の指が隙間に指を掛け、刺さっている鉄棒ごと装甲版を引き剥がしてコクピットを露出させた。
「無線機がイカれたのでーッ! 口頭でいきますっ!」
ハッチを破壊し、そこに現れたのは胸にポッカリ穴の開いた弥勒。この“胸にポッカリ”というのは別に比喩ではない。
そのまんま胸に真ん丸の穴が開いているのだ。 血の一滴も流れずに応えるように蛮はスピーカー操作のスイッチを探す…が、見つからず、さくらが探し出してスイッチを入れた。
「先ほどの攻撃は完璧でした。私が“人間だったら”決着でした。しかし私は東京都救世主…人間ではありません」
「わかっている。スモールサイズのボンガレだろう?」
スモールサイズ、それはマルチフードの階級を分ける言葉。戦時下ではスモールによる小規模戦闘が横行し、重量級のマルチフードでは対応できなかった。
そんな中で等身大のマルチフードを倒すために等身大のボンガレ、すなわちアンドロイドを作るというのは至極自然な発想だったのだろう。
「ご明察。私は戦後復興の大義を忘れぬため、移ろいやすい脳髄と肉体を不動不屈の鋼に変えました。
…私のこの身体は、トリプルシックスに埋め込まれた人工脳から遠隔操作している端末に過ぎません。私の急所を砕くとは、すなわちこのトリプルシックスの撃破に相違ありません」
「ならば倒すだけだ」
「いえいえ、私にはあなたと戦う意思はありません、その機体はこの国の宝。
シングルドライヴのゴーディオス…いや、ビッグズババンでしたか? そのシングルとは思えないパワーですが、ツインにしては貧弱です。おそらくシングルドライヴに異常とも言うべき旨さのカレーを搭載しているのでは?」
原理は不明だが、ガレドライヴはそのカレーの味に応じて出力を変える。ビッグズババンは汚染野菜と自然発生したマルチフードと通常のカレー粉で作った山羊カレー。
対するトリプルシックスは、汚染野菜を使わず、人工マルチフード肉を科学カレー粉で調理したもの汚染野菜の臭みを排斥したトリプルシックスが、その臭みすら旨みとして取り込んだビッグズババンに勝る道理はない。
「どなたが作っているんですか? そのカレーは?」
「…俺と副料理長だ」
「では、前言撤回としましょう。あなたと副料理長様がいかに巨大なマルチフードになろうとも、その腕は惜しい。トリプルシックスにあなたのカレーが加われば、日本を世界の中心にすることも容易い」
「貴様、再び戦乱を呼び、あまつさえ支配しようというのかッ!」
蛮が言葉に惑わされることない。その言葉の裏を読みきり、憤慨を示す。
「支配では有りません、管理です」
「人が人を管理する…それは人間を家畜にするという意味だろうがッ!」
怒りを示す蛮に怯えるさくらの肩を弓軌はそっと抱いた。“大丈夫、彼は怒りの矛先を間違えない”と。
「…人類の家畜化は昔から有ったことでは? 企業の家畜として人を使い捨て、国の家畜として人が兵器となり…それが文明であり、歴史です」
「過去を引き合いに出すな。過去は過去であり、未来にも現在にもなりはしない」
「…妙ですね、どうにも私の仲間にはならない、そう云っているように聞こえますが?」
大穴の開いた弥勒がギラリと睨み、ビッグズババンは無言でそれを肯定した。
「副料理長さんを渡すつもりもなく、私の力にもなってくださらない…しかし、私は大義も正義を譲るつもりはありません」
十の腕が手早く飛んだ。 読んで字の如く。
拳の雨によってビッグズババンの頭部はさらりと砕けた。人間ならば脳髄が覗くその場所では、黒いビンのようなものが数多のコードに抱かれていた。
これこそ世界を救うために造られながらも世界を破壊し、世界を犯した超エネルギー、ガレドライヴ。
「ビッグズババンはもうボンガレではありません、トリプルシックスのスペアパーツです」
ロケットパンチたちは、ビッグズババンの四肢を取り押さえた。余った指先がビッグズババンのガレドライヴに触れた。
「…いかん! ドライヴを抜かれる!」
ビッグズババンも足掻くがパワーで勝るロケットパンチを振り払えるわけも無い。ロケットパンチは精密な動きでガレドライヴを持ち、そして引き抜いた。
ガレドライヴを失った瞬間、ビッグズババンのセンサーは光を失い、コクピット内の計器も動かなくなった。
「さあどうします…ああ、電源のガレドライヴを抜いてしまった以上、無線も動きませんか。あなたならコクピットぐらい壊せるでしょう、自分の意思で出てきてください」
聞こえの良い言葉には、殺意と狂気、そして人類を導くのだという捻じれすぎて真っ直ぐになっているような信念を覗かせていた。
蛮の両の瞳は、電源が無くなったコクピットの中でも決意によって輝いていた。
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