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イートイン

自転車日本一周挑戦中につき、予約投稿です。

 「様子がおかしい?」

 風水班の頑張りか、三時間の旅路の予定は一五〇分に置き換えられた。

 しかしながら、その時間で整備班は主力ボンガレのビッグズババンの修理、二代目のボンガレ・ヤマナリの整備を終えていたし、調理班もヤギカレーの完成を見ていた。

 全ては超巨大マルチフード、マツザカを倒すためだったのだが、潜望鏡で覗いていた風水班の緑一自身、疑問に思っているようだ。

 「町が壊れてない…マツザカ級なら壊れてる道理ある。マツザカ、見えないよ」

 班長の緑一と同じでこの青年の日本語も怪しいが、その意味はそれ以上に怪しい。

 空は既に白み初めており、トタンとコンクリブロックを組み合わせて水道管とプロパンガスタンクを付けたような家が乱杭歯のように建っているが、この手の住居スタイルは第三次大戦後ではちょくちょく見られる。

 一〇〇メートル級の生き物が三ヶ月も暴れ続けたあとにしては閑静すぎる。

 「…住所は、ここある?」

 言葉の意味では質問になってないのだが、ニュアンス的には『ここでいいのか?』だと察せた。

 「ああ、間違いない、見覚えのある家だ」

 弓軌が潜望鏡を覗き、二十数年間住んで来た町を見間違えるはずもない。

 「どういうことだ? 弓軌?」

 先ほどは見なかった整備班や風水班のメンバー、合わせて一五人ほどが食堂でヤギカレーの味見と栄養補給をしつつ、作戦会議を決め込んでいた。

 「分らねぇ。三ヶ月の間になんとか倒したってことでも、家がキレイすぎるしよ。分からねえんだ」

 「なんにしても調べてみるしかないんじゃないか?誰にも分らないんだしさ」

 そう云ったのは風水班のひとり。ここまで神力発電で心身をすり減らした体は、カレーを一口食べるたびに血色がよくなっていく。

 「でしたら、調理班のお二人と弓軌さんを推します。風水班と整備班は全員作業で疲れていますし、私は外が嫌いです」

 堂々とインドア派発言をしたのは、最初から血色の悪いドクターイエロー。

 話を聞いていた弓軌は、医者はさっきから仕事を一切していないだろう、とツッコミたかったが状況が状況だけに自粛した。

 「反対意見はない、俺もこの辺りの地形には興味が有る」

 そして食事が終わってから、三人とも例の黒いエレベーターで地上まで登り、町へと入っていった。

 太陽も寝ぼけている時間だけに人の気配はないが、かといって無人の街という風でもなく、そこら辺の家から気配というか、人の住んでいる様子が多々見受けられる。

 「壊れたのを直したって感じでもありませんね、傷や汚れも生活の間で付いたってものばかりですし…弓軌さんの夢、ってオチじゃないですよね?」

 「そんなわけは…ないはずなんだが」

 そんな有るわけもない可能性を考えるほど町は平和だった。

 町へ戻れば腐敗した死体や廃墟になった思い出、悲劇を覚悟していた弓軌だけに状況に最も混乱していた。

 「まずは俺の職場へ向かって良いか? いきさつも聞けると思うし」

 「もちろんです。 良いですよね? 料理長?」

 さくらが振り向けば、そこに蛮はいない。

 蛮は数メートル後方、ぬかるむ泥に膝を付き、ブルーシーツやズボンを汚しながら雑草を弄っていた。

 「確認するが弓軌、この辺りは誰かの畑でもなく、この草は自生してる雑草だな?」

 「そんな畑あるかよ、何してるんだアンタ」

 「見たことの無い草だ。バラ科の植物だと思うが…食べられそうだ」

 そう言いながら、むしった草を何を思ったか口へと運び、念入りに咀嚼している。

 「料理長! 道草食わずに行きましょうよ!」

 文字通りすぎるさくらの指摘を無視し、ここの草も放射能中和の副作用で加工無しでは食えないほどに臭いのだが、蛮は表情も変えず吟味している。

 周囲を見せば、何種類もの草がビッシリと生えている。

 食糧難の昨今に放置されている雑草と言うのは、それだけで食えないほどマズいということなのだが、諦めたようにさくらは行きましょうと目で訴えた。

 「オイオイ、それでいいのかよっ!?」

 「…この人、こうなったら長いんです」

 「情報収集なら俺が行く必要はないだろう、お前らふたりだけで行って来い…似たように雑草の生えている場所、知らないか?」

 「…それだったら西にまっすぐ行くと河に当るから、その辺り色々生えてたぞ」

 返事もせず、蛮は大地を蹴った。住宅の屋根を踏み、道なき道を西に直進していく。

 「すいません、料理長はああいう人なんです」

 「大変だな、あんたも。とりあえず、俺の職場に…ん?」

 「どうしました?」

 「誰かが歩いてくる気配がある…ひとりだ」

 平和すぎる夜なだけに、弓軌の胸中には捉えようのない不安がざわめいていた。

 最も犯罪が横行するこの時間帯、弓軌が居た時には夜中にこんなことをする人間はいなかった。

 やってきたのは一人の学ラン姿のひとりの男。

 まだ暗いというのにサンバイザーを嵌めこみ、ゴルフバックのようなものを肩に担いでいる。

 サンバイザーの中の暗闇の中、その両の瞳が静かに尖った。

 「やぁ、決めましたよ、あなたが次の“給食係”だ。そちらのあなたですよ、左の、女の方」

 「誰だ、お前?」

 明らかにさくらのことを指名しているのはわかっているが、なんのことを云われてるのか状況がわからない。弓軌はさくらを下がらさせ、立ちはだかるように男を睨み付ける。

 「この町は初めてですか? 私の名前はマツザカミロク、松坂弥勒です。三ヶ月前から東京都救世主をやっている者です」

 正気とは思えない自己紹介だが、弥勒と名乗った男の表情はマジメそのもの。

 「耳を押えて下さい、遠くまで響くように高周波を使いますから」

 弥勒は大きく息を吸い、そして耳を塞ぎ、咄嗟で、僅差だった。さくらと弓軌が耳に指を突っ込んだ瞬間、その大音声は炸裂した。

 【――ただいま、次の給食係が決定しましたッ! 給食を行います! 給食を望む方は給食券を持ってお集まり下さい!】

 町中に響くような大音量、耳を塞いでいても弓軌やさくらの鼓膜には残響としてダメージが残っている。

 だが、ずっと耳を塞いでいるわけにもいかない。数秒してなんとか聞こえるレベルに回復するのを待ってから、弓軌は口を開いた。

 「…事情が知りたい。三ヶ月前、俺の会社は近くで、あんたと同じマツザカって名前のマルチフードをサルベージした。

  そして俺は三ヶ月旅して今帰ってきた。これはどういうことなんだ、どうしてマツザカは居なくなってるんだ?」

 「…ああ、それは徒労でしたね。あなたは助けを呼ぶのを一時間待てば良かったんです。

  あなたたちが引き上げたあの船は、私を戦場に運ぶ船だったんですよ。そして先に出た牛のマルチフードは、私の食料として積んであったマルチフードです」

 「あのマルチフードが食料ッ?」

 「ええ、アレは一時間後に覚醒した私と私のボンガレで倒し、食料として皆さんに配ってしまいました」

 完全に、弓軌の早とちりだった。一時間というのは決して短い時間ではないが、かといってマルチフードが命令もナシに町を破壊しつくすほどの時間でもない。

 「それなら、お前がさっき名乗った“東京都救世主”ってのは?」

 「ああ、それはですね、私がここの救世主になった、というそのままの意味ですよ」

 喋っていると、周囲の家から次々と人が出てきた。全員が鍋やらタッパーやら、それなりの大きさの容器を持っている。

 「? なんだ?」

 「私は、食料を作り出す能力を持っているのです。カレー以外の、純然たる食料を作ることができるのです」

 「ほ、本当ですかっ!」

 さくらの鼓膜も復活し、会話に加わった。食料の安定供給、それは戦後最大の問題であり、人類再興の最大の課題でもあった。

 「ただしそのためには、あなたのような給食係の協力が必要なんです。今、お見せしましょう」

 弥勒は担いでいたゴルフバックのような、袋を静かに置き、ジッパーを滑らせた。

 中身は、幼女というには熟れ、女性というには青い、その年頃にだけある誘い香の少女が眠っていた。

 「この娘は隣の県から確保してきた素体です―そして」

 弥勒は懐から針の短い注射器を取り出した。弓軌が問うより早く、それを少女の首筋につきたてた。

 「!? おいッ!?」

 「野菜は化学処理されたカレー粉で煮ないと食べられない。かといって肉を食べようにもクローン培養で作ると牛一頭に二億掛かります。となれば、最も合理的な食料とは…もちろん、マルチフードです」

 「何を言ってるんですか、あなたはッ?」

 眠っていたはずの少女が呻く。

 白い肌が焼餅のように罅割れ、赤い肉がこぼれようとする。

 その異形への変態を見つつ、周囲のタッパー持った住民たちは騒がない。

 弓軌にとっては見覚えのある住民も居るが、彼らは見慣れた平静すぎる様子に、弓軌とさくらはただ寒さに似た恐怖を感じた。

 「トリプルシックス、反重力装置解除」

 変態も途中に、弥勒が呟いた途端に空から白い鉄塊が落ちてきた。

 それは第三次大戦中に用いられたボンガレの運用ツールで、ガレドライヴによって反重力を発生させる。

 普段は搭乗者の頭上の成層圏にて待機させ、必要なときだけ隕石のように落す。反重力装置で減速・着地したそれの第一印象は白い仏像。

 鋭角で白い装甲、ビッグズババンの三倍は長い足、最も特徴的な左右合わせて一〇本生えたマニピュレーター式のアーム、ビッグズババンをダルマだとすれば、こいつは間違いなく千手観音だ。

 「戦後、無辜の民はマルチフードに怯え、力持つ戦士はマルチフードと出会える日を神に祈りました。

  戦時中に失われた技術で、私はそのどちらも救えます。私はいくらでもマルチフードを作ることができ…それを肉に加工できます」

 迎えるように開いた千手観音の胸部ハッチは、弥勒が乗り込むと同時に閉じた。

 その時点で注射を受けた少女の肉体は二〇メートルほどに膨張し、どこが頭だったかすらわからない。

 「今日は牛かな…最近、ブタばっかりだから」

 タッパーを持ってきた市民のひとりは、無神経としか思えない言葉を呟いた。

 その千手観音のボンガレは少女だった肉団子を掴み、空中に無造作に放り投げた。落ちるように急激に上昇するが、地上から見ている人間から見るとずっと大きさが変わらない。

 離れていくため遠近法で小さくなるが、実際の肉団子はどんどん膨張し、足し引きで大きさが変わっていない。

 「今日もブタだぁ」

 さっきとは別の町民が残念そうに呟く。

 呟いた彼には本当にそれが肉にしか見えないのだろうか。さっきまで少女だったそれが。

 次の瞬間、千手観音のボンガレの腕が消え、空中のボンガレが十の肉片に分かれ―赤い雨が降った。

 「やりやがった…のか?」

 「そんな…」

 シャワーのように暖かい雨滴。

 弓軌とさくらは目を見開いてただ空を眺め、住民たちは笑顔でその雨を受け入れていた。

 落下すべき十の肉塊は、先ほど消えたはずの千手観音ボンガレの十本の手がそれぞれひとつずつ保持していた。

 ロボットアニメに出てくるロケットパンチのように腕を射出し、肉を拾ったということだろうか。そのとき、コクピットが開いた。

 「それでは、本日も“給食”を開始します」

 神々しいまでに、澄んだ声。

 それを迎える住民たちも、英雄を称えるように仰ぎ、賛美の言葉を送っていた。

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