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カレーライス

予約投稿です。現在作者・自転車日本一周中ですんで。

 グランドダイバー内食堂にて、弓軌は満面の笑みでカレー臭のする息を吐いた。

 「美味かった。ありがとうな、込中さん」

 「さくらって呼んで下さい。苗字は料理長に付けてもらったばっかりのなんで慣れてないんです」

 食事中のさくらの話によると、彼らが今居るグランドダイバーなる乗り物は、大戦中に鋳造された艦だったらしい。

 ボンガレやマルチフードに移動拠点としてて作られたが、その直後に終戦して日の目を見なかった超兵器であり、常に潜航しているので誰も外観を見た者は居ないが、内部構造から推定しておそらく潜水艦のような姿をしていると思われる。

 「妙に静かだけど…このグランドダイバーってのも、ガレドライヴで動いてるのか? 」

 「いえ、これは“神”力発電です。 風水班の皆さんが頑張ってくれてます」

 「“人”力発電ッ!? こんなデカいヤツを五人でッ!?」

 「ええ、皆さん、気功の達人ですから」

 「…気功…って、すげぇんだな…俺も何か手伝わせてくれ。皮むきくらいならやれるさ」

 「これからお願いしようと思っていました。お願いします」

 何か、どこかで勘違いが有った気もするが、そのことに誰も気が付いてないんだから仕方ない。

 戦時中に開発された技術というのは一般に発表されたものの方が少なく、戦後生まれである弓軌に理解しろという方が酷だろう。

 現在は必ず過去に変わる。どれだけの血が流れても、どれだけの過ちだったとしても、それは時の中に埋もれていく。

 食事は楽しいものであった認識もまた消え去って久しい。食事は生命活動を維持するための苦痛を伴う行動であった。

 例えば、弓軌が剥いているニンジンはブヨブヨと腐臭を放っているが、弓軌はオレンジ色をしたニンジンを見たことが無い。

 彼が生まれた頃には、既に食料は放射能除去剤の異臭漂う野菜と、弱肉強食のマルチフードだけ。カレーに加工するのもカレー粉でこの匂いを強引に取るためである。

 「なんだ、全く進んでないな」

 傲岸な態度で、さっきまで自分が着ていたブルーシートで包んだ塊を担いで蛮は食堂に入ってきた。

 その塊は妙に生臭かった。

 「お帰りなさい料理長、どうでしたか?」

 「ツイてるんだかツイてないだか…今回は発見が早すぎたらしい。人間を食う前に俺が倒したせいで肉が若い」

 担いでいた塊を調理台の上に放り出し、巻きつけていたブルーシートを剥ぎ取って羽織った。

 それは冷気を迸らせる凍った肉塊。どうやら、先ほど脊椎を折って倒したあの二本角マルチフードの肉らしい。

 「…マルチフードを凍らせる冷凍庫があるのかっ!?」

 「ああ」

 「元々はマルチフードをコールドスリープさせて戦場に運ぶための装置だったそうです」

 蛮の代わり、とばかりによく喋るさくら。

 なるほど、この艦はボンガレだけでなく、元々はマルチフードをも運用するための母艦だった。これだけの設備はサルベージをやっていた弓軌も見たことも無い技術だ。

 「……あのカレー、あんたが作ったんだよな?」

 「そうだ」

 「スゲーぜ、あんた。臭みを消すだけじゃなくて臭みも美味さの一部になってて、なんつったらいいか…」

 文字通り、今まで味わったことのない衝撃を形容する言葉を、弓軌は知らなかったが、それ以上に次の蛮の言葉の意味が理解できなかった。

 「俺には俺のカレーの味はわからんがな」

 料理人は舌が命、というか舌でする仕事だ。それを味がわからないわけがない。

 「それより手を動かせ。 調理はまだ終わってない」

 まごまごと言葉を探してるうちに、蛮も野菜の皮を向き始めた。

 その速さは弓軌の比ではなく、呼吸するように作業が進んでいく。

 「あんたら、手伝ってくれるのは嬉しいけどよ。敵はビッグよりデカいマルチフードなんだぜ? もっと…何か、準備とか、ないのか?」

 「何が」

 「あんたのボンガレ、ミドル相手にも苦戦してたじゃねーか…怖くないのか?」

 そう訊いたとき、弓軌は自身が恐怖していることに気が付いた。

 あと三時間、たった三時間であの町に戻り、あの恐怖の大牛と対峙して退治する。旅立ってから三ヶ月も経ち、町が無事であるとは思えない。

 帰れば間違いなく多くの死に直面し、己の命の保障さえもない。

 「……怖がって何か良いことがあるのか? 俺はできることをするし、他の連中もそうするだけだ」

 「できることって…こうやってカレーを作って、か?」

 「…お前、知らんのか? ガレドライヴのことを」

 「ガレドライヴはカレーで動かすエネルギー機関なんですよ。だからボンガレはカレーで動くんです」

 知らない相手にわざわざ説明するほど親切でもない蛮に先んじて、口を開いたのはさくら。

 「カレーで動くぅ?」

 「人類が存続する限り尽きることのないエネルギーとして提唱・研究されたそうです。

  ドライヴのポットに入れられたカレーを分子レベルまで分解してエネルギーにするユニットとして実装された…って、この前、料理長、云ってましたよね?」

 そのエネルギーは、地球を包んだ放射能をたった五個のガレドライヴで中和してしまうほど。

 平和の足音である発明だったが、何かが間違えたのか、人類の自然の行動だったのか、それは第三次世界大戦の引き金になっていった。

 「分子レベルで分解するなら、カレーじゃなくてもいいんじゃないのか? 大昔の映画で、タイムマシンが生ゴミを燃料にして飛んでたぜ?」

 「それは誰にも分りませんし、だからガレドライヴは量産できないんです。今でも最初に作られた数百個のドライヴしかないんですから…次、ジャガイモ行きますよ」

 ニンジンが剥き終り、さくらは引き出しからジャガイモが詰まった麻袋を引きずり出した。

 「これも解明できてないんですけど、ガレドライヴ用のカレーは美味しければそれだけ出力も高いんです。

  私が作ったカレーだと、料理長の作ったカレーの半分も出力が上がらないだろう、って前に言ってましたよね、料理長」

 「…本当なのか?」

 信じられないような顔をする弓軌をよそに、蛮とさくらはニンジンを切り始める。

 「どっちみち、作るしかないじゃないですか。 あたしたちは料理人ですから。 カレーを作るために生きるとしても、生きるためにカレーを作るとしても、それが料理人だって料理長が言ってました」

 「…蛮さん、あんたもしかして、さくらちゃんと二人っきりのときだと意外と喋るのか? ガレドライヴの説明をしてやったり、名言っぽいこと云ったり、苗字を付けてあげたりして」

 「そうなんですよー、前に私がタマネギを切って泣いたのを勘違いして慰めてくれて……」

 「黙れさくら。 カレーに唾が入る」

 声も表情も冷静そのものだが、ニンジンを切る腕に力が入っており、どことなく苛立ちが見て取れる。

 それを見て、さくらも野菜を切るペースを蛮に合わせて急ピッチ。容姿は完全に異なっているものの、弓軌には二人は親子のように見えた。

 「…これだけは言っておくぞ弓軌。人間は考えるだけでカロリーを使う。次の戦いで何が起こるかはわからないし、それは誰かのミスかもしれん。

  だが、それを恨んだり、悔いたりするのは無駄なカロリー消費だ。俺のカレーを食った以上、そのカロリーを浪費することは許さない」

 「つまり、ベストを尽せ、ってことか?」

 弓軌に目もくれないながらも、その言葉には何か、聞き流せない何かがあると弓軌は感じていた。

 「消化するまで死ぬな、って意味ですよ弓軌さん。体の中にカロリーが残ってる限りは諦めるには値しない、ってこれも料理長が言ってましたから」

 「…肉が足りん、取ってくる」

 蛮は調理器具を放り出し、靴を鳴らしながら出て行った。

 「…ごめんなさいね、料理長、ウソは苦手なんです」

 そういってさくらは、先ほど蛮が持ってきた数百キロのまだ解凍されていない肉塊を目で指した。これで足りないとは、三時間の間でどれほどのカレーを作るつもりなのか、蛮は。


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