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マルチフード

野球見始めてもはや忘れそうっていう事案

 「ことが起きたのは三ヶ月前。厳密に言えば九十二日前。うちの県には東京湾って水溜りが有って、戦時中に沈んだ戦闘機やら戦艦やらをサルベージするのが俺たちの仕事だった。

  その日は、その辺りで一番大きい艦を揚げる日で、その船には『マツザカ』と書かれていた。俺たちはその積荷を兵器か食料だと思ってた」

 「違ったのか?」

 「“両方”だったんだ。…兵器であり食糧…マルチフードだよ、冷凍睡眠状態で…ずっと保存されてた」

 “マルチフード” という言葉に反応を示す一同。

 その戦力は戦時中には大国が主力に据えていたほどであり、戦車や戦闘機といった旧時代的兵器が束になってもこの生物兵器には敵わなかった。

 ……だがしかし。

 「なんだ? マルチフードが暴れた程度で旅をしてたのか? マルチフードも飼ってなかったんだったんなら、自業自得だ」

 「言葉を選びなさい、ジュウロウタ」

 当たり前だが、マルチフードは元々人間が使っていた兵器。

 最大の脅威がマルチフードならば、自衛手段としてマルチフードを飼えばいいだけ。それは戦時中から現在に至るまでの常識となっていた。

 「当然、うちもマルチフードを飼ってたよ。さっきメシ食ってるときに襲ってきた角のある奴と同じぐらいのサイズを五匹、な」

 「ほお、お前、さっきの地上での戦闘を見てたんだな? だったら、うちのビッグズババンの高さはどうだ? 立ってる状態で」

 弓軌は目を瞑って数秒考え。

 「誤差二二センチ以内で、爪先から頭頂部まで二六メートル四五センチ」

 質問をしたジュウロウタの方が口笛ひとつ。 正解らしい。

 ちなみにこの場合の誤差というのは、関節やらなんやら、伸縮するパーツのせいで計りようがない数値である。

 弓軌が見始めた時点で既にビッグズババンは転倒していたので、直立姿勢を見てすらいないはずだが、面々はその考察に感心していた。

 「で? そのマルチフード…マツザカっつったっけ? そいつの大きさは?」

 「多分、一三八メートル…ヒヅメから角の先までで、な」

 「ひゃ、百メートル越えのマルチフードだぁッーァっっ?」

 大声を出したのはジュウロウタだけだったが、他のメンバーも心中穏やかではない。マルチフードというのは大きさと使用用途によって三種に区分される。

 一〇メートル以下の対人兵器、スモール。

 三〇メートル以下の対ロボット用の戦術兵器、ミドル。

 四〇メートル前後の広範範囲殲滅用の戦略兵器、ラージ。

 それ以上の大きさになるとマルチフードが自重に耐え切れずに死んでしまう…それが常識だ。

 「うちの飼ってた五匹のマルチフードは、ものの数秒で食われちまった。マルチフードじゃアレには対抗できない…だから俺はボンガレを探してたんだ。

  頼む、助けてくれ……せめて、おたくらのボンガレを貸してくれ」

 ボンガレ(BomberGalley)、爆撃戦闘船という意味で、戦時中に開発された兵器。

 詳しい経緯は割愛するが、先ほどビッグズババンと呼ばれていたロボットのことである。

 「そりゃ、マルチフードに対抗できるのはマルチフードかボンガレぐらいだが…。ンなサイズ、うちのビッグズババン一機じゃ対抗できねぇよ。 他当たれ」

 「…お前が決める道理あるか? ジュウロタ。車掌サンが居ないとき、みんなで決める、これ道理ある」

 カンフールックの緑一が子供独特に高い声で、たどたどしい日本語を喋る。

 声変わりをしていないだけなのか、それとも女の子なのか、そんなことはどうだっていいだろうが。

 「と云ってもよ、行ってもしかたないだろ? ビッグズババン一機じゃそんなデカいマルチフードに潰されるのがオチだ」

 「一機じゃない。 グランドダイバーにはもう一台、ボンガレが積んである道理ある」

 グランドダイバー、それは自分たちが居るこの空間のこと弓軌は把握していた。

 「“ヤマナリ”のことか?  確かにアレなら勝てるかもしれないが、勝てるとしても補修パーツを使い切っちまう。倒した後に俺たちが首吊ることになるぜ?」

 「うちのサルベージしたのでいいならあるぞ、ボンガレの部品。 ガレドライヴがなくて動かせないが、買い手が付かなくて在庫になってる」

 不満タラタラだったジュウロウタの顔が、皺から笑皺に変形した。

 「……」

 ジュウロウタは胸ポケットからクシャクシャになった紙切れを取り出し、弓軌に渡した。その紙を伸ばしつつ、弓軌は目を通した。

 「フィードバック無効のGJサーボモーターだけ品薄だが、あとは処分市やりたいぐらい余ってるぜ。地下シェルターにしまってるから、多分無事だと思うしよ」

 「お前らぁっ! 可愛そうだと思わんかっ! 三ヶ月も苦労して、こんなにボロボロになって! やっと俺たちを見つけたんだ! 手伝ってやろう! な!」

 「今更ですが、お前現金な人間ですよねジュウロウタ…まあ、私も賛成ですがね、それほどまでに巨大なマルチフードなら解剖が楽しそうです。蛮と緑一くんはどうしますか?」

 ニィっと骨のように白い顔で、黄ばんだ歯を覗かせながらドクターイエローは喋った。

 緑一は懐から何本かの木の棒の束を取り出し、ばら撒いた。筮竹というやつで八卦占いだ。

 「出目は吉。 行くが道理ある」

 緑一、ドクターイエロー、ジュウロウタの三人の視線を最後の班長たる蛮へと集めた。

 「料理長、私たちも行きますよね?」

 「…俺は、お前の“同情丸出しの偽善者面”が嫌いだといつもいっていたはずだ」

 「そんなことよりもっ! 助けてあげますよねっ!」

 先ほど、カレーを弓軌にふるまった笑顔とは対照的な強い口調でさくらが言い放つ。

 思い出してみれば、弓軌をここまで通したり、勝手に緊急通達といって呼び出したりしたのは間違いなくこのさくらだが、彼女には決定権はないらしい。

 「……まずは質問だ。さっき、“角とヒヅメのあるマルチフード”と言ったが、それは……どれだ?」

 蛮はマント代わりのブルシートをまさぐり、分厚い一冊のファイルを取り出し、弓軌に押し付けるように渡す。

 それは何かの記事の切り抜きが貼り付けられたスクラップブックで、二足直立する獣人の写真がたっぷり貼り付けられている。

 ページをパタパタとめくり、弓軌はその中の一枚に目をつけた。

 「これ……だな。俺が見たのは乳房があったし、筋肉のバランスも違うがこれが一番近ぇ」

 その回答に、蛮だけでなく、他のメンバーも写真を見張った。

 筋肉で守られた巨体、L字型の左右一対の角、U字型のヒヅメ、

 強そうな体とは似合わない意外とつぶらな瞳のモンスターが写っている。

 「このマルチフードとは…しかも、ラージよりデカイ…」

 驚いているのは、ドクターイエローにジュウロウタ、蛮といったオッサンたちだけ。

 わからないのは弓軌だけでなく、緑一やさくらといった若い面子もわかっていない。

 「なんだっていうんだ? これだとなんか不味いのか?」

 「不味いなんて騒ぎじゃない。美味すぎるぜ」

 「…こいつの動物としての名前は牛…。大戦の前、多くの人類が好んで食っていた最高の肉の一つだ。しかも乳房が有ったと言うことは乳が取れる可能性も高い」

 蛮の凶暴なまでの笑みに、もはや回答を待つ必要はない。

 既に彼の脳内では、いかに美味いビーフカレーを作るか、しか考えていない。

 「さて、これで全員参加決定……。ところで緑一くん、ここから東京までどれぐらいかかりますか?」

 「風水班全員でやれば、三時間有れば着く道理ある」

 「三時間!? バイクで飛ばしても何日掛かるか分らない距離だぞッ!?」

 「バイクは所詮カラクリ玩具、このグランドダイバーとは比較できない道理ある」

 驚愕する弓軌を置き去りにして、既にビーフカレーのことを考えている面々は動き出しており、次々に部屋から出て行っていた。

 「それじゃ俺たち整備班はビッグズババンを修理、ヤマナリも使える状態にしておくぜ…って、風水班が全員でグランドダイバーを操縦するんじゃ、誰がヤマナリを運転するんだ?」

 「それはこの私、ドクターイエローがやりますよ、暇ですから。私用の調整、お任せしますよ? ジュウロウタ」

 「俺たち整備班をなんだと思ってやがる。イエローも、ヤマナリに乗れるぐらいの準備をしておけよ?」

 説明も無く、明日の天気を話すように軽口を叩いて部屋を出て行くドクターイエローとジュウロウタを、弓軌は複雑な顔で見送った。

 本当にこんなにあっさり決まって良いのだろうか、そんなに自信があるのだろうか、彼らは。命懸けじゃないんだろうか。

 「さくら、俺たちは三時間以内で、あのヤギ肉でカレーを作るぞ。…お前も手伝え」

 「俺も、か?」

 「当然だ。 タダメシを食って町の救援まで頼んだんだ。三時間、生きてることを後悔させるぐらい働いてもらうぞ」

 「それはもちろん手伝わせてもらうけどよ、俺は整備とかを手伝った方がいいんじゃねえかな。料理の知識なんてねーぜ?」

 「俺のビッグズババンをお前ごときに触らせてやるつもりはない。それにお前に知識なんぞアテにしてない、野菜を切らせてやるだけだ」

 横暴とも思える態度だが弓軌は文句を言える立場ではないし、事実を伝えられて腹立つほどに幼くもない。

 「ああ、わかった」

 立ち上がったとき、弓軌の腹の虫が轟いた。

 「――どうやら、働かせる前にもっとタダメシを食わせてやらなきゃならないようだな」

 ひょい、っと蛮は弓軌を肩に担ぎ、自分の持ち場である調理場へと歩き出した。



 頭刃蛮、半裸にブルーシートをマントにした料理長。

 彼はカレーで世界を救おうとしていると、この後、弓軌は思い知ることになる。



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