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キュウキ

当作品は、以前別サイトに投稿していたものです。

その投稿していたサイトが吹っ飛んでから未公開となっていたので、リメイクしての配信となりました。

週に一度の小説投稿をノルマとしていますが、これはあくまで他の連載小説が掲載できない場合の代原となりますので、不定期更新です。

 フクロウも鳴かない真夜中、見飽きそうなくらいハッキリと光る月が照らする寂れた街角。小さな屋台の前で青年は立ち止まった。

 一昔前なら夜鳴きラーメン屋にでも見えそうなほどに和風な作りだが、“この時代では”カレー屋台であることを疑う余地はない。

 青年が暖簾をくぐると時間のせいもあるだろうか、客は他に誰も居ない。年の頃なら二〇過ぎといったところの女店員は、短く刈り上げた頭で会釈し、氷水を差し出した。

 メニューは『カレーライス』の特盛り・大盛り・普通の三種類、青年は対して氷水を一気に飲み干し、

 「カレーの大盛り、あと水のお代わりよろしく」

 「かしこまりました」

 たったひとりの店員はキラキラとした笑顔で応え、二升焚きの炊飯釜から皿に米を盛った。

 青年は出された水をもう一口飲み、店員に話しかける。疲れてきっているのか、何かをしていないと眠ってしまいそうだった。

 「しかし、店員さんよ。あんたんところも大変だねぇ、物価高の中でこんな値段」

 「うちの料理長の口癖なんです。“料理とエサの違いは美味いかどうかだ”って。その料理長は戦時中に苦労したそうで、戦後生まれには美味しい物を食べさせたいって…お客さん、戦後生まれですよね?」

 「ああ、生まれは六二年の八月十日。大戦の終結したその日の生まれでね、今年二一だ。だから、俺は生まれてから汚染食品しか食ってない、ってわけさ」

 ある日、起きた核戦争は、暦も消し飛ばしてしまった。

 理由も、顛末も、核を使った者たちと一緒に燃え尽きた。

 その放射能の中でも人類は滅びず、新たに開発されたガレドライヴとされるエネルギーは、半減期数億年とされる放射能を無効化した。

 そして、それは核兵器という抑止力を失った世界がガレドライヴによる戦争へと向かっていくことを意味していた。

 十年間戦争は続き、若者たちは誰も知らないが、それ以上の世代は生々しく覚えている。まだ過去のことにできず、世界中に爪痕が深く残されていた。

 「その前までは全部の土がキレイだった…っていわれても、理解できねぇよ」

 「あはは。確かに。自宅で土を買ってくればそのまま野菜が作れる環境、ってちょっと想像できませんね」

 ガレドライヴのエネルギーは放射能とは異なる汚染をし、その土で育った植物は耐え難い悪臭を放つようになった。

 多くの大型動物は、その植物を捕食しての生存よりも絶滅を選択するほどに。

 人類は、やはりガレドライヴのエネルギーを用いて酵素分解カレー粉が発明した。

 ルーの中で汚染物質と科学酵素を混ぜることができ、かつ残った臭いもカレーの匂いで掻き消す唯一の食品。

 すなわち、カレーライス。 それがこの世界での唯一の食糧だった。

 「そういやぁ、戦前はカレー以外にもなんか有ったらしいな。寿司とかラーメンとか言ったっけ。うちの年寄り連中はカレー食うたびに言ってるんだけどよ」

 彼らにとって食事という言葉とカレーという言葉は同義語である。それしかないのだから。

 「ああ。うちの料理長もいつも言ってます。“牛が絶滅してなかったら、牛乳でバランスを取ったビーフカレーが作れるのに”って。あたしも戦後の生まれですから、牛がどんな生き物か、知らないんですけどね」

 「あぁー、なんかオヤジの持ってる漫画に出てたな……っと、言ってたらカレーが冷めちまうわな。 いただきまーっす」

 青年は机の上に置いてあったビンから福神漬けを米の上に取り出し、ピッカピッカのスプーンをカレー・ライス・福神漬けの三国が交わる谷間に潜り込ませる。

 産まれてから毎日食べてきただけあって慣れたもの、といったスプーン扱いで持ち上げて口へと踊らせる。踊った。 舌が踊った。 胃が踊った。 心が踊った。

 「ば、ぁああああっッ!?」

 別に味に期待して入った店ではない。

 腹も減り、他の店が既にシャッターを下ろしている中、『OPEN』の看板が掛かっていたから入っただけだ。

 それなのにこのカレーといったら、天上にいるわけもない誰かを感謝するほど、美味かった。

 青年が今まで食べたカレーといえば、汚染された臭いをカレー粉でいかに誤魔化すかという点に特化したものばかりだった。

 しかしながら、今食べたカレーは汚染された悪臭を無闇に消さず、絶妙のバランスで味として取り込んでいる。

 皿上のカレーは、ほんの二~三〇秒で体内ブラックホールへと消えた。

 「…その料理長っていつ頃に帰ってくるんだ? なんか…礼が言いてぇ」

 「あと三〇分位じゃないですかね」

 「…へー」

 「…」

 「…」

 会話というのは不思議な物で、特に理由も無く途切れることが多々ある。

 トーク番組の司会でもなし、別に喋らなければいけないわけでもないのだが、何かと心苦しいものである。

 そんな気まずい沈黙を破ったのは、青年の方だった。

 「すまねぇっ! 実は俺、金持ってねーんだっ!」

 「え、えええええ!?」

 「食い逃げする気で入ったんだけどよ、こんな美味いものを食わせてもらって逃げるなんてできねぇっ! 身勝手な話だが、物々交換ってことで俺の持ってる何かを代金ってことにはしてもらえねぇか!?」

 「逃げてください!」

 青年は、自分以上の大声を出した店員に、言葉を失った。

 「いや、だから、最初はその気だったけど、こんなに美味いもんを食わしてもらっちゃ……」

 空が稲光った。朝を告げる鉄鐘のような“何か”がぶつかり合う音が響き、大地が揺れる。

 青年が振り向けば、そこにはさっきまでなかった“鉄塊”と“肉塊”が現れていた。二〇メートルほどはあるだろうが、それはビルではない。

 ビルは歩いたり、敵を投げ飛ばしたりはしない。

 「な、なんだぁっ!?」

 “肉塊”の胴体より長い手足には甲冑のような筋肉を纏い、鹿を思わせる枝角を生やしている。

 右腕には鋭利な四本爪、左腕に自身をすっぽり覆うほど大きな盾を備え、明らかに闘争を前提とした生物である。

 「あれは…ミドル級のマルチフードと…」

 肉塊に殴り飛ばされ、起き上がろうともがく“鉄塊”は、黒く達磨のような寸胴だった。

 四肢も大根のように太く、右腕は真紅の装甲にガトリングガン。フェイスガードが半壊しており、カメラアイも左だけ剥き出しと悪役然とした姿だ。

 「……あれは、あれは……っ!」

 青年は知っている。

 いや、人々は知っている。

 かつて第三次世界大戦において、月面都市を一日でスペースデブリへと変えた最終汎用人型兵器。

 ガレドライヴを搭載し、戦争でもっと繁栄した超機械…ボンガレ。

 「やべぇっ! 逃げるぜ! 店員さ……!」

 そのときだった。

 青年の目の前にして店員の背後から、黒い建造物がモグラのように這い出したのは。

 その建造物は高さは公衆便所ほどだが、前後横にはクジラのように大きく、そして人間が通ることを想定している扉が付いていた。

 「な、な…!?」

 「今から逃げたんじゃ間に合いません、こっちへ来て下さいっ!」

 扉の向こう、電灯もなく闇だけが広がっているが、青年はその闇の中に“希望”を見出していた。

 生まれ故郷から希望を求めて旅立ち、路銀も付き、ぼろぼろになり、それでもなお歩き続け、闇の中にゴールを見たのだ。

 彼が乗り込むと扉は閉じ、そして地中へと沈降していった。

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