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海を渡る

 「ねえ、あの人ちょっと素敵じゃない?」

「えー、どこどこ?」

俺は砂浜でシートを敷いて夢うつつになっていた所を、けたたましい女性の声で起こされた。

目を開けると午後の太陽が空で輝いていた。

あまりの眩しさに視線をそらし、起き上がると少し離れたところで金髪とブルネットの女二人が騒いでいる。

休日に休みに来ている俺には彼女たちが煩わしかった。

海の音だけを聞いていたい。

こんな金切り声の女たちが引き起こす騒音など聞いていたくなかった。

「何人かしら。旅行者って感じよね」

「ねえ、声かけてみる?」

その言葉に俺は苦笑した。

俺の国の女は本当に積極的だ。

さすがアメリカ人だな。

一体どんなにいい男なんだとちょっと見て見たくなったので、俺は二人が素敵だと騒いでいる男を探した。

周りに人は少なかったのですぐに見つかった。

モデル並みのスタイルを持つアジア系の男がぼんやりと海を見ている。

へえ、東洋人にしちゃあかっこいいじゃないか。

どうりで女たちが騒ぐわけだ。

「ハーイ!ここにはよく来るの?」

金髪の女がさっそく声をかけている。

声をかけられた美男子は戸惑っているようで言葉を返さない。

「あ、英語わかる?どこから来たの?」

今度はブルネットの方が聞いている。

言葉が通じなかったらナンパもできないもんなあ。

「い、一応わかります」

東洋人の男は後ずさりながら答えている。

その様子に二人は笑いだしている。

「何怖がってるのよ!あたしたちそんなに怖い?」

「そんなこと、ないです」

そんなことあるだろう、と俺は爆笑するのをこらえた。

アジアの男は控えめな奴もいるらしいと聞いたことがある。

国によっても違うんだろうが、どうやらこの男はそうらしい。

「私はリンダよ。貴方の名前は?」

金髪の女の積極的な様子にひたすら美男子はひいていた。

「ワタルといいます。日本から来ました」

「へえー。でも日本人にしては英語が上手ね」

ブルネットが感心してたように言った言葉に美男子は若干不機嫌そうな顔をしている。

おそらく傷つきやすく繊細なのだろう。

「ここに住んでいた時期もありますから。来るのは随分久しぶりですけど」

その言葉に二人の女は大いに盛り上がっている。

どうしてそんなに長い間来なかったのーとか聞いている。

「学校はここに通っていたの?どこか教えて?」

ブルネットの言葉に彼は丘の上にある近くの小学校の名前を告げた。

驚いた。

そこは俺も通っている学校だったからだ。

俺はもう一度美男子の方を見つめた。

もしかしたら知り合いかもしれない。

年齢はそんなに違うように感じない。

でもアジア系の人達って年齢不詳かもしれないから、もしかしたらもの凄く年上だったりして。

「ねえ、よかったらこの近くのレストランで食事でもしない?楽しくお話しましょうよ!」

ブルネットが食事に誘うと、美男子は困った顔をした。

「ここには色々と思い出があって…。今は色々と考えたいのでお付き合いできません。すみません」

その言葉にあからさまに二人はがっかりして去って行った。

誘いを断った美男子はまた海の方を見つめ、本当に色々と考えているようだった。

あの小学校にこんなに綺麗な東洋人なんていたっけ。

俺は同級生や下級生、そして上級生たちの顔を思い出そうとしたが、遠い昔に出会った人たちのことをほとんど忘れているようで、何も覚えていなかった。


 「なあ、さっきの話聞かせてもらったんだけど、あんたあの小学校に通ってたって本当か?」

俺は思索にふけって遠い目をしている美男子にいきなり話しかけた。

彼はびっくりして俺を見つめた。

「ええ、そうですけど」

「俺はあそこの卒業生なんだ」

その言葉に彼はさらに驚いた表情をしたが、次の瞬間少しだけ微笑んだ。

「さっきは災難だったな。アメリカの女がみんなああってわけじゃないから誤解すんなよ」

その言葉に美男子は噴き出した。

「俺はブライアン。あんたは…ワタル、だっけ?」

「本当にさっきの会話聞いてたんですね」

ワタルは噴き出している。

なんだ、笑うといいやつそうに見える。

さっきの冷たい感じとは大違いだ。

「何年間アメリカにいたんだ?」

「5年ぐらいですかね。あそこの学校に入学してから五年生の途中で帰国しましたから」

「あんたいくつなんだ?俺と同世代に見えるけど」

「もう僕は20代後半ですよ。貴方よりは年上だと思います」

「えっ。年上だったのか。見えないな」

目の前の美男子はせいぜい大学生ぐらいにしか見えない。

「今の仕事の人たちにも若僧扱いされるから苦労しますよ。僕はもう新入社員じゃないのに」

自虐的にそう言うと、ワタルはまた海を見つめた。

「さっきから海ばかり眺めてるな」

俺がそう言うと、彼は微笑み、前かがみになり、足元の砂に触れた。

「海が好きなんです。ここに来れば嫌なことをすべて忘れられるから」

ワタルはそんなに嫌なことを忘れたいのだろうか。

ストレスがたまっているようだ。

「小学校のときもよくここに来たのか?」

「いえ、そんなには。でも親に連れてきてもらったときは、ずっとこうして海を眺めていました。日本に帰りたいなっていつも思ってましたから」

「へえ、帰りたかったのか。アメリカは嫌いか?」

その言葉にワタルはしばらく答えなかった。

ただ海を眺め泣きそうな顔をしている。

まずい、俺は失礼なことを言ってしまったようだ。

けれどワタルは涙は流さずに砂から離れ立ち上がると俺の方を見つめこう言った。

「アメリカは嫌いでした。でも日本に帰国したらアメリカのことばかり思い出しました」

「そうなのか」

彼はため息をつくと俺に笑いかけた。

「クラスメイトは優しくしてくれました。でも僕は最後まで積極的に英語を話そうとはしなかった。英語を勉強したのは日本に帰ってからです」

その言葉に俺はワタルの過去に興味がわいた。

繊細そうなこの男がどんな人生を歩んできたのか気になりだしたのだ。

「なあ、もし時間があったらあんたの歩んできた道を少し話してくれないか?といっても俺はあの女たちみたいに食事に付き合ってくれなんて絶対に言わないから安心しろ」

この言葉にワタルはゲラゲラと笑っている。

何がおかしいんだ?

「あなたは面白い人ですね。いいですよ。時間ならたっぷりありますから」

そう言うとワタルは何でも質問してくれというようににこにこと笑いながら俺の言葉を待っている。

「その前に場所を移動しないか?あっちに公園があるからそこで話そう」

「ええ、そこからも海が見えますよね?」

「ああ、見えるさ。本当に海が好きなんだな」

ワタルと俺は公園に向かって歩き出した。

彼の後姿は少し寂しそうで、それだけ苦労してきたのかもしれないと俺は思った。

一体どんな話をしてくれるのだろう。

とても楽しみだ。

波の音を聞きながら俺達は静かに歩いた。

そして波は俺たちの足跡を消していった。

でも過去は消せない。

未来は予測不可能だけど、過去は俺たちを救いもし、また絶望させることだってできる。

そんなことを考えているとワタルは振り返って俺を見つめた。

「あなたみたいな人と学校で出会いたかった。そうしたらもっと学校生活を楽しめたかもしれない」

「ごめんな、ちょっと遅くに生まれたからそれは無理だったな」

ワタルはまた笑い出した。

そしてまた海を見つめた。

海は優しく砂浜を浸していた。

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