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7話「癒しの力」

「この宮殿の近くにも礼拝堂はあります。こちらへどうぞ」

 

 ユニスはそう言って、翔太を案内してくれる。

 彼らは一度居住区の外に出て、緑があふれる中庭を横ぎった。

 そうして歩いていると、やがて緑の葉を茂らせた大きな樹木に囲まれた小さな建物が見えてくる。

 道らしきものは何もなく、どこか世俗から切り離されているかのようなおもむきがあった。

 近くで可憐な花が咲き、小鳥が屋根で歌っているという構図がよく似合いそうである。

 彼女が細い腕で木のドアを押すと無音で開く。

 中は窓からさしこむ光であふれていて、ガラスが煌いているようにさえ感じられた。

 赤いじゅうたんが奥へと続いていて、それをたどると守護三神をかたどったものと思しき彫像が三つ並んでいる。

 その近くには白髪頭で黒い服を着た男性が像に向けて祈りをささげていた。 

 二人が近づくのに気づいたその男性は、立ち上がって振り向く。


「ヘクター。こちらが守護三神のお力によっていらっしゃった勇者ショータ様です」


 ユニスが紹介すると、ヘクターと呼ばれた老人は白い眉をさげてしわだらけの笑顔を作る。


「初めまして、勇者様。私はヘクターと申します。この礼拝堂に四十年ほど勤めております」


「このヘクターは国王陛下が幼少の頃もよく知っている古株なのですよ」


 彼女はくすりとして語った。

 老人は笑みを深めてうなずく。


「もちろん、姫様がよく泣く赤ん坊であられたことも覚えておりますよ」


「あら嫌だわ」


 彼女は手を口元に当てて鈴の音が転がるような笑い声を立てる。

 王女とそれに仕える神父と言うよりは、祖父と孫のような親しい雰囲気がただよっていた。

 

「へえ、ユニスはそんなよく泣く子だったんですか?」


 彼が興味半分、いたずら半分の心持ちで会話に加わるとヘクターはうなずく。


「ええ。その通りです。けれど、皆様が本当にお忙しい時は、不思議と泣かなかったのです。とても感心したのをよく覚えています」


「当時からユニスは賢くて、思いやりのある子だったんですね」


「まさに」


 二人の男性が感心してうなずきあっていると、話題にされていた王女が情けない声をあける。


「お、お二人とも。どうかそれくらいで許してくださいませ」


 彼女の頬は朱色に染まり、眉も垂れ下がっていた。

 そのような表情でも魅力的なのだから美少女という生き物は得である。

 翔太はそう思ったものの、これ以上はやりすぎになると判断して引き下がった。


「うん、すまなかった」


「い、いえ……よろしいのですけど」


 あっさりと彼が詫びた為、彼女は拍子抜けしたらしい。

 そのような彼女の様子を見てとったヘクターは、くぐもった笑い声をあげる。


「勇者様とよい関係を築かれているようで何よりです、姫様」


「ええ……ショータ様は本当に素晴らしいお方で、さすが守護三神に選ばれた勇者様だとわたくし、いつも感心しているのよ」


 彼女が賞賛すれば、すぐに老人は相槌を打つ。


「なるほど。やはり神様に選ばれるようなお方は、違うということなのでしょうなあ」


「そうよ。ショータ様はとてもこのカルカッソンのことを案じていらっしゃっているの。今すぐにでも全てのデーモンを滅ぼしたいと思われているかもしれないわ」


 二人の言葉と表情には次第に熱がこもってくる。


「何と。それはそれは……私のような凡人にはとても思いつかないことです」


「わたくしもよ。初めて気づいた時は感動のあまり、心が震えたわ」


 次の標的は己になったのだと翔太は気づいていたが、すでに遅い。

 つい先ほどユニスが味わった気分を、今度は彼が体験する番になっていた。

 聞いているだけで頬が熱く、そして背中がかゆくなってくる。

 彼は今まで誰かに繰り返し褒められるという経験は、これまでに一度もしたことがなかったので余計につらい。

 どうすれば現状から逃れられるのか考えて、彼は当初の目的を思い出させることにする。


「ほら、ユニス。ここに来たのはメルクルディ様にお祈りをささげる為だっただろう? 後、癒しの力について学ぶ為」


「あら、いけない」


 彼の言葉を聞いた彼女はハッとなり、口元に手を当てた。

 それから神父に向きなおって頼む。


「ヘクター、悪いけれどショータ様にメルクルディ様にささげるお祈りについて教えてもらえるかしら?」


「かしこまりました」


 ヘクターはゆったりとした動作で首を縦に振り、翔太に話しかける。

 

「それでは勇者様。僭越ですが、私から説明させていただきます」


「よろしくお願いします」


 彼が頭を下げると、老人は意表をつかれたかのような顔になった。

 しかし、それは一瞬のことですぐにやわらかな表情に戻る。

 

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 ヘクターはそう言うと手に持っていた黒い表紙の本を開く。


「まずはこれをご覧ください。文字は大丈夫ですかな?」


「ええ、読めます」


 彼は書かれている文字を確認してからそう言う。

 

「では祈りの聖句を私が唱えますから、勇者様はまねをして下さい。メルクルディの恩寵を受けて我、この地に生まれ落ちる」


「メルクルディの恩寵を受けて我、この地に生まれ落ちる」


「メルクルディの歌は喜びの歌、メルクルディの愛は生きる力……」


「メルクルディの歌は喜びの歌、メルクルディの愛は生きる力……」


 そうやって聖句を言い終えると、彼はほっと息を吐いた。

 神への祈りとは無縁の人生だっただけに、礼拝所で神への祈りを唱えるという行為に疲労を覚えたのかもしれない。

 

「はい、お祈りはこれだけになります」


「すぐに覚えるのは難しそうですね」


 神父に対して翔太は率直に言うと、微笑が返ってくる。


「大丈夫です。一度で覚えた方はめったにいませんし、何よりも大事なのは気持ちですから。メルクルディ様に対して真摯にお祈りをささげようと思っていらっしゃれば、きっと届きます」


「そういうものですか」


 何はともあれ、一度で聖句を覚える必要はないと言われたのが、彼の気持ちを楽にしていた。

 ただ、これだけで癒しの力に目覚めるのか疑問は残る。

 それを言葉にするとユニクとヘクターは意味ありげに視線をかわし、苦笑した。

 それから王女が代表するように可憐な唇を動かす。


「本来ならばメルクルディ様に届くまでお祈りを何度もささげるものなのですけど、ショータ様は神々の力により勇者として招かれたお方です。したがって癒しの力を使う呪文をお教えさえすれば、もしかすると今すぐにでも使えるようになるのかもしれません」


 彼女の表情は彼への敬意と期待に満ちている。

 それ故に彼は疑問が浮かんでも、じっと最後まで彼女の言葉に耳をかたむけた。


「ですが、癒しの力を求める者、まずは一度聖句をもってメルクルディ様にお祈りをささげるべし、というのがわたくしどもに伝わるやり方なのです。

その点をご理解いただけますでしょうか?」


「ああ、それは仕方ないと思うよ」


 彼は即座に理解を示す。

 勇者だからと言って何でも特別扱いされるよりは、ずっと気が楽だった。


「ありがとうございます。ショータ様ならばきっとご理解いただけると信じておりました」


 礼を言いながら微笑むユニスの顔には、彼が直視するのが難しいと感じたほどまぶしい信頼であふれている。


「信じてくれてありがとう」


 ついそう返してしまったほどに。


「いえ、お礼を申し上げるのはわたくしの方ですわ」


 彼女は情感を込めて主張する。

 それに対して彼はまたしても言葉を返そうと口を開きかけた。

 それよりも一瞬早く、ヘクターが口を挟む。


「お二方、そのあたりにしておいてはいかがですかな」


 老人に優しくたしなめられて、二人はハッと息を飲む。

 その後、申し訳なさそうに視線を外す。


「両者とも女神メルクルディ様の恩寵を賜るにふさわしいお方。不肖ながらこのヘクターがそう告げましょう」


 老神父は右手を左胸あたりに当て、おごそかな口調でそう言う。

 いかなる意味があったのか、これを聞いたユニスは胸の前で両腕を交差させ、両膝を床につく。

 翔太も急いで彼女のまねをする。

 彼女は立ち上がると彼に向かって言う。


「今から癒しの力を使う呪文を私が申します。後から復唱してください」


 彼がうなずくと彼女は可憐な唇をゆっくりと動かす。

 

「メルクルディの光、この地におりて我らの傷を癒したまえ」


 そう唱えると、彼女の右手に光がともった。


「メルクルディの光、この地におりて我らの傷を癒したまえ」


 彼女の呪文をまねした翔太の右手にも、やはり光がともる。


「あ、できた」


 たしかに意外と難しくなかったと彼は思う。

 

「おおおおおおっ!」


 ヘクターは茶色の目を見開き、大げさなまでに声をあげた。

 そしてユニスは嬉しそうに微笑みを浮かべる。


「やはり……ショータ様は最高の勇者様ですわ」


「そうだといいんだけどな」


 彼女に褒められて彼は照れながら、左手で頬をかく。

 老神父は無邪気な少年があこがれのヒーローを見るような熱がこもった茶色の瞳を向けながら、彼に頭を下げる。


「勇者様、あなた様こそ、真の勇者様にございます」


「本当にヘクターが申す通りですわ」


 ユニスまでが同調した。

 彼女は頭を下げなかったものの、熱いまなざしを彼に放っている。


「……ちょっと大げさじゃないか?」


 翔太は反射的に本音をこぼしたが、小声だったせいで二人の耳には届かない。

 それを幸運だと思い、気をつけようと戒める。

 彼自身の自己評価はさておき、カルカッソンの人々にとっては勇者には違いないのだろうから。


「まだ、実感はあまりないけど、何とか皆の助けになれるように頑張ってみるよ。これからよろしくお願いします」


 彼はそう発言して、二人に向けて頭を下げた。


「そんな、めっそうもない!」


「そうですわ、ショータ様!」


 神に選ばれた救世の勇者に頭を下げられた彼らは、見るからに狼狽する。


「勇者だって言われても、まだこの世界の右も左も分からないからね。いろいろと教えてくれて、支えてくれる人が不可欠だと思うんだ。もし迷惑じゃないのであれば、二人にお願いしたいと思っています」 


「私がですか……?」


 目を見開いて聞き返したのはヘクターであり、


「は、はい。私でよければ喜んで。微力ですが精いっぱいお仕えいたします」


 と熱気がこもった返事をしたのがユニス王女であった。

 彼女の言葉を聞いた老神父は、ほどなくして覚悟を決めたような面持ちで言葉を発する。


「私も、微力を尽くす所存です。よろしくお願いいたします、勇者様」


「ああ、よろしく」


 翔太は何か微妙に違うと思いながらも、協力者を得たことを素直に喜ぶ。

 老神父とは簡単に抱擁し、王女とはそっと握手をかわした。


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