エピローグ
「……と、こうして救世主様は神様さえも従えて、世界を守ったのです。めでたしめでたし」
吟遊詩人はある街の路上でそう語ると、質素な木の竪琴を鳴らす。
すると熱心に耳をかたむけていた小さな子どもたちがいっせいに拍手を送る。
「ショータってへんな名前だけど、神さまによばれたとくべつなひとだったんだね」
九歳の黒髪の男の子が言えば、すぐ隣にいた同じ年くらいの茶髪の女の子がたしなめた。
「こら、ショータさまでしょ!」
「伝説の救世主様を呼び捨て……子どもってたまに恐ろしいことやるよな」
「そう言うな。まだ小さな子どもじゃないか」
それを後ろから見ていた大人たちは小さな声で話しあう。
「今から二百年も前の話なんだよなあ」
「本当にあったのかなぁ?」
「ばか、こういうのはこちょうされるんだよ。とーちゃんがいってた」
子どもたちはにぎやかに自分の思うまま発言し、立派な白ひげをはやした吟遊詩人はニコニコとその様子を見守っている。
彼らが聞かされたのはカルカッソンに語り継がれるひとつの伝説だ。
かつて魔王と化したシュガールが率いる悪鬼たちと人類の戦いがあり、愛の女神の祝福を受けた一人の若者がそれを終わらせたという。
救世騎士と人々に謳われるその男は、シュガールの罪さえも許し、魔王となったその身も助けたとされる。
「そんな人、本当にいたのかな」
そう疑問視されても不思議ではないほどの功績。
特に熱いのがその勇者が降り立ったというクローシュでだ。
「時の王女ユニスさまが愛の女神メルクルディさまの化身だったってのはさすがに話を盛りすぎのような」
麦酒が入った杯を片手にある男が苦笑すれば、その奥方がそれをとがめる。
「あんた、伝承に野暮なことを言うんじゃないよ」
彼女自身も本気で信じているわけではないのだろう。
だが、それでもクローシュの王都にある勇者の記念像に毎日たくさんの人が訪れる。
勇者が右手に持つ剣は悪を討ち、左手でかざす盾は人々を災いから守り、首飾りは全ての生命の友誼を象ったものだと言われていた。
……それが真実か否か、知っている者はもう誰もいない。