10話「愛ゆえに」
正直なところ翔太にとってシュガールの怒りは正しいと感じる。
心の底から罪を悔いている人などおそらく誰もいないのだろう。
これで罰を免れるというのはいかがなものだろうか。
それでもそれを言葉にしなかったのは、人々の中で罪を認める流れが多数派になったことが純粋にうれしかったからだ。
「悪あがきね、シュガール」
一方のメルクルディはと言うと、怒りに震える裁きの神に冷ややかな一瞥を送る。
「本来自分が犯したわけでもない罪を認めるというのは酷なこと。どのような理由があれど、カルカッソンの民はかつての罪を認めた。これを否定するのは神にあるまじきこと」
「くっ……」
女神は神としての観点からシュガールを追い詰めていく。
翔太には決して向けない威圧感と氷のまなざしをかつての仲間に浴びせて彼女は問う。
「あなたは神の誇りを捨てますか? 神々の掟に背いてまで裁きの神であろうとしたあなたの矜持、理解できないわけではなかったからこそ、今まで放置していましたが……それを今捨てますか?」
愛の女神の問いにシュガールは答えられない。
捨てると答えばどうなるのか、言葉にせずとも理解できる。
「私は彼らを救いたかった……彼らの無念を晴らしたかった……ここでカルカッソンの者どもを許したとして、はたして彼らの救いとなるのか?」
美少年の容貌を持つシュガールは瞳を閉じて独り言葉を漏らす。
迷いがはっきりと翔太にも伝わってくる。
(それほどまでに滅びた種族のことを……)
裁きの神シュガールの責任感、あるいは愛情を感じずにはいられなかった。
「シュガールは何も変わっていません」
メルクルディがそっと翔太にささやく。
「神の座を追われ魔に落ちてもなお変わらないものがある……変わらなかったからこそ魔王となったとも言えますが」
「……やるせないな」
彼には言葉が見つからない。
女神は慟哭するシュガールに向きなおると唇を動かす。
「このメルクルディが愛の女神の名において告げましょう。今のカルカッソンの者たちにはたしかに愛がある。滅びた種への哀惜があると」
シュガールは視線を彼女に合わせるとすがるように問いかけた。
「メルクルディ。それは神の名において誓えるか?」
「誓えます。私はたしかに真実を話している」
女神は怜悧な言葉とまなざしをシュガールに向ける。
美少年の顔を持ったシュガールは明らかにひるんだ。
(厳格な神かと思っていたら……ナイーブな子どもみたいじゃないか)
翔太は新鮮な気持ちで彼らのやり取りを見ている。
「愛ゆえに道を踏み外すのは神も同じなのかもしれませんね」
その心を読んだかのようにメルクルディは微笑む。
どこか哀しそうな光を宿した、彼の心に深くしみいるよう表情だ。
「だが、だがしかしだ」
やがてシュガールは体を震わせながら声を出す。
「今の者どもに罪をかぶせるのは不当だというのは認めよう。だがしかし、贖罪をさせないわけにはいかぬ」
それがゆずれない一線だという。
「では新しい命をまき、それを庇護させてはどうですか。人が再び欲望に支配され、この命を絶やした時……その時は改めてあなたが裁けばよいではないですか?」
それに対して翔太はさらりと提案する。
まるでずっとあたためていたアイデアを語るかのように。
シュガールは虚をつかれたように赤い目を見開く。
「何を……何を言い出すのだ。私は神々の掟に背いた者。そのようなことができるはずがないではないか」
「いいえ。そうでもないわ」
メルクルディは首を振って否定して、その理由を話す。
「なぜならばシュガールが粛清されたとしても、その後に新しい裁きの神を迎えることになるからです。それならばシュガールに猶予を与えて、この世界を見守らせてもよいはずです。己の非を思い知り続ける日々を過ごすのは立派な罰になりますし、そうでなければ間違っていなかったという証明にもなります。どちらにしてもシュガールの罪は軽減できます」
それから勇者に輝くような笑顔を向ける。
「さすがショータ。この世界のために、シュガールさえも救いの手を差し伸べようというのですね」
「え、うん」
翔太はそこまで考えていなかったが、シュガールも救われるならばその方がよいという気持ちがあるのもたしかだ。
否定することはないと思う。
「まさか……本気か?」
シュガールの方は半信半疑といったまなざしを彼に向けてくる。
「ああ。サラヴァンやパスカルに約束したからな。シュガールを止めてこの戦いを終わらせると」
厳密には少し違う気もするが、それを今言うのは野暮というものだろう。
「敵との約束さえ守る。それもまた人間ですよ、シュガール」
メルクルディが援護するような発言をする。
「己のために他者の命を踏みにじるのも人間。他者のために己の命を投げ出すのもまた人間。一面だけを見てすべてを判断してはいけません」
「……そうだな」
シュガールはそうこぼすと表情を引き締めた。
「シュガールの名において我が落ち度を認め、裁きは中断しよう。そして勇者の提案を受け入れ、カルカッソンの今後を見守るとしよう。勇者亡き後も残された人々がその理念を守り通せるか否かを」
そう言い終えた神は口元をゆるめて右手をかざす。
その手からは黄金の光が放たれて翔太とメルクルディの身を包み込む。
「この戦いは勇者ショータよ、君の勝ちだ。君の帰りを待つ人のところへ帰り、そう告げるがいい。再び人が誤らないかぎり、魔王シュガールは二度と現れないとな」
光が激しく輝き二人の体はクローシュの城の庭に飛ばされていた。
「転移魔法……?」
目を丸くしてつぶやいた翔太にユニスが言う。
「神にとってこれしき児戯同然なのですよ」
その顔は女神のものではなく見慣れた王女のものになっている。
「さあショータ様、陛下に報告いたしましょう。シュガールの正体を。そしてその行く末を」
「ああ、長い話になりそうだな」
二人は腕を組み歩き出す。
彼らの前方には何か叫んでいる近衛騎士たちの姿が見えていた。