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9話「反応」

 シュガールが見せた映像と糾弾する声は人々の心を激しくゆさぶった。


「私たちの祖先はなんてことを……」


「あんなこと、許されてもいいはずがない」


 しかしながら罪を認めるような声は決して多くない。


「罪は罪だ。でも、俺たちには関係ないじゃないか?」


「そうよ。私たちが何かをしたわけじゃないわ」


 少しずつそのような声が増えていく。

 

「どうして俺たちが先祖の罪を償うんだ?」


「そうだ、そうだ」


 さすがに罪そのものを否定する者はほぼいなかったが、自分たちが償うことに難色を示す声は多かった。

 これには翔太も落胆を隠せない。


(当然の反応だ……けど、このままじゃ裁きを受けて終わりになる。どうする? どうすればいい?)


 その表情には焦燥が浮かぶ。  

 

「待て、勇者。君がカルカッソンの民に呼びかけるのは許さぬ。それがルールだったはずだ」


 その心境を呼んだかのような言葉をシュガールが投げかける。

 

(くそっ……)


 彼が呼びかければまだ何とかなるかもしれないという淡い希望が消えてしまう。

 力いっぱい拳を握りしめ、腕をわなわなと震わせるがそれだけでは何も変わらない。


(違反して彼らが助かり、俺が罰を受けるのはかまわない。でも、シュガールのことだ)


「そうだな。君の罪を問わず、カルカッソンの民に裁きを与えるだろう」


 まるで心を読んでいるかのような発言が繰り返される。

 ぎょっとした翔太がシュガールを見つめた。


「あなたは俺の心を読めるのか?」


「いいや? そのようなことを考えているのだろうと推測しただけだよ。今の君の心はとても察しやすい」


 さすがは神であった者ということか。

 彼はそう納得することにした。

 

「でもどうすればいいんだ……まさかユニスとしてなら呼びかけてもいいなんて言わないだろう?」


「当たり前だ。そもそもメルクルディとしてならば、人心を掌握することも訳あるまい。私は君は信じてもメルクルディは信じていないよ」


 このシュガールの発言に翔太は目を丸くして、思わずユニスの端正な顔を見る。

 彼女は元神に対してぬくもりを感じさせない無機質な瞳で刺した後、翔太に優しい笑顔を向けた。

 

(どうやら神々の関係は複雑らしい……)


 となると下手に踏み込まない方がよい。

 彼の生存本能がそう警告してきている。

  

「ユニスもダメか……そうなってくるとどうすればいいのか」


 翔太の心臓の鼓動がさらに早くなり、のどが渇いてきた。

 自分がどうにかできるのであればこれほど焦らなかっただろう。

 自分の身に災厄が降りかかるのであれば覚悟を決めただろう。

 だが、彼は見ているだけである。

 カルカッソンの人々の行動、選択とそれによって与えられる結果を。

 

(守護三神に祈りを捧げるのか?)


 はっきりと確認してはいないが、おそらくディマンシュもヴァンドルディも手を差し伸べられないはずだ。

 祈るべき神、これまで手を差し伸べてきた神にそっぽを向かれた時、人々はどうするのだろう。

 胸が締めつけられるような気分になる翔太の手をそっとユニスが握る。


「大丈夫ですよ、ショータ。あなたが見せた希望、愛、勇気はまだ彼らに残っているはずです」


 慰めてくれるのだろうかと思ったものの、その美しい顔にはたしかな威厳が見られた。

 女神としての発言ならば信じるべきなのかもしれない。

 そう思い翔太は何とか気を取りなおす。

 彼らがやりとりをしている間も人々はそれぞれ好き勝手なことを言っていた。

 罪なき種族たちが滅びていく様に胸を痛める者は多かったものの、自分たちも同罪だと言われるのは承服できない。

 そのような考えがほとんどだった。

 その空気に一石を投じたのはクローシュ城にいる一人の少女である。


「お待ちください陛下」

 

 少女の名前はシンディと言い、何かに気づいたような表情をしていた。


「無礼であるぞ、ひかえよ」


 だが、近侍たちが彼女の王への接近を許さない。

 近衛騎士たちは言葉を発しなかったものの、彼女の前に立ちはだかる。

 いくら侯爵令嬢であり次代の宰相となりうる者であったとしても、今のシンディは王女つきの侍女に過ぎない。

 ユニスなしに王の側には近づけないし、発言するのにも王の許可を必要とする立場だった。


「よい、シンディを許す。近くまで寄れ」


 しかし王は咎めずに彼女が己に近づくことを許す。

 彼もまた今の展開に引っかかるものを覚えていたのだ。

 シンディはゆっくりと玉座に進み、王まで十メートルほどのところで立ち止まってひざまずく。

 王の許しなく顔をあげてはいけないし、言葉を発してはいけないのだ。


「許す。面をあげて存念を話せ」


「御意」


 ようやく彼女は自身の意見を述べることが許される。


「何か奇妙ではないかと申し上げます。ショータ様が、勇者様が戦いに赴かれた後なのですから」


「うむ。予もそれは考えていた。勇者殿が勝ったのであれば凱旋するだろう。敗れたのであれば、デーモンどもがそう勝ち誇るだろう。そのどちらでもないとすると、果たして勇者殿はどうなったのか……」


「御意」


 シンディは悲しそうに同意した。

 彼女の心は大半が翔太への想いで占められており、だからこそ違和感を口にしたのである。

 王の方はと言うと現状への疑問が上回っていて、それゆえに勇者の安否も訝しく思ったのだが。


「考えられる展開は何があるかな、軍務大臣」


 突然国王に水を向けられた五十代の軍務大臣はぎょっとなる。

 慌ただしく視線を動かし、かいてもいない汗をふきながら必死に王の歓心を買えそうな回答を探す。

 だが彼では何も思いつかなかった。

 銀色の髪の中に詰まっている脳は、今回の答えを見つけ出すのに向いてなかったようである。

 

「申し訳ございません」


 似たような答えを何度も聞かされてさすがにいら立ちを覚えた国王は宰相、すなわちシンディの実父に視線を移した。


「宰相は? そなたであれば何かあるだろう?」


「はっ……何しろ情報が乏しく、憶測でしか申し上げられぬかと存じますが」

 

 宰相は娘にそっくりな赤い髪と鋭い瞳を持つが、その印象に反して慎重な男である。

 今回もあらかじめ断りを入れてから王に自身の答えを明かした。


「最善を予想するのであれば、勇者殿が魔王を倒したのでしょう」


「勇者殿が魔王を倒したのに神の裁きがはじまったのか?」


 もっともと言えばもっともな王の疑問に対し、宰相は慌てずに返事をする。


「倒したからこそかもしれませぬ」


 これを聞いた王は眉間に深いしわを刻む。


「倒したからこそだと……? それはどういう意味だ?」


「はっ。魔王とデーモンも実は神々の裁きだったのではないか。それを勇者殿が解決したため、第二の裁きがはじまったのではないか。そう愚考いたします」


 宰相の予想は正解とは言えなかったが、裁きの神と魔王が同一存在だと知らないのだから無理もなかった。


「つまりショータ殿は歴代勇者がなしえなかったことをなしとげられたというのだな。予も同感である」


 どうして神の裁きがはじまったのかと言えば、すでに裁きの神が答えを言っている。

 今よりも遥か遠き昔、多種多様な種族が栄えていたのを終わらせたのが人間。

 彼らの祖先なのであり、それこそが神の怒りを買った理由であろう。


「では何故裁きの神はその過去を今、われらに見せたのか? ショータ殿は今何をしているのか?」


 王は新たなる疑問を口にする。

 その視線は宰相からシンディに移った。

 彼女が発言許可を求める勇気を出せたのは、その為である。


「発言を許す」


 王がそう言ったことでシンディはおそるおそる自らの推測を言葉にした。


「ショータ様……勇者様は真にこの世界を救う為に守護三神によって選ばれたお方。であればこそ今は動けないのかもしれませぬ」


 彼女は別に根拠のかけらを集めて理論を組み立てたわけではない。

 本人に自覚はないが、そうであってほしいという願望がかなりの割合を占めている。

 

「守護三神が今の事態を静観しているようにか……」


 王は小さくうなずきながら言葉を返す。

 もしかすると謎を解き明かす手がかりを求めているのではなく、他人の意見を聞いて刺激を受けることによって自身の意見をまとめようとしているのかもしれない。

 シンディは何となくそう思った。

 

(陛下はあの方の父君だし……あの方? どなたかしら?)


 彼女は誰かを連想しようとして内心小首をかしげる。

 一体王は誰の父親なのか、さっぱり思い出せなかった。

 そればかりかどうしてそのようなことが頭に浮かんだのか、不思議なくらいである。

 本来ならば王城にいるべき一人の少女のことを誰一人として思い出せないでいた。


「守護三神が動かないということは、我らが救うに値する存在か否か見きわめようとしているということなのだろうな」


 国王の言葉に近臣たちの顔色が変わる。


「まさか……守護三神が我々を救うかどうか迷っているなど」


「でなければ説明がつくまい」


 宰相がざわつきを一蹴してしまう。

 彼も国王と同様、守護三神が無条件で人間の味方だと無条件に信じているわけではなかったようだ。

 

「で、では、どうすれば我々は救われるのでしょう」


「それは無論、先祖の罪を認めることだろうな」


 宰相はこともなげに言い放つ。

 他に道があるはずがないと言わんばかりの態度だ。

 

「それしかあるまい。罪を認めてこそ、神に寛恕を願う資格が生まれるのであろう」


 国王がそう言ったことで廷臣たちは何も言えなくなる。


「世界を救うはずの勇者殿、世界を守護する三神が沈黙を守っているとなると、我々だけ罪を認めるだけではよくないかもしれぬ。今この地に生きる者たちが皆認めるくらいでならなければ」


 そう考えた国王は各地域に早馬を走らせ、先祖の罪を認めるように呼びかける決断を下した。

 最初は戸惑うか反発していた人々も、救世の勇者や守護三神を引き合いに出せば説得されていく。

 やがて先祖の罪を認める人がほとんどとなった際、翔太は裁きの神に問いかける。


「あなたが出した条件、達成されたのではないかな?」


 これに対してシュガールは手と口を震わせて怒鳴りつけた。


「ふざけるな! このようなものを認められるか! 心から悔い詫びているのではなく、ただの打算ではないかっ!」


 その赤い両瞳には激しい怒りの炎が燃えている。


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