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1話「逆襲」

 翔太はいつもよりもずっと早く目が覚める。

 これは彼にしては珍しいことだったが、同時に胸騒ぎがした。

 とても言葉にはできないような漠然とした不安にすぎない。

 それでも何となく身を起こして神器を装備する。

 従来の彼はいわゆる「虫の知らせ」は信じない主義であったが、今は勇者であった。

 平凡な人間にすぎなかった頃では感じないナニカを感じ取った可能性を考慮したのである。

 部屋の外に出てみると、周囲は静まり返っていた。

 近衛騎士たちが巡回しているはずだが、それと遭遇しなければこの静けさも不自然ではない。

 しかし、それでも翔太は落ち着かなかった。

 特に理由もなく宮殿の外に出てみる。

 するとディバインブレードが突然反応を示す。


「うんっ?」


 彼は驚きながらも剣を抜けば、剣が自然と上空にその切っ先を向ける。

 それにつられて空を見上げると、違和感を抱く。

 よく目を凝らしてようやく気付けるかどうかというレベルだが、夜空に何か人影のようなものが浮かんでいる。

 それも一つや二つではなく、五つも。


「ちっ、奇襲は失敗か」


「だから私は言ったのだ。絶望を正しく与えるべきだと」


 その影たちは翔太に発見されてしまったと判断したのか、彼の眼前へと降りてくる。


「デーモンか……それも大物のようだな」


 舌打ちしながらつぶやいた彼に影の一つが応じた。


「正解だ。我ら七本槍が五名、貴様の首をとりにきてやったぞ」


「七本槍……ケートスと同格の奴らか」


 苦々しく顔つきで発言する勇者に対して、デーモンたちの反応も似たようなものになる。


「いかにもと言いたいところだが、ケートスと同じと言われるのは不本意だな」


「あ奴はしょせん七本槍の面汚し。最弱最低の存在よ」


 どこかで聞いたことがあるような台詞だと翔太は思ったものの、笑う気にはなれない。

 七本槍のうち五体が同時にきたのも予想外だったが、一番の誤算は王宮がすぐ近くにあるということだ。

 この位置で戦うとなると、巻き込んでしまう恐れがある。

 

「それでも七本槍の一角には違いない。ゆえに我らが名誉回復の為に出向かなければならなくなったということだ」


 どうやら親切にも翔太に事情を打ち明けてくれたらしい。

 もちろん無償でというわけではないだろう。


「どうしてまたそんなに教えてくれるんだ?」


 彼が皮肉と警戒が混ざった問いを発すると笑いが返ってくる。

 嘲弄と憐憫が多分に含まれた暗い笑いだった。


「死に行く者への土産だ。カルカッソンの者ならば問答無用で殺すところだが、貴様ら勇者は神のイヌになりさがっただけの異郷の者。礼節の一つくらい守ってやらなければな」


「そういうことだ。異なる世界から招かれし客人よ、貴様個人には恨みも敵意もないが、貴様が神器を持つ神のイヌであるかぎり、我らは貴様を葬らなければならぬ。覚悟せよ」


「悲しみを抱く必要はない。お前が死ねばこの国も滅びるのだから、安心して絶望してくれ」


 口々にデーモンたちはそう言う。


「誰が誰だか分からないんだよ。十把一絡げな奴らめ」


 翔太はあえて彼らを挑発する。

 ぴくりとあるデーモンが体を震わせた。


「言ってくれるではないか。ケートスを見て勘違いしてしまったか? 七本槍が弱いと?」

 

 はっきりといらだちをあらわにした声を聞き、彼はしめたとほくそ笑む。

 五対一で戦うより、先に一体でも減らしておいた方が勝率があがるのは当然だ。

 その為の挑発である。


「挑発に乗せられるな、みっともない。貴様が先走れば勇者が喜ぶのだぞ」


 だが、翔太にとってあいにくなことに冷静さを失っていなかったデーモンが仲間をたしなめてしまう。


「そうだな、すまなかった」


 そして怒りを見せていたデーモンもあっさり落ち着きを取り戻す。

 彼のもくろみはあっさりとご破算になってしまった。

 それでも戦意を喪失して逃げ出すわけにはいかない。

 彼の背後には守るべき人々がいるのだから。

 翔太の闘志を感じとったデーモンたちは好意を含んだ笑い声を立てる。


「数的不利ごときではひるまぬか。敵ながらあっぱれである。礼節と敬意をもって、苦しまぬように倒して進ぜよう」


「新しき勇者、闇空にはかなく散る。そううたってやろう」


 暗闇の中、たしかに視線と戦意が交錯し、彼らは同時に地を蹴った。

 翔太が決めていたことの一つがデーモンたちに必殺技を撃たせないというものである。

 五体同時に撃たれてはシールドの力で防ぎきれる保障はないし、周囲の被害も無視できない規模になってしまうかもしれない。

 それよりも先に誰でもいいから倒してしまおうとしたのだ。

 狙いは的中し、うち一体を斬り倒すことに成功する。  


「アルゴスッ?」


 誰かが驚愕の声をあげた為、翔太は倒した相手の名を知った。

 勇者の早業にデーモンたちが思わず硬直してしまっているのを幸いに次の獲物を狙う。

 彼が斬撃を繰り出したのは、左隣にいた影であった。

 その影は間一髪のところで伏せてかわす。


「このっ」


 慌てた反撃が他のデーモンを巻き込む。


「おい、どこを狙ってやがる」


 デーモンたちは勇者の先制攻撃ですっかり混乱していた。

 その隙を狙って翔太は敵を撃破していく。

 敵の数が多く近くに宮殿がある以上、なりふりをかまっている場合ではない。

 三体を屠った頃にはさすがに残り二体は立ちなおっていた。


「おのれ、勇者め……」


 恨みがましい声を漏らした敵に彼は言い放つ。


「多数で夜に奇襲しようとしていたのはお前らだろ」


 自分はあくまでも反撃しているだけにすぎない。

 この状況であえて言語化すれば神経を逆なでしてしまうだろう。

 そのことは承知での発言である。


「キサマァッ!」


 激高して襲いかかってきたデーモンを一撃で斬り伏せた。

 七本槍たちは数的有利を一瞬たりともいかすことなく、とうとう残り一体だけになってしまう。

 

「後はお前一人だな」


 翔太はさらに挑発したが、最後のデーモンはそれに乗らなかった。


「これではケートスのことを言えぬではないか、馬鹿どもめ……」


 彼は僚友たちへの怒りを口にし、それから勇者をにらみつける。


「私は他の者のようにはいかぬぞ。我こそは天っ」


 翔太は口上を最後まで聞かずに斬り捨てた。

 これで宮殿へ侵攻してきたデーモンは全滅となる。

 彼は息を吐くと宮殿内部へと戻った。

 今回の事態を知らせて国内に異変が起こっていないか、アレクシオス王に調査を提案する為である。

 中に入るとすぐにルキウスと遭遇した。

 他にも緊張した面持ちの近衛騎士たちもいる。

 彼らも何かを感じ取って駆けつけてきたのだろう。


「勇者様、何かございましたか?」


 ルキウスが代表して訊いてきた為、彼に向かって答える。


「七本槍が五体襲撃してきたから、返り討ちにした」


「おおっ、物音はそれが原因でしたか」


 一同からどよめきが起こった。

 それらが静まってから、かつて近衛騎士たちの頂点だった男が勇者に話しかける。


「何かあったと思い呼びに参ったのですが、部屋にいらっしゃらなかったのでお探し申し上げておりました」


「そうか」


 ルキウスや近衛騎士もその職務を果たしていたということだ。


「陛下と話したいんだけど、会えるかな?」


 勇者がそう言うと近衛騎士の一人が駆け出す。

 それを見届けてから彼はルキウスたちに言う。


「接触した敵は全員倒したはずだけど、まだ残りはいるかもしれない。警戒はしておいてくれ」


「はっ」


 近衛騎士たちが一斉に散っていき、ルキウスだけが残る。

 今の彼は何の立場もないのだから、無理もないことだった。


「敵は何者でしたか?」


「七本槍が五体」


 翔太が答えるとルキウスは絶句する。

 想像を超えた戦力だったらしい。


「だから部下を連れてきていなかったとも考えにくいんだよな」


 彼の心配に同意だったらしく、ルキウスは神妙な顔でうなずいた。


「ごもっともです。ですが、七本槍を五体も倒されて何も起こらないことを考えれば、近隣にはいない可能性の方が高そうです」


「他の地域が問題か」


「御意」


 壮年の男の意見を聞いて翔太は考え込む。

 

「……いや、俺が言うことじゃないな」


 国防に関する指示を出す役目は国王が持っている。

 彼がそれを無視して勝手なことはできない。

 会って報告するのが先決であった。

 近衛騎士が今頃彼よりも先に事情を説明している頃だろう。 

 やがて先ほどの騎士が戻ってくる。


「勇者様、陛下がお会いになるそうです」


 そこからは慌ただしかった。

 さすがに夜のこの時間帯から王族と会ったことはない。

 そもそもこの宮殿も敵に侵入された経験はほとんどないのだろう。

 一気に緊迫した空気が満ちはじめている。

 明かりを持った侍従や侍女たちが緊張した面持ちで行き来していた。

 そのような中アレクシオス王はユニスを連れて、彼のことを一室で待っている。


「おお、勇者殿、実に助かりました」


 王はまず翔太に礼の言葉をかけた。

 事情の詳細を求めたのはその次である。


「七本槍のうち五体を倒しましたが、他にも来ていたかどうかまでは分かりません」


 アレクシオスは厳しい表情でうなずいた。


「そこまでは聞きました。ひとまず近衛騎士に警戒させ、周辺地域にも警戒を促す使いを出したところです。デーモンの襲撃を知らせるものが機能していないところをみると、何もないと思いたいところですが」


 言葉とは裏腹に楽観的なものは微塵も感じられない。

 ある程度のことは覚悟しているようである。

 

「同感です」

 

 気持ちは分かった為翔太は同意した。

 彼としてはできれば見回りに行きたいのだが、どこで何が起こっているのか分からない段階でそれはあまりよくないと思う。

 いつどこで勇者の力が必要とされるか分からないからだ。

 祈るような思いで知らせを待つことになる。 


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