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3話「東を探る」

 勇者が神器の力を使えば、馬車に頼らずとも移動できるという情報は宮殿の人々を驚かせた。

 だが、すぐに受け入れられる。

 今代の勇者が温和で責任感が強く、信頼できる人物だと考える人々がそれだけ多かったのだ。

 翔太が地道な顔つなぎを面倒くさがらず、真面目にやってきた成果だと言えるだろう。

 その結果に満足して彼は東方国境まで一気に移動する。

 

(ここから先は人の手を離れた世界なんだよな……)


 一体どのようなことになっているのだろう。

 そしてデーモンは何体くらいいるのだろうか。

 知らず知らずのうちに彼は武者震いをする。

 できればここで一気にデーモンの数を減らしておきたいところであった。

 三巨頭の一角が倒されている以上、デーモンたちも以前のように翔太を侮ってはこないだろう。

 心してかかる必要があると彼は肝に銘じている。

 眼前には何の変哲もない街道が広がっていた。

 デーモンが復活するまでは、きっと多種多様な人でにぎわっていたのだろう。

 それを思うと虫一匹すら見当たらない今の状況が物悲しかった。

 風が吹き木々が揺れると、世界の泣き声のように聞こえたような気がしたのは、おそらく彼の心理状態のせいに違いない。

 遠くに林を望みながら翔太は東へ歩む。

 神器の力で一気に転移するという方法も考えたのだが、飲み水の確保を考慮しなければならなかった。

 一応一日分はアレクシオス王からもらったし、いざという時は転移で帰ればよいのだが、これらに頼らずとも何とかできる方法はないかと思うのである。

 これには現在の東方の土地を調査するという意味もあった。

 デーモンを倒した後すぐに人が住めるのかどうかは、重要な問題だと考えているからである。


(東方から避難してきたという人は、できるなら住み慣れた土地に帰りたいだろうしなあ)


 故郷を想う気持ちは理屈ではないと、亡くなった祖父から聞かされた覚えがあった。


「特に年を取ると余計にな」


 目を細めて遠くを見ていた小柄な祖父の姿は、今もすぐ瞼の裏に思い浮かぶ。

 似たような人がこちらの世界にいるかもしれないと思えば、自然と力が宿るのだった。

 どれだけ歩いたことか、やがて砦が見えてくる。


(あれがペイドラの砦か……)


 その砦の城壁が無残に穴だらけ、そしてヒビだらけとなっていた。

 建物の部分も大半が崩れ去っていて、デーモンの攻撃の爪痕を彼に伝えてくる。

 デーモンには人間が築いた要害など意味をなさないと、改めて告げているようだった。

 彼は砦の前で立ち止まらず、そのまま通過してしまう。

 この砦が襲撃されたのは彼が召喚されるよりもだいぶ前の話であり、とてもではないが生存者には期待できない。

 

(これからはこんな光景ばっかりなんだろうな)


 そう予想することで、心の準備をしておく。

 頭では分かっていたつもりであっても、実際目に映すとつらいのだ。

 デーモンがどこに居ついているのかは分からないが、それ以外の場所は廃墟と化していると思うべきだろう。

 砦を通過した先はまた街道だった。

 こちらもきちんと整備されているが、草花が好き勝手伸びて雑然としている。

 そのことが手入れをする人間がいなくなったことを暗示しているようで、翔太の心に影を落とす。

 街道に沿って歩いて行けば、街もしくは街の跡地にたどり着けるだろう。

 ひとまずはそこへ向かうつもりだった。

 何か手がかりが残っていると思っているわけではないが、当面の目的地を必要としたのである。

 かつてこの地を有していた国の名前はジーヴェといい、クローシュとは長年の敵国だったという。

 そのせいでデーモンに襲撃された時も、なかなか救援を求めて来なかったのではないか、というのがクローシュ上層部の見解だった。

 もっとも、助けを求めてきたとしても、クローシュに何ができたのかという問題もあるのだが。

 やがて目的地だった街跡へと到着する。

 街はがれきが残っているばかりで、他にはせいぜい雑草が生えているくらいだろうか。

 翔太は定期的に周囲を見回すと、自然はそのまま残っていることに気づく。

 デーモンは人間の都市を破壊し、住民を殺戮したが、その周辺までは手を出さなかったようだ。

 彼らが敵視しているのはあくまでもカルカッソンの人間のみということなのだろうか。


(そうだとすると、和解は難しいかもしれないな)


 翔太の心が通じたとしても、デーモンが自分たちにとっての不倶戴天の敵を許せるかどうか分からない。

 サラヴァンのことを思い出せば、むしろ彼に寝返りをすすめてきそうだった。

 そもそもどうやって和解を持ち出せばよいのだろうか。

 少しなりとも話が通じたのは、サラヴァンくらいしかいなかったはずである。

 三巨頭ならば聞く耳を持ってくれるのだろうかと彼は思う。

 

(デーモンも救いたければ、デーモンの心を開かせよ、か)


 ディマンシュ神の口ぶりを信じるのであれば、それがデーモンとの和解の糸口なのだろうが、いばらの道かもしれない。

 だが、だからこそやる価値はあるように思う。

 

(どうせこの世界に来たからには、過去の勇者たちができなかったことをやってみたい)


 翔太にもそのような野望はあるのだった。

 とりあえず対話ができるデーモンを探してみるしかないだろう。

 彼にできることならば協力してもよい。

 もし許容ができない要求をされたら、その時はその時だ。

 彼はそのまま勇者としての健脚を発揮し、かつてジーヴェという国の首都だった場所へと到着する。 

 まっすぐに進んできたせいか、川は一度も目にしなかった。

 仕入れた情報によるとジーヴェという国は、飲み水を川や泉、井戸に頼っていたという。

 いずれも見当たらないのは少し不自然だった。


(それとももっと周囲を観察しなきゃいけなかったのかな)


 いくら何でもさすがに川を見落としたはずはないが、井戸ならば気づけなかったかもしれない。

 せっかくだから王都の周辺にないか探してみようと翔太は思う。

 ジーヴェの王都では井戸から地下水をくみ上げて使っていたというからだ。

 

 しばらく捜索し続けて、やがて街の中心付近にそれらしきものを発見する。

 目印となったのは滑車の残骸と思しき物体だった。

 中を覗き込んでみると、水らしきものも見える。

 飲めるかどうかをたしかめてみるべきか迷ったが、水をくむ手段がなかった為にあきらめた。

 

(デーモン探しを優先しよう)


 彼はあっさりと方針をひるがえす。

 水源や地質の調査は他の者でもできるし、彼よりも詳しい者は多いだろう。

 だが、デーモンを倒す、あるいは説得できる者は彼しかいないのだ。


(まずは自分にできることからやっていかないとな)


 あくまでも優先順位の変更であり、水を探すことを止めるつもりはないが。

 その本題だが、旧王都にもデーモンの影も形はないようだ。

 一国の旧王都と言っても人類が失った土地のほんの一部であり、西の果てと言える地域にすぎない。

 人類の生存圏への侵攻する時以外は、わざわざ滞在していなくともさほど不思議ではなかった。

 翔太はさらに東を目指して歩く。

 神器の力のおかげもあって、旧ジーヴェ領の東端まで苦もなくたどりついた。

 ここまでは廃墟とがれきばかりが目についた貯め、少々気分が落ち込んでいる。


(少しくらいは休憩するか)


 幸いなことにこの付近にも、デーモンたちの攻撃対象とならなかった緑は残っていた。

 鳥も虫も見当たらないのが寂しいが、何もないよりはずっとよい。

 太陽は西に傾いてきているものの、もう少し余裕がありそうだ。

 休憩を終えた彼は再び東へと行く。

 結局のこの日、勇者は生き物と遭遇することなく日没を迎える。

 彼は一度クローシュの宮殿へ帰ることにした。

 闇夜に奇襲される可能性を危惧した為である。

 夜に不意打ちを受ける危険はクローシュにいようとも同じことかもしれないが、見知らぬ土地であえて避けない理由は今のところない。

 宮殿に戻った翔太は王と面会して、今日の出来事を報告する。

 報告するようなことがほとんどなくても、やっておかなければならなかった。


「そうですか。滑車などは破壊されていても、井戸に毒を投げ込まれた可能性は低いと?」


「そこまでは確認していませんが……国や建物、そこに住む人々はともかく、それ以外に興味はなさそうな印象を受けましたね。何しろ離れた場所にある自然は、まるで手つかずでしたから」

 

 一度破壊された自然が復活するのは容易ではない。

 デーモンたちは自然破壊に興味がなかったと考える方が自然である。

 あくまでも個人の印象であり、必ずしも正しいとはかぎらないと断っておく。


「そうですか……土地を取り戻したとしても、自然の回復を待たなければならないとなると一大事でした。その心配は少なさそうだというだけでも収穫です」


 アレクシオスは笑顔で勇者に礼を述べた。

 今回のように地味で泥くさい作業をいとわずにやってもらえるのは、国王の立場からすれば非常にありがたいのである。

 

「誰かがやらなきゃいけないことだし、デーモンたちがいる以上、安全に調査できるのは俺だけですしね」


 だからやっているのだと彼が言い切ると、アレクシオスからは改めて感謝された。


「本当に……もはや礼の言葉も尽きてしまうありさまです」


 これを勇者は微笑で受けとる。

 彼に対しては「何もそこまでしなくとも」と思えてしまうくらいに、腰が低い国王だがどちらかの言えば素の性格によるものだから好ましい。

 もしも打算や下心で「勇者」の威光にこびへつらっているだけあれば、もっと不愉快な気持ちになっているに違いない。


(これが人身掌握術ってやつだろうか?)


 そう思い浮かんだものの、何か違う気がして内心首をかしげる。

 結論はすぐに出そうにはなかった為、ひとまずは棚上げにして報告を続けた。

 夜はクローシュ宮殿に帰還するという点も了承される。


「その方が我々は安全ですな」


 と言った時のアレクシオスの表情はやや複雑だった。

 あるいは自分の安全が優先されている点が、不公平のように感じているのかもしれない。

 だが、クローシュは現存する人類圏の国家の中で最大国であり、生命線と言える。

 そこのトップに何かあれば、一国のみならず人類圏の崩壊につながる危険すらあった。

 つまりそこの国王であるアレクシオスは、勇者の次くらいに死んではならない存在なのである。

 

「何しろ今の余とユニスは、死なないのも職務のうちですからな」


 本人も自覚はしているらしく、自嘲気味の笑みを浮かべながらつぶやく。

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