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1話「日常」

 勇者ショータがこれまでに倒したデーモンは約十体だ。

 十二将が二体、三巨頭が一体含まれているのは大きいが、まだ九十以上残っている。

 それに対抗しうる者は勇者一人だけと考えれば、未だにデーモンの戦力は圧倒的と言えるだろう。

 勇者本人が浮かれる気になれない理由の一つである。

 彼がいれば大丈夫だと安心していたクローシュの人々も、彼の姿勢に影響されて真面目に今後のことを考えはじめていた。


「かれこそが真の勇者なり」


「神が選んだ勇者はショータのみであり、これまでの勇者は彼を召喚する為のプロトタイプ的存在だった」


 そう話す人たちもいる。

 彼らは守護三神の加護を少しも疑っていなかったし、勇者によってこの世界は救われると信じていた。


(そう悪いことでもないんだよな)


 期待と尊敬を一身に集め、希望の体現者となった翔太の率直な気持ちである。

 これを自分で体験しておらず、文字などだけで触れていればあるいは嫌悪したかもしれない。

 だが、実際にその立場になってみれば、カルカッソンの人々にも様々な立場や事情があると理解できる。

 もちろん、彼らと良好な関係を築けているという前提条件があってこそなのだが。

 彼はすっかり日課となった鍛錬を続けている。

 デーモンの情報が出てこないのが不気味ではあるが、クローシュとしてはありがたい。

 防衛制度にまつわるアイデアは出ているものの、一両日中に完成するというものではないからだ。

 時間があればその分準備ができるし、力を充実させられる。

 

(それが終わったら、次の段階に進みたいものだが……)

 

 彼が考えているのは、こちらから打って出られないかということだ。

 今のままでは防戦一方だが、打って出てデーモンを撃破できるようになれば、大きなはずみとなる。

 ただ、彼が出撃している間、他が無防備になってしまうという問題は無視できなかった。

 あるデーモンが勇者をひきつけている隙をつき、他のデーモンが一挙に攻め込んでくるという手で来るかもしれない。

 リスクを冒した結果が自分に返ってくるのであればまだしも、そのせいでカルカッソンの人々を危険にさらすのはためらわれてしまう。

 できるだけ彼以外の危険を減らしたいと思うのだ。


(いくら何でも高望みがすぎる気はしているけど……)


 翔太はそう考えて苦笑する。

 だが、助ける側が最初から犠牲を覚悟してしまってもよいものだろうか。

 全力を出した結果助けられないものがあったというのと、犠牲を強いて敵を倒すのとでは雲泥の差があると彼は思うのである。

 

(甘いと言われても否定はできないけど、なるべく捨てたくないんだよなぁ)


 それこそが人の優しさではないだろうか。

 彼はそのようなことを思いつつ、今日も鍛錬に勤しむ。

 彼の近くには近衛騎士たちが同じようなメニューをこなしている。

 彼の影響を受けて日課に臨む騎士たちの姿勢が大きく変わったことは、国王と王女、近衛総督を大いに喜ばせた。

 

「さすが勇者様ですね」


 そう言われたのは果たして何度めであろうか。

 何度言われても嬉しいものだし、これからも励もうと思える。

 鍛錬を終えた将太は一人ぶらりと街まで行く。

 まだ多くの人々は彼の顔を知らない為、神器さえ隠せばただの若者に戻ることができる。

 最初反対する声がそれなりにあったのだが、ユニスが味方してくれた。


「ショータ様もただの人間に戻りたい時がおありなのでしょう。この上なくこの世界の為に尽力していただいているのにも関わらず、まだ何か求めるつもりですか?」


 反対した者たちは彼女の言葉に黙り込んだのである。

 もちろん、勇者の身を純粋に案じる者たちもいたのだが、その者たちは「勇者のささやかな願い」くらいかなえてもよいではないか、と考えたのだった。

 そうした者たちの理解と後押しを得て、今翔太は街で子供たちと遊んでいる。

 王都の街の子どもたちは何をして遊ぶのかと言うと、追いかけっこやチャンバラであった。

 十歳くらいともなると男女一緒に仲良くということはないらしく、彼といるのは男の子たちのみである。

 彼は一緒に追いかけられたり、子どもが振り回す木の枝を受け止めたりして過ごすのだ。


(何もかも忘れて、童心に帰るのも悪くないな)


 休憩時間中、彼は地面に座って空を見上げつつ、そのようなことを思う。

 子どもたちとの遊びでかいた汗は、鍛錬中にかくものとは違った心地よさがある。

 これが現実逃避なのか、それともリフレッシュなのかは彼の今後次第だろう。

 そう肝に銘じながら、つかの間を楽しんでいると近くで言い争いがはじまる。

 きっかけはと言うと一人の子どもが、


「俺、大きくなったら勇者になるんだ」


 と言い出したことだった。

 それに反発するばかりか馬鹿にした子どもがいたのである。


「馬鹿じゃないのか? 勇者様って神様に選ばれなきゃなれないし、大体今勇者様がいるじゃないか」


 この理屈は子どもにはもっともに聞こえたらしく、多くの子どもたちが賛同した。

 一方で勇者になりたいと言い出した子どもも負けてはいない。


「つまり神様に選ばれたらなれるんだろ? それに勇者様って一人で大変そうじゃないか。俺がお手伝いするんだよ」


 彼は彼なりの理由があって、勇者になりたいと告げたのである。

 だが、残念ながら仲間たちからの理解は得られなかった。

 次々に非難の声が起こる。

 見かねた翔太が止めに入らなければならなかった。


「まあ、待てよ。決めるのは神様じゃないか。案外分からないぜ?」


「えーっ」


 子どもたちは信じられないと言わんばかりに、彼を見上げる。


「兄ちゃん、それ本気で言っているのか?」


「こいつが勇者様になれると思うのかよ?」


 案外いけるのではないかと思うのは、彼が勇者本人だからなのかもしれない。

 まさかここでそれを明かすわけにもいかないし、望外の味方を得た喜びで瞳を輝かせている男の子の為にも、言葉は選ぶ必要がある。


「それは分からないよ。選ぶのは神様だろうからね。でも、世界の為、人の為に頑張ろうという気持ちを持ち続けていれば、可能性はゼロじゃないと思う」


「うーん……?」


 勇者になりたいと言っていた子も、反発していた子たちも一様に困惑した表情になってしまった。

 どうやら彼らには難しすぎたらしい。


「結局どういうことなの?」


 全員にそう問われて彼は内心嘆息する。


(子どもにもよくわかるように説明するって、思っていたより難しいんだな)


 さてどうしたものかと思ったが、気の利いたつもりの説明は先ほど空振りに終わったばかりだ。

 ここは一つ単純な言葉にしようと判断する。

 視線を例の子どもにあわせた。


「君は勇者の役に立ちたいんだろう?」


「うん」


 少年は素直にうなずく。

 友達にどれだけ馬鹿にされようとも、その気持ちは変わらない。

 その幼く純粋な想いを彼は大切にしたかった。


「なら、その気持ちをずっと持ち続ければいいよ」


「……それだけでいいの?」


 少年は怪訝そうに首をかしげる。

 まだ小さい子どもにしてみれば、とても簡単なことにしか感じられないのだろう。

 子どもの頃の純粋な気持ちをいつまでも持ち続けることがいかに難しいことか。 

 できればその気持ちを持ち続けてほしいと思う。


「それが一番大事だよ。神様もきっと見てくれているさ」


 彼が願いを込めてそう言うと少年はこくりとうなずく。

 他の子どもたちも何かを感じたのか、口を出してこようとはしなかった。


(実際ディマンシュ神は見守っているだろうな)


 彼はそう思っている為、特に嘘をついたつもりはない。

 あの日以来出現していないが、どこかから見守っているのだろう。

 メルクルディ、ヴァンドゥルディの残り二神はどうしているのか、彼は分からなかった。

 その後は遊び続けるという空気ではなくなり、彼らはどの神の加護を受けたいかという話になる。


「俺はディマンシュ神様! 戦いの神様だしな!」


「愛の女神メルクルディ様は? 癒しの力って大切だぜ」


「豊穣の女神ヴァンドゥルディ様の力がないとご飯が食べられないよ」


 守護三神はそれぞれの理由で人気があるようだった。

 やがてそれぞれの神について語り合っているうちに解散の時間が来る。


(神様は見ている、か)


 翔太は子どもたちと別れた後、自分で放った言葉について考えていた。

 あるいは他の二神も自分のことを見守ってくれているのだろうか。

 それであれば色々と納得できる点がある。

 別に神様にこっそり手助けされるのは嫌だと言うほど、子どもではないつもりだった。

 己の力には限界があり、至らぬ点は助けてもらう。

 逆に他人の力が及ばないところは支援する。

 それで世の中は回っていくのだから、それでよいのではないだろうか。


(俺は俺にしかできないことをする。それでいいんだ)

 

 宮殿には裏門からこっそり入る。

 するとシンディが微笑を浮かべて出迎えてくれるのだ。


「おかえりなさいませ、ショータ様」


 一体彼の帰還をどうやって察知しているのか謎なのだが、本人は「侍女のたしなみにございます」としか教えてくれない。

 仕方なく彼は「一流の侍女はそういうものなのか」と自分を納得させたのであった。


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