1話「報告・相談」
クローシュ王国に帰還した勇者一行は、王にルーランでの出来事を報告した。
「そうか……国境砦は残念であったが、王と王都が無事であれば、建て直すこともできよう」
アレクシオス王は目を閉じてそうつぶやく。
「さすが勇者殿としか言うしかない。御身のおかげで我らが友邦は壊滅を免れた。よもやあの地に三巨頭が封印されていたとはな……」
王の表情と声色には様々な感情が込められていて、翔太が推し量るのは難しい。
「他の三巨頭や七本槍が出てこないのは、もしかするとまだ復活できていないからかもしれませんね」
代わりに彼は自身の見解を述べる。
そうでなければ十二将が早くも複数倒されているのに、七本槍さえ出てこないのは奇妙だ。
「下位デーモンとは何度も戦ったので、少なくとも俺と交戦を避けているわけではないでしょう」
「下位デーモンをぶつけて勇者殿の力を測っている、あるいは消耗を狙っているという可能性はないですかな?」
アレクシオスはそう意見を出し、彼の虚をつく。
(言われてみればそうかもしれない)
翔太はなるほどと感心する。
ディバインブレードの探知をかいくぐる手段を持っているような敵なのだから、それくらいはしていてもおかしくはない。
そこまで考えが及ばなかったのはうかつだったのは否めない。
「その可能性は考えていませんでした。ありがとうございます」
「いえいえ、ほんのわずかであっても勇者殿の助けになれたのであれば、幸いです」
王は本当に嬉しそうな顔になる。
大臣たちはと言うと彼らの会話を聞いているのだが、脳が漂白されきったような虚ろな目をしていた。
三巨頭まで倒してしまったという報告について来られなかったのだろう。
そのような彼らを尻目に、翔太は今後について相談をする。
神器を使いこなす修業は一人でも何とかなるが、身体能力の訓練については騎士の誰かに教えを乞いたかった。
そして何よりもルキウスの件がある。
「三つの神器が揃った勇者殿の強さは底なしのはずですが、それでも三巨頭相手では心もとないのですか」
彼に相談されたアレクシオスは初め目をみはった。
ディバインハートの力を持っていたとは言え、サラヴァンは二つの神器を使う翔太がギリギリで勝てたくらいの強さだというのが、信じがたいようである。
さすがに百八のデーモンの中でも最強の三体というところであろうか。
「今さらで恥ずかしいのですが、できれば一から鍛えなおしたくて、できれば近衛の鍛錬について知りたいのです」
「いえ、たいへんご立派ですよ。士たる者、かくありたしと思います」
そう言う彼に向かって国王はまぶしそうに目を細める。
己の至らぬ部分を認めて、克服しようとする若者の姿がまぶしそうだった。
「騎士総督にこちらから申しておきましょう。ジョンかリックがよろしいですか?」
どうせであれば気心が知れた相手の方がいいだろうという心遣いだということは推測できたのだが、翔太はこれを断る。
「お気持ちは嬉しいのですが、知り合いとばかり交流を深めるのはあまりよくないでしょう。せっかくの機会ですから、これまで私と接点がなかった人を紹介していただけませんか?」
「これはたいへん失礼いたしました」
彼の要望を聞いたアレクシオス王は半瞬言葉に詰まり、すぐに謝罪した。
たしかに同じ人間とばかりつき合うのは、勇者の為にはあまりよくない。
勇者のことばかり考えた結果愚かな申し出をしてしまったと、彼は深く反省する。
「勇者殿はさすがに立派なお心をお持ちです。それに比べれば……お恥ずかしいかぎりです」
一部言葉を濁されてしまったが、追及しない方がよいと翔太は判断した。
それよりもルキウスについて触れる方が先であった。
「ところで陛下、追放された前近衛騎士総督のルキウス殿についてなのですが」
彼がそう言っただけでアレクシオスの表情が露骨にくもる。
「あの慮外者がまた勇者殿に何か無礼を働きましたか?」
この懸念を否定して彼は存念を明かす。
「実のところ私一人に頼り切った防衛制度だと、ある程度の被害は出てしまうという点は同感なのですよ」
「な、何と!?」
「ルキウス卿の意見が正しいとおっしゃるのか!?」
国王は王たる威厳も礼儀も忘れてすっとんきょうな叫びをあげる。
よほどの衝撃だったのか、さらには表情が死んでいた大臣たちが我に返って騒ぎ出す。
勇者ありきの発想しかできない人にとっては、それだけの大事件なのかと彼は思う。
「静まりなさい。ショータ様のお話がまだ途中ですよ」
今まで黙って聞いていたユニスがぴしゃりと言い放ち、大臣たちを黙らせる。
翔太は彼女に目で礼を言ってから、彼らに話しかけた。
「できるだけ被害を減らしたいのです。そしてそれには残念ながら、私一人の力では限度があります」
実のところ探知範囲はかなり広くなっている為、何とかなりそうではあるのだが、それは口にしない。
それを言葉にして「自分に任せろ」と言えば、カルカッソンの人々は喜んで全てをゆだねてくれるだろう。
その勇者に盲目的に従い依存する様を、彼は是と思えないのである。
「そこまで……勇者様はそこまで民のことを、我らのことを考えて下さるのですか……」
「たしかに少しでも被害を減らそうと考えるならば今のままでは……」
クローシュ王国の首脳とも言うべき人たちは、一様に目からうろこが落ちたようであった。
翔太としてはいったい何故この人たちがこのような考えに凝り固まってしまったのか、不思議である。
(寄り添う姿勢を見せれば胸襟を開いてくれるし、きちんと話せば理解してくれる人たちなのに?)
やはり過去の出来事と伝承こそが原因なのだろうか。
勇者を信じ歩み寄り、考えのすり合わせを行おうとする意欲を奪ってしまったのだろうか。
(それを正す為に俺が呼ばれた……のならば嬉しいな。ただの自意識過剰かもしれないけど)
期待されているのであれば応えたいと思う。
翔太はそういう人間だった。
アレクシオス王は深々とため息をつき、両目を閉じる。
その表情からは命の輝きが半減していて、一気に疲れが出てきたかのようであった。
「愚かだったのは余の方だ。とにかく勇者殿の為にと思ってきたことが、何一つ為になっておらぬとは」
彼の苦々しい悔恨に人々は、痛切な顔で唇を噛む。
心ある者ならば打たれそうな言葉は、この場にいる全員の胸を打った。
(やっぱり皆いい人ばかりなのか)
それを感じた翔太は改めて己がいい国に召喚されたと認識をする。
場の空気が重い。
娘であるユニスですら今のアレクシオスには何も言えないようであった。
(そうなると俺が言うしかないのか……?)
あまり得意ではないと自覚はあるが、何しろ今の彼は世界を救う勇者である。
これもまた役目の一つと捉えてやるしかなさそうだった。
「失敗に気づいたなら、今からやりなおしましょう。私も知らないことばかり、失敗ばかりでしたが皆さんの助けで何とかやってこられたのです。まだ取り返しはつくはずです」
翔太はゆっくりと一人一人に視線を向けてそう話す。
ぎこちない言葉づかいの上に独創的でもなければ上手くもなかったが、真剣な気持ちがこもった言葉は彼らの心に届く。
「……おっしゃるとおりですな。過ちを嘆くよりも、過ちを改めることをまず考えるべきです」
そう言ったアレクシオス王の瞳には、以前のような強い光が戻っていた。
そのせいか、場の空気ががらりと変わる。
「では申し訳ありませんが勇者殿、今一度お力を貸していただけませんか。おそらくルキウスは余の言葉だけでは説得するのは難しいでしょう。あやつめの態度を軟化させる為には、勇者殿のお人柄に触れるのが一番かと思うのです」
まっ先に賛成したのはユニスだった。
「それは素晴らしいアイデアですわ! ショータ様がどういうお方なのかを理解すれば、ルキウスも考えを改めるに違いありません!」
彼女の言葉に同調する声が次々に起こる。
だがこれは王が意見を出して王女が賛成すれば、誰も反対できないのではないかと勘繰る余地があった。
翔太にしてみれば願ってもない意見であった為、沈黙を守ったのだが。
「私でよければルキウス殿とお話ししたいと存じます」
彼がそう意思表明をしたことで、ルキウスがいるところへ派遣されることがとんとん拍子に決まる。
「そういうことでしたらわたくしもまいりとうございます」
ユニスが同行を希望したが、彼は断った。
「いや、できれば一人で行きたい。俺一人でルキウス殿個人と向き合わないといけない気がするんだ」
それが物事の筋と言うか、ルキウスの心を動かす為に重要なファクターではないか。
彼はそう感じたのである。
「わかりました。ですぎたまねを申して、申し訳ありませんでした」
それをすぐに察した彼女に詫びられて、彼は微笑んで感謝の気持ちを返す。
「ユニスの心遣いはとてもありがたいよ。いつも助けてもらっている。本当にありがとう」
「い、いえ! それがわたくしの役目ですから!」
これには彼女の頬がさっと朱色に染まり、慌てたような言葉が発せられる。
王女の珍しい様子を見た人々は、相手が勇者ということで無関心をよそおう。
「ルキウスのことは勇者殿に全てお任せしましょう。ご希望があれば何でもおっしゃってください」
気前のいいアレクシオス王の言葉に、翔太の頬がゆるみそうになる。
「ありがとうございます。では今から向かいたいと思います」
「今から!?」
彼のこの申し出にまたしても叫び声が発生した。
「しかし勇者殿。あなたは今しがたお戻りになったばかりではありませんか」
「そうです、少しお休みになった方がよろしいかと存じます。せめて今日くらいは」
王と王女がためらいがちに指摘すると、彼はにこやかな顔で応じる。
「私の故郷の言葉には“思い立ったが吉日”というものがあるのです。それに恐れながら解決は早ければ早い方がよい件でしょう」
「それはそうかもしれませんが……」
彼の表情を見た王族たちは何も言えないという顔になってしまう。
「ルキウス殿は今どちらにいらっしゃるのでしょう?」
彼の問いに大臣が答えてくれる。
王都を追放された男は自身の家族と兄の遺族を連れて、妻の実家がある街に住んでいるという。
「ルキウス殿は元々民から慕われ、騎士や貴族からも信頼を得ていた御仁です。陛下との間に隙が生じて追われた身となっても、その声望にかげるところはないとか。願わくば再び陛下に拝謁できる身になれば……」
その大臣は小声で嘆くように語る。
国と民のことを心から想い誰からも信頼されていた男が去っていったのは、本来クローシュという国にとっては損害でしかない。
それよりもずっと勇者は大切な存在だからこそ起こった結果なのだが、翔太本人がその気であれば再びルキウスの立場が回復できるかもしれないのだ。
大臣が翔太に何を話しているのか予期できないわけではあるまいに、制止しようとする者は現れない。
そのことがこの場にいる人たちの本心を物語っているように感じる。
(ルキウスって人はよっぽど信頼されているんだな)
それなのにも関わらず勇者との関係を憂慮して追放されるしかなかったとあれば、それは勇者という存在がゆがんでいるせいではないのか。
翔太としてはそう思わずにはいられなかった。
(いや、ゆがんでいた、だ。そう思われるようにしていくのが、今後の俺の仕事だよな)
と自分に言い聞かせる。