22話「三つの神器」
現在のルーランができる精いっぱいのもてなしを受けた翔太は、夜風に当たっていた。
多くのものが破壊され、命も奪われたが、それとは無関係のような見事な星空である。
何があろうとも、異なる世界であろうとも星、月、太陽は美しいのかもしれないと彼は思う。
皆が寝静まった頃を狙って外に出たのは、何も自然の美しさを鑑賞する為ではない。
(ディバインブレード、ディバインシールド、ディバインハート……)
三つの神器が彼の元に揃った。
しかし、「とうとう」とか「ついに」という感慨はない。
これからが本番だという意識の方が強かった。
三巨頭は残り二体、七本槍と十二将クラスも残っている。
サラヴァンを倒せたのだから、七本槍や十二将は障害ではないと楽観しないところが、翔太の長所と言えるだろう。
もっとも、人によっては慎重すぎるように感じられるかもしれない。
そのようなことは百も承知で、彼は己の姿勢を変えようとは思わなかった。
ドゥルジーナスのように探知をかいぐぐったりできるデーモンがいて、一時的にとは言え邪悪を寄せつけぬはずのディバインハートが三巨頭に所有されていたのである。
これからもどのような「普通ではかんがえられないこと」が起こるのか、分かったものではない。
などというやや皮肉っぽい警戒心を抱いていた。
彼の当面の課題はこの三つの神器を使いこなすこと、次に身体能力も鍛えること。
それから忘れてはいけないのはルキウスのことだった。
(ディバインハートがあれば、俺に敵意を持っているかどうか分かるんだよな)
できれば使わない方がよいのだろう。
もし仮に彼に対して敵意を持っていたとしても、それは国を想うが故のことかもしれない。
神器ではそこまでは判別できないのだ。
(……いや、自分が嫌われているかもしれないという可能性から、目を背けるようなものか?)
それはそれで自分が情けないような気がする。
勇者というだけで嫌われるのは不本意なのだが、その理由は今では判明しているのだ。
そういうことであれば彼の方から歩み寄った方がいいように思う。
クローシュという国の為、カルカッソンという世界の為を真摯に憂いているのは同じはずだから。
そう決意が固まったことで、鍛錬に意識を集中させることができた。
そのおかげなのか、あるいは神器が揃ったせいなのか、ディバインハートとディバインブレードの有効範囲がどんどん伸びていく。
三つが揃った時こそ神器は真価を発揮すると言われても、一瞬で納得できてしまうほどに。
やがて一つの街を超えて一つの地方分くらいはいけそうなほどになると、彼自身半ば信じられなかった。
(いくら何でも急激に伸びすぎじゃないか?)
一体自分の身に何が起こっただろうか、と首をひねりながら過去を振り返る。
一番影響が大きそうなものと言えば、三巨頭ニーズヘッグのサラヴァンを倒したことだろうか。
その他には神器が三つ揃っているくらいしか、心当たりがない。
(まあいいさ)
考えても答えが出そうにないのであれば、このまま進み続けるのもいいだろうと思う。
少なくとも何か悪いことが発生しているわけではないのだ。
せっかくだから癒しの力の練習もやってみようとひらめく。
ディバインハートを手にした今ならば、多少は効果があがるだろうか。
彼のそのような期待は見事に応えられた。
聖句を唱えた後に放たれる輝きは、これまでのものよりも格段に強かったのである。
(よし)
見た目くらいしかだけだったもののたしかな変化を喜ばしく感じて、彼はますますはげもうと気合を入れた。
(だが、やりすぎはよくないな)
クローシュに戻るのは明日である。
頑張りすぎると、夜こっそり訓練していたことがばれるかもしれない。
クローシュでのことを考えればここで鍛錬していたのがばれたところで馬鹿にされたりはしないだろうが、何となく気恥ずかしかった。
努力はこっそりやるものだと彼は思うのである。
もちろん、勇者という立場上こっそりできることには限界があるとわきまえてはいるが、できるだけ人目は避けたいのだ。
そろそろ戻ろうと踵を返した時、不意に視線を感じた為に振り返る。
だが、周囲には何もないし、神器の探知にも引っかからない。
小動物か何かだろうと彼は判断して建物の中に戻っていく。
それを見届けてから一つの影が出現する。
「ショータ・ヤマモト……あなたは姉様を救う者になれますか?」
その影の正体は豊穣の女神ヴァンドゥルディであった。
「あなたがもしも姉様を救えるなら、我が真の祝福を与えましょう……」
女神の声は誰にも届かずに消える。