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3話「王の謝罪」

 翔太とウィリーが無事に宮殿へ帰還すると、ユニスが安心した顔で出迎えてくれる。


「ショータ様、よくぞご無事で。ウィリーもご苦労様でした」


 勇者の自分だけではなく、一兵士もきちんとねぎらうとはいい子なのだなと彼は感じた。

 彼女の案内で彼らは謁見の間へと通される。


「このタイミングで王様と面会なのか……」


 彼が言うと王女は申し訳なさそうな顔をして説明した。


「申し訳ありません。ショータ様が勇者として戦うご決心をされる前に陛下とお会いになるのは、ショータ様の御為にならないとわたくしの一存で、避けていたのです」


「いや、それは正しかったと思うよ」


 ショータは自分に対する憤りを言葉にしていた、顔も知らない誰かのことを思う。

 何もせずに王女に世話されているだけであれだけ不満を抱かれるのであれば、もしも王に会ったりすればどんな反発をされていただろうか。

 情報がほとんど与えられていなかったのも、己がぐずぐずと決断を引き伸ばしにしていたことが原因だと理解してもいる。


(戦う気がない奴に敵の情報を教えないってのも間違っちゃいないしな)


 敵の情報や彼が戦わないとこの国が困窮するということを教えるのは、言外に戦えと要求されるようなものだ。

 それを避けていたユニスを、翔太は責める気にはなれない。

 今まで何もしようとしなかった男が突然ディバインブレードを抜き、敵と戦いに行くなど誰に予想できただろうか。


(俺自身もびっくりしたしなぁ)


 とにかく彼は、ユニスは何も悪くないと慰めるのに尽力する。


「お気遣いいただきまして、ありがとうございます。少しは気が楽になりましたわ」


 その甲斐があってか、彼女はようやく微笑を浮かべる。

 どこかぎこちなさは残っていたが、華やかさは戻ってきていた。

 何となく微笑をかわしあった二人はほどなくして、謁見の間に到着する。

 謁見の間へと続くドアは派手な真紅色で高さは約三メートル、幅は十メートル近くあり、翔太にも重厚な存在感を発してきた。

 その両脇には立派な体格の兵士たちが立っている。


「あけなさい」


 その彼らがユニスの命令に従ってドアを開く。

 謁見の間の広さは七十坪ほどで、天井までの高さは七メートルほど。

 壁は白を基調としているが、黄金の彫像や装飾品がいたるところに目につく。

 さらに天井からは大きなシャンデリアのような照明器具が複数設置されていた。

 国の力と権威を印象づける為の部屋でもあるせいであろうか。

 左右には大きな窓ガラスが張られていて、外から日光を取り込んでいる。

 その側には鎧を着た兵士たちが立ち並んでいた。

 ドアのところからまっすぐに赤いじゅうたんが伸びていて、その先には段差の小さな階段と立派な玉座がある。

 そこに座っている一組の男女こそ、この国の王と王妃であろう。

 どちらも髪と目の色はユニスと同じで、血のつながりを感じさせる。

 兵士たちに遠巻きに見守れながら、翔太はクローシュの最高権力者たちと対面した。

 剣を持ったままでもよいのかと彼は思ったのだが、誰にもとがめられなかった為、言い出しそびれてしまう。

 王と王妃たちは彼が間近に寄ると深々と頭を下げる。

 ざわりと声が発生したものの、彼らは気にしなかった。


「余こそこの国の王です、勇者殿。まずは本人の許可なくこの世界に招いたことを謝罪いたす。ついでわが国の為に出撃してくださったことに心からの感謝を」


 一国の王だという割にはとても丁寧で腰が低い。

 それとも翔太が持つ「神託の勇者」という肩書きのせいであろうか。


「いや、死んでいたのを生き返らせてもらったようなものですし、さほど気にしていません。こちらこそ、今まで勇者としての責務から逃げ回っていたことをお詫びしなければいけないでしょう」


 王女であるユニスや、見るからに年上であるウィリーに対しては平気でぞんざいな口をきいていた彼だったが、さすがに国王に対しては知っているかぎりの礼儀を守ろうと努める。

 国王が友好的、と言うよりは下手に出てきたせいでもあるのは否定できないが。

 二人が「謝罪合戦」をはじめたのを見かねたユニスが、翔太に話しかける。


「それで翔太様、ガームス城はいかがでしたか?」


「ああ、デーモンを名乗る奴らを三人ほど倒したよ」


 彼がこともなげに応えると、王族たちは仰天した。


「ええっ」


 彼らは一様に瞠目し、口に手を当てる。

 翔太にしてみれば、一体何に驚いたのかがすぐに分からなかった。

 しかし、すぐに思い出す。


「魔界十二将、だっけ? 強敵といきなり交戦したからかな? あれ、でも報告きていたっけ?」


「十二将!?」


 王族たちの声はほとんど悲鳴であり、それを聞いた兵士たちからも「えっ? 嘘だろ?」という声があがった。


「嘘じゃないですよ。地猛星ラドゥーンと名乗っていました」


 翔太は「いやー、強かった」と報告したつもりである。

 ところがクローシュ人たちの反応は彼の予想とは違っていた。


「地猛星!?」


「ラドゥーン!?」


 再び悲鳴とどよめきが生まれる。

 こうなってくると翔太は己とクローシュ人たちの感覚が、相当開きがあると嫌でも理解できてしまう。


(えーっと、どうすればいいんだろう?)


 困ってしまった彼は、救いを求めるようにユニスに目を向ける。

 それに気づいた彼女は、一瞬だけ彼に対して謝るような表情を作った。

 そして彼女は謁見の間をゆっくりと見回して、中にいる全員に言って聞かせる。


「ショータ様には魔王やデーモンのことを何もお伝えしていません。したがって、ショータ様が嘘をつけるはずがないのです」


 透明感のある彼女の声はよく響いた。

 しかし、それだけに聞く者に与える衝撃は大きい。


「そ、そう言えば勇者様って、今日の一時間前くらいにディバインブレードを抜いたばかりなんだよな」


「えっ? それで魔界十二将を倒してしまったと言うのかっ?」


「鍛錬も何もなしでっ?」


「そ、そんな馬鹿なことがあるのかっ?」


 発生した騒ぎは先ほどまでの比ではなかった。

 国王と王妃の二人でさえも、何やら信じられないものを見るような目を翔太に対して向けている。

 

「し、信じられぬ……」


「さすが神に選ばれたお方ですわ」


 ユニスが情熱をこめて賞賛した。

 

「う、うむ」


「そうですわね」


 彼女の言葉に同調する声が発生したものの、無理やりにでもとりつくろおうとしていることが少しも隠せていない。

 そのことを意図的に無視して、王女は実の両親に提案する。


「いかがでございましょう。翔太様に報酬をさしあげては?」


「それは当然だな」


 娘の言葉に国王は、為政者としての顔になった。


「ショータ殿。金貨百枚ではいかがですかな?」


 そう問われた翔太は、はたと困る。

 金貨百枚がどれくらいの価値なのか、彼には理解できない。

 それでもここは断らない方がよいと判断したので、ありがたく受けとっておくことにする。

 国王の指示で老境にさしかかった一人の女性が、重そうな皮袋を持ってきた。

 王はそれを受けとり、それから翔太に手渡す。

 この時またしても起こったどよめきが、彼に「異例の事態」なのだと教えてくれる。


「ショータ殿、魔王シュガールとそれに従う百八のデーモンについては、ユニスからお聞きくださらぬか」


 翔太としてもできることならば、綺麗な女の子の方がよい。

 その程度の下心はあったので、異論はなかった。


「ではユニス、後のことは任せるぞ」


「はい、陛下。お任せを」


 ユニスは父にうやうやしい一礼をほどこす。


(ずいぶんと他人行儀だけど、公私のけじめをつけるということなのかな?)


 翔太は王族の礼節やけじめなど分からない為、勝手にそのように推測する。

 彼女に目でうながされたので、国王夫妻に一礼して彼はこの場を辞去した。

 謁見の間を出るとシンディという名の赤髪の侍女が、そっと彼らの後につく。


「申し訳ないのですが、しばらくはこれまでの部屋をお使いいただけますか?」


 ユニスにそうたずねられた翔太はうなずいた。


「いいよ。いちいち変わると、覚えなおさなきゃいけないし」


「ありがとうございます」


 彼は本心でそう言ったのだが、彼女は自分たちへの配慮だと解釈したらしく礼を述べる。

 彼としては釈然としなかったものの、あえて否定するのも何か違うと自重した。

 会話が途切れたところでシンディがユニスに何か耳打ちする。

 

「ショータ様、湯浴みの準備がととのったようなのですが、いかがいたしましょう? 先に湯浴みなさいますか?」


「えっ? 俺、くさいのか?」


 女性に言われたことで彼は、びっくりして自身の体臭を素早く確認した。


「いえ、違います!」


 ユニスは慌てて否定し、説明する。


「わが国では戦いが終わった後、必ず湯浴みをするならわしなのです」


「あ、そうだったのか」


 それを聞いた翔太は胸をなでおろす。


「それじゃ案内をお願いしてもいいかな」


「かしこまりました、シンディ」


 ユニスが名を呼ぶと、赤髪の侍女が前に進み出て一礼する。


「わたくしめがご案内いたします、ショータ様」


 彼女の誘導に従って彼は歩く。

 何度か角を曲がり、足を踏み入れた経験がない区画へとやってきた。

 

「こちらでございます」


 シンディはある部屋のドアの前で立ち止まり、一礼する。

 翔太が礼を言ってドアをあけると、彼女は当然と言わんばかりの顔でついてきた。


「えっ? どうかしたのかい?」


 彼が目を丸くして問いかけると、彼女は小首をかしげる。


「いえ……お世話をさせていただくのはわたくしの役目なのですが」


「うん?」


 彼は一瞬彼女の言葉を飲み込めなかった。

 数秒の時を経てようやく理解し、思わず叫ぶ。


「ええっ?」


「ふつつか者ですが、精いっぱい勤めさせていただきます」


 シンディは彼の反応を特に気にせず、丁寧にお辞儀をする。

 それに彼は毒気を抜かれてしまい、


「あ、はい」


 と間が抜けた返事をしてしまう。

 浴場の前に脱衣室があり、脱衣かごが置かれているのは元の世界とほぼ同じだ。

 違うのは自分で脱がなくてもよいという点である。


「失礼します」


 シンディの涼しげなアルト声が耳元で聞こえた後、彼の服はしなやかな手で脱がされていく。

 上を全て脱がされた彼は、そこで我に返る。


「いや、下は自分で脱ぐよ」


「そうですか」


 彼の口調か心情を察したのか、侍女は無理にやろうとはしなかった。

 その代わり、自身の服を脱いでいく。


「えっ? 何をするつもりなんだ?」


 彼が慌てて目をそらして問うと、彼女は当然だと言わんばかりの顔で即答する。


「もちろん、浴場内でもお世話させていただきます」


「えっ……」


 翔太の頭は一時的に機能が全停止になった。

 目の前の美しい少女が一体何を言っているのか。

 やっと理解した彼は、元の世界で見た創作にそういう仕事があったかもしれない、と思い出す。

 それでも疑問は解消しきれなかった為、彼女に訊くしかない。


「こういうのはもっと身分が低い人がやるものなんじゃないのか?」 


 シンディは彼が知る限り王女直属の侍女だ。

 王族に常時侍る立場になれるのは、家の身分が相当高くなければいけないはずである。

 そして、そういった身分の人間がやるのは話し相手だったり、他の侍女の管理だったりするのではないのか。

 別に彼は侍女という職業に詳しいわけではない。

 単純に城内にいる侍女の数を考えれば、人数だけ異なる仕事がある方が自然だと思ったのである。

 彼の問いにシンディはクールな表情を崩さずに応えた。


「本来ならばそうですが、勇者様のお世話を卑しい身分の者にさせるわけにはまいりません。実はわたくしでも難しいのです」


 勇者の格を考慮すれば王族が世話をするべきなのだが、王族はさすがに侍女のようなことをしたことがないという。


「それでわたくしにお役目がまわってきたのです。実家の両親も兄も大喜びでした。家の名誉を守れ、親孝行もできてわたくしは果報者ですわ」

 

 彼女の笑みは明朗で嫌々やっている気配が微塵もない。

 本当に翔太の世話ができるのが嬉しくて仕方がないようである。


(俺の世話をすることが、この子にとってはステータスになるのか……?)


 彼にとってはとても理解できない考え方だ。

 だが、相手は国どころか世界も異なる貴族である。

 彼とは価値観が違うのはやむをえないのかもしれない。

 それに本人が名誉だと喜んでいるのであれば、仕事を取り上げるのも悪い気がしてしまう。

 シンディほどの美少女に世話をされるのは役得だ、という気持ちもあって彼は続きを頼むことにする。


「はい、お任せを。殿方のお世話をしたことなどないので、至らぬ点がございましたらご指摘してくださいませ」


 彼女はくすりと笑ってそう言ったが、彼としては下心を見抜かれたようで居心地がよくなかった。

 剣はどこに置くべきか迷ったものの、結局服の側に置くことにする。

 選ばれし者しか持てないという話が本当ならば、間違っても盗まれないだろう。


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