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19話「愛の歌」

 翔太とサラヴァンは同時に跳躍する。

 前者は距離を詰める為に、後者は最大の技を再び放つ為だ。

 翔太はそう思ったのだが、デーモンにはそんなつもりなどなかったとすぐに分かる。

 ブレスを放つ瞬間を狙って繰り出された斬撃は、鱗に守られた両腕でがっちりと止められてしまったのだ。

 

(しまった!)


 先ほどのモーションは、勇者の攻撃を誘う為のフェイントだと気づいた時にはすでに遅い。

 剣がぴくりとも動かせなくなってしまったところへ、【獄焔滅塵ブランネンベーゼ】が放たれる。

 翔太がいた場所が強烈な炎に飲み込まれて、ユニスの口からは悲鳴が発せられていた。

 サラヴァンは己の勝利を確信し、彼女へ憎悪がこもった瞳を向ける。


「できれば倒したくない、惜しい男だったが……貴様は容赦せん」


 その殺気のすさまじさに可憐な少女は身をすくませるか、哀れ気絶するかのどちらかだと思われた。

 しかし、彼女はどちらでもないどころか、デーモンに対して超然とした微笑を向ける。


「勝ち誇るのはまだ早いでしょう、ニーズヘッグよ」


 これにサラヴァンは困惑した。

 ただの少女が絶体絶命の危機に陥っているのに、どうしてこのような態度をとれるのだろうか。

 そもそも勇者の体が炎に飲み込まれる瞬間を見て悲鳴をあげていた少女とは、別人のような顔つきだろうか。


(それ以前に私はこの娘に名乗ったか?)


 ディバインブレードを拾って投げつけたくらいだから、途中から近くにいたのだろうが。

 そこまで考えてサラヴァンはぎょっとなる。


(どうしてこの女は神剣を投げることができたのだ? 神に選ばれた勇者しか持てないはずの神剣を!)


 彼の頭脳は最高速度で回転し、ある結論を導き出した。


「お前は……いやっ、あなた様はっ……」


 彼の両目は限界まで見開かれ、口が酸素を求める魚のように激しく開閉される。


「気づいてしまうとは、当代のニーズヘッグは知性も侮れませんね。ですが、あなたの敵は私ではない」


「何をおっしゃっているのですか? あなた様こそ、我々のっ!」


 激して荒々しい口調になったサラヴァンに対して、ユニスであるはずの少女はそっと地面を指さす。


「忘れたのですか? ディバインシールドとは誰の神器なのか」


 デーモンがハッとなる。

 

「そうか、豊穣の女神ヴァンドゥルディ!」


 彼が叫ぶと同時に地面が割れて、翔太が飛び出してくる。

 そしてサラヴァンの胸をディバインブレードが貫いていた。

 

「ふ、不覚……だが、見事」


 デーモンは己のやられ方の無様さに恥を覚える。

 次に土壇場で神器の力をさらに引き出して危機を乗り越えた翔太に対しては、敬意を抱く。

 その肉体の輪郭はほのかな光をともなってぼやけはじめる。

 いくらディバインハートの力を持った三巨頭であろうとも、神剣で体を貫かれてしまっては助からない。

 誰よりもサラヴァン自身がそのことを理解する。


「シュガール様に申し訳ない結果になったが、ショータに倒されたのではやむを得ぬ……」


 彼はそう言うと、己の首からディバインハートを外して、翔太に差し出す。


「受け取るがいい。お前が勝者だ」


 勇者は複雑な表情をしつつもそれを受け取った。

 すると黒い首飾りは光を放ち、色が純白に変わる。

 それ見て口元をゆるめたサラヴァンの表情が不意にゆがみ、その足が粒子状へと変わっていく。


「ショータよ……お前は世界を救うと言ったな。ならば我らも救ってみせよ……そうしなければ、この世界は救われない。お前の死後、再び我らは蘇りこの世界の破滅を狙うだろう……」


「お前たちデーモンを救う?」


 怪訝そうに翔太が訊き返すと、デーモンはちらりとユニスを見た後、彼に何かを言おうと口を開ける。

 しかし、それよりもその顔が崩れ粒子となって、消滅する方が早かった。

 三巨頭の一角、ニーズヘッグのサラヴァンを倒して、ディバインハートの奪還に成功する。

 離れた場所ではデーモンの力によって存在していたと思われる、緑色の柱が崩れて中から人が出てきた。

 それでも彼は、めでたしめでたしという気分にはなれない。

 虚脱感や倦怠感に襲われていて、両膝をつく。

 サラヴァンを倒して緊張が解けたのが大きな理由だろう。


「ショータ様!」


 そこへユニスが駆け寄ってくる。

 

「ユニス……ありがとう」


 彼は彼女に礼を言う。

 本当ならば「無茶はしないで欲しい」とお願いしたいところだったが、その無茶のおかげで救われたばかりなのだから、何も言う資格はないと思ったのだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 疲労を隠しきれていない彼の顔を見て、彼女はうろたえている。

 その表情はサラヴァンに見せた神々しさとはほど遠かった。

 何も知らない翔太は、力ない笑みを浮かべて応える。


「正直、少しきついかもしれない。でも、あっちにはまだサラヴァンに魔王への贄にされていた人たちがいるんだ。俺は行かないと」


 彼はそう言って立ち上がったがふらついてしまい、彼女が慌てて抱き止めた。

 その肢体は柔らかく、ほのかに甘い香りもしたが、それに喜ぶ余裕が彼にはない。


「でもショータ様、顔色はとても悪いですよ。少し休まれてはいかがですか?」


 彼女は心配そうにそうすすめるが、彼は首を横に振る。


「俺がここで休んでいると、助かるはずだった人が助からなくなってしまうかもしれないじゃないか」


 自力で立つのもままならない状態でも、彼はルーランの人々を心配していた。

 それに実のところ、彼はどうして自分が勝てたのか理解できていない。

 避けなければと思った瞬間、盾から生まれた光が彼の体を包んで、気づいた時は土の中にいたのだ。

 その後は単にサラヴァンが気をゆるめてくれそうになるまで待ち、一か八かで突撃をしたのである。

 それがデーモンの心臓を見事に貫いたのだから、まぐれ勝ちもいいところだと彼は思う。

 人々を一刻も早く助けようとするのは、その消化しきれないもやもやを忘れる為だというのは否定できない。


「ショータ様はあくまでも人の為の勇者でいらっしゃるのですね……」


 彼女はそうとは知らず、様々な思いを込めてつぶやく。

 その感情の複雑さは、とても彼には読み取れない。


「勇者ってそういうものじゃないのか? 誰かを助ける為にあがいて、何が悪いって言うんだ?」


 だから彼は首をひねって問う。


「いいえ、悪いとは申しません。ただ、心を打たれただけですわ」


 彼女の声質と雰囲気が若干変わった。

 そのことを疑問に思った彼が、口を動かそうとした時、彼の意識は途絶えてしまう。

 彼をこっそり気絶させたユニスは慈愛に満ちた視線を送り、そっとその頬を優しくなでる。


「ショータ……私はカルカッソンから愛が失われていくのを、ずっと懸念していました。我が神器を人の伝承から消したのも、特性をなくしてデーモンでも使えるようにしたのも、全ては賭けであり人への試練のつもりでした」


 それは誰にも聞こえない独白だった。

 ユニスという人の名を持つ女性は、優しく勇者に話しかける。


「人を愛し、世界を憂う者が現れないならば……そう思ったこともありました。ですが、あなたは来た。少なくともこの世界には、運命を司る神はいません。ならばこれは人が生んだ奇跡かもしれませんね」


 彼女は一度言葉を切り、再び彼の頬を優しく撫でた。


「人は個々で違い、様々な顔を持つ。だから愚かな者がいるし、愛するべき者も現れる。ショータ、あなたが教えてくれたのです。いえ、思い出させてくれたと言うべきかもしれません。あなたという人を生み出した種族に、ささやかながら褒美を与えましょう。このメルクルディの祝福を」


 彼女はそう言うと、そっと首飾りを手に取る。

 

「儚く脆きこの世界には、我が力に耐える存在なし。されど、これを使えば、適度なものとなるでしょう。さあ歌いなさい、我が心よ。生命への愛を。称えなさい、ショータの勇気と仁慈を」


 彼女がそう呼びかけると同時に、首飾りはかつてない輝きを放つ。

 そしてそれは巨大な光となってショータに、その他倒れ伏す人々へと降り注ぐ。

 メルクルディの大いなる愛は、傷つき疲弊した人々、大地を癒していった。

 人々の顔には生気が戻り、大地は朽ち果てる前の状態へと回復し、草木もみずみずしさを取り戻す。

 もしも、この光景を目撃する者がいれば、「神の奇跡が起こった」と騒いでいただろう。

 ルーランという地に自身の祝福を与えた女神は、ある一点にそのまなざしを向ける。


「そこにいますね、ヴァンドゥルディ」


「はい、姉様」


 彼女の呼びかけに応じて、一人の女性が姿を見せた。

 二十歳前後と思しき美貌を持ち、豊満な褐色肌の肢体を緑色のドレスで包んだその女性こそ大地を司る豊穣の女神、ヴァンドゥルディである。

 

「あなたは何も見なかった。勇者ショータがディバインハートを使い、この奇跡を起こした。そうですね?」


「はい、姉様。勇者ショータは、姉様のお眼鏡にかなっただけのことはあります」


 ヴァンドゥルディは姉神に対してどこまでも従順な態度を貫く。

 そのことにメルクルディは満足し、ディバインハートをそっと翔太に握らせる。


「ショータならば次から私が今したことと、同じことができるでしょう」


 その声と彼に向けるまなざしの優しさに、豊穣の女神は問いを投げた。


「姉様、姉様はその男を愛していらっしゃるのですか?」


「たとえ神であろうとも全知全能ならざる身ですが、だからこそ愛しいと思う存在がある。これを答えとして分かりなさい、妹よ」


 とても答えと言えるようなものではなかったはずだが、姉神の言葉にヴァンドゥルディはうなずく。


「はい、姉様。私は姉様が愛しいと思う存在を守りたいです。頑張ります」


 彼女は無表情で声も無機質なものだった。

 それでも姉の歓心を買いたいという気持ちがあることは分かる。


「それでいい。もし、ディマンシュが何か言ってきた場合、私が対処します。まあ見ているかぎり、あの者もショータのことは気に入ったようだから、おそらく無用の心配でしょうけど」


「かしこまりました、姉様」


 従順な妹神に満足したメルクルディは、彼女に戻るように合図した。


「私もそろそろただのユニスに戻ります」

 

「はい、姉様。姉様の愛が報われますように」


 ヴァンドゥルディはそう言い残し、姿を消してしまう。


「……ショータという報いは受け取っているわよ。問題は私の方がショータの報いになれるかどうか、なのよ」


 そう小声でつぶやいた愛の女神は、不安を抱えた一人の乙女のような顔をしていた。

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