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17話「誰が為の戦い」

 ジョンが手綱を動かして、馬車は王都ルーランを目指して疾走する。

 その間、翔太はユニスの容態を調べるミラとシンディの様子をぼんやりと眺めていた。

 本当は彼もやりたかったのだが、侍女たちにやんわりと断られたのである。

 未婚の乙女、それも王族ともなるとみだりに男性と接触できないようであった。


(その割に一緒に風呂に入ったりしたんだけど……)


 そう思わなかったわけではないが、あれは彼とシンディとユニスの三人だけの秘密である。

 ミラもいる以上はそ知らぬ顔を決め込むべきであろう。

 三巨頭サヴァランを倒さなければ、デーモンの気配を再び探知することはできない。

 頭では分かっていても、彼は神器の力をつい使ってしまった。

 探知可能範囲は百ヘクタールほどにもなったが、何の反応もない。


(ベルナールは嘘をついたり、誇張していなかったということだろうか?)


 フオルンのデーモンの発言がまるっきりデタラメだったというわけではなさそうだ。

 それが分かっただけでもよしとしなければと彼は思う。

 加速中の馬車が不意にスピードを落としはじめる。

 何かに気づいたジョンの判断だと感じて、彼は強化を解除した。

 止まった後に窓の外に視線を向けると、平地の向こうから多数の黒煙が立ち込めているのが見える。

 何が起こっているのかはおそらく確認するまでもないだろう。


「ジョン」


「ここは私にお任せを」


 名前を呼ぶだけで、近衛騎士は迅速な返事をした。

 それを聞いて彼は駆け出す。

 王都ルーランの白い外壁は無残に崩壊していて、デーモンに攻め込まれたのだろうと予想できる。

 壁を超えると土が紫色に変色していて、生き物が腐っているような臭いが発生していることに気づいた。

 周囲の建物は黒い炭のような物体が散らばり、黒い煙が立ちのぼっている。

 非生物の残骸のようなものは散見されるが、人間の死体のようなものはどこにもない。

 ただ、デーモンは悪辣な敵が多いので、楽観するのは禁物であろう。

 殺されて死体を利用されているくらいは、予想しておくべきであった。

 翔太は胸が焼けるような不快感を抑えながら、王都の城下町を行く。

 平時であればこじんまりとしつつも美しい町並みだったのかもしれない。

 だが、今はそのような想像も悲しく切なかった。

 彼はやがて城下町を抜けると、高い壁と城が見えてくる。

 そこには深緑の奇妙な柱が数十本もそびえていた。

 彼の目の錯覚でなければ、脈打っているようにも見える。


「あれは何だ?」


「供物だ」


 なかば呆然としてつぶやいた彼に対して、返事はすぐにあった。

 その声が聞こえてきた方向を振り向くと、緑色の鱗を持ったトカゲ頭の男が立っている。

 身長は二メートルくらいあり、筋骨たくましい大男で鱗の色と同色の尻尾もあった。

 上半身が裸で、せいぜい黒い首飾りくらいしか身につけていないだけに余計に顕著に分かる。

 しかし、問題はその男の見た目ではなく、桁違いに濃密な気配をまとっているということだ。

 十二将ラドゥーンやバジリスクとは明らかに格の違いが伝わってくる。


「三巨頭のサヴァランか?」


 翔太が男の名前を言葉にして推測してみると、男は怪訝そうにしながらも首を縦に振った。


「私の名を知っている人間がいるとはな。配下の誰かが漏らしたとしか考えられぬが……」


「フオルンのベルナールが親切に教えてくれたよ」


 彼はすぐにそう答える。

 もちろん半分は皮肉であった。

 サヴァランは眉を動かす代わりに、深紅の瞳をすっと細める。


「地蔵星の奴か。お前がここまでやって来たということは、奴を倒してきたのか、当代の勇者よ」


 彼は目ざとく勇者の証である剣と盾に気づいていたのだ。


「ああ」


 翔太はそう応じるとディバインブレードを抜く。

 それを見たサヴァランは、目を丸くした。


「いきなり私と戦う気なのか? お前は過去の勇者とは違い、正気を保っているように見えるが、私の思い違いか?」


 デーモンは彼が過去の勇者のように神器に操られているわけではない、と見抜いているらしい。

 そこまでであれば翔太も驚くことはなかった。

 彼が予想していなかったのは、彼が正気であるならば戦う理由がないと言わんばかりの態度である。


「たしかに俺は正気だよ。神器にふり回されていたりはしない。だけど、だからと言ってお前たちと戦わない理由にはならないだろう」

 

 サラヴァンは王都ルーランにやったことはともかく、話が通じない相手ではなさそうだ。

 だからつい、対話をしてしまう。


「本気で言っているのか、勇者よ」


 もっとも、それはデーモンの方も同じのようで、攻撃してこずに舌を動かし続ける。


「お前たちは強制的に縁もゆかりもない、この世界に連れてこられただけの存在だ。お前たちにとってこのカルカッソンの為に戦う理由はあるまい。むしろこのカルカッソンの奴らの、身勝手な行為の被害者だと言える。私たちとしても、カルカッソンの奴らの為に戦わない者は敵ではない。つまり私たちは戦うどころか、手を取り合う余地さえあるとは思わないか?」


「思わないな」


 翔太は即答した。

 サラヴァンは怪訝そうな顔をする。

 そんなデーモンに向かって彼は言い放つ。


「俺は人間、このカルカッソンの人々も人間。報いを受けなきゃいけないほど悪いことをした人ならともかく、そうでない人はできるだけ助けたいと思うことが、そこまで不思議か?」


「不思議だな」


 サラヴァンは肩をすくめて小首をかしげる。


「助けなくてもお前は何も困らないだろう? だってお前に危害を加えた者たちと、それに疑問を思わないような奴らなのだぞ」


「困るか困らないかじゃなくて、助けたいと言っているんだ。誰かが殺されそうだったり、困って泣いているのを見て見ないフリはできない」


 彼が力強く言い切ると、デーモンは小さく嘆息した。


「ますます分からんな。義侠心とやらか? それとも私たちに踏みにじられる者を助けることで、お前は何かの欲求を満たされるのか?」


「困っている人を助けたいと思うのに、いちいち理由が必要なのか? ただ、助けたいというのがデーモンには理解できないのか?」


 翔太も負けずに言い返し、両者の間で見えない何かが砕け散る。

 本人たちはどちらもそのことを理解していた。


「私の手を取っていれば死なずにすんだのにな。これが何か分かるか?」


 サラヴァンはそう言うと、黒い首飾りを鋭い鉤爪のような指で示す。

 

「これこそがお前が欲しがっているだろう最後の神器、ディバインハートだ。今は私の力を増幅させている」


「フオルンのベルナールが、そういや何か言っていたな」


 己の力を誇示しようとするデーモンに対して、彼はあくまでも軽口を叩く。

 本心ではなく、わきあがるわずかな不安を抑え込もうとしているのだ。

 そんな彼にサラヴァンは哀れむようなまなざしを向ける。


「愚かな勇者よ。何も知らず、神の道具としてカルカッソンの盾代わりにされている、哀れな生き物よ。もはや言葉では説得できぬと見受けた。せめてもの情けだ。苦しむことなく逝かせてやろう」


 デーモンの気配が圧倒的に膨らむ。

 まるで王都を丸ごと押しつぶそうとするかのように。


「死にいく哀れな勇者よ。あの世への土産に教えておこう。私は天機星ニーズヘッグのサラヴァン。お前の名前も聞いておこうか」


「ショータ・ヤマモトだ」


 侮蔑と憐憫を隠さなくなった以外は礼に則っているサラヴァンの問いかけに、彼は正直に答えた。

 

「ショータか……なかなかよい名前だ。ならば勇者ショータよ、我が武勲となるがいい」


 デーモンは吼えると地を蹴って、距離を詰めてくる。

 その速さは神器で強化されているはずの翔太でさえ、反応が遅れたほどだ。

 彼は腹部とあごに衝撃を感じた次の瞬間、後方へ吹き飛ばされてしまう。


「勇者の力は三つの神器がそろっていればこそ。それがありえぬ以上、お前は私にすら勝てぬぞ」


 サラヴァンの説教くさい言葉が、倒れこむ翔太へ追い討ちをかけるように聞こえてくる。


「はっ……それはどうも」


 彼はすぐに立ち上がろうとしたが、膝が震えてなかなか上手くいかない。

 先ほどの攻撃で足にきてしまったようだ。


(神器を使う鍛錬を優先してきたツケか……)


 基礎的な戦闘訓練を後回しにしてきたことを悔いたが、今さらであろう。

 これまでの敵とは違い、このニーズヘッグのデーモンは決して必殺技に頼り切ってはなさそうだ。

 そのサラヴァンが再び距離を詰め、彼の腹部に膝蹴りを入れる。

 勇者の体がくの字状に曲がったところで、あごを拳で打ち抜いた。

 しかし、今度は彼の体は吹き飛ぶこともなく、彼はディバインブレードで反撃する。


「うおっ」


 サラヴァンは予期せぬ展開にとっさに後方へ跳躍して、それをかわした。

 勇者は恐れるに足りずと思っていても、ディバインブレードのことは警戒しているようである。

 その隙に翔太は息を整えて、体勢を立て直す。

 二度めのデーモンの攻撃を食らって即座に反撃できたのは、ディバインシールドのおかげであった。

 一度めでは間に合わなかったが、二度めではきちんとガードできたのである。

 そのことにデーモンも気づき、舌打ちをした。


「そうか、ディバインシールドか……」


 それから表情を引き締めて、翔太に賛辞を送る。


「お前が召喚されてまだ一ヶ月足らずといったところであろう。それなのにも関わらず、二つの神器を使いこなして正気を保つとは、大したものだ。お前のような奴こそ、仲間としたいのだが」


「断る」


 彼が即答すると、サラヴァンの表情は悲しそうにゆがむ。

 言葉では説得できないと判断したと言った割りには、未練がましい態度であった。


「どうしてもか」


「ああ」


 取り付く島もない彼の態度に、デーモンは言って聞かせるような口調で話しかける。


 翔太はどこまでも平行線だと思いながらも、律儀に応じていた。

 サヴァランの言葉は無視しない方がよいと、言葉ではなく感覚で判断している。


「カルカッソンは憎むべき大罪人の子孫たちなのだぞ。お前が正気をたもち、理性的な判断ができるなら、我々に組するべきではないか」


「罪人の子孫はただそれだけで罪悪なのか? それは理不尽すぎるだろう」


 翔太のこの言葉を聞いたサヴァランの表情がゆがむ。

 悲しみと怒りが混ざったような変化だった。


「その通りだ……だから私は許せぬ!」


 デーモンの気配がさらにふくれあがる。


「カルカッソンは滅ぶべし!」


 彼は再び勇者に跳びかかって、先ほどまでよりも遥かに激しいラッシュを繰り出してきた。

 ところが全ての攻撃はディバインシールドが放つ白い光のバリアに阻まれてしまう。


「ディバインシールドの力をここまで……!?」


 デーモンから驚嘆の言葉がこぼれる。

 翔太は間隙をぬって反撃を入れているのだが、サヴァランは巧みに回避防御していた。

 その結果、互いに決め手を欠いたこう着状態となっている。

 やがてサラヴァンは焦れたように舌打ちをし、距離をとった。


「お前はそれほどの力を持ちながら、カルカッソンの為に戦うのか」


 その声には明確ないらだちがある。


「ああ、この世界を救う為に、一人でも多くの人を助ける為に」


 翔太の返答には相変わらず迷いがない。

 それだけ断固たる決意で望んでいるということだろう。

 そしてそれはサラヴァンにも伝わる。


「ならば現実を思い知らせてやる」


 そうはき捨てると跳躍して口をあける。

 

「【灼暗毒焔(フェルカーモルト】」


 デーモンが放ったのは、黒色の炎であった。

 猛毒の効果を持った火が、火炎放射のように浴びせられる。

 翔太はディバインシールドの力を全開して応戦した。

 白い光のバリアが、強烈なブレス攻撃を遮断する。

 そう思っていたのは最初だけで、次第にバリアが軋みはじめた。

 どうやらサラヴァンの攻撃の方が上回っているらしい。


「くっ」


 少しずつ翔太は虚脱感を覚え、うめき声を漏らす。


「よく耐える。さすがと言っておこう。ならば全開だ! 【灼暗毒炎(フェルカーモルト】」


 サラヴァンは再び跳躍したかと思えば、先ほどよりも二周り以上巨大なブレスを吐く。

 これにはディバインシールドの守りも限界に達し、音を立ててバリアは砕けて勇者を飲み込む。

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