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2話「デーモン」

 ウィリーは翔太を連れて厩舎に行き、そこから立派な栗毛の馬の手綱をとる。

 馬に乗ったことがないなりたて勇者は、兵士に乗せてもらい、さらに手綱もゆだねた。

 

「では参ります」


 男二人、密着しながら馬を走らせる。

 ウィリーは鎧を着ている為、翔太は痛い思いをしなければならなかった。

 ディバインブレードを持つ勇者には不要だと判断されたのか、彼に鎧は支給されなかったのである。


「申し訳ないのですが、急がねばならないので」


 兵士はそう断って馬に鞭を入れた。

 急ぎたいのは翔太にも理解できる。

 途中で何度か馬を変え、水を飲み、休憩を挟まなければならないだろう。

 それでも三日はかかるのではないか。


(あれ? 普通に馬で四日の距離を早馬で飛ばすなら、何日になるんだっけ?)


 翔太はふと疑問が浮かぶ。

 今ガムース城がどうなっているのか分からないが、できるだけ早く到着したい。

 彼がそう思うと突然腰に佩いている剣が光を放ち、彼とウィリー、そして馬を覆う。


「えっ?」


 ウィリーと二人同時に声を漏らすと同時に、馬は急加速した。

 疾風になった馬が止まった時、目の前には何本もの黒い煙が立ち上る大きな城がある。

 高い城壁のあちらこちらが破損しているし、城門にも破壊されたままであった。


「恐れ入りました。まさか既に神器の加護をお使いになれるとは」


 兵士が恐縮してそう言ったことで、先ほどの現象が「加護」なのだと翔太は理解する。

 しかし、知らなかったとは何となく言えず、彼の注意をそらすことにした。


「あれがガムース城か……」


「はい。予想はしていましたが、何ということだ」


 二人の男はごくりと唾を飲み込む。

 敵はまだ中にいるかもしれないから、ウィリーを連れて行くのは危険かもしれない。

 だが、一人にするのもまた危険だろう。


「どうする?」


「足手まといになるかもしれませんが、お供させてください」


 翔太の問いにウィリーは覚悟を決めた顔で即答する。

 彼はそれに好感を持ち、できるかぎり守ろうと思う。


「じゃあ行こうか」


 彼らは相談しあった末、堂々と正面から入っていくことにする。

 この国への侵攻する際に真っ先にガムース城を狙ってきた以上、敵は戦術や戦略についてそれなりに明るいと見るべきだ。

 ならばこの重要拠点を守るのに十分な戦力を置き、斥候なども用意しているだろう。

 つまり彼らは既に敵には発見されている……と判断したのだ。

 冷静に考えてみれば、彼らがやろうとしていることは無謀でしかないはずである。

 けれども、どちらもそのようなことは思いつきさえしなかった。

 翔太はその不自然さに当然気づいてはいない。

 彼らが城門をくぐると、何かが焼けた後のような臭いが鼻腔を刺激し、壁のあちらこちらに穴が開いている。

 外から見たとおり、火でも使われたのかもしれない。

 翔太を前にして曲がりくねった道をゆっくりと進んでいく。

 道の幅が人一人が何とか通れる狭さなのは、敵に突破されたことを想定してだろう。

 しかし、頑丈なはずの城壁に平気で穴を開けるような怪物の前では無意味だったようだ。

 門衛塔、城壁塔の残骸と思しき瓦礫の山も見られる。

 翔太はともかく、ウィリーの顔色はどんどん悪くなっていく。


(これじゃ生存者は絶望的かもしれない……)


 何となく予感はあったものの、彼の気も重かった。

 元が平和しか知らない日本人なのだから仕方ないのかもしれない。

 やがて二人は広く開けた場所に出る。

 倒れた木や枯れたり燃えた草花が散見されるところから推測するに中庭なのだろうか。

 穴だらけになっている地面を見て彼らが表情をくもらせていると、どこからともなく拍手が聞こえてくる。


「だ、誰だ!」


 ウィリーが誰何したが、その声は震えていた。


「ようこそ、間抜けな人間ども」

 

 声は居館部の屋根から降ってくる。

 そこにはいつの間にか、二つの影があった。

 翔太から向かって左側に立つのが全身を黒い毛で覆われた顔が犬のような男であり、右側にいるのが紫色の肌を持つ醜悪な大男である。


「くっ……デーモンか……」


 ウィリーは恐怖でいっぱいで、震えながら後ずさりをした。

 それが一歩だけで止まったのは、勇気あると言えるのだろうか。

 翔太は彼を庇うように一歩前に出る。


「お前らが敵か」


「……あん?」


 確認するような言葉を聞いた異形の両名は、訝しげな顔になった。

 

「お前たちは何者なんだ?」


 彼にとっては当然の問いかけだったが、怪物たちには違う。

 彼らは互いの顔を見合わせると、笑い声を爆発させる。


「こいつは傑作だ。待ちかねたはずの勇者様はずいぶんと間が抜けてやがる。まさか自分が戦う相手のことさえ知らないとはな」


「今回の勇者はただの操り人形か。ちょうどいい。哀れな道具の腹を裂き、内臓を抉り出してやろう」


 二人はそう言うと、左の方から名乗りをあげた。


「あの世への土産として教えてやろう。俺様は地狗星ブラックドッグのアルフレッド」


「そして俺は地賊星バーバリアンのカイル。俺たちは魔王シュガール様に仕える百八のデーモン。シュガール様の命令によりこのカルカッソンを征服する!」


 右側の紫の肌を持つカイルと名乗った男が高らかに宣言する。


「魔王? デーモン?」


 翔太は思わず反芻したが、彼らが相容れぬ敵だというのは何となく理解できた。

 

「正しく理解せぬまま冥府へ逝け、神のイヌにして人類の道具よ!」


 ブラックドッグのアルフレッドがうなり声と同時に飛びかかってくる。

 それに対して彼の手は素早く剣へ伸びた。

 白銀の光が閃いた次の瞬間、アルフレッドの体は真っ二つになって崩れ落ちる。

 青い血がふき出し、斬った相手が人外なのだと示す。


「な、ん、だ……と?」


 これに仰天したのはカイルであった。

 相手は何も知らぬ未熟な勇者であり、アルフレッドの勝利を微塵も疑っていなかったのである。

 それなのにも関わらず僚友は敗れ去ったどころか、無知で無能なはずの勇者が何をしたのか、彼には分からなかった。


「何も知らないなりたての愚図勇者が強いだと……?」


 カイルは驚きに表情をゆがめながらも、戦闘態勢に入る。


「次はお前だ、地賊星」


 翔太が剣を突きつけながら宣言すると、カイルは怒りで顔を紅潮させた。


「図に乗るな、神のイヌ! 食らえっ! 蛮士強襲バーバリアンストライク!」


 胸の前に両拳を突き出し、風をまとって猛突進してくる。

 翔太は線上にいるウィリーを抱えて横に飛ぶ。

 カイルは勢いよく突き進み、城壁を砕いた。

 まともに食らっていれば、翔太たちはひとたまりもなかっただろう。


「よく避けたな、褒めてやる」


 バーバリアンのカイルは石の破片を散らしながら、不遜に言い放つ。

 速さと言い威力と言い、常人では歯が立たないのは明白であった。

 それでも翔太には自身の敗北が想像できない。


(ディバインブレードの力かな)


 腰が抜けたウィリーを離れた場所に置くと、翔太はカイルに向きなおる。


「立ち向かおうとする勇気だけは褒めてやるよ、雑魚勇者。死ねっ!」


 カイルは再び「蛮士強襲」を繰り出して突撃してきた。

 しかし、彼にはその動きがはっきりと見えている。

 紙一重で避けてすれ違いざまに斬りつけた。


「な、なんだと……」


 地賊星のデーモンは己が一撃で敗北したことを受け入れられないまま、ディバインブレードの力で消滅してしまう。

 それを確認した翔太は剣をしまい、ウィリーのところへ駆け寄る。


「平気かい?」


 彼に手を差し伸べられた兵士は、そのまま平伏した。


「お、恐れ入りました……あなたこそ様真の勇者です」


「えっ? 何だよ、急に」


 突然の反応に彼は呆気に取られてしまう。


「ろくに鍛錬をしていないのにあの恐ろしいデーモンたちを圧倒する強さ……守護三神がお選びになったのも当然です。きっとあなた様によってカルカッソンの伝説は塗りかえられるでしょう」


「大げさだな」


 ショータは熱に浮かされたウィリーの言葉に鼻白む。

 だが、言われてみればたしかに奇妙である。

 敵のことをよく知らず、勇者としての修行や鍛錬も一切していなかったのに、ためらわず飛び出して敵地までやってきたのだ。


(俺ってそんな無謀じみた奴じゃなかったはずだが)


 自分で自分が理解できない。

 もしかすると、これもディバインブレードの力の一端なのだろうかとショータは思う。


「たしかに思っていたよりも危険のようだ」 


 彼がウィリーを立たせた時、不意に男の声が発生した。


「今のうちに始末しておくべきだな」


 声の主は彼らの前方からやってくる。

 その男は全身が黄緑色の鱗に覆われていて、爬虫類のような顔を持っていた。

 人間の男ほどの太くて長い尻尾も生えている。

 トカゲ男という単語がショータの頭に浮かんだ。


「新手のデーモンか」

 

 彼の問いかけを男は肯定する。


「そうだ。魔界十二将、地猛星ラドゥーンのアブラハム様だ」


「魔界十二将!?」


 ウィリーが目をむいて悲鳴をあげた。


「大物なのか?」


 ショータがたずねると、アブラハムが侮蔑がこもった笑い声を立てる。


「貴様は何も知らないのだな。貴様が先ほど倒した下級兵どもと俺様はわけが違う。上位の指揮官様だ。お前の知能でこの差が理解できるか?」


「全然」


 彼が即答すると、デーモンの肩がぴくりと動く。


「ふん。低脳な傀儡勇者に俺様の言葉は難しすぎるのか。では圧倒的な力の差というものを見せてやろう。絶望とともに冥府へ旅立つがいい」


 アブラハムは大きく口を開き、赤く細長い舌と鋭利な歯を見せる。


「ウィリー、離れろ」


 彼が叫び兵士が慌てて従うのと同時に、デーモンはうなり声をあげた。

 その口の周りから熱と赤い鱗粉が生じる。

 ──紅炎吐息フレアブレス

 成人した男性並みの大きな紅色の炎が、螺旋を描きながらショータに浴びせられた。

 アブラハムの得意技、紅炎吐息である。

 新人勇者は間一髪、右方向に転がるようにして避けた。

 外れた炎はそのまま壁に命中し、それを焼いて黒い煙を立てる。

 その光景は彼にも見覚えが思った。


「そうか。この城を燃やしたのはお前か」


 理解と怒りが入りまざった声を発した彼に対して、アブラハムは嘲笑を浴びせる。


「今ごろになって気づいたのか。無能な愚図めが。死ねいっ!」


 トカゲ男が大きく口を開いた瞬間を狙い、ショータはその懐に飛び込んで斬りつけた。

 アブラハムは太い両腕を胸の前で交差させて、防御を試みる。

 白い光を淡く放つ刀身は黄緑色の鱗に止められてしまい、腕を切り落とすことはかなわなかった。


「いかに神剣と言えども、そんな風に振り回すだけで十二将であるこの俺様を倒せるはずがなかろう、馬鹿めが!」


 アブラハムは勝ち誇り、至近距離から紅炎吐息を浴びせる。

 ショータの全身が炎に包まれた時、彼は己の勝利を確信したし、ウィリーは絶望に包まれた。

 だが、それは長く続かない。

 炎は突如として四散してしまい、中からは白い光に包まれたショータが姿を見せる。


「これか……ディバインブレードの力ってのは?」


 彼は半信半疑で無傷のままの己の体を見回す。


「ば、馬鹿な?」


 アブラハムは青色の目を見開き、後ずさりをする。

 なまじ勝利を確信していただけに、それが覆った衝撃は大きかった。


「貴様、なりたて勇者ではなかったのか!?」


「なりたてだよ。この剣を持ったのは……三十分くらい前?」


 少なくともショータの体感時間ではそうである。

 しかし、デーモンには信じられないことであった。


「ふざけるなぁっ!」


 勇者になってそんな短時間しか経過していない男に、己の最大の攻撃が防がれてしまったなど、とても信じられない。


「たぶん、こうだな」


 アブラハムの激昂を無視し、ショータは思念を剣に伝える。

 すると剣がまぶしい光を放ちはじめた。


(何か分かる)

 

 理屈がどうという問題ではない。

 ただ、ショータは理解できてしまうのだ。

 まるで剣自身が無言で教えてくれているかのように。


「うっ」


 ディバインブレードの輝きを見たアブラハムはたじろぐ。

 その隙を逃がさずに彼は斬撃を放つ。

 巨大な光の柱が立ちのぼり、アブラハムを飲み込む。

 神剣の強烈な一撃の前に、魔界十二将は何もできずに消滅してしまう。


「勝ったか」


 ショータはホッと息を吐き、ウィリーのところに寄った。


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