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10話「ある村」

 新しい目標である農村には、神器の力で加速したおかげで一分足らずでついてしまう。

 彼らの目の前には外敵に備えて作られた、高い木の柵と見張り台がある。

 見張り台と村への出入り口のところには、それぞれ若者が二人ずついた。

 彼らの存在を見た翔太は、どうやら無事な村があったようだと胸をなでおろす。

 ユニスたちの表情も、どことなくほっとしたものであった。

 それに対して彼ら村人は突如やってきた見覚えのない立派な馬車の姿に、そろって困惑している様子がうかがえる。


「よかった、この村の人たちは無事なんだな」


「ショータ様のおっしゃった通り、無事なところもあるのですね」


 そう話した王女の顔色と声は若干明るくなっていた。

 来るまではどれだけ被害が出ているのか分からないと胸を痛めていたのだが、この分だと救いはあるかもしれない。

 少なくとも胸に希望を抱くことはできるし、そのことは彼女らに好影響を与えた。


「どうする? 入って事情を説明しようか?」


 翔太がそう提案すると、全員が反対する。


「おそらくにわかには信じてもらえないでしょう」


「都市の者ならばともかく、このあたりの者たちは勇者様のことを知っているかどうか……」


 ユニスとジョンがこう話すのを聞いた彼は、ほんの少しだが疑問がわく。


(間違ってはいないんだろうけど、村人を見下しているように感じてしまうな)


 もちろん、彼の勘繰りすぎの可能性はある。

 民思いの王女と騎士としての責任感が厚いが、守るべき対象をさげすむとは考えにくい。

 それでもおやっと思ってしまったのは、彼が異世界出身だからだろうか。


「だめで元々で声をかけてもいいかい?」


 彼がそう言い放つと、彼らは困惑して互いの顔を見合わせる。

 それからユニスに視線が集まったのは、彼女に彼を説得してほしいと思ったからだろう。

 ところが彼女はそうはしなかった。


「そうですね。ショータ様がお望みであれば」


 そう言って彼の意見を支持したのである。

 これに侍女たちとジョンは意外感を殺しきれず、彼女の顔をまじまじと見つめた。


「ショータ様のお優しさが通じるかどうか、試してみなければ分からないでしょう」


 試しもせずに決めつけるのは愚かなことだと注意されて、彼らは何も言えなくなってしまう。

 彼女の理解に後押しをされた翔太は、村人に話しかける。


「俺はクローシュから来た勇者なんですが」


 自分で勇者だと名乗る気恥ずかしさはあったが、そうでなければ身元不明の怪しい人間になってしまう為仕方なかった。

 そんな彼に村人たちはうさんくさそうな目を向けてくる。


「はあ? 何を言ってんだてめえ」


「あったまおかしいんじゃねえか?」


 荒々しく訛りのある言葉がぶつけられた。

 翔太は想定していたうちの一つの反応に内心やや怯みながらも、あきらめずに語りかける。


「証拠はほら、この二つの神器で」


 剣と盾を見せてみたし、念じることで光らせてみたが、村人たちの態度は何も変わらなかった。


「そったらこと言って、おらたちを騙そうとしているんでねえか?」


「それとも、自分が勇者だと本気で思ってる、頭かわいそうなやつか?」


「どっちにしろ迷惑だ。けえれけえれ」


 ゴミを見るようなまなざしで、野良犬でも追い払うかのように手を振られて、彼は話し合いの難しさを痛感する。


(少なくとも俺じゃ無理か……)


 彼らとの関係にヒビを入れるのは本意ではない。

 彼はやむなく引き下がって、待っていた同行者によくない結果を告げる。

 

「だめだった。全く信じてもらえなかった。神器を見せてもだめだとなると、もうデーモンを倒すところを見せるくらいをしないといけないんだろうし」


 その為だけにデーモンの襲来を願うほど、彼は独りよがりになれなかった。


「仕方ございません。わたくしどもですら、ディバインブレードのこと知っていなければ、全面的に信じるのは難しいでしょうから」


 ユニスは彼をなぐさめながらも、村人たちの擁護をする。


「何の情報も持っていない人に信用してもらうのって、難しいな。神器さえあれば大丈夫だと思っていた、俺が間違っていたよ」


 翔太はそう嘆息して、彼女たちの意見が正しかったことを認めた。

 だが、それでも意見を変えようとは思わない。

 彼らが彼にとって守るべき存在なのは同じだから。


「ユニスが行っても同じかな?」


 あきらめずにそう言う彼に対して、ユニスは優しい微笑を浮かべつつうなずく。


「ええ。恐らくは。貴族であれば陛下が発した文書を見せれば大丈夫でしょうが、村人ではそもそも文字が読める者がいるかどうかすら分かりません」


「ああ、そうか……」


 彼はようやく識字率の問題に気づいた。

 日本では義務教育という制度が存在しているが、こちらの世界ではそうではない。

 村長クラスでようやく読めるかどうかという可能性すらあった。

 ユニスという王女の顔を知らないかもしれない、という点については予想していたのだが。


「今すぐできることがないなら、他の場所に行った方がいいな」


 彼の言葉に皆が賛成する。


「はい。ショータ様のお力を必要としている者が、どこかにいるかもしれませんから」


 ユニスの言葉が最後の一押しになって彼らは違う場所を目指す。


「他の村も似たようなものなら、大きな街を選んだ方がいいかな」


「その方がよいかと存じます。大きな街でしたら貴族が治めていますから、事情説明も円滑に進むでしょう。あるいはその者たちであれば、村人たちの説得もできるかもしれません」


 彼女の言葉で、彼はグルノーブルのウォーレン市長も貴族だったことを思い出した。

 それに村人を説得できるかもしれない、と希望を提示されたのも大きい。


「分かった。……貴族が治めているような街は、デーモンに攻撃されているかもしれないしな。この近くで貴族がいる街と言えば、どこだ? ジョンは分かるかい?」


「はい、お任せを。今回の為に、ルーランのおおよその地理は頭に入れてきましたから」


 勇者からの問いかけに、近衛騎士は実に頼りになりそうな答えを返す。


「それはありがたいな。頼りにさせてもらうよ」


 彼が笑いかけると、ジョンはやや表情を硬くしてうなずく。


「はい、お任せを。勇者様のお役に立てるように、精いっぱい励みます」


 やや入れ込みすぎなように感じたものの、彼本人が指摘すると逆効果かもしれないと自重する。


「ルーラン南部で一番大きいな街はレヌンといい、そこの長はナヴァール伯爵です。ナヴァール伯ならば、陛下の書面が効力を発揮するでしょう」


 ユニスがそう言って騎士に目を向ける。


「はい。ここからレヌンへの行き方は分かります。お任せを」


 彼の表情は元の柔和なものに戻っていたので、王女が優しく声をかけた。


「ジョン。あなたならばいつも通りやれば大丈夫ですよ。だからもう少し肩の力を抜きなさい」


「はっ」


 ところがこれも逆効果だったようで、騎士は表情と体をこわばらせてしまう。

 守るべき王族に直接声をかけられるという経験に不慣れなせいだろうか。

 己の失敗を悟ったユニスをなぐさめる為に、翔太はそっと彼女の肩に手を置く。

 彼女は彼と目が合うと、わびるように目を伏せる。

 それでも鍛えられた騎士だからか、馬車に乗る頃には無駄な力は抜けていた。

 それに安心した翔太はぼんやりと神器のことに思いをはせる。


(これがもっと遠距離の敵も探知できたら、色々と便利になるんだよなぁ)


 デーモンがどこにいるか網羅できなくても、デーモンが現れたら知らせるとか、デーモンに襲われている場所があれば気づく。

 そういった機能があれば、もっと被害を減らすことはできるのではないだろうか。


(もっとも、今のままじゃ遠くのデーモンを探知できても、移動方法に困るんだが)


 転移で遠くまで行けるということを明かすのは、何となくためらわれてしまう。

 何故かと自問しても明確な理由が思い浮かばないのだが。


(……このあたりに関する認識は甘かったな)


 そう自嘲し反省し、今からでもできないかと剣の柄をなでる。


「ショータ様? いかがなさいましたか?」


 そんな彼にユニスが訝しげな声をかけた。

 傍目には馬車の移動速度を強化しようとしたようにしか見えないだろうと思っていた為、これには驚かされる。

 一瞬どうごまかそうかと考えたが、彼女の瞳の真剣さにそれではいけないと判断して本当のことを明かす。


「いや、もっと探知能力を磨けば、よりたくさんの人を助けられるんじゃないかと思うと、ね。まだまだ駆け出しの勇者なんだなと戒めていたところさ」


「そんな。ショータ様はとても多くのことをしてくださっているのに、まだ足りないだなんて……」


「そうですわ、勇者様」


 彼の言葉を聴いた少女たちは一様に表情をくもらせる。

 彼女たちは「勇者は精いっぱいやっている」と言いたくて仕方なさそうであった。

 その点を察した彼は、微妙な差異を説明する。


「ああ、自虐しているわけじゃなくて、反省しているだけだから。そんな顔をしないでくれ」


「……ショータ様の向上心はあまりにもすばらしくて、まぶしいかぎりですわね」


 ユニスはそう感嘆し、本当にまぶしそうに目を細めた。


「姫様のおっしゃる通りですね」


 侍女たちはそう言ってうなずきあったが、彼女たちの瞳に宿っているのは純粋な敬意である。


「そうかな? 誰かを守る責任ってそういうものなんじゃないのかな?」


 他人の命が懸かっているようなことで、妥協してもよいのかと彼は本気で首をかしげた。

 そんな勇者の姿を見て、王女は恥ずかしそうにうつむく。


「わたくしどもは……どうしてもどこかで妥協し、何かを切り捨てなければいけないので」


 全ての人を幸せにできればどれだけすばらしいことか。

 彼女もそう思ったことはあるという。


「ですが、現実は厳しいのです……どうして王族なのに、民の不幸を減らすことしかできないのか、と悔しく思ったこともあるのです」


 哀しみの混ざった言葉が心に響き、翔太は彼女にかける言葉が見つからない。


「姫様は昔、毎日のようにおっしゃっていましたものね」


 シンディは思い当たることがあったのか、懐かしそうに遠くを見る。


「あ、あれは忘れて……」


 その侍女に対して、どうしてか彼女は焦ったように願う。


「はい。他言はいたしません」


「そ、そうではなくて……」


 笑顔で約束してくれたシンディに彼女は困り、ちらちらと翔太の方を見る。

 彼には知られたくないのか、それとも単純に彼の顔色をうかがっているのか、見られている本人は判断がつきかねた。

 そっと彼が視線を彼女から外すと、ほっと息がこぼれる。

 人には歴史ありと言うことなのだろうな、と彼は自分を納得させた。

 それから思考を神器のことに戻す。

 探知能力は高いほどよい。

 移動に関しては探知したところへ移動できるとでも言えば、それで納得されるのではないか。

 自分の中でそう結論を出して納得させると、探知をはじめる。

 これまで探知できていた範囲に、それらしい気配は何もない。

 このあたりにデーモンが潜んでいる可能性は低いと判断し、探知範囲が伸びるように念じる。

 お約束と言ったらはばかりがあるかもしれないが、一度では上手くいかない。

 何度もやり直しているうちに、ようやく少し範囲が広がった。


(おっ。これを頑張れば……)


 少しでも範囲が広くなるならば、とモチベーションが向上する。

 馬車に力をそそぎながらでやるといつもよりも消耗するが、微塵も気にならなかった。

 一つでも多くの命を助けられる可能性がわずかでも上がるというのは、それだけ彼にとっては重要な点なのである。

 発奮して頑張ると急速に範囲が伸びて、デーモンの気配が引っかかった。


(うん? でもこれって?)


 ただしそこは今まさに馬車が向かっているところである。

 レヌンという街が襲われているのかもしれないと思い、彼は馬車の速度をあげた。


「レヌンってところがデーモンに襲われているかもしれない。急ごう」


 そう言うと少女たちの表情に緊張感がみなぎる。


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