9話「地囚星」
「そうだった。彼らの発言がデーモンに操られたものだとまでは言わないが、彼らが歪められた存在には違いない」
翔太はそう言い放って、動く死体となった者たちをにらみつける。
まずは自分自身に言い聞かせたのだ。
彼ににらまれた兵士たちはややひるんだものの、すぐに再び口を開く。
「にげる……」
「ゆうしゃ、がにげる」
「じぶん、のつみ、からにげる」
彼らから放たれるのはやはり勇者を非難するものだ。
しかし、これを聞いた翔太は違和感を抱く。
(こんな統一されたような、連帯感を出せるものなのか?)
そんな疑問もある。
言葉遣いがこれだけたどたどしいのであれば、知性も生前と比べて劣化しているのだろう。
それなのにも関わらず、連帯感だけはそのままなどということがありえるのだろうか。
これらにカルカッソンではゾンビが自然発生しないという情報を加味すれば、ゾンビを作り出した存在に彼らが操られているかもしれないというのは、荒唐無稽だとも思えない。
(そうなると、近くにデーモンがいないのも変な気がする)
遠く離れた場所から、大量の死体を操るのは相当の力が必要になるはずだ。
数だけならばまだしも、これほど精度の高い対話能力と連携を維持するのは近くにいないと難しいのではないか。
(でも、それだとディバインブレードが探知しきれないのは変だな)
そこまで考えた翔太は、これまでの探知方法だと何か抜け道でもあるのかもしれないとひらめく。
今まで彼は単純にデーモンの気配をさぐろうとしてきた。
だが、他にもやり方はあるのではないか。
(たとえばデーモンの力だけをさぐってみるとか)
何らかの方法でゾンビを操っているのだとすれば、強い力が使われているのだろうし、探知できるかもしれない。
試しに今この場にいる者の中で最もデーモンの気配、ないし力が強く感じるポイントはどこなのか。
その条件でさがしてみると、ある兵士のところから反応が出る。
かつて遭遇したデーモンたちと比べれば弱いが、この中では格段に強い気配だ。
彼は黙ってディバインブレードを抜き放つ。
すると将兵は一斉におののき、後ずさりをはじめる。
「な、なにをする、きだ」
「いいかえ、せない、からこう、げきする、のか」
それでも非難の声はやまない。
心からの本音なのか、それとも勇者の良心にでも訴えるつもりなのか。
いずれにせよ、翔太は疑惑がある以上ははっきりさせるべきだと、剣先をある兵士の体に触れさせる。
その兵士の体に剣先が触れた途端おぞましい悲鳴が漏れて、その体から黒いもやが噴き出して剣から離れた。
黒いもやは人型へと変わると憎々しげに翔太をにらみつける。
「お、おのれ勇者め……何故分かった?」
「確信があったわけじゃない。念の為のつもりだったんだが」
彼が虚を突かれたのは半瞬で、すでに臨戦態勢になっていた。
「ともかくお前がこの人たちを死体にして操っていたデーモンだな」
「ばれたからには仕方がない。私は地囚星ドゥルジーナスのダミアンだ。その首をもらうぞ!」
人型の黒いもやに言われたところで翔太には奇妙な気しかしないのだが、デーモンから挑戦された以上拒むという選択肢はない。
「死ね! 【恍惚抱死】」
三本の黒い光柱が、ダミアンから翔太をめがけて発射される。
彼はそれに対してディバインシールドをかざす。
黒い光が間近まで迫ったとき、盾からは白い光が放出されて、ダミアンの攻撃を遮断した。
「な、何だと? まさか、それはディバインシールドなのかっ?」
デーモンは驚愕の叫びをあげる。
どうやら彼は勇者がディバインシールドを手に入れたという情報を知らなかったようだ。
グルノーブルと魔界、そして魔界とここの距離を考えればおかしなことでもない。
翔太はそう判断して床を蹴り、一瞬でダミアンとの距離を詰める。
デーモンが反応するよりも早く、剣を目と鼻の先に突きつけた。
「ここで何をしていた? まさか俺を待ち伏せする為だけにこんなことをしていたわけじゃないだろう?」
ずっと疑問に思っていたことである。
彼の良心を責めたてるだけならば、これほどの人数は必要ではなかったし、もっとやりようがあったはずだ。
勇者の問いかけをダミアンは嘲弄する。
「だ、誰が話すものか」
ただ、そう称するには声が引きつっていた。
このデーモンが勇者の戦闘力を把握していなかったのは明らかである。
(もしかして捨て駒か?)
そんな疑念も翔太の脳裏をかすめた。
ダミアンに話す意思がないのであれば、何度問いを発そうとも時間の無駄であろう。
彼はためらわずにデーモンの体をディバインブレードで切り裂く。
断末魔の叫びが聞こえると同時に、ゾンビとなっていた将兵たちの体が崩れはじめる。
デーモンが倒されれば、その力の供給で動いていた彼らも消えるのは予期できていた。
「許しは乞わない。せめて安らかに眠ってくれ」
翔太は彼らにそう声をかけると、兵士たちはにっこりと笑みを返してくる。
彼らの将と思しき壮年の男性がどことなく嬉しそうに目を細めながら、その口を開いた。
「いえ、おかげでようやく死ねます……勇者殿、我々を解放してくれてありがとう……」
先ほどまでのたどたどしさが信じられないほど、流ちょうに言葉がつむがれる。
「話せた、のですか?」
彼が目をみはると、その将は小さくうなずく。
「あのいまいましいデーモンに、封じられていたのです。そして心にもないことをしゃべらされていました」
つまり彼らが勇者に投げつけた言葉は、デーモンが言わせていたことなのだ。
将は穏やかな表情で口を動かす。
「救えなかった者がいると事実を受け止めるという、そのお気持ちは立派です。ですが、だからこそお気をつけ下さい……我が国を襲ったデーモンは、ドゥルジーナスばかりではありません。もっと恐ろしい存在が、よからぬことをっ」
そこまで言った彼は急に声を詰まらせ、苦しみ出す。
「どうやら、時間切れのようです……」
そしてその体はぼんやりとした光を帯びて粒子状に変わっていく。
「ルーランのことは……あきらめて下さい……それよりも……デーモンを……あいつらを……」
「ああ。任せてください。仇はとります」
懸命に願う彼に対して翔太は力強く約束する。
それを聞いた将は、安心したように微笑んで散った。
そっと嘆息した彼にジョンが話しかける。
「勇者様……万が一の為、砦内を捜索してもかまいませんか?」
「うん」
彼には生存者がいるとは思えなかったが、それでも賛成した。
もしものことがあるかもしれないと、願望に近い考えがあった為である。
(ルーランはあきらめろと言われたけど……そんな簡単にあきらめられないよ)
彼は心の中で、敵討ちを頼んで散っていった将に語りかけた。
「念の為、もう一度砦全体の気配を探ろうと思う。後、安全を確認した後でも、ユニスたちは俺のそばから離れないように気をつけてくれ」
「はい」
彼がさぐってみると、デーモンの気配は完全に消失している。
「……うん、大丈夫そうだ」
彼がそう言ったことで、少しだけだが一行の緊張がやわらぐ。
やはり他にも敵がいるかもしれないという意識は、皆にあったのだろう。
「では私はあちらをさがしてきます」
ジョンは居住棟の方を指さす。
「じゃあ俺たちは反対側から行こう」
翔太はそう告げて、二手に分かれる。
本来ならば単独行動は避けた方が無難であろう。
しかし、デーモンがいないのであれば手を分けた方が効率的であるのは否定できない。
その点、ジョンはクローシュの中でもえりすぐりの近衛騎士だ。
デーモンならばいざ知らず、そうでない相手ならばそうそう遅れをとることもあるまいという判断である。
あまりそのあたりを心配するのは、ジョンという騎士に対して失礼になってしまうのではないか、という懸念もあった。
そんな彼と比べて少女たちはと言うと、特にジョンが単独行動することに不安を持っていないようである。
近衛騎士に対する信頼度は彼女たちの方が高いのだろう。
これも自分とクローシュ人との意識の差なのだと彼は考えることにした。
砦の内部を順番にくまなく調べていくが、やはりと言うか虫一匹さえも見当たらない。
「やっぱりあきらめるしかないのか……?」
翔太が悲しみを込めて声をもらすと、少女たちは一様に痛ましそうな表情になる。
「残念ですが……」
「ここが落とされてから日が経っていましたし、その間あのドゥルジーナスの魔手から逃れ得た人がいるとは考えにくいかと存じます」
ユニスとシンディの言葉には、彼への気遣いがあふれていた。
彼女たちの方がこの手のことについて、割り切るのは上手なのかもしれない。
デーモンの脅威や魔王シュガールは勇者なしに対抗できないという、伝承を聞いて育ってきただろうからだ。
(うじうじしていても仕方ない、か)
彼はそっと天井を仰ぐ。
救えなかった生命があるという悔恨は、おそらく失ってはいけないものだ。
だが、それで前に歩き出せないのも、きっとダメなのだろう。
翔太には己が勇者としての在り方を問われているようにも感じられる。
(これも勇者として成長する為の試練だ)
彼はそう考えて、受けとめることにした。
こういった経験を積んでいくことによって、勇者として成長していく。
それこそが勇者として正しい在り方なのではないだろうか。
ただ神の武器を使えて敵を倒すだけで、勇者だと褒めそやされるのは何かが違う、と思うのだ。
(それでは兵器扱いされても、文句を言えないじゃないか)
決して言葉にしない方がよい気がする意見である。
「ショータ様、そろそろジョンと落ち合いませんか?」
ユニスがおそるおそるといった様子で発した提案に、彼は黙ってうなずく。
いつまでも未練がましくしてはいられない。
あの将が「ルーランはあきらめろ」と言ったくらいだから、他の土地もデーモンの襲撃を受けたのかもしれないのだ。
彼がそう告げると少女たちは皆、そっと目を伏せる。
彼女たちも当然のごとく察していたのだ。
彼らは無言になり、ジョンとの合流を目指す。
近衛騎士は何事もなかったかのようにやってきて、翔太と目があうと黙って首を横に振る。
予期されていた通り、生存者は一人もいなかったようだ。
それでも無駄な行為ではなかったと彼は信じたい。
「次はどこに行くべきなんだ? 意見を聞かせてくれ」
勇者に問われてユニスは少し悩んでから答える。
「この砦から最も近いのは小さな農村でしょう。砦から数日の距離にいくつかあると耳にしたことがございます。ですが、ここはペイドラを目指した方がよいのではないかと思います」
「ペイドラ?」
彼が聞き返すと王女はこくりとうなずいて、説明した。
「はい。この砦から十日ほど離れた距離にある、ルーラン南部有数の大きな街です。ここであれば何か情報があるかもしれないですし……デーモンに狙われてもおかしくない規模の街だと思います」
後半部分は歯切れが悪くなる。
すでに襲撃された後だという可能性が浮かんだからだろうか。
「なるほど……でも、それまでに農村がいくつあるんだよな?」
王女はもちろん、他の面子も一斉にうなずいたので翔太の腹は決まった。
「じゃあ先にその農村に行ってみよう」
「えっ?」
この発言は彼らにとっては意外だったらしく、様々な形で驚きを表している。
「ひょっとしたら生存者がいるかもしれないからね。だって、ガムース城が襲撃されたときも、他の町や城は無事だったんだろう?」
「あっ……そう言えばそうでしたね」
この指摘を聞いてジョンはハッとなり、ユニスは恥じらうかのように頬を染めた。
デーモン襲撃の衝撃が、彼らからそのことを忘れさせていたらしい。
「もし、もしもの話だけど、ルーランの政治が機能しなくなっているなら、クローシュで何とかしてやれないかな?」
彼は「何とかするべきだ」とは言わなかった。
クローシュという国がまず優先すべきなのは、クローシュの民の暮らしを守ることである。
ルーランの民を抱え込めるかどうかは、クローシュが判断することであった。
残酷なようだが、国家の能力にも限界がある以上、優先順位は設けなければならない。
それを無視して理想だけ見ていれば、何もかも失ってしまう恐れすらあった。
「陛下と相談してみないと断言はいたしかねますが、大人数でなければ受け入れる余地はあるかと存じます。ただ、彼らが我が国への移住を望むかは分かりかねます。住み慣れた故郷を離れたがらない者は多いと、耳にしたことがございますれば」
ユニスはゆっくりと慎重な様子で応えてくれる。
無理強いできないのは村人に対しても同じだというのは、このときの翔太の思慮の外であった。
彼は少し目を見開いて「そうだな」と同意する。
まずは行ってみなければはじまらない。
そう結論付けて、彼らは砦を出た。
(ディバインハート探し、やる余裕はあるのかな?)
翔太の脳裏にそんな疑問がかすめる。
まずは人助けで、それからデーモン退治だ。
神器探しは最後になってしまうが、それは当然である。
問題はデーモン側がそんなゆとりを与えてくれるかだ。
そんな不安が彼によぎったのである。