7話「ルーラン王国へ」
一同を乗せた馬車は、神器の力で北を目指して疾走する。
時々止めては正しい道を走れているのか、ジョンが確認するという工程を入れる必要があった。
ガムース城の時やグルノーブルの時にどうして思いつかなかったのか、と翔太は「汗顔のいたり」と表現するのがぴったりな心境だったのである。
もっとも、やってもやらなくても変わりないと分かった為、安堵したのだが。
「それだけ必死に皆を助けようとしてくださったのですね」
恥を忍んで打ち明ければ、ユニスはむしろ好ましそうに微笑む。
侍女たち二人も彼女と同じような反応だった。
「素敵ですわ」
「お噂通り、素晴らしいお方なのですね」
すっかり顔なじみとなったシンディはもちろん、ミラですらもうっとりとしている。
気になったのはミラが言った「噂通り」という部分だが、何となく訊かない方がいい予感がしてならない。
(悪評よりマシだ。悪評よりはマシだ)
繰り返し自身に言い聞かせてみると、少しだけ気が楽になったような気がする。
そんな彼にシンディが話しかけた。
「そう言えば勇者様はルーランに興味をお持ちだったように思いますけど、何かお気になることがございましたか?」
「ああ……」
当然と言えば当然であろう質問に、彼は言ってもよいものか逡巡する。
しかし、今となっては別に隠さなくてもよいことではないか、と思えた為に打ち明けることにした。
「最後の神器、ディバインハートを探そうかと思ってね」
「えっ?」
何故かユニスが声を漏らし目を丸くする。
ただ、他の少女たちは特に疑問に思わなかったようだ。
「そうですね。どうして神器を探すのにルーランへ? ディバインシールドが国内にあったのですから、ディバインハートも国内にあるのではないでしょうか?」
シンディがそう首をかしげ、ミラが無言で同意を示す。
これについてはまだ打ち明ける気にはなれない。
「何となくだな。勇者としての勘みたいなものだよ」
したがってもっともらしいことを口にする。
自信ありそうな態度で言い切れば、これまでの結果から説得力を感じさせられると判断した。
実際、シンディとミラの二人はあっさり納得してしまう。
「なるほど。神器を持っていれば、他の神器が分かるという話ですものね」
「実際、ディバインシールドを探すとき、ディバインブレードの力を使ったのでしょう?」
グルノーブルでの剣を訊いてきたのは、シンディの方だ。
リックとジョンがそう語っていたと教えてくれる。
「ジョン殿はともかく、リック殿があれだけ熱心に何かを語るのはとても珍しいので、印象に残りました」
彼女は「彼にそこまでさせた勇者様はすごい」とつけ足す。
「本当ですね。リック殿は生真面目で寡黙で、誰かのことに関して熱弁をふるうようなタイプではないとずっと思っていたのですが、それがくつがえされました」
ミラの方は好意よりも敬意がたっぷりとこもっている。
「あ、ああ。それは俺もちょっと思ったかな」
女の子たちの勢いに気おされながら、彼はそう応じた。
そこでユニスが加わってきていないことに気づき、一縷の望みをこめて彼女に視線をやる。
すると彼女は心あらずといった様子で考え込んでいるようだった。
彼女が人前でそのような姿を見せるのは、非常に珍しい。
少なくとも翔太が見るのは初めてだった。
「ユニス……?」
その為、ほとんど反射的に彼女に呼びかける。
反応はすぐにあった。
「あ、はい。そうですね、リックはたしかに無口で孤高を好むタイプだと、わたくしも思っておりました」
ぎこちなさはあったが、彼女は彼にいつもの微笑を向ける。
会話はきちんと聞いていたことがうかがえる返答だった為、彼はそれ以上踏み込むのを避けた。
「そんな人でもやはり一人の殿方と申しますか、真の勇者様の前には童心に帰ってしまうのでしょう」
シンディがそう発言し、他の二人の同意を取りつける。
(綺麗な女の子たちに褒められるのは嬉しいけど、ここまでくると拷問クラスじゃないかなあ)
褒め殺しとはこのことか、と彼は思う。
全身がむず痒い感覚に陥って堪らないが、だからと言って態度に出すのも彼女たちに悪い気がしてならない。
どうすることもできず、黙って受け入れるのだった。
彼にとって幸いなことに神器の力は素晴らしく、馬車で十四、五日ほどかかると言われた北の国境砦まで、一時間とかからずにたどり着く。
途中に何度も立ち止まったことを考えれば、十分快挙と言えるであろう。
王家の紋章が入った馬車を見た門番の兵士が慌ててやってきた為、ユニスが姿を見せる。
兵士たちは大急ぎでその場で跪く。
彼らは王族の顔など知っているはずがない身分ではあるが、万が一のことを思えば礼を尽くすしかない。
「出迎えご苦労である。急報を受けてユニスが勇者様をお連れしたと、イヴォンに伝えなさい」
イヴォンとは北方国境の砦をあずかる将軍の名前である。
一般の兵士とは違い、この男は王女の顔を知っていた。
「ははっ」
王女の命令を受けて、兵士たちの一人が砦の中に駆けていく。
とにかくイヴォンならば、この女性が本物の王女かどうか分かる。
そういう理由もあった。
知らせを聞いた将軍が供の兵士を連れてやってきたのは、それからまもなくのことである。
皮の上半身鎧に長剣というやや軽装で現れた、壮年の男はユニスを見て「おお」と声をあげた。
近くまで行くと両膝と両手をつき、恭しく頭を垂れる。
「ご尊顔を拝謁し恐悦至極に存じ奉ります、姫様。まさか姫様がおみ足を運ばれるとはつゆ知らず、とんだ無礼を働いてしまい、まことに申し訳ございません。全ての責任はこのイヴォンめにございます」
彼が謝罪したのは、身分の高い婦人をいたずらに待たせてしまったことだ。
特に王族をそのような目に遭わせたとなると、非難は免れぬのである。
「かまいません。今は火急のときであり、そなたらの役目は国境を守り、異変があればただちに王都へ知らせること。このユニスの名においてそなたらの働きを認め、罪は不問といたします。これからも役目に励みなさい」
そしてそれを許せるのは本人だけであった。
このようにユニスが自身の名で彼らの功を認め、罪を許すというのが大切なのである。
「ご寛恕を賜りまして、臣としては身の縮む思いでございます」
イヴォンが恐れ入って平伏すると、後方で待機していた兵士たちもそれにならう。
「それよりも友邦ルーランに関する報告、相違はありませんか?」
「御意。こちらの者どもが、私がルーランに放っておりました斥候にございます」
彼が後ろを向くと、二人の兵士たちが進み出て、王女に平伏する。
「発言を許可します。改めてわたくしに報告しなさい」
「臣、姫様のお許しを頂きまして、申し上げます」
兵士たちは緊張した面持ちで、自分たちが見たことを話す。
「私どもが見聞きしたものは、爆発音と戦闘音にございます」
「近づいてみたところ煙が何本も立ち上り、喚声や怒号が飛び交っておりました」
報告を聞いたユニスは眉をひそめる。
「それだけであれば、デーモンの仕業とは断定できないわね。今の時勢、ルーランに攻め込む国があるとは考えにくいけれど、絶対ではないでしょう」
「御意」
彼女の疑問に応えたのは、イヴォンであった。
「しかしながら、したがって私の一存で、他国へ斥候を放ちました。その結果、どこも軍を動かしたそぶりは発見できませんでした。さらにその砦は、北から攻められていたとのこと。痕跡一つ残さず、北からあの砦を攻められるとすれば、それはデーモンにおいて他ならぬと考えた次第でございます」
この言葉に王女は満足して首を小さく動かす。
「ご苦労です。勇者様に出撃をお願いした以上、つまらぬ誤報だったでは許されませんからね。その確認をした以上、わたくしどもはルーランへ赴かねばなりません。通行を認めてもらいましょう」
「ははっ。それにつきましては姫様、恐れ入りますが必要なものを拝見いたしたく存じます。規則ですゆえ」
将軍からの要請にうなずき、彼女は父王から受け取った書面を取り出し、シンディに渡す。
そして侍女はそれを兵士の一人に渡して、その兵士がイヴォンへと差し出した。
この国の風習が垣間見えるやりとりを、翔太はキャリッジの中から興味深く見ている。
書面を読んだ将軍は大きくうなずき、兵士に渡す。
そこからは先ほどと逆の手順で王女のところへと書面は戻った。
「陛下のご命令、承りました。姫様と勇者様をお通しせよ、開門!」
将軍の命令で門は開かれる。
「砦であるがゆえ、ご不便をおかけましますがお許しを」
「それは承知しております」
イヴォンの言葉にそう応じてから、ユニスはシンディと共に馬車に乗った。
彼らを乗せた馬車は高速で通過する。
それを唖然とした様子で見ていた砦の常駐軍の中で最初に我に返ったのは、やはりと言うべきかイヴォンであった。
「あれが伝説の勇者の力の一端か……我々もやるべきことをやろう」
彼はそう言うと手を強めに叩いて部下たちの意識を引き戻し、命令を下す。
そして率先して砦の中に戻っていった。
国境砦を通過した一行は、ルーランの領土へと入っていく。
ルーランでは砦が山中にある為か、それとは別に関所があってそちらで通行者の確認をする。
しかし、今は無人であった。
「……やはり関所を放棄せざるを得ない何かがあったのですね。そうでなければ、いくら友好関係にある国と隣接しているとは言え、関所を無人にするとは考えられません」
王女の言葉に翔太はうなずく。
ガムース城のときを思い出して、気分が重くなる。
あのような惨状はできるだけ避けたいし見たくもないのだが、それがただの逃避になりかねない現実があった。
「ルーランの国境砦はたしか山の上にあったはずです」
ユニスが翔太にそう説明する。
本来砦や城というものは、攻めにくく守りやすいところに築くのが常道だと言われ、彼はうなずいた。
ただ、それだとクローシュの城は常道から外れている気がしたのだが、ここでは黙っておく。
ある山の麓まで来ると、翔太は一度馬車を減速させた。
「あそこかな?」
勇者の強化された視覚は、山の中腹にある砦らしきものを見つけたのである。
「おそらくは」
ユニスの答えがこうなったのは、彼女では見えないからだろう。
「行ってみよう」
彼はそう告げて再び馬車を加速させる。
異変を察知した斥候がイヴォンへ報告するまでに要した時間、そしてイヴォンが周辺国をさぐらせるのにかかった時間を考慮すれば、手遅れである可能性はきわめて高い。
それでも行かない選択肢はない、と翔太は考えたのだ。
神器の力で強化された馬車は、けわしく曲がりくねった道を苦にすることもなく走破する。
砂利やでこぼこが多かろうと、曲がり道であろうと関係ないところが心強い。
やがて砦のところにたどり着くと、馬車が止まる。
「ここから先は、できるならユニスたちは見ない方がいい」
翔太は「そういうわけにもいかないだろうな」と思いながらも、少女たちに告げた。
「……覚悟はできています」
案の定、ユニスは決意を固めた表情で答える。
その顔はこわばっていて、やや青ざめてもいるものの、説得する難しさを感じずにはいられない。
「それにショータ様の近くが、一番安全でしょう。もしもの場合、ショータ様に無用な負担をかけてしまうという愚かな結果になりかねないですし、わたくしどもはできるかぎりおそばにいた方がよいかと存じます」
彼女がそう言えば、侍女たちも首を縦に振る。
どちらも生気を失っているように見えるが、気丈にふるまおうとする姿勢は伝わってきた。
「分かった。たしかにいつどこでデーモンが来るか分からない以上、一緒にいた方がいい」
少女たちさえ覚悟が決まっているのであれば、翔太に否はない。
すぐそばにいてくれた方がいざというとき、守りやすいのは事実だからだ。




