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6話「北からの急報」

 次の日の昼、翔太が日課となっている鍛錬を終えて宮殿内に戻ると、焦燥を浮かべたシンディが小走りで外へ出てきたのとばったり鉢合わせとなる。

 普段しずしずという表現がよく合った歩き方しかしない彼女にしては、非常に珍しい。

 興味を持った彼が、急いでいそうなのを呼び止めるべきか迷っていると、彼の姿を見とめた彼女の方から寄ってくる。


「勇者様、こちらにいらっしゃいましたか」


「ああ、何があったんだい?」


 こわばった表情と真剣そのものの目つきから、彼は己への緊急連絡があるのだと直感した。

 それは正しく、彼女は緊張に満ちた口調で告げる。


「先ほど、北の国境から連絡があり、どうやらルーラン王国がデーモンの襲撃を受けているらしいとのことです」


 だからすぐに出撃してほしいという要請が言葉になる前に、彼はうなずく。


「ただちに行こう。ただ、道案内が欲しいかな。できればルーラン王国と対話もできるような人もいてくれると助かる」


 ただ単純に出撃して危機を救ってそのまま帰ってくればよいならばともかく、実際はそうもいかないのだろうと彼は思うのだ。


「はい、そのことで陛下からお話があるかと存じます」


 ユニスではなくて国王から、というので彼は軽く目をみはった。

 本来ならば最高権力者から要請がくるのが正しいのだろうが、これまでは王女に任せきりという印象だったせいである。


「急ごう」


 彼がシンディに案内されたのは謁見の間ではなく、王の私室であった。

 そこには何か決意を固めた顔つきのユニスと、困惑した様子のアレクシオス王がいる。

 王の方はやってきた彼の姿を見て、すがるように言葉をかけてきた。


「おお、勇者殿。いいところにいらっしゃった。このユニスが勇者殿に同行したいと言って聞かないのだ。勇者殿からも反対してくださらぬか」


「えっ? ユニスが?」


 思いがけない展開に彼は目を丸くする。

 それに当の王女が反応した。


「はい。戦いに関しては足手まといになってしまうかもしれませんが、それ以外のことではお役にたつこともあるかと存じます。後、他国を見ておくのも、王女としての責務にもつながります」

 

 それはそうかもしれないが、やけに急だなと彼は感じる。

 何もデーモンに襲撃されているところへ行こうと思わなくても、というのが率直な感想だった。


「それにこういう言い方をするのは何ですけども、戦いについて足手まといになるのは他の者でも同じでしょう」


 これには王も呆気にとられたし、彼も同様である。

 普段のユニスからは決して想像もできぬような発言であった。

 翔太が不思議に思ってよくよく観察してみれば、どこか彼女から焦りのようなものが感じられる。

 理由は不明だが、それによっていつもの周囲へ配慮する余裕がなくなっているのかもしれない。


(ルーランは友好国だったらしいし、誰か親しい人でもいるのだろうか)


 それだったらそう言えばすむはずだし、彼女ならばそう言うだろう。

 あるいは誰にも言えない理由があるのだろうか。


「何を言うか、ユニス」


 彼はそう推測すればよかったかもしれないが、父親であるアレクシオス王はそうもいかなかった。


「他の者も戦いではなるほど、勇者殿の役には立てぬかもしれぬ。だが、お前ではそれ以外でもあまり役に立たぬだろう。勇者殿の案内やルーランと折衝ができる者と、勇者殿の世話ができる者は別に用意した方が確実である。少なくとも勇者殿にかける迷惑は減らせるはずだ」


 実に正論である。

 彼もそう感じたし、ユニスに分からないはずはない。

 それでも彼女はあきらめなかった。

 父親の方は見ようとせず、彼にだけ訴えかける。


「ショータ様。無理を申し上げているのは承知しております。それでもお願いいたします。どうかわたくしもお連れいただけないでしょうか」


 真摯な想いに胸が打たれた彼は、うなずくことにした。


「分かった。一緒に行こう」


「ゆ、勇者殿」


 これに慌てたのはアレクシオス王である。

 娘のワガママを勇者に阻止してもらいたかったのに、後押しされてしまったのだ。

 卑怯な言い方かもしれないと思いながら、翔太は王に語りかける。


「私に迷惑かけるかもしれないという理由であれば、私が許しましょう。ユニス王女はこれまで、私にとてもよくしてくれました。できれば望みをかなえてあげたいのです」


 勇者本人が迷惑をかけられても許すと言った以上、王が抗弁を続けるのは難しくなってしまう。


「勇者殿がおっしゃるなら……ですが、世話役はつけさせていただきたい。これに勇者殿の世話など、満足にできるはずがありません」


 王女相手に容赦ない発言だったが、実の娘だからこそここまで遠慮のないことが言えるのかもしれない。

 翔太としてもユニスに世話係としての能力には期待していなかった為、王のこの言葉は受け入れておく。


「ユニスもそれでいいよな?」


 彼の言葉に彼女はこくりとうなずいた。

 彼女も自身の能力を見誤っているわけではないらしい。


「シンディとミラがいれば大丈夫でしょう」


 この一言でさらなる同行者が二名、決まったのである。

 急きょ王の御前に呼び出された侍女たちは、驚きを隠せていなかった。

 もっともミラは自分が同行者として選ばれたという事実に、シンディの方はユニスもついてくるという点に関して、という違いがある。

 

「まあ、シンディはどのみち外せなかったであろうがな」


 国王はそう苦笑した。

 遠出する勇者の世話役となると高確率でシンディが選ばれる、というのは本人を含めた侍女たちの間では予想されていたことであるらしい。

 ミラという侍女も何度か見た覚えがある少女だ。

 ただし、こちらの娘は緊張で表情も体もガチガチになっている。

 

「こにょたびは名誉ある大役をおおせつかまりまいて」


 舌の回転がひどく、何を言いたいのか予想はできるが、何を言っているのかは分からない。

 シンディに落ちつくように言われて、彼女は慌てて深呼吸をしている。


「侍女がお見苦しいところを……」


 アレクシオス王が恐縮したように、翔太に陳謝した。

 仕える者の不調法は上の者の恥であり、責任となるのだろう。


「気にしていませんよ」


 彼は笑って流したが、国王の表情は晴れなかった。

 

「そうおっしゃっても……他の者に変えることもできますが、よろしいのですか?」


 そう提案してくる。

 残念ながら、彼としては別に嬉しくなかった。

 見知らぬ人間よりは知った人間の方がいいし、そもそも他の者がミラよりも必ずましだとはかぎらないではないか。


「大丈夫です。ミラだっけ? 緊張しなくていいから。肩から力を抜いて」

 

「は、はいい!」


 彼が優しく声をかけると、当の侍女は余計にしゃちほこばってしまう。

 思わず嘆息しそうになるのをぐっとこらえる。

 ここで彼がそんなことをすると、ミラという名の侍女は身の置きどころがなくなってしまうに違いない。

 アレクシオス王は視線をミラからシンディへと移す。


「シンディよ」


「はっ」


 国王直々に言葉をかけられたと言うのにも関わらず、赤髪の侍女は落ちついている。

 王女直属としての務めが長いからか、それとも侯爵家の生まれだからだろうか。

 いずれにせよ、翔太にもアレクシオスにも頼もしく映ったことはたしかであった。


「こうなってはそなたが頼みとなる。すまぬが勇者殿のこと、よろしくな」


「御意。非才の身ではありますが、精いっぱい務めさせていただきます」


 彼女ははきはきとした返答と、うやうやしい礼で彼らを安心させる。

 

「出発の準備はさせてあるな?」


 王の問いに娘のユニスがうなずく。


「はい。後はショータ様に同行する者を選ぶだけでしたから」


 返事に満足したアレクシオスは、視線を翔太へと向ける。


「勇者殿。そういうわけです。申し訳ないのですが、これからすぐに出発していただけませぬか。本来ならばルーランに先触れを出さなければなりませぬが、それどころではないでしょうから」


 デーモンに襲われているのだから、平時の礼儀を守っているような場合ではない可能性は高い。

 正式な救援要請はまだ来てはいないのだが、それを待っていては手遅れになってしまうかもしれないのだ。

 ただ、国王はもっと悪い事態を口にする。


「最悪の場合、ルーランの首都はすでに攻め落とされていて、その後で国境の方へデーモンがやってきたということになりましょう。くれぐれもご用心を」


 この言葉に翔太は真剣な面持ちで首を縦にふった。

 似たような懸念は彼も抱いていたのである。


「結局はまた王都の門はきちんと通れないのか……」


 彼が苦笑交じりにつぶやくと、国王が応じた。


「勇者殿が出撃なさるのは常に緊急でしょうから、いたし方ありませぬ。時としては、法や慣例などよりも優先すべきものもございます」


 全くの同意見であった為、彼は黙って頭を下げるにとどまる。

 そこにノックの音が聞こえて、中年の侍官と侍女が大きな茶色の鞄を五つ抱えて入ってきた。

 それを侍女たちが両手に持つと一つ余ってしまう。

 翔太が持とうとしたが断られてしまい、ユニスが手に取る。


「これはわたくしのわがままなのですし、優先すべきはショータ様ですから」

 

 そう話す王女に対して、侍女たちは恐縮しきった表情を見せた。

 たとえ事情がどうあれ、彼女たちがやるべきことを王女にやらせるというのは、彼女らの失態になるようである。

 だが、今回は国王が例外だと公言した。


「そうだな。ユニスよ、お前のわがままを聞いてやったのだから、シンディたちに至らぬ部分があったとしても、それはお前が招いたことだ。くれぐれも勇者殿に迷惑をかけるようなことはないように」


「はい。陛下。心得ております」


 ユニスも神妙な顔でそれを受け入れる。

 勇者が一人、王女が一人、侍女が二名という編成がまっとうなものなのかどうか、翔太には判断ができない。

 

(緊急時だからいいか、これで……)


 彼はそう思考停止とも解釈できそうなくらいに割り切ることにした。

 彼らは王から書面を受け取ると宮殿の外へと出て、用意された馬車へと乗り込む。

 勇者と王女が外国に赴くのだから、さすがに馬車を使わないわけにはいかないようである。

 今回使う馬車のキャリッジの白い壁に王家の家紋が入っているのも、おそらく同じ理由だろう。

 御者と案内役と護衛を兼ねたのか、ジョンが御者台のところで待機していた。

 彼らの姿を見とめると、降り立って胸を手に当ててお辞儀をする。


「ご尊顔を拝謁いたしまして、恐悦至極に存じます。勇者ショータ様、ユニス姫様」


 およそ彼らしからぬかしこまったあいさつを見て、翔太はあっけにとられてしまう。

 そんな勇者の表情を見た人懐っこい近衛騎士は、にこりと笑った。


「私だって近衛騎士の端くれですから、その気になればこれくらいはできるのですよ」


「台なしですよ、ジョン」


 ユニスがくすりとしながらそう言うと、彼は恐れ入ったと身を縮める。

 どうやら彼女相手ではいつもの態度ではいけないらしい。


「お世話になります、ジョン殿」


 そこでシンディが改まった態度で声をかける。


「ああ、よろしく」


 これに対してはジョンも気さくに応えた。


「シンディたちはわたくしたちの従者ですから、このような場合は護衛でもある近衛騎士と同格か、近衛の方が立場は上になるのですよ」


 ユニスがそっと翔太に近寄り、小声で教えてくれる。


「ちなみに実家の格が適用される場合になりますと、シンディの方が近衛騎士たちよりも格上になります。騎士総督でようやく対等ですね。シンディの実家は侯爵家ですから」


 ややこしい、というのが翔太が抱いた第一印象であった。

 そもそも実家の格が適用される場合とは、どういう時なのだろうか。

 だが、ここで訊くのも何となくはばかれる。


(後で訊いておこうか)


 今はとにかくルーラン救援が先だ。

 翔太はそう気を引き締める。

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