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3話「訓練」

 訓練所に案内された翔太は一人、神器を扱う練習をはじめる。

 とは言っても、実際のところは師事する人もいなければ参考になる書物もない為、彼自身のひらめきとイメージだけが頼りの何ともお粗末なものなのは否定できない。

 兵士たちが訓練の手を休めて、はるか遠くから見物しているのは気づかないふりでやりすごす。

 彼が優先的に訓練したいのはディバインシールドだ。

 ブレードの方も意外とできることが多いように思えるが、盾の力はまだほとんど分かっていない。

 剣は抜かずに盾をかまえてみるが、何も起こらなかった。


(誰かを守るイメージでもするか……デーモンたちから)


 ラドゥーンやバーバーリアンの攻撃を思い出し、それを防ぐイメージをする。

 盾が淡い光を放ちはじめたので順調のようだと嬉しく思う。

 何度も繰り返しているうちにやがて光がまぶしくなり、円状に展開される。


(これはバリアーか?)


 自身を守ろうとしているかのように周囲に展開されている、光のドームを見て彼はそう直感した。

 剣が攻撃ならば盾で防御。

 単純きわまりないが、分かりやすくてよいと思う。


(どれくらいできれば“使いこなした”と言えるのか分からないけど、力を引き出すのはそんなに難しくないかな)


 彼は少し安心する。

 力を引き出しやすいのは剣だけという可能性もあったからだ。

 遠くでどよめきをあげている兵士たちの方は見ないようにしつつ、訓練を続ける。

 たっぷり二時間ほどはこなしただろうか、じっとりと汗ばんできた頃、ユニスとシンディがカゴを持って姿を見せた。

 二人に気づいた翔太は一度訓練を中断する。


「何か用かい?」


 わざわざ彼に気づかれるような位置までやってきたのは、何か意味があるのではないかと気を回したのだ。


「いえ。ただ、少し休憩をされてはいかがかと思いまして」


 王女と侍女は仲よく彼の表情をうかがう。

 やや上目使いになっている主従コンビはとても愛らしい、思わず彼の頬はゆるむ。


「そうだな。ちょっと休ませてもらおうか」


 彼のこの言葉を聞いた二人の少女の表情は、パッと明るく輝く。

 シンディが心なしか若干軽い動作で白い敷物を地面に敷き、その上にユニスが腰を下ろす。

 彼はその右隣に、やや緊張しながら座る。

 

「失礼いたします、勇者様」


 するとシンディがさらに彼の隣に来た為、彼は美少女に左右を挟まれる形になった。

 二人とは肩が触れあうかどうかという距離感で、少しドギマギする。

 ただ、それを表に出すと女慣れしていないとばれてしまいそうだからという虚栄心から、何とか態度をとりつくろう。

 見事な赤い髪を持つ少女は再び彼に声をかけ、清潔な白いタオルでその汗をぬぐってくれた。


「わたくしも何かして差し上げたいのですけど、人目あるところでは……」


 ユニスが残念そうと言うよりは、どこか残念そうにつぶやく。


「貴いお方のお世話をするのも侍女の務めでございます」


 それに対してシンディはどこか誇らしげである。

 王女に対して優越性を感じているように見えたのは、さすがに勘ぐりすぎであろう。

 まさかこんなところでこの二人が女の戦いをはじめるとは思えない。

 

「お飲み物はいかがでしょうか?」


 侍女の涼やかな声に彼は、視線を彼女の方へと向ける。

 彼女はカゴのふたを外して彼に中身を見せた。

 中には黒い水筒のような物体が二本、横に寝かせてある。


(こちらの世界にも水筒はあるのか……)


 窓ガラスもあるし水筒もある、よく分からない不思議な世界だった。


「よく冷やした水とグレープフルーツの果実水がございます」


「果実水がほしいな」


 疲れている時は柑橘類や甘いものがほしくなるのが翔太という男である。

 何かの拍子に左右の少女には伝えていた気がしたので、特に気にはならない。

 水筒のふたをコップ代わりに使うという習慣はない為、直接口につけて冷たい液体を流し込む。

 ひと息つくと二人にも飲むようにすすめた。


「それでは失礼いたしまして」


 まずはユニスが冷たい水を飲み、シンディが飲むのはその後である。

 こういう場合でも身分差が影響するらしく、侍女は王女の世話をおこなう。

 少女たちが水を飲みほっと息を吐き出すのはどこか色っぽいと思うのは、自分くらいなのだろうか。

 翔太はふとそう感じる。

 彼女たちはどことなく無防備な気がするのだ。

 実は恥ずかしいのを我慢している、という可能性は否定しないが。

 彼女たちのことを考えていると少しずつ煩悩がうごめきはじめてしまうので、意識を切り替えなくてはならない。

 それを見透かしたわけではないだろうが、実にいいタイミングでユニスが話しかけてくる。

 

「訓練する場所はここでよろしいですか? 何でしたら他の場所をご案内いたしますけれど」


 彼女は一瞬だけ、兵士たちがいる方角へ目を向けた。

 彼らの目が気にならなかったか、心配しているのだろう。


「大丈夫だよ。集中していれば別に気にならないし」

 

 彼としては嘘をついたつもりはない。

 気にならないのは本当だし、人目があると思えば身が引き締まるというものである。


「やっぱりショータ様はショータ様ですわね」


 彼の発言の一体どこが王女の心の琴線に触れたのか、彼女はとても嬉しそうに微笑む。

 

「本当ですね」


 シンディはよりまぶしそうな瞳を彼に向ける。

 

(きっとワガママを言わず、現状で満足しているのがよく思われるんだな)


 彼はそう納得しておこうと思う。

 何かが間違っている気がしてならないが、気にしたら負けだと言い聞かせる。

 彼女たちはその後、とりとめもない話をはじめた。

 そうは言っても、話の題材は国内の街のことである。


「南に行けば港町ラギンがあります。美味しい魚介類がとれる町として、評判なのですよ」


 ユニスがそう話せば彼は興味を持つ。

 美味しい魚介類と言われると寿司や刺身を思い浮かべて、ついよだれを流しそうになる。


「ガムース城のずっと東にはパルパという街があって、主に東からの流通の拠点になっていますね。その先にあるピレーネ国境砦は、ガムース城と並ぶ要害ですね。東にあった国々とは仲があまりよくなかったですし」


 シンディはさらりと過去形を使った。

 東の方の国々はデーモンに滅ぼされたり、領土の大半を制圧されてしまっているという。

 もはやクローシュと外交だ戦争だとやっている場合ではないそうだ。


「相手がデーモンなのですから、たとえ非友好国であろうとも本来は援軍を送るべきなのですが……」


 ユニスが表情をくもらせ、悲しそうに目を伏せる。

 アレクシオス王の申し出をかたくなに突っぱねた国ばかりだったという。


「十二将ならばいざ知らず、下級デーモンくらいであれば精鋭で十分勝てる。当初はそう考えられていたのです」


 シンディも暗い顔でつけ加える。

 東方諸国の考えが無知からくる思い上がりだったことが判明するまで、さほど時間はかからなかった。

 

「実は地賊星バーバリアンのデーモンは一度撃退されたのですよ。ただし、バーバリアンが撤退するまでに、一万の兵と三人の将が戦死したとか……」


「一万の兵……」


 ユニスの言葉に翔太はぎょっとなる。

 この世界の人口がどれくらいなのか知らないが、一万と言えば十分大軍と言えるのではないだろうか。

 彼が疑問を口にすると、少女たちはそろってうなずく。

 ただ、口を開いたのは王女であった。


「一度の戦いで一万以上の兵を動員するのは難しいですしね。自慢するようで恐縮ですが、一万前後の常駐軍を複数持っている国はカルカッソン広しと言えども、我が国以外ほぼないでしょう」


 ふむふむと彼はうなずく。

 

(クローシュは1700年代のフランスみたいなものなのかな?)


 その頃のフランスは動員可能な兵力が二十万くらいあった大国ではなかったか。

 詳しい人間に聞かれたら鋭い指摘がきそうな、適当なことを想像する。

 それからふと思いついてユニスに訊いた。


「ガムース城のこと、同盟国に伝えたのかい?」


「はい」


 彼女はそっと目を伏せたが、力のこもった返事をする。


「ゆめゆめ気をつけるようにと。……気をつけてどうにかできるとはかぎらないのですけれど、何も知らないよりはよいでしょう」


「そうだな……」


 少なくともデーモンによる被害は減らせるかもしれない、と彼は思う。

 よそは無事なのにガムース城が急襲される、といった出来事があったばかりだから、あまり過信はできないが。


「全ての神器が集まれば、他国に行って領地奪還を考えてもいいかな?」


 そうすれば他の国の人々も勇気づけられ、希望を持てるだろう。

 彼の言葉をユニスはうなずく。


「はい。他国の王家とはいろいろとありましたが、その地に生きる方々には何の関係もないことです。我が国まで逃れてきた人たちが故郷に帰れる日が来ればよいと思います」


 と語る彼女の顔は民のことを想う優しい王女のものだった。

 

「他国から避難してきた人たちがいるのか。……言いにくいことだけど、この国の財政は大丈夫なのかい?」


 翔太が声を低めてたずねると、彼女の表情が暗くなる。


「やはり言いにくいのですが、無事落ちのびて来れた方たちは多くないので……財政は大丈夫なのですけど、複雑ではあります」


 難民は国の財政が許す範囲でしかできない。

 分かっていても感情的にはすっきりしないのだと彼女は語る。

 

「一刻も早く俺が魔王を倒すしかないか」


 そうすれば一番確実問題は解決できると彼は意気込む。

 そんな勇者を少女たちが不安そうなまなざしを向ける。


「そうかもしれませんが、魔王はどこにいるのかも分からないのですよ?」


「それにまだ三巨頭や七本槍が残っています。いくら勇者様と言えども、魔王と三巨頭、七本槍を全員同時に相手にして勝てるとは思えません」


 正論であった。

 特にシンディの言葉が彼の胸に突き刺さる。

 今の彼では七本槍複数と戦うのですら難しいかもしれない。

 そこに三巨頭も加わるとなると、無謀極まりない愚行であろう。

 

「そうだな。俺が馬鹿だったよ」


 彼が素直に反省すると少女たちは微笑を浮かべる。


「いえいえ、ショータ様のこの世界を想う気持ちはとても素晴らしいですし、お礼を申し上げたいです」


「そうです。一人でも多くの者を助けたいと本気で思っていらっしゃるからこそ、無謀なお考えも浮かぶのでしょう」


 彼女たちは無謀な彼の発言を嘲ることなく、好意をもって受け止めたのだ。


「そう言ってもらえると助かるよ」


「残念ながら神ならぬ身では、全ての者を救うことはできません」


 ユニスは真剣な面持ちで告げる。


「ですが、減らすことはできるはずです。減らせるよう努力することこそが、上に立つ者の義務だと存じます」


「ユニスこそ立派だよ。王族の覚悟を感じる」


 翔太がそう言って褒めると、彼女ははにかむように微笑む。


「わたくしはまだまだ未熟で、たくさんのことを学ばなければいけない身です。ですが、せめて覚悟ぐらいは持っておきたいのです」


 表情を引きしめて誓うようにつむがれた言葉は、彼の胸に響く。

 だが、彼はそこでこの国の民衆の暮らしを見て、王の治世を確認したいと考えていたことを思い出す。

 忘れていた方がよかった気が一瞬だけしたが、ディマンシュ神の「カルカッソンの民が救うに値するか、自分で決めろ」と言われたことを考えれば、そういうわけにもいかないと自分に言い聞かせる。


(俺はあくまでも魔王を倒すカルカッソンの勇者で、クローシュやユニスの勇者じゃないんだよな)


 心の中で言語化してみるとずいぶんと皮肉的と言うか、ひどい話だと思う。

 正直、後味がよくないので、早いところ憂いを解決しておきたいものである。

 その為にも神器と魔法の練習を頑張らなければならない。


「そろそろ再開するよ」


 彼が立ち上がってそう告げると、彼女たちはうなずき立ち去った。

 

(さてと、頑張ろう)


 両頬を叩いて気合を入れ直す。


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