2話「意外な一面」
翔太とシンディが懸命になだめた甲斐があってか、ユニスは何とか落ちつきをとり戻す。
「見苦しいところをお見せしてしまいました……」
はにかむように笑う彼女もとても可愛らしかったが、泣いた痕跡が残っている為に魅力が三割ほど減じている。
侍女の方が何も言わなかったので、仕方なく彼が指摘すると彼女は慌てて顔を洗いに行く。
どことなく締まりのない状況が続いているが、先ほどまでも悲壮感あふれる空気よりははるかにマシになったと彼は思う。
「それにしても勇者様は本当にご立派な方ですね。わたくしどもの都合で招き寄せ、期待通りの人物ではなかったら放逐するという身勝手な考えにも理解があるなんて」
シンディがまぶしいものを見るようなまなざしを彼に向ける。
その表情には彼への敬意と好意であふれていた。
(まるで聖人を見るような目で見られているな……)
恥ずかしいやら苦笑したいやら、自分でも判別するのが難しい気分である。
初めの頃よりは慣れたつもりでもいるが、相手が美少女となると自然とハードルがあがってしまうのが、男のさがなのだろうか。
王女が顔を洗ってすっきりした後、三人は仲よく浴槽につかる。
二人の少女はどちらもタオルを使って、髪をまとめあげた。
そのせいか白いうなじが彼の目にまぶしく映える。
タオルで隠されているとは言え、どちらもメリハリがはっきりしたボディの持ち主であるから、視線が吸われないように彼は理性を全力で働かせ続ける必要があった。
「ディバインシールドはどのようなものでしたか?」
シンディが興味深そうに彼にたずねる。
王女はその隣で小さくなっていた。
落ちついたとは言え、もしかしたら落ちついたからこそ恥ずかしいのかもしれない。
「小さな丸い感じの盾だったね。まだ力を引き出せていないからそうとしか思えないけど、実際は不思議な力があるんだろうな」
彼はそう語りながら、盾の使い道について思いを馳せる。
(盾と言うくらいだし、やっぱり守る為の力だろうか? それに豊穣の神ってことを考えれば、大地の力?)
そんな彼の様子を少女たちは黙ったまま、キラキラとした目で見ていた。
いつまで眺めていても決して見飽きないと言わんばかりに。
これは油断すると癖になってしまうかもしれない、と彼はやや警戒心を持つ。
美少女にうっとりとしたまなざしを向けられるなど、彼の人生には一度もなかったことだ。
(早く慣れた方がいいと思っていたけど、ひょっとすると慣れないくらいでちょうどいいかもしれない?)
少なくともこういう反応を当然と思うようになってはいけない。
あくまでもこの世界の為に頑張っている対価のようなものだと忘れてはいけないだろう。
彼は改めて肝に銘じておくことにした。
そこでこの無言で眺められ続けている状況を打破する為に、ユニスに問いを投げる。
「ユニス、ルーランって国のことなんだけど」
「あ、はいっ」
いざ声をかけてみれば、王女は表情を改めてしっかりとした返事をした。
「どういう国なんだい? 近いうちに一度行ってみたいんだけど、ここからはどう行けばいいのかな?」
勇者が世界を救う為にさがしに行くとは言え、通すべき筋は通しておくべきであろう。
そのつもりでこうして打ち明けたのだ。
彼の気持ちはきちんと王女に伝わったと見えて、彼女はサファイアのような瞳に理解の色を浮かべながら教えてくれる。
「ルーランは大国ではないですけど、鉱業と工業が盛んな国です。我が国との関係はとても良好で、過去に豊かな鉱物資源を狙って何度も侵攻を受けていましたが、そのたびに我が国が援軍を出して侵略軍を撃退していたそうですよ。そのおかげで、多くの鉱物を他国よりも安い価格で輸入できているとのことです」
これを聞いた翔太は少し安心した。
仲が良好な国へ行くのであれば、後ろ暗い方法で入国することを考えなくてもよさそうである。
「それなら、俺は普通に行ってもかまわないのかな?」
念の為と確認してみると、ユニスは最初きょとんとした。
そしてくすりと吹き出す。
「嫌ですわ、ショータ様。勇者様の訪問を断れる国など、あるはずがございません」
「あ、そうか……」
彼は己の訊き方がまずかったことに気づき、頭をぽりぽりとかく。
「俺が他国に行ってもいいのかな、この国としては」
改めて問いかけると彼女はやはりきょとんとする。
「はい。ショータ様が行きたいと思われる国にいらっしゃって、何ら問題はございませんが?」
一体何を気にしているのか、とシンディと仲よく同じような表情を作っていた。
「わたくしどもとしてはできるだけお手伝いさせていただきたいのですけど、ショータ様がお望みでしたら単身で行動されてもけっこうです。わたくしどもがショータ様に制限を作って窮屈な思いをさせるなどありえません。もし、誰かがそのようなことを申し出てきても、それはその者の勝手な言い分ですから、本気になさらずに聞き流してくださいませ」
真剣な面持ちで王女は言い、その隣で侍女もこくこくとうなずいている。
ただ、彼女たちの顔には「自分も連れて行ってもらえたら」と書いてあるように感じた。
あるいは翔太の深読みしすぎかもしれないが。
「分かった。ありがとう」
彼はひとまず安堵した。
ユニスが王家の方針についてこう話す以上、彼は自由に動いてよいのだろう。
そう思ったところで、王女の表情がややいたずらっぽいものに変わる。
「ですが、もし勇者としてではなく、お忍びで行動したいとおっしゃるのでしたら、事前におっしゃっていただけると嬉しいですわ」
「まあ、どこか行く際には、ユニスか王様に事前に連絡はするように気をつけるよ」
それは当然のことだと彼は思う。
何しろ今の彼は王族によって養われているも同然だからだ。
少なくとも理不尽でない要求やお願いは、守れる範囲で守っておくべきであろう。
「その点は心配しておりませんわ。ショータ様はこれまでずっとそうなさっていらっしゃいましたから」
彼の言葉をユニスは笑顔で信じてくれる。
やはり日頃の行いは大事なのだなと思えた。
「ありがとう。信頼を裏切らないように気をつけるよ」
「それはこちらも同じですわ。いたらない点がございましたら、何でもご指摘くださいませ」
笑顔をかわしあって三人は風呂を出る。
二人のあるふくらみが揺れたように見えたが、彼は「目の錯覚だ」と信じた。
いや、信じたかったと言うべきだろうか。
二人の美少女に世話を焼かれて、彼は服を着る。
一人は一国の王女であり、一人は侯爵令嬢という内訳だ。
これを勇者特権の一部だとすれば、過去に道を踏み外してしまった男がいても不思議ではない気がする。
これまでに召喚された勇者が全て男だとすればの話だが。
脱衣場から出ると、ユニスは翔太にこの後の予定についてたずねる。
「この後はいかがなさいますか?」
「王様に報告しに行かなくてもいいのか? デーモンを倒したこと」
彼の疑問に王女はすばやく応えた。
「本来ならばショータ様ご自身からおっしゃるのがいいのでしょうけど、ここまでデーモンの撃破がハイペースですと、ショータ様に不要な面倒をかけるだけではないかということになりました」
この短期間でデーモンが五体も撃破されたのは、前代未聞の大記録だと力説する。
そうなると本来望ましいとされていたことでも、あまりよくないのではないかという意見が起こり、廃止にされるという。
「ショータ様は歴代最強にして最高の勇者。気の早い者はすでにそう申しておりますわ」
ユニスは困ったように眉を寄せたものの、喜びの色を隠しきれていない。
そこへシンディが意味ありげな微笑を浮かべて、翔太に告げる。
「勇者様、実は最初にそう姫様がおっしゃったのですよ。勇者様の素晴らしさを理解できる人間がようやく増えてきた、なんてとても嬉しそうにしていらっしゃいました」
「いきなり何を言い出すの、シンディ!?」
信頼していた侍女のまさかの裏切り行為に王女は目を剥いて、彼女らしからぬ大きな声を出してしまう。
それをはしたないと思う余裕が彼女にはなかった。
翔太がまじまじとその美貌を見つめると、それに気づいたユニスは焦って言いわけをはじめる。
「ち、違うのです。これは違うのです、ショータ様。ショータ様の素晴らしさを理解しようとしない者たちにいらだっていたとか、ショータ様がいかに素敵な方かを教える機会がめぐってきて嬉しかったとか、そういうわけではないのです!」
否定しながらも本音を全部ぶちまけるというやらかしをしてしまっている王女を、彼は「意外な一面を見た」と微笑ましく思った。
このことを指摘しておくのと、それとも後からシンディに言われるのとどちらか鬼畜なのか、しばし迷う。
結局、ここで告げるのは止めておくことにする。
黙っていれば気づいていなかったと主張することができるかもしれない、と淡い期待を抱いたからだ。
ただ、このまま黙っているのも不自然かもしれないと判断した彼は、フォローするつもりで声をかける。
「ありがとう。ユニスという味方がいて、とても心強いよ。俺がここでの暮らしに不安を抱かなくてもいいのは、ユニスのおかげだと言っても過言じゃないな」
彼が優しく笑いかけると、王女はゆであがったタコ顔負けの赤さになってうつむいてしまう。
さすがに行き過ぎていると感じたのか、シンディがそっと彼に耳打ちする。
「わたくしが言えた義理はないのですが、このあたりでどうかお許しくださいませ」
彼はとても心外だったが、ユニスを追い詰める気はなかった為うなずいて詫びておく。
その後無言になって脱衣所から外に出た三人は、一度ここで別れることになった。
ユニスにも役目があり、翔太は神器の修行をしたかったからである。
そこで侍女が一人呼び出されて、彼を訓練場へ案内することになった。
「後で様子を見に行かせていただきますね」
王女の言葉に彼はうなずく。
彼がどの程度神器を使いこなせるのか、王族が把握しておくのは悪いことではないと判断したからである。
少なくとも彼の方で隠さなければならないのは、周囲から認識されなくなる「ネーベル」くらいのものだ。
王女たちと別れた彼は、早くも神器のことに意識を切り替えて足早に移動した為、ユニスたちの小声での会話は聞き逃してしまう。
「ショータ様があまりにも立派でお優しすぎて、わたくしダメになってしまいそうです」
ユニスは消え入りそうな声でぽつりとつぶやき、
「同感です、姫様。あんな素敵なお方がいらっしゃるなんて夢にも思いませんでした」
シンディが大真面目に賛成する。
「そうよね? そう思うわよね、シンディ」
「はい、姫様」
王女が侍女の手をとると、二人は固く両手を握りあう。
二人の少女は何度もうなずきあい、それからくすりと笑いあい、次の行動へと移した。




