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1話「王女の気持ち」

 天猛星バジリスクのデーモンとその他を倒した翌日、翔太たちは市長たちに笑顔で見送られてグルノーブルを後にした。

 勇者は隣の座席に無表情で座るリックに話しかける。


「伯父さんとは何か話をした?」


 切り込むには少し勇気が必要だった。

 騎士は一瞬目を見開いたが、その後小さくうなずく。


「ええ。伝説の勇者様とともにこの街を救いに来たとは大したものだと。私は何もしていないんですがね」


 彼は苦笑する。


「伯父も大した人物ではありませんよね。私が勇者様と行動をともにしていると知った途端、手のひらを返したわけですから」


 字面だけだと棘まみれだが、声色にはそれとは別の感情が隠しきれていない。

 なかなか複雑な関係なのかもしれない、と翔太は思う。


「それよりも」


 リックは瞳に若干不安そうな色を宿して、彼にたずねてきた。


「昨晩はいかがでしたか? 女たちが寝室に訪ねようとしていたでしょう?」


 これには彼は思わず吹き出しそうになる。


「ちゃんと断って、一人で寝たよ」


 ちゃんとという表現が正しいのか分からないが、とりあえずやましいことはしていないと主張した。


「そうでしたか。それでよかったでしょう」


 それを聞いた騎士は、彼にしては珍しくはっきりと安堵の色を顔に浮かべる。

 その表情に引っかかりを覚えた翔太は、もしかしてと思い訊いてみた。


「やっぱりあれは何か裏があったのかい?」


「裏があったと言うか……関係を持てば勇者の愛人になったとその親が吹聴して回ったでしょう。たとえ本人たちは純粋に勇者様へ好意を持っていたとしてもです。そういう手合いが多いのですよ、この街」


 嫌悪感がまざったところを見ると、この騎士も何か不愉快な思いをしたことがあったのかもしれない。


「なら、早めに帰るか」


 彼はそう言って神器の力を使う。

 あっという間に王城の前まで行くと、そこでスピードを落とす。

 ディバインシールドのおかげか、それとも力に慣れてきているのか、高速移動中でも今どのあたりにいるのか分かるようになっていた。


 馬車が門の前についたのに気づいた兵士が、姿を見せて声をかける。

 その男は初めて見る顔であった。

 まともにここを通過するのが初めてなのだから、当然かもしれないが。


「勇者様、おかえりなさいませ!」


「ただいま。……いつも勝手に通過してごめんなさい」


 笑顔であいさつしてくる男に対して罪悪感がこみあげてきた為、一言謝罪する。

 これに門番は驚き慌てて、首と両手の両方を勢いよく動かす。


「いえいえ、そんな! 勇者様はいつも火急の用で出発されているのは存じておりますから!」


 グルノーブルの時はそうでもなかったが、結局デーモンとの戦いになったのも事実だ。

 理解されていることを感謝して切り上げなければ永遠に押し問答になりそうだった為、改めて礼を言って通過する。

 馬車は宮殿の前まで行って翔太を下ろし、そのまま去っていく。

 彼の姿を見た兵士の一人が建物の中に駆け込む。

 勇者の帰還を知らせたのだろう。


(たぶん、ユニスかシンディを呼びに行ったんだろうし、ここで待つか)


 遠くからちらちら見られているのを感じるが、気づかないふりをする。

 誰かが迎えに来てくれるまですることがない為、神器を使いこなす練習でもしようと考えた。

 実際に使ったら問題になるだろうが、イメージトレーニングであれば問題ないだろう。

 そして神器を使うのは存外、イメージトレーニングも馬鹿にならないはずだ。

 でなければ願っただけでディバインブレードの力を引き出せたりするわけがない、と彼は思っている。

 もっともなのか穴だらけなのか、判断されることもなく彼は盾を軽く撫でた。


(盾だけに守るイメージかな? それとも豊穣の女神だから、大地の力を引き出す感じか)


 あれこれ思い浮かべながら盾をいじっていると、そこにユニスとシンディが姿を見せる。


「ショータ様、お待たせしました。……どうかなさいましたか?」


 事情を知らない彼女たちからすれば、彼の行為は奇異に映ったのだろう。

 彼は奇人だと誤解されてはたまらないと、慌ててごまかし笑いを浮かべて説明する。


「ディバインシールドを手に入れたから、この力を引き出そうと対話をしていたんだよ。この神器も使いこなせるようになれば、デーモンとの戦いがより有利になるだろうしね」


「まあ、そういうことでしたか!」


 少女たちは素直に彼の言葉を信じ、顔を輝かせた。


「詳細な場所は不明と言われていたディバインシールドをいとも簡単に見つけて来るだなんて……」


「しかもジョンからの報告によれば、またしてもデーモンを撃破されたのでしょう? とても素晴らしいです」


 少女たちは胸の前で手を合わせながらうっとりとした顔で、彼を称える。

 どうやらリックが馬車を戻しに行き、ジョンが王女たちに報告に行ったらしい。

 デーモンの件については一応正確に報告しておこうと彼は口を開く。


「天猛星バジリスクと名乗るデーモンは倒したけど、もう一体名前が分からない奴もいたよ」


「名前が分からず、一撃で倒せたのであれば恐らく下級デーモンなのでしょう」


 ユニスはそう言って彼に微笑みを向ける。


「いずれにせよ、大切なのは早くも十二将を二体撃破したことです。これはきっと快挙ですわ」


「そうに違いないですわ」


 二人の少女に褒めそやれながら、彼は宮殿へと入った。


「今日もまたお風呂かな?」


 彼の言葉に王女がうなずく。


「そうですわね。その方がよろしいかと存じます。準備ならばすでにできていますわ」


 ずいぶんと用意がいい。

 彼はそう思ったが、宮殿なのだから貴人が好きな時に入れるようにしてあるだけかもしれない、と思い直す。

 

「気が利くな、ありがとう。準備をしてくれた人にも礼を伝えておいて欲しい。直接言えたらいいんだが……」


「そんな。日々の務めを果たしているだけで勇者様に礼を言われると、きっと困ってしまいますわ。わたくしも慣れるまで、時間がかかりましたから」


 シンディが困ったように、それでいてどこか嬉しそうに話した。

 彼女もまた一度ならず彼から礼を言われてきた立場だから、他の者の反応が予想できるのだろう。


「でも、こういうのは直接言うものじゃないのかな」


 彼女の気持ちを察することはできた為、彼も困って眉間にしわを寄せる。

 するとユニスが助け舟を出してくれた。


「それでしたら、事前にわたくしから一言伝えておきましょう。心の準備ができた後でしたら、彼らも受けとれるでしょう」


「分かった。それで頼むよ」


 礼を少し言うくらいで大げさだという気がしないわけでもないが、今の彼は勇者である。

 さらに周囲にいるのが王女や貴族の令嬢という、ある意味「大げさ」な身分の人たちばかりであった。

 浴場についたところでユニスは引き下がるだろうと思いきや、若干恥じらいながらもついてくる。


「あれ? ユニス?」


 彼が怪訝そうな声を出して、彼女の行動をとがめると、王女はもじもじしながら応えた。


「わたくしもどうしてもお世話をさせていただきたく存じます。……いけないでしょうか?」


 彼女の肌は熱を帯びていて、体は羞恥で震えている。

 恥ずかしいのを何とか我慢しているのは伝わってきた。

 さらにためらいがちながら、シンディも彼女の援護をする。


「あの、勇者様。どうか姫様の願い、許してはいただけないでしょうか。わたくしからもお願い申し上げます」


 本来ならば仕事を奪われる側になるはずの侍女が肩を持つとは意外であった。


「……分かった。でも、王女がそういうことをしてもいいのかい?」


 しかし、気になった点は確認しておく。

 嫁入り前の王女が、年ごろの異性と一緒に浴室に入ってもよいものなのだろうか。


「本当はよくないです。ですから、人払いを命じておきました」


 そう言われてみれば、たしかにここに来るまでほとんど人はいなかったし、今も人影はない。


「勇者様にゆっくりくつろいでもらう為だと申せば、皆疑わずに従ってくれました」


 ユニスはいたずらを成功させた子どものような笑みを浮かべた。

 「えへ」という言葉も可愛らしい。 

 だが、緊張しているのは隠しきれなかった。

 気づかないふりをするのも優しさのうちだろうと彼は判断し、素知らぬ顔を決め込む。

 その後、シンディに促されて二人は脱衣場の中へと踏み込んだ。

 彼が赤髪の少女に服を脱がせてもらうのは前回と同じだったが、今回は何と王女までもが加わっている。


「ユニス……」


 思わず翔太が声をかけると、彼女は恥じらいをどこかにやって、覚悟を決めた顔になっていた。


「このようなことで罪滅ぼしになるとは思いませんが、やらせてくださいませ。せめてもの気持ちでございます」


 突然、罪滅ぼしだと言われて彼は目を丸くする。

 だが、彼女の気持ちの強さを感じて、許可を出した。

 できるだけ少女たちの肢体を視界に入れないように気をつけながら、脱衣場を越えて浴室に入る。

 まず、湯をかけてもらいついで体を洗ってもらう。

 その際、思い切って彼は彼女に訊いてみる。


「それで、罪滅ぼしって一体何のことだい?」


「それは……」


 彼女は言葉を詰まらせて目を伏せたが、やがておずおずと話し出す。


「実はショータ様のことなのです。お気づきだったかもしれませんが、こちらの事情も説明せずに、ずっと何もしていなかった時期があったでしょう?」


 そのことかと彼は心の中で盾をかまえながら、続きを待つ。


「実はあれはショータ様が勇者にふさわしいか、見定める時期でもあったのです。その、不適格となれば、勇者としての資格を奪えるわけでして」


 ディマンシュ神も似たようなことを言っていたな、と彼は思う。

 自分しかいないのだと立ち上がったのはとんだ勘違いだったが、後悔はしていない。

 実際に誰かを守ることができて、感謝もされているのだから、彼にはそれで十分だった。

 

「不適格な人間に勇者でいられたら困るというのは、俺にも理解できるけど?」


 気にしていないよとアピールしたつもりだったが、ユニスは悲しそうに表情をくもらせる。


「ありがとうございます。……でも、その場合でも元の世界にお帰しできないのは同じなのです。勇者だから送り帰せないのではなく、どちらにせよあなた様を送り帰せないのです。ですからわたくしは、あなた様に勇者様にならない道もあると言えなかったのです……」


 ゆっくりと噛み含めるように言われて、ようやく翔太は彼女が何を言おうとしているのか、ぼんやりと分かってきた。


「その場合、俺はどうなっていた?」


「……おそらくこの宮殿から追放されていたでしょう。父とわたくしがどれだけ反対しても、抑え込めなかったと思います」


 この国の王は最高権力者であり、絶対に近い存在である。

 しかしながら、忠臣たちにそっぽを向かれてしまうと、この国を統治していくことは難しい。

 勇者にふさわしくない役立たずの異邦人一人の為に、国家運営を放棄するわけにはいかないと王女は語る。

 もちろん、彼女が直接このような表現を用いたのではなく、彼が意訳したものだが。

 王族であれば神器の正式な所有者となっていない勇者など、どうにでもできる存在だし、そればかりではない。


「勇者様をお招きした者、つまりわたくしならばたとえ神器の所有者であっても、優位に立てるのです。勇者様が悪逆の徒となった場合の抑止力として」


 ユニスは暗い表情で告白する。


「今や宮廷でも国内でも、ショータ様が勇者様としてふさわしいことに異を唱える者はありません。ですが、だからと言って、このまま黙っているのは、これ以上耐えきれなくて……」


 ユニスは涙声で己の体を震わせる。

 そんな彼女をシンディが無言で慰めていた。

 異世界から呼んだ人間を役立たずとして放逐してしまう可能性があったこと、あるいは彼女が処分していたかもしれないという点が、王女を罪の意識でさいなんでいるらしい。


(たしかにそれはどうかと思うが、訊いてもいないのに自分から打ち明けて来たんだから、この子の罪悪感は本物だろう)


 それならば許せるのが翔太という人間である。

 それに彼が置かれた立場を理解し、できるだけ庇おうとしていたのもユニスだ。

 その気になれば彼をどうにでもできる力と権力を持ちながら、常に彼の気持ちに寄り添おうと努め、結局一度も使わなかった少女を断罪できるのだろうか。

 少なくとも彼は、そのようなことができるような男ではない。


「国の為には一人を斬り捨てなきゃいけないってのが、王族なんだろ。もうすんだことなんだし、今は皆俺を勇者だと認めてくれているんだろう? だったらもう気にするなよ」


 笑顔ではげますと、ユニスはとうとう泣き出してしまう。


(あれ、何かミスったか?)


 翔太は困惑し焦りを覚える。

 彼の狙いではここで王女の笑顔が戻り、あわよくば抱き合うという展開になるはずだったのだが。

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