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16話「伝説の勇者」

「か、勝った! 勇者様が勝った!」


 ジョンが喜びを爆発させると、リックや石化から回復した兵士たちが続く。

 それから街の人々が叫ぶ。

 倒れていた若い母親は幼い娘を抱きしめ、他の者たちも近くにいる人と抱擁をかわす。


「大丈夫ですか?」


 翔太はまずウォーレンに声をかけて、その体を助け起こす。

 市長は目を開くと焦点を彼に合わせ、小さくうなずく。


「ええ。私は大丈夫です。ありがとうございます、勇者様」


 今まで冷淡でそっけなかった口調が、熱を帯びたものに変わっている。

 よく見ればまなざしもであった。

 ウォーレンは自分の力で立ち上がり、まず近くにいる人々の様子をうかがう。

 残念ながら死者がゼロというわけにはいかなかったが、勇者が駆け付けた時にまだ生きていた人たちは、全員が助かったようだ。


「何と素晴らしい……私は自分が恥ずかしい。伝説の勇者など、本当に頼りにしていいのかと思っていた自分が」


 それを確認した市長は、目を閉じて後悔の言葉をつむぐ。

 

「いやいや、仕方ないですよ。俺も同じ立場だったら、きっとあなたと同じことを考えていたと思います」


 翔太はそれを聞いても気分を害さなかった。

 正直なところ、昔の情報でしか知らない存在を無条件に信じて崇めるよりも、ずっと共感しやすい。

 まだよく知らないはずの自分を信じて親身になってもらえるのはありがたいので、口には出さないでいるのだが。


「何とお優しい……神に選ばれたお方は、こうも違うものなのですか」


 ウォーレンは目を見開き、やがてたっぷりと称賛がまざった声を出す。


(ああ、とうとうこの人までもか)


 翔太はうんざりしたとまではいかないものの、少々顔の筋肉が引きつるような気分を味わう。

 だが、危ないところを助けたのだからある程度はやむをえない、と己に言い聞かせる。

 それに助けたのに罵倒されるよりは、素直に感謝される方がよっぽど嬉しかった。

 

「ゆ、勇者様、どうもありがとうございました!」


 小さな子どもの手を引いた若い女性が、勇気を振りしぼるように声をかけると、何人もが後に続く。


「ありがとうございました!」


「本当にすごかったです!」


「あんな恐ろしい怪物たちを一撃だなんて!」


 年寄り、若者、女性、子どもに取り囲まれて称賛の雨を浴びせられる。

 一メートルほどの距離が開いているのは、彼らもどこか遠慮の気持ちがあるせいだろうか。 

 

「助けられてよかったよ」


 彼が笑顔でそう言うと、一人の男性が意を決したように問いを投げる。


「そう言えば勇者様は、どうしてこの街に?」


 この街に何かあったかなとつぶやく人に白い盾を見せた。


「このディバインシールドを取りに来たんだよ」


「おおおっ、それが伝説のっ」


 人々から大きなどよめきが起こる。


「この街にあったのですか?」


「えっ? この街に?」


 飛び交う人々の声から、勇者や神器にまつわる伝承は、必ずしも一般に浸透しているわけではないらしいと分かった。


「勇者様がディバインブレードとディバインシールドを装備されているお姿を、まさか生きてこの目で見られるとは……」

 

 ある老人にいたっては、感動のあまり涙ぐんでいる。

 

「勇者様……」


「伝説の勇者様じゃ……」


 ウォーレンをはじめとする人々は自発的にひざまずき、彼に向かって祈り出す。

 

「あなた様がいらっしゃれば、魔王が復活しても何の恐れもいりませぬ」


「あなた様こそが希望の光でございます」


 翔太は内心困惑したものの、これもまた勇者の務めかと思い黙って受け入れている。

 実際のところ被害は多少出ていたのだし、「どうしてもっと早く来てくれなかったのか」という批判があっても不思議ではないはずだ。

 だが、誰もその点について恨み言を口にすることなく、ただ助けられたことを感謝するのみ。


(それだけ魔王とデーモンが脅威で、勇者が心のよりどころなのかもしれないな)


 彼は小うるさかった剣と盾を黙らせたように、自分の意思でこの世界を救う為に戦うと決めた。

 ならばこの世界の人々の心のよりどころになるのも悪くはない。

 と言うよりも、この状況でならないわけにはいかなさそうだ。


(この国の王様を差し置いて、こんな存在になってもいいのかな?)


 彼が唯一気にしたのはこの点である。

 一国の君主よりも慕われすがられる存在が国内にいれば、治世が乱れる元凶になってしまうのではないだろうか。

 アレクシオス王もユニス王女も、そういうことを嫌うタイプには思えなかったが、一応報告して詫びておいた方がいいかもしれない。

 王族と揉める気はない以上、自分の方から下手に出ておくべきだろうと彼は考える。

   

(俺は魔王を倒すのが仕事、王族はこの国を治めて人々の暮らしを守るのが仕事)


 この違いをきちんと理解しておかないと、きっと多くの人に不幸をもたらしてしまう。

 

「勇者様万歳!」


「勇者様万歳!」


 祈りがいつしか万歳コールと変わる。

 ある程度は受け入れるべきだと思っていた翔太だったが、だんだんと居心地が悪くなってきた。

 何とかしてもらうことを期待してウォーレンを見ると彼のサインに気づいたのか、市長は両手を大きく叩いて、市民を止める。


「勇者様もお困りのようだ。それくらいにしておきなさい」


 彼に厳しく言われた人々は、しぶしぶ万歳コールを止めた。

 それでも中には食い下がる人もいる。


「ウォーレン様! 勇者様に何かお礼をするべきでは?」


「そうですよ、勇者様がいらっしゃらなければ、この街はデーモンに潰されていましたよ!」


「そうだ、そうだ! 勇者様にお礼をしよう!」


 大いに盛り上がる人々に囲まれた状態で、翔太とウォーレンの視線は再度交差した。

 苦虫を十ダースくらい一気飲みした直後のような顔をした相手を見て、彼としては市長に同情を禁じ得ない。


(こうなってしまうと、やっぱり勇者の存在も時には毒となるんじゃ……)


 英雄物語においてしばしば主人公である英雄が悲劇的最期を迎えるのは、この市民の熱気から察するべきなのだろう。


「分かった。お前たちの気持ちはよく分かった。お前たちの気持ちは必ず私が勇者様に渡そう。お前たちはまず私に相談しなさい」


 市長が諦観したような顔でそう告げれば、人々の顔は喜びで輝く。


「本当ですか、市長!?」


「さすが、いざという時は頼りになる!」


「よろしくお願いします!」


 これまで勇者を称える為に使われていた人々の熱量が、方向を市長へと変えた。

 銀髪の男はどこか疲れたようにうなずくと、翔太に話しかける。


「勇者様の宿の手配はすんでおります。同行の騎士と一緒にお休みください。……その方がよろしいでしょう」


 小声でつけ加えられた最後の一言には、彼も全面的に賛成であった。

 ありていに言うならば、今の市民はちょっと手に負える気がしない。

 冷却期間でも置いた方がいいだろう。

 そう自分に言い聞かせて彼は兵士の先導で、市庁舎に逃げ込むように移動する。

 ジョンとリックもその後を追う。


(まいったなぁ。とてもじゃないけど、実は今日のうちに王都まで帰れるなんて言い出せる雰囲気じゃないよ)


 建物の中へと入った彼はそう内心ぼやきながら、ほっと息を吐き出した。

 すぐ近くで二人の近衛騎士も同じことをしている。

 とにかく今日はこの街で一泊して、街の人からのお礼もある程度受けとってから帰るべきだろう。

 そうでもしないかぎり、あの状態を鎮静化させるのは難しそうだ。

 

「いやー、すごい歓声でしたね」


 ジョンが従来の笑みを浮かべながら、しみじみと感想を述べる。

 そのすぐ近くでリックも無言で首を上下に動かす。


「全くだよ」


 二人の態度が以前のままだったことに安堵し、翔太もぼやくように本音をもらす。

 そこへ市庁舎の職員と思われる青い服を着た栗色の髪の女性が、水を三人分持ってきてくれる。


「皆様、お疲れでしょう。よければどうぞ」


「これはありがたい」


 森から街に急行した直後にデーモンと戦った為、彼らの体は水分を欲していた。

 三人が勢いよく水を飲みほすさまをほれぼれと眺めていた女性は、翔太に熱のこもった青いまなざしを向ける。


「あの、勇者様、とても素敵でした」


 女性は頬を染めてうっとりと夢心地の顔から、悲しそうな顔になった。


「お恥ずかしい話ですが、私たちは何もできずに建物の中で震えていたんです……ウォーレン様は兵士を率いてあの恐ろしいデーモンに立ち向かったのに……」


 この言葉でどうしてウォーレンが血を流して倒れていたのか、翔太はようやく理解できた。

 リックが小さく「あの人らしいな」とつぶやく。


「でも、全然だめで……兵士たちはあっさり殺されたり、石にされちゃって……デーモンに勝てっこないんだと思っていました……」


 彼女はうつむき、青ざめた顔で吐露していたが不意に勢いよく顔をあげる。


「そこにやってきたのが勇者様だったんです」


 彼女の顔は再び紅潮し目はうるんでいた。

 熱がこもった息と言葉が彼女からあふれる。


「小さな子どもを反射的にかばったり、魔法で皆の傷を癒したり……魔王とデーモンが復活して世界を滅ぼさんとする時、世界を救う為に現れる勇者様の伝説って本当だったんだと確信しました」

 

「ありがとう」


 翔太は困惑気味に礼を言う。

 すると彼女は真っ赤になり、両頬に手を当てて体をくねらせる。

 どうやら照れているらしかった。 

 それを見ていたリックが顔をしかめて、咳ばらいを三回する。

 そしてややけわしい口調で彼女に話しかけた。


「それよりもレディ、勇者様がお休みになる宿には一体いつになれば行けるんだ? そろそろ案内して差し上げるべきじゃないのかな」


「あっ」


 彼女は今までとは違う理由でリンゴよりも真っ赤になる。

 

「た、大変失礼いたしました」


 彼女が一生懸命謝罪した為、翔太は気にしないと特に身ぶり手ぶりで示す。

 

「ありがとうございます」

  

 胸をなでおろした彼女は、表情をキリッとした職員らしきものに変えて説明する。


「勇者様のお宿ですが、市長様のお家となる予定でございます。もちろん、騎士様もご一緒に。これから私がご案内いたします」


 この言葉にリックの眉がぴくりと動く。

 しかし、無表情と無言は守り抜いた為、彼女には気づかれなかった。

 気づいたのはジョンと翔太の二人である。

 だが、彼らにはかけるべき言葉がすぐには見つけられなかった。

 仕方なく翔太は彼女に返事する。


「よろしくお願いします」


 彼に頭を下げられた彼女はまず目を丸くして、次に輝きそうな笑顔になった。


「はいっ、お任せを! 精いっぱいおつとめいたしますわ」


 力強い言葉だったが、残念ながら男たちは感銘を受けなかったようである。

 ジョンとリックにいたっては、どこか不安そうに互いの顔を見合わせていた。

 翔太は日本人的なあいまいな笑みを浮かべて、もう一度「よろしく」と言うに留まる。

 

「では、こちらになります」


 彼女の誘導に従い建物の裏手に回って、三人の男たちは五分ほど歩いて目的地へとたどり着く。

 市長の家は青い屋根の庭つきで、灰色の煉瓦で作られた二メートルほどの高さの塀が囲っていた。

 さらに建物自体の大きさも、他の家よりも二回りほど上回っている。

 リックがただ一人憮然としているのは、ここに来たことがあるからなのかもしれない。

 彼女が門を叩くと脇の勝手口がすぐに開いて、中から頭がはげあがった中年男性が顔をのぞかせる。


「誰だい?」


 うろんな顔でたずねてきた小間使いらしき彼に対して、彼女はどこか得意そうに告げた。


「勇者様をお連れしました」


 それを聞いた男は激しく狼狽し、「失礼しました」と言葉を残して引っ込んでしまう。

 ほどなくして門が開き、中年と思われる金髪の婦人が二人とメイドと一人の執事を連れて姿を見せる。


「大変失礼をいたしました。ウォーレンの妻、セシリーにございます、勇者様」


 翔太に焦点を合わせながらにこやくかにあいさつをしたセシリーは、彼らを家の中へ招き入れた。

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