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15話「俺は道具じゃない」

 翔太は頼み込んで二人を立たせて、街に戻ろうと提案する。

 頭を下げられ続けるのは、とても困ったのだ。


「目当ての神器は意外と簡単に見つかったから、市長さんも驚くかもしれないな」


 彼がそう言って笑うと、二人も同調する。


「いくら何でも早すぎます。さすが勇者様です」


「あの伯父が驚愕するところをぜひ見てみたいものです」


 ジョンが白い歯を見せたのに対して、リックは口元を数ミリゆがめた程度という差はあったが、市長の驚きっぷりを予想したというのは同じであった。

 前者とはともかく、後者との距離はやや縮まった感じがするのが、彼としては嬉しい。

 これから嫌でも接する機会はあるのだろうから、仲良くやれるのに越したことはない。

 三人が森を出た時、勇者の研ぎすまされた感覚が、街の方から喧騒が起こってるのを拾う。


「……グルノーブルで何かあったみたいだ」


 翔太が表情を引きしめて言うと、近衛騎士たちも真顔になる。


「俺は先に行く」


 彼はそう言うやいなや駆け出す。

 近衛騎士たちは鎧を着ているせいで、全力疾走には向いていない。

 そう判断してのことだったが、それは誤りだったとすぐに知る。

 ジョンとリックは何食わぬ顔をして、彼と並走していたのだ。


(えっ? あれっ?)


 ダッシュの最中である為声が出なかったが、彼はぎょっとしてしまう。

 重量があるようでない神器を二つを持っているだけの彼と、重そうな全身甲冑を着ている二人がどうして同じスピードで走れるのだろうか。

 不思議で仕方なかったが、今問いかけているヒマはない。

 そんなことするくらいならば、少しでも早く街に駆けつけるべきであった。

 彼が剣の柄に触れて、馬や馬車を加速させた時と同じことを願う。

 すると彼ら三人の体が白い光に包まれ、走る速度が何倍にもなり、一気に街へと駆け込む。

 解除しても反動の筋肉痛などが一切ないのはもう今さらである。

 近衛騎士たちも何ともなさそうであった。

 彼らの姿を見た門番が、転がるように駆け寄ってくる。


「た、た、助けてください!」


 彼の視線が翔太ではなく近衛騎士たちに向けられたのは、おそらく勇者がいると知らないせいであろう。

 通行証を見せた門番ならば、まっ先に勇者のところに来たはずである。


「何があった?」


 ジョンが普段からは想像もつかぬほど厳しい声で問うと、真っ青になった門番は震えながら告げた。


「と、突然、化け物が二匹現れて、街を襲い始めたんです。止めようとした兵士たちは殺されて、石にされたりして、さらに怪物は毒を吐いてきて、王都に知らせに行った奴もいますけど、無事にたどりついたかどうか」


 その報告内容はかなり分かりにくいものだったが、とりあえずデーモンが二体現れて、毒を吐いたり街の人を石にしたりしているということは理解する。


「まあ不幸中の幸いか」


 それを聞いた近衛騎士たちが憤怒の形相になりながらも冷静さを失わずにいられたのは、すぐ隣に勇者がいるからだ。

 ジョンはそれが理由でつぶやいたのである。

 その勇者はと言うと、近衛騎士の言葉の「まあ」という部分が聞こえた頃にはすでに再び駆け出していた。

 市庁舎がある方角からデーモンの気配がし、人々の悲鳴が聞こえてくる。

 またしても理解不動の衝動に彼は突き動かされていた。

 やがて彼の視界に飛び込んでいたのは倒れて動かないまだ若い女性と、泣きながらその人にすがりついている小さな女の子の姿である。

 その周囲にはうずくまったり倒れている人が何人もいて、うめき声も聞こえてきた。

 そこから数メートル離れた先には角をはやした、紫色の醜い顔を持った異形の男、そして小柄で首から上が緑色のヘビの男がいる。

 彼らは黒いシャツに黒いズボン、黒い靴に黒いマントという全く同じ格好をしていた。

 その二人組の足元には額から血を流したウォーレンが倒れている。

 さらに彼の周囲には兵士たちの姿をした石像が並んでいた。


(あれが石にされたという人たちか?)


 頭が沸騰しそうになるのを何とか抑えようと努める。

 次に彼が目にしたのは、泣きじゃくる子どもの声を聞いていた紫色の醜悪な顔の男が、迷惑そうに表情をゆがめたところだった。

 そして次の瞬間その男は、足元に落ちていた拳大の石を拾って、子どもに投げつける。


「黙れよ、このクソガキが」


 その声は大きくなかったので、おそらく隣にいるもう一人のデーモンと翔太にしか聞こえなかっただろう。


「危ない!」


 それでも石が投げられる瞬間を見ていたらしき人から、悲鳴があがる。

 翔太はその時、すでに行動を起こしていた。


(子どもを抱えて飛べば、母親に当たるな)


 そう判断するのに零点一秒もかかったかどうか。

 彼は己の体を使って、石から子どもを庇う。

 風を切って高速で飛来した石は彼の背中に当たって砕けたが、不思議と痛みはなかった。


「あ? 何だてめえ? いつ現れやがった?」


 彼の動きが全く見えていなかったらしい、投石した本人が怪訝そうな声を出す。

 それに対して残り一人は違った。


「現れたか。貴様がアブラハムを倒した勇者だな?」


 蛇顔の男はそう断定する。


「そうだ。俺をさがしていたのか?」


 何となくそんな予感があった為、彼は立ち上がって訊いてみた。

 醜悪な顔の男がうなずいて笑う。


「そうだ。てめえがコソコソ隠れていたせいで、この街の奴らがこんな目にあった。全部てめえが悪いのさ」


 デーモンの言葉など、真に受ける必要はない。

 彼はそう考えてディバインブレードを抜く。

 そこへ蛇顔の男が声をかける。


「ふっ。いいのか? 石になった奴らはまだ死なずに生きているんだが、私が死ねば死ぬぞ?」


「何っ?」


 その言葉を聞いた彼は改めて周囲へ視線を向けた。

 すると兵士以外にも街の住人らしき石の像がいくつもある。


「ゆ、勇者様……」


 困ったような、哀願するような人々の顔と声までがついてきた。


「私と戦うということは、そいつらを見殺しにするということだな?」


 蛇顔男は勝ち誇るかのように嘲笑う。


「うっ……」


 そう言われると彼としてはうかつには動けなくなる。


「はっ、いい心がけだ」


 醜悪な男の蹴りが彼の腹部にめりこむ。


「おらっ、戦ってみろよ!」


 殴る、蹴るといった行為をまともに食らい、彼は倒れこんだ。

 そこへようやく近衛騎士たちが駆けつけてくる。


「勇者様! 何をやっているんですかっ?」


 そして悲鳴のような叫び声をあげた。

 事情を知らない彼らにしてみれば、翔太が一方的に叩きのめされているのが信じられないのだろう。


「は、援軍か? てめえらが頼りにしている勇者様はこの通り、俺様の訓練人形なんだよっ!」


 さらに男は彼に暴行を加える。


「間抜けのアブラハムは正面から戦ったのだろう。だが勇者ごとき、少し頭を使えばこの通りさ」


 蛇顔男は侮蔑と嘲弄がまざった笑い声をたてた。


「貴様あ!」


 ジョンが吼えて剣を抜こうとする。

 しかし、体がぴくりとも動かない。

 怪訝に思って自身の体をよく見てみると、首から下が石になっていたのでぎょっとする。

 リックも全く同じような状況であった。


「ふっ、今頃気づいたのか、鈍くて間抜けな奴らめ」


 蛇顔の男が二人に嘲笑を浴びせる。


「さすがに勇者には効かないようだが、貴様ら有象無象ごとき、一秒あれば石にできるわ。首から上が無事なのは特別ボーナスだよ。我々のな」


「く、くそ……」


 ジョンが悔しそうにもらしたうめき声は、力なく空に消えた。

 

「勇者様、戦ってください」


 リックが声を絞り出すようにして、翔太に気持ちをぶつける。


「そ、そうです、戦ってください」


 ジョンもすがるように言う。


「け、けど、俺が戦ったら……」


 この街の人はどうなってしまうのか、という言葉を翔太は飲み込む。

 そこに弱弱しい壮年男性の声が聞こえてきた。


「あ、あなたがいなければ、誰が魔王を倒すんですか?」


 そちらに視線を向ければ、気がついたのかウォーレンが彼を見つめている。


「我々のことはいい……デーモンを、魔王を倒してください……」


 この街の市長はそれだけ頼むと、がくりと倒れてしまう。

 これにジョンが同調する。


「そうですよ。どうせ魔王が来たら俺たちは皆殺しです。それなら……」


「おーおー、勇者様はついに戦うか? 自分が助かる為に他の奴らは見殺しか? さすが勇者様だ、ご立派だなあ」


 彼らの思いを打ち砕くように、悪意がたっぷりと盛られた言葉が被せられた。

 発言者は蛇顔の男である。

 翔太はそれを聞いて力なくうなだれたが、そこで異変が起こった。

 彼の意思とは関係なく右腕が動いて、ディバインブレードをふりかぶる。


(またかよ……)


 この展開に彼はイラっとしてしまう。

 考えてみれば子どもを庇う時、別に投げられた石を叩き落とすという方法もあったはずだ。

 あの時もまた剣が勝手に彼の体を動かしていた疑惑がある。

 勝手なまねをまたやろうとする剣に全力での抵抗すると、小さな声が彼の脳に響いてきた。

 

(タタカエ……でーもんタオセ……)


 その声は呪いのようにまとわりついてくる。

 しかもそれは複数あり、剣と盾の両方から聞こえてくるようだった。


(もしかして、前の勇者もこの声に突き動かされて……?)


 そんな疑問がふと浮かぶ。

 その途端、全身の血が熱く燃え立つ。


(タタカエ……タタカエ)


 さらにしつこく呼びかけてくる声に彼は脳内で怒鳴った。


(うるさい、黙れ!)


 彼の燃え上がる戦意に呼応するかのように、内から力がわいてくる。


「俺はお前らの道具じゃない! 俺は俺の意思でデーモンと戦う! 俺の意思でカルカッソンを、この世界の人たちを助ける! お前らは黙って見ていろ!」


 わきあがってきた力を剣と盾に流し込む。

 驚かせようというつもりだったのだが、「ギェエエ」という断末魔の叫びのようなものが脳に響く。


(あれ?)


 翔太は違和感を覚えたものの、当面の問題はデーモンたちだと意識を切り替える。

 石化したままデーモンを倒すと石にされた人間が死んでしまうならば、石化を解除してから倒すしかない。

 彼はヘクター神父に教わったことを実践してみた。


「愛の女神メルクルディよ、御身の慈悲と愛の光でこの世を照らしたまえ。悪しき力に蝕まれし、全ての者に救いの手、安らぎの光を。【慈愛の世界】」


 そう、「困った時には慈愛の世界を」である。

 優しくやわらかい光があるとすれば、今翔太によって作り出され、グルノーブルに降り注いだものがそうであった。

 

「うおっ」


「ぐえっ」


 この光を浴びて苦悶の声をあげたのはデーモンの二人のみ。

 他の人々は慈愛の光を浴びてその傷が癒え、石に変えられていた人々も元通りになっている。


「あれ……?」


「俺は……?」


 彼らは自分の身に何が起こったのかすぐには分からなかった。


「お、おのれええ、勇者めがあ!」


 デーモンたちは激発する。

 自分たちのもくろみを砕き、人々を救った翔太への憎悪が全身からあふれ出していた。

 そのデーモンたちに向かって勇者は、黙って神剣を振り下ろす。

 ラドゥーンを撃破した時よりも遥かに強烈な光の斬撃に、デーモンたちの姿は飲み込まれる。

 だが、それで倒せたのは一人だけで、蛇顔の男はぼろぼろになりなったまま倒れていた。


「お、おのれ……おのれおのれ……私は天猛星バジリスク……」


 何とか立ち上がり、彼のことをにらみつけながら名乗りをあげようとするデーモンに向かい、再び光の斬撃が放たれる。

 天猛星バジリスクのデーモン・エリックは、結局名を知られることなく倒されてしまった。

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