14話「ディバインシールド」
「勇者様がたが捜索している間、こちらで手配しておきましょう」
ウォーレンは不愛想だが丁寧にそう言う。
唐突にやってきた訪問者を追い払おうとしているのかもしれないと翔太は感じとったが、その為にも訊いておきたいことがあった。
「神器の手がかりになりそうな情報、何かご存じではありませんか?」
グルノーブル市長はしばし考えていたが、やがて彼に青い目を向けながら口を開く。
「この街から半日ほど離れたところに森があるのですが、その森はこの街が造られる以前からあるそうです。本来はその街を開拓してより大きな街を作るはずだったのが事情があってできず、今の位置に街を作った……という話を聞いたことがございます」
話を聞いたかぎりだと、その事情が神器なのではないかとしか思えなかった。
神器は勇者しか持てないのだから、他の者が移動させられるはずがない。
少なくとも翔太はそう思い首をひねる。
「その理由こそが、ディバインシールドなのでは?」
「そのお疑いはもっともなのですが、あいにくとこの手の話は大概の町にございます」
ウォーレンはきっぱりと言い切って彼を驚かせた。
思わず同行者である近衛騎士たちに目を剥けると、彼らは同時に肯定する。
「ええ。さすがに村にはなかったはずですが、町のほとんどにはそんなエピソードがありますよ」
「呆れるほどにね」
リックの方は本当に呆れたような顔をしていた。
王権神授の町バージョンだろうかと彼は思わざるをえない。
王族たちがこれらのことを何も言わなかったのは、ありふれた話すぎて手がかりにならないと判断したからなのだろう。
しかし、それだとグルノーブルに神器があるという話はどうなのか、説明ができない気がする。
「あれ? たしか伝承においては、グルノーブルに神器があるとされているんですよね?」
彼はそう思って言葉に出すと、銀髪の市長が応えた。
「ええ。ディバインブレードは王都を示す地にあり、グルノーブルを示す地にディバインシールドがあると記されているとか。ディバインブレードと同じ伝承で語られるからこそ、ディバインシールドはこのあたりにあるのではと考えられているようですな」
どこか他人事のような感じがする口調である。
「なるほど。そうでしたか」
翔太はそれをウォーレンという人物の人となりのせいだと考えた。
そのような性格ならば理由をつけて、彼とまともに会わなければよかったはずである。
とっつきにくく人情味がないように見えるが、決してそうではあるまい。
ただ、この場でそれを指摘する意味があるのか分からなかった為、彼は己の胸にしまっておく。
その代わりに礼を言い、件の森にはどう行けばよいのかをたずねた。
「街の西門からが近いですね」
ウォーレンではなく、ジョンが即答する。
銀髪の市長とリックもうなずいた為、翔太は彼に言う。
「案内してもらえるかい?」
「ええ、喜んで。ただ、馬車はここに置いておくしかないと思いますが」
何故かジョンはとても申し訳なさそうな顔になる。
どうも彼の中では勇者とは馬車で移動するもの、と決めつけているのかもしれない。
「いや、歩きでかまわないよ」
彼がそう応えると、リックとウォーレンが目を丸くする。
話が分かる勇者というのは、彼らにとってはそれほどまでに意外なのだろうか。
(俺より前の勇者、一体どんなことをやらかしたんだよ?)
このような反応を何度もされると、翔太はだんだん会ったこともない過去の勇者、彼の先輩とも言うべき存在のことを恨みたくなってくる。
彼が教えてもらえないだけで、実は先代たちがしでかしたことも伝承に残っているのではないかという疑念が浮かんでくるのだ。
これらの思いを態度に出さないように心がけながら、彼は森を目指す。
門に出るまでに右に一度曲がっただけで後はまっすぐに進むだけである。
しかしながら、時々人の姿を見かけた。
割と栄えているのか、彼らの服は悪いものではないし、立ち並ぶ石造りの家もなかなかのものである。
彼らは好奇心が浮かんだ視線を向けてくることもあるが、すぐ近くにジョンとリックがいるせいか、誰も話しかけてこない。
あるいは彼ら近衛騎士の存在こそが、こちらに人目を集めている理由なのかもしれないが。
何となく続く沈黙に耐えかねて、翔太は二人に話しかける。
「このグルノーブルの土地勘があるって理由で二人は選ばれたと思うけど、二人ともこの街の出身かい?」
「俺は違いますけど、リックはそうですよ」
ジョンが白い歯を見せながらすぐに返事をした。
それに対してリックは露骨に顔をしかめる。
彼に無断でばらしてしまった同僚が、よほど腹に据えかねたのだろうか。
彼がそう考えていると、そのリックが口を開く。
「……伯父です」
ぼそりと一言放っただけだったので、一瞬何のことか彼には理解しかねる。
しかし、ジョンが補足してくれた。
「あのウォーレン市長が、リックの伯父さんらしいですよ」
「えっ」
翔太は思わず声をあげてしまい、「この反応は失礼だ」と慌てて口を抑える。
リックは無表情を崩さずに話す。
「伯父はああいう人なんで。だから俺も気にしてはいません」
何が言いたいのかはよく分からなかったが、あまり深入りしてほしくなさそうなのは何となく理解できた。
ただ、このまま黙るのも気まずいように思えた為、ジョンに水を向ける。
「ジョンの故郷はどのあたりなんだい?」
「ダジュールっていう隣の町ですよ。ここにはおふくろの実家があって、何回か親と一緒に遊びにきたことがあるんで、ある程度のことは知っているんです」
「そうなのか。それでなぁ」
隣町と言っても、この世界では気軽に移動できる距離ではないだろう。
彼らがいつどうやって移動したのか、翔太には興味深かった。
このタイミングでたずねてもジョンならば答えてくれる可能性は高いのだろうが、好奇心丸出しで人のことを根掘り葉掘り訊くような男、とイメージを持たれるのは避けたいところである。
彼の予想よりも早く街の門が見えたので「おや」と思う。
栄えている街という印象だったが、それほど大きいわけではないのかもしれない。
外に出て見ると何だか一気に空気が変わったと翔太には感じられたので、反射的に立ち止まった。
「いかがなさいましたか?」
勇者が急に立ち止まったことに訝しんだ近衛騎士たちは、彼同様に足を止めて不思議そうな顔をしている。
「何となく街の外に出たら、空気がこう……寂しい気がして」
彼自身「俺は一体何を言っているんだ」と思いながら、感じたことを明かす。
ところが、彼の予想に反して二人の同行者たちは笑わず、真剣な面持ちで聞き入っていた。
「たしかに勇者様のおっしゃる通りかもしれない……」
リックがぼそりとではあるが、感嘆の声をこぼすとジョンもうなずく。
「元々我々の町は全て神器によって作られた、という話もあるのですよ。それによって、我々は守護三神によって守られているのだと。そして、それ以外の地域は神の加護がないのだそうです。これは伝承ではなくて童謡みたいなものですけどね」
彼は肩をすくめた後、真顔で語る。
「ですが、勇者様がそう感じられたということは、もしかすると本当のことなのかもしれませんね」
その声の真摯さに打たれ、翔太は「俺の勘違いかもしれない」とは言えなくなってしまう。
森に向かって三人は進んでいくが、特に何事も起こらなかった。
やがて入口付近まで来るとジョンが彼に問いかける。
「いかがでしょう、勇者様。何か感じますか?」
「いや、特には何も……」
翔太は神経を集中させて森に何があるのかさぐったのだが、何の反応も感じない。
応えた後でディバインブレードの力を使っていなかったと気づいた為、柄に触れて再びさぐりを入れなおす。
するとどうしたことだろうか。
脳内に森の大まかな地図のような絵が浮かび、ある一点が光る。
「うん?」
何だこれはという思いゆえか、つい口から声がもれた。
「反応がありましたか?」
ジョンがさっそく食いついてきたので、日本人的なあいまいな笑みを浮かべる。
「うーん、それっぽい反応が一つあったけど、どうなんだろう?」
「行ってたしかめてみましょうよ! 他に手がかりがあるわけではないのですから!」
彼の積極性に動かされる形で翔太は森に入ることにした。
「リックもそれでかまわないかい?」
勇者と同僚が行くのだから事実上拒否権はないだろうなと彼は思いながらも、一応質問する。
「ええ。外で待っている意味もないでしょうし」
リックは喜んでいるようには見えなかったものの、嫌がっているようにも感じられない態度でうなずいた。
先頭が翔太、その右隣にジョン、背後にリックという形で彼らは中に入る。
「こっちだな」
勇者として感覚が発揮されているのか、彼は初めて来たはずの森でも迷うことなく二人を案内していく。
森の中は道らしい道はなく、地面には凹凸があって小石も多い。
しかし、翔太とジョンが並んで歩ける程度の幅があるし、傾斜もないのでさほど苦にはならなかった。
歩を進めるにつれて少しずつ木々の間隔が広がり、やがて広場らしき場所に行き当たる。
「ここなのですか?」
ジョンが変な顔をして翔太に問いかけたのも無理はない。
そこは黒土の上に灰色の巨大な岩が一つ、鎮座しているだけなのだから。
奇妙だと言えば、雑草のたぐいが一本も生えていないことだろうか。
これまで様々な色形の草花を見てきたというのに、このあたりだけ急に見かけなくなったのだ。
「その岩から反応はあったはずなんだけど……」
彼の言いたいことが分かる為、翔太の口調も自信なさげなものになる。
違っているならばこれのせいではないか、という想いを込めて柄を軽く叩く。
すると剣が震えながら輝きはじめた。
「な、何だ?」
彼は驚き震えを抑えようと柄を持つ。
剣が光を放つのはもはや今さらではあるが、震えるのは初めてのことだ。
だが、驚いたのは彼だけで近衛騎士たちは、「おお」と感動の声をあげる。
「もしやこれが神器と神器の共鳴では?」
ジョンが震えながらそう言うのと同時に、剣からあふれていた光が岩に向かって突き進む。
巨大な岩は露と消えてしまい、中から小さな白い円盾が姿を見せた。
「あれがディバインシールドなのか?」
色と言い、かもし出している雰囲気と言い、たしかにディバインブレードとそっくりである。
「本物なら、勇者様でないと触れることできないですよね」
ジョンはそう言うやいなや、腕まくりをして盾に近づく。
「おいっ」
リックが珍しく大きな声を出して制止しようとしたが、彼はそれを無視する。
そして手を伸ばして盾を持とうとした途端、盾が白く光り彼は悲鳴をあげた。
「うわっ、痛っ、熱っ」
彼は慌てて手を引っ込ながら飛びずさる。
その手は火傷をしたかのような痕ができていた。
それを見た翔太は、彼に癒しの光を使う。
たちまち痛みと傷が消えて、ジョンはきょとんとする。
「あ、あれ……? 一瞬で傷が消えた?」
「そんな馬鹿な? ただの癒しの光で?」
リックも大きく目を見開き、愕然とした声を出す。
翔太は自分がすごいことをやったらしいと感じたが、ひとまず先に盾に触れてみる。
そうすると盾は光を放って拒絶しなかったどころか、ひとりでに浮かび彼の左手におさまった。
「おおおおっ!」
近衛騎士二人の大きな声が周囲に響く。
勇者が神器を手にした瞬間を目撃するというのは、それだけカルカッソンの住人にとっては大きなことらしい。
彼はそう理解したものの、何となく恥ずかしい感覚はぬぐえず、困ったように頭をかいた。
そんな彼の前に二人の近衛騎士はひざまずく。
「勇者様……私どもが言うことではないかもしれませんが、あなた様にこの国、そして世界の命運を託します」
彼らのたちふるまいから神聖なものを感じた翔太は、顔を引きしめてその言葉を受け入れる。
「どれほどのことができるかは分からないが、最善を尽くすことは約束するよ」
彼の言葉を聞いた二人は、額を地面に密着させた。