13話「グルノーブル」
騎士たちの名前はリックとジョンといい、金髪の大男がリック、黒いぼさぼさ頭の男がジョンであるらしい。
リックは気難しそうな顔なのに対して、ジョンは翔太に白い歯を見せながら手を振ってくるという陽気さだった。
本来ならば馬三頭で行くのだが、馬に乗れない者がいるおかげで馬車となる。
「ウィリーから聞いたのですが、何でも勇者様は馬の速度をあげる魔法をお使いになるとか?」
ジョンの黒い瞳に期待の色が浮かんでいるのを見てとり、翔太は馬車にも適応できるのか試してみることにした。
用意されていた馬車のキャリッジは黒塗りの金銀細工がふんだんに使われている立派と言うよりも派手なもので、それを引いている葦毛の馬の体躯もまた見事である。
翔太の視線に気づいたジョンが笑いながら言う。
「勇者様をお乗せするわけですから。王族専用にもひけをとらないものでないと、というわけです」
「あ、うん……」
これほどのものを急に用意できたとは思えない。
おそらく彼が召喚された直後から準備されていたのだろう。
「ではまいりましょう」
ジョンにうながされて彼はキャリッジに乗り込む。
その左隣にジョンが座り、リックが御者となった。
「我々はこういう場合に備えて、御者としての訓練も積んでいるのです」
そして残りは護衛として同乗したり、周囲を固めたりするのだと説明される。
「今回は勇者様ですからな。それもデーモンの十二将をたやすく撃破したという。ウィリーが大絶賛していましたよ」
それで翔太は誰が自身を褒めちぎり、いい噂を流しているのか予想できた。
……元々候補者は少なかったので、単に考えすぎないようにしていただけなのは否定しないが。
「我々では足手まといになるだけかもしれませんが、せめて邪魔にはならないよう務めます」
そう語るジョンの笑顔は勇者に対する敬意であふれていて、嫌味な感じはない。
ただ、翔太としては延々と褒められ続けるのもつらいところである。
そこで一言告げた。
「じゃあ、使ってみるよ」
剣の柄に触れるとガムース城に向かった時のように、脳内でイメージを描く。
白い光に馬車が包まれ、超高速で動きはじめる。
「こ、これは……」
ジョンは目を丸くして絶句してしまう。
数日はかかるとされる距離を数分で行ってしまうのだ。
どれくらいのスピードで移動している計算になるのか……翔太は考えようとしたところでやめる。
やがて光はおさまり、馬車はとまった。
翔太が外を見てみると全く見慣れないところに来ている。
綺麗に舗装された一本の道、それから離れたところには雑草が無数に生えていて、花までつけていた。
彼と同じく外を見たジョンが歓声をあげる。
「おお、たしかにここはグルノーブルのすぐ近くです! さすが勇者様!」
それを聞いた彼は、どうして場所が分かったのかを訊いてみた。
ジョンは笑顔で指をさす。
「あれです」
道の先には白い城壁のようなものと門があり、その手前の両脇には立派な樹木が生えていた。
「白い城壁と門の入口の両脇にあるプラーノの樹があるのが、グルノーブルの目印のようなものなのです」
「そんなものか」
翔太は納得して馬車から降りようとする。
それに気づいたジョンが訝しげな声をあげた。
「おや、どうかなさいましたか、勇者様? グルノーブルまでもう少し距離があるのですが」
この言葉で彼は、歩いて街の中に入るのを諦める。
勇者に向けられる敬意がこもった目と、奇異なものを見るような目のどちらがマシかと考えた場合、彼にとっては前者の方がよかったからだ。
「いや、馬車で町に乗りつけるという習慣がなかったもので……」
別にこれくらい隠すようなことでもないと思い、頭をかきながら正直に申告する。
「なるほど、そうでしたか。勇者様はたしか異界からいらっしゃったのでしたね」
ジョンは素直に納得した、と言うよりは感心したような面持ちで何度もうなずいていた。
そこにリックの鋭い声が飛ぶ。
「おい、ジョン。いつまでしゃべっている?」
「お、すまん」
同僚のこえで真顔になったジョンは、目だけで彼に謝る。
二人が沈黙したのを見計らって馬車は再び動き出す。
(俺には言えないからジョンに言ったんだろうか?)
そうだとすれば、本当に謝るべきなのは自分の方だろうと翔太は思った。
後で謝ろうと思っていると、隣に座っていた騎士は馬車から降りて、リックと交代する。
「よろしくお願いします、勇者様」
抑揚のない声と無愛想な顔が、新鮮で好ましいようにすら感じてしまった。
「こちらこそ。後、さっきはごめんなさい。ジョンは俺につきあってくれていただけなんだ」
彼の謝罪を聞いたリックは意外そうに眼を丸くする。
「いえ、こちらこそ。同僚が馴れ馴れしくして申し訳ありません」
そして目をそらしながらではあったが、詫びの言葉を返してくれた。
それだけでとっつきにくい不愛想な男から、シャイな人というイメージに変わる。
(印象って不思議だな)
彼が口元をわずかにゆるめると、ジョンの声が外から聞こえてきた。
「それじゃ行きますよー」
時を同じくして馬車はゆっくりとスムーズに動き出す。
彼には詳しいことは分からないが、これだけスムーズに動かせるなら、ジョンの御者の腕はなかなかのものではないだろうか。
馬車は街の門のところで一度止まる。
兵士らしき男が一人、翔太のところまでやってきた。
その装備は近衛騎士と比べると明らかに劣っているし、表情は緊張でこわばっている。
「大変恐縮ではありますが、通行証を拝見させていただきたく存じます」
どこか腰が引けているようにすら見えた。
何も言わないところをみると、おそらく彼が勇者だとは知らないのだろう。
近衛騎士が御者をやるのは高貴な身分の者だけらしい為、彼のことをどこかの大貴族の子息とでも思っているのかもしれない。
彼がアレクシオス王からもらったものを見せると、兵士はぎょっとする。
よく卒倒しなかったなと彼が内心思ったくらいに狼狽した兵士は、声と体を震わせながら敬礼した。
「ゆ、ゆ、勇者様であらせましたか、た、大変失礼いたしましたッ!」
いろいろ震えているのに背筋だけはピンと伸びているのは不思議だな、と彼は感じて内心くすりとする。
かなり失礼なことなので表面に出さないように、十分に注意を払う。
「仕事大変ですね。頑張ってください」
彼が微笑みながらねぎらいの言葉をかけると、兵士は頬を紅潮させてあわあわと返答する。
「は、はいっ! 勇者様にかくべばつのお言葉わりをたまわっち、こうえつ至極です」
噛みすぎておかしな言葉になっていたが、彼は気づかなかったふりをすることにした。
人前に出て緊張して失敗してしまった経験は、山本翔太にもあるからである。
「そう言ってもらえると嬉しいな。お互いこれからも頑張ろう」
「は、はいいっ」
彼がそう声をかけると兵士はガチガチになってしまった為、彼は「悪いことをしたか」と罪悪感を抱く。
兵士が離れていくとリックが「お見苦しいところを」と謝ってくる。
「気にしていないよ」
彼がそう応えると、再び不愛想な近衛騎士は驚いたようだった。
(この人の中では俺ってどんな奴だったんだろう……)
彼はそう思って苦笑する。
おそらくは訊かない方がいいようなイメージだったのだろうなと予想できているのだが、だからこそ問わない方がいい気がした。
ようやく冷静さを取り戻した門番は、「通行証を持っていた人にはこれを渡しているのだ」と木の札をくれる。
街にいる間はこれを持っていて、出入りする際に見せればよいという。
木札を手に入れた一行は、名残惜しそうな顔をした男に見送られて先に進む。
勇者だと門番の兵士に明かしたせいで何か起こるかと翔太は少し身がまえていた為、馬車が中に入っても何も起こらないことに拍子抜けする。
それと同時に安心もしていた。
最悪の場合、街をあげての歓迎となるかもしれないと思えば、今の方が気楽でよい。
(この街の人口がどれくらいなのか分からないが、「街」という呼称であることから、千人くらいはいるんじゃないだろうか)
彼がそう考えてほっとしていると、道にいる人が頭をさげている光景が目に入る。
どうやら貴人のものと思われる馬車が通る時は、そうやってやりすごすのが作法であるらしい。
(まるで大名行列と、その通過を待つ人だな)
彼は己の知識から、近そうな例を思い浮かべる。
やがて馬車は白い長方形のような建物の前まで来た。
珍しく二階建てであり、大きな門も備えているところから、市庁舎かそれに分類できるところなのだろうと彼は予想する。
そしてこのままでいいのかと思っていると、馬車は入口のところで止まってジョンが門番とやりとりをはじめた。
門番の一人が泡を食って建物を目指して駆け出す。
残りの者は皆、視線をちらちら向けいている。
彼らが向けてくる感情はこれまで翔太に向けられた敬意や好意というよりも、畏怖の念に近いように感じられた。
(あれ、どうしたんだろう……?)
これまでがこれまでだっただけに、彼は彼らの反応にかすかな疑問を持つ。
もしかすると彼らの方が正しいのかもしれないが……。
建物に入っていた門番は上等そうな白いシャツと黒の上着を着た、五十前後の銀髪の男性をともなって戻ってくる。
「あれがグルノーブル市長のウォーレン騎士爵です、勇者様」
リックが感情らしい感情がこもっていない機械的な声で教えてくれた。
ウォーレンという男はたしかに堅物の雰囲気がにじみ出ている男で、足運びからしてどこか堅苦しい。
そのグルノーブル市長が馬車まで近づいてくると、まずリックが外に出る。
その後、翔太が出たタイミングにあわせて、銀髪頭がうやうやしく頭を垂れた。
「ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じ奉ります、勇者様。私は陛下よりこの街の市長の任を拝命した、ウォーレンと申します」
彼の言葉はどこまでも礼儀正しい。
几帳面や生真面目といった言葉を擬人化すればこのような人物ができあがるのだろうか、と翔太は思う。
「勇者の翔太です」
彼はそう名乗り返す。
ウォーレンのものと比べる簡素すぎてただの手抜きにしか見えないが、これが正しいとされるのが身分差というものであった。
「本日はどのようなご用件でわざわざこの街までお越しいただいたのでしょうか」
彼の眼光は「何も聞いていない」と言わんばかりに鋭い。
生まれつきかもしれないが、その視線を浴びせられる側の背筋は自然と伸びる。
「ディバインシールドを探しに来たのですよ」
翔太が率直に言うと、市長の髪と同じ色の眉毛がぴくりと動く。
「それはそれは……勇者様が求められるのは当然のことだと存じますが、なにぶんどこにあるのか分からぬもの。私どもでどれくらいお役に立てるか分かりませぬが……」
その口調がどことなく迷惑そうで、突き放しているかのように思えるのは彼だけだろうか。
それとも「ウォーレンは勇者と言えども特別扱いはしない」とアレクシオス王が言っていたのは、こういうことなのだろうか。
「いえ、我々だけで探すつもりです。この街の人に迷惑をかけるつもりはありません」
彼がそう言うとウォーレンの眉は再びピクリと動く。
「そうですか。それでしたらご宿泊の予定はいかがなさいますか? 何でしたらこちらで手配させていただきますが?」
言われてみて初めて気づいたが、宿泊予定に関しては何にも決めていなかった。
ちらりとジョンとリックの方を見るとジョンは肩をすくめ、リックは彼と目を合わせようとしない。
「では申し訳ないのですが、よろしくお願いします」
彼がウォーレンに頭を下げれば、またしても市長は目を丸くしていた。
(何なんだよ、一体……)
こうまで立て続けにこのような反応が続くと、さすがの彼も少し感じることがある。
だが、「ウォーレン市長の中にある勇者のイメージ」とのギャップが問題なのだろう、と予想するのは難しくない。
(もう少し気さくな勇者だと思われるように頑張らなきゃいけないか)
そのようなことは求められていないかもしれないが、畏怖されたりするよりはマシであろう。




