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12話「新しい神器」

 ヘクター神父にいくつもの呪文を教わって力を会得した翔太は、礼を言って外に出る。


「困った時は慈愛の世界がよろしいでしょう。本来、使い手になれる者は非常にまれなのですが……そこはさすが勇者様だと申し上げるしかありませんな」


 老神父に苦笑交じりの賞賛で送り出された彼は、もう一度転移が使えないか試してみたい気持ちを抑えて、先にユニスに会ってグルノーブルに行ってもよいかたずねてみようと考えた。

 中庭を歩いているとちょうどよく見覚えのある侍女の一人と遭遇したので、王女の現在地を訊く。


「姫様でしたら今の時間はお勉強だと思いますが……」


 侍女は端正な表情を申し訳なさそうにゆがめながら、そう教えてくれる。

 そのまなざしはどこか熱っぽく、大好きなアイドルを目撃したファンの女性のようですらあった。

 

(勇者補正、勇者補正)


 この侍女はユニスやシンディには及ばないだろうが、十分美少女だと言える。

 そのような容姿の女の子にこのような目で見られて悪い気はしないものの、今は勇者として頑張る時期だと自分に言い聞かせた。


「そうなのか。グルノーブルに行ってみたいと思ったんだけど、どうすればいいかな」


 ユニスは王女であり、ゆくゆくは女王として即位してクローシュという国を統べる立場になる。

 その為の教育を今頃みっちり叩き込まれているだろう、とのことであった。

 そのような大切な時間のさなか、急ぎではない用事で押しかけて行くのはためらわれる。


(神器を探してみたいって話は、この国では火急の用件かもしれないけどな)


 クローシュの人と考え方の違いを確認してみようとは思わなかった。

 彼の発言を聞いた侍女は、「それでしたら」と教えてくれる。


「陛下におっしゃればよいかと存じます。どのみち陛下の許可がないと、王都とグルノーブルの往復などできませんから。勇者様の場合は違うかもしれませんが、そこまではわたくしでは分かりませんから」

 

 役に立てなくて申し訳ないと肩を落とす侍女に優しい慰めと礼の言葉をかけて、彼は国王の部屋に行くことにした。

 それがどこかと言えば、昨日彼が「ネーベル」を用いてルキウスとの話を立ち聞きした、あの部屋であるらしい。

 言われてみればもっともだと思いながら、彼は歩を進める。

 昨夜とは違って堂々と姿を見せている為、ほどなくして武装した近衛騎士に呼び止められた。


「勇者様と言えども、用もなく動き回るのを慎んでいただければ幸いにございます」


 そう言う騎士たちの態度はどこまでも丁寧で、腰が低い。

 無理に押し通ろうとしても拒まれないだろうと、翔太が思えたくらいだ。

 それでもそのような横暴な行為はせず、彼は用件を告げる。


「実は国王陛下に許可をいただきたいことがあってね。陛下に面会したいのだが」


 本来はもっと礼を尽くした言葉を心がけなければならないのだろうが、今の彼の立場では国王と同格としてふるまう方が正しい。

 それでもあまり上手とは言いがたい言い回しであるが、騎士たちはそれを気にしなかった。

 互いの視線を交わしてうなずきあうと、一人が彼に答える。


「今、陛下に取り次いでまいりますので、しばしお待ちあれ」


 そう言った騎士がドアを開けて国王に取り次ぎに行く。

 その場に残った騎士は、彼に対して敬意のこもったまなざしを向けてくる。 

 いい加減見慣れてはきたものの、何にも感じないというわけにはいかない。

 幸いなことに取り次ぎに向かった騎士はすぐに戻ってきた。

 

「陛下は今すぐお会いになるとのことです。このままどうぞ」


 神剣を装備したままでも通されるというのはすごいことなのだろうな、と思いながら彼は通過する。

 ドアを一枚開ければ、部屋の中にいたらしい小姓の男がもう一枚のドアを開けて待っていて、彼を見ると声をかけてきた。


「勇者様、いらっしゃいませ」


 礼儀正しく敬意がこめられたあいさつに、彼はうなずき返す。

 これもまた勇者としての作法のようなものなのだ。

 できるだけ早く慣れた方がいいだろう。

 中に進んでいくと、国王が敷居のすぐ近くまで来ていて、笑顔で彼を迎えてくれる。

 

「勇者殿、わざわざご足労いただいて申し訳ありませぬ。いかがなさいましたか?」


 相手は忙しいだろうと思い、彼はあいさつもろくにせずに用件をさっそく告げた。


「実はグルノーブルという街にヴァンドゥルディ神の神器があるらしいと小耳に挟んだので、行ってみようかと考えているのですが」

 

 この言葉を聞いた国王は、喜びで目を輝かせる。


「おお、そういうことでしたか。そういうことなら是非いらっしゃってくだされ」


 そう言うと表情をややくもらせた。


「ただ、グルノーブルの市長ウォーレンはとても堅物な上、非常に頑固です。通行証がなければ、勇者殿と言えども特別扱いはしないと言いかねませぬ」


 この場合は通行の許可を出さないということだろう、と彼は推測する。

 王は机の上に乗っていた銀色の呼び鈴を鳴らす。

 するとすぐに小姓が入ってくる。

 翔太は自分が部屋に来たので気を利かせていたのだろう、と予想した。


「勇者殿の為に通行証を出す。あれを持ってこい」


「はっ。かしこまりました」


 用件を聞いた小姓は急いで部屋の外に出ていく。

 それを見送った王は勇者に視線を戻す。


「勇者殿、先に申し上げておきたいのですが、ヴァンドゥルディ様の神器ディバインシールドは、どこにあるのか詳細は不明なのです。ですから、勇者殿ご自身で探していただかなければならないかと思います」


 ヘクターから聞いていた通りだから、翔太は今さら驚いたりはしない。

 ただ、疑問が明確になったのも事実なので、質問はする。


「どこにあるかは分かっているのに、具体的にどんな場所にあるのかは分からないって、そういうことがあるんですか?」


 この言い方はまずいかなと言ってから彼は不安になったが、国王は会話の流れで理解できたようだ。

 

「はい。ディバインシールドの伝承を考えれば、グルノーブルにあるのは間違いない。そういう話なのです。ディバインブレードやディバインハートとは違って数百年も存在を確認されていないのですが、悪しき者では触れることすらできませんし、火や雷、氷などでびくともするはずがありません」


 それこそが神器なのだとまたしても言われる。

 

(まあ、誰にでも持てるなら、わざわざ異世界から勇者を呼んだりしないだろうし、そもそも魔王が復活するまでのうちに紛失しているかもな)

 

 だからこそディバインハートが行方不明なのが謎であり、問題視されているのだと彼も理解してきた。


(問題はどうやって探し出せばいいのかだけど……)


 勇者ならば何とかなると言われて、一時的にせよそうなのかと納得してしまうのは困る。

 恐らくこれも神剣の影響ではないか。


(もしそうだとすると、変だよな。まるで俺の思考能力を奪おうとしているかのようだ)


 ふとそのことをひらめき、愕然とする。

 いくら何でも考えすぎだと思いたいが……あまり信じすぎない方がいいかもしれない。

 

「勇者殿? どうかなさいましたか?」


 気がつくと国王が怪訝そうな顔を彼に向けていた。


「いえ、どうやってディバインシールドを探し出そうかなと思っていまして」


 彼の返事を聞いた王の表情に陰がさす。


「そのことですか。我らがお役に立てればよいのですが、今はガムース城が攻め落とされてしまった処置に追われてしまっていまして……そうでなければ調査隊を編成できたのですが」


 まことに申し訳ないと謝る一国の君主に彼は慌てて言う。


「いえいえ、あなたの責任ではありませんよ。デーモンたちが悪いのです。そうでしょう?」


「……勇者殿の寛大なお心に大変感謝いたします」

 

 フォローに成功したか、王の口からは礼の言葉が出る。

 それでも表情はあまりよくなかった為、翔太はある提案をした。


「もしよければ何人か、私に同行する人間をつけていただけますか?」


「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 これを聞いた国王はようやく気が楽になったのか、顔色がよくなる。

 しかし、考えてみれば奇妙な話であった。

 手伝いを出してもらう側に対して、人手をねん出しなければいけない側が感謝したのだから。

 感謝された方はそのおかしさに気づいていたが、した方は気づいていなかった。

 重かった肩の荷をおろして、ホッとしているようである。

 

「もし、勇者殿さえよければ、グルノーブルの土地勘がある近衛騎士をニ名ほどつけましょう」


 どこか明るくなった顔でそう言った。

 王女やシンディをつけないのは、王都外に出たことがないからだろうか。

 侍女の方は侯爵家の人間なので、実家がある街や領有している土地ならば分かるかもしれないが。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 彼が礼を言ったところへ小姓が銀色のカードを持って戻ってきた。

 それを受け取った国王が何やら判子のようなものを押す、と言うよりは刻み込む。

 

「これをお持ちになってください。王都に出入りする際には不要でしょうが、グラノーブルに出入り際に提示なさった方がよいでしょう」


 国王はそう言って直接手渡す。

 銀色のカードには通行を許可する旨を記した文字が刻み込まれている。

 そして最後には「アレクシオス=ヘクトル」という王の名前があり、その横には剣と盾をかたどったような赤い印があった。


(これが国王の印なのかな?)


 そう思いながら受け取った翔太は礼を言う。

 アレクシオス王は高級そうな紙にさらさらと何かを書いて、小姓に手渡した。


「これを急いでオミロンに見せよ」


「はっ」


 小姓が出ていくと、王は再び勇者を見る。


「申し訳ないが、近衛が来るまでここでお待ちいただけませんか」


「はい。大丈夫ですよ」


 ここが日本であれば、翔太は紙を持って自分でオミロンという人物を訪ねただろうが、あいにくとここは異世界で彼は勇者だ。

 場所と立場が異なればやらない方がよいこともまた変わる。

 彼が快く待つ態度を見せたおかげで、アレクシオスはどこか嬉しそうであった。


「勇者殿はとても聡明で思慮深く、常にこちらの立場を察してくださるので非常にありがたいですな。神々の人を見る目は実に的確だと、このアレクシオスは感服するばかりです。我ら人ごときが神々にかなうはずがないというのは道理なのでしょうが、こう目の当たりにするとなると、やはり格別の思いがございます」


 そのように熱弁をふるわれても、彼としては困ってしまう。

 ただ、まがりなりにも一国の王の言葉を適当に聞き流すわけにもいかない。


「ありがとうございます」


 だからと言って気の利いた返しも思いつかなかった為、無難と思われる答えを選ぶ。

 神が実在していて神を信じている人々と、神に対する認識が違う可能性は極めて高い。

 うかつなことは言わない方が賢明であろう。

 今のところ彼が「勇者補正」と名づけた展開は、彼にはプラスに働いているのだから。

 当たり障りのないとするには素っ気ない彼の反応も、アレクシオスには好ましく映った。

 散々周囲に称賛されているのにも関わらず、一向に増長する気配がないのは実に素晴らしい。

 このまま性格のよい勇者のままであってほしい、と彼は守護三神に心の中で祈りをささげる。

 何とも形容しがたい沈黙が部屋の中に訪れたが、翔太に幸いなことに小姓がオミロンと騎士を連れて戻ってきた。


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