涙
あぶくが水面で弾けるように
わたしは目覚めた。
暗い部屋
裸電球が
わびしい光を床に投げかけている。
狭い部屋
壁も
床も
天井も
打ち放しのコンクリートだった。
窓ひとつ無い。
正面に錆びた鉄製のドアがあるだけだった。
動くと
手首に痛みが走る。
見上げれば
鎖に繋がれた手枷で
天井からぶら下げられていた。
体重のほとんど全てが
両手首に掛かっている。
爪先しか
床には触れていない。
呻きを漏らした。
叫ぼうにも
叫べないのだ。
口にも枷が嵌められている。
いったい何が
誰がこんな
悪寒が背筋を凍らせる。
気がついたのだ。
わたしは?
だれ?
分からない
記憶がない
自分が誰かが
分からない。
パニック。
手首の痛みも忘れて
身悶える。
逃げようともがいた。
手枷がすれて
血が滴る。
いったい、
どれほどの時を失ったのか。
力尽き、
気を失っていたのかも知れない。
自分を抑えて
自身を観察する。
愕然とした。
わたしは裸にされていた
下腹の翳りが露わだ。
恐怖が肌を粟立たせる。
もしや・・・
身体の感覚を探ってみた。
違和感はない。
陵辱を受けてはいないようだ。
だが
安心は出来ない。
これからかも知れない。
想像が戦慄を呼んだ。
私の身体を這う
忌まわしい指。
秘部をこじあける凶器。
未来への恐怖と
過去への不安。
またもや
気を失いそうになった時、
鉄扉が鳴った。
ゴン。
ゴン。
ゴン。
ゴン。
だれ、
誰も入ってこないで!
しかし、
身を凍らせる願いは虚しく、
扉が開き始める。
蝶番の軋む音が響く。
姿を現したのは
黒ずくめの男だった。
視線が凍り付く。
男は
右手にムチを持っていた。
ゆっくりと
わたしに近寄ると、
手を伸ばす。
口枷を外した。
冷たい空気を思い切り吸う。
今まで、息を止めていたのかもしれない。
「あなたは誰?」
陵辱者に問う言葉ではなかった。
「私は貴女のしもべですよ。」
男は笑った。
「快楽の奴隷なのです。」
笑顔が
いっそ、おぞましい。
「さあ、始めましょうか・・・」
鞭が空中で鳴った。
地獄の日々の始まりだった・・・
男はありとあらゆる責めを、
考えうる全ての辱めをわたしに与えた。
鞭で背を切り裂かれ
縄で締め付けられ
蝋を垂らされ
犯され
弄ばれ。
許しを乞う叫びは
男にとっては
天上の音楽に等しいのだ。
どのような懇願も
彼の笑みを
いっそう深くするだけであった。
どれだけの時が
刻まれたろう。
私は狂いかけていた。
逃げることも
死ぬこともかなわいなら
忘却の果てに
我が身を投げ出したかった。
男は囁いた。
わたしを貫いたまま
「最後だね、愛しい人。
このまま逝かせてあげよう。
だが、
苦しみながら逝くのだよ。
それが私の喜びなのだから・・・
肉体の苦しみは与えた。
今度は、
魂の苦しみを与えよう。
・・・君は自分のことをなんと思っている?
記憶を奪われ
辱められ
死にゆく哀れな女だとでも?
はっ。
違うのだよ。
君は女どころか
人間ですらない。
君は僕の所有物なのだ。
性的玩具。
思考するおもちゃ。
性的アンドロイド
セクサロイドなんだよ。
なんて顔をするんだ。
驚いたかね。
美しいよ。
その絶望におののく表情。
とても機械とは思えない。
これだから
この遊びはやめられない。
さあ、
絶望に打ち震えながら逝きなさい・・・」
男は
囁きながら、
わたしの首を絞めた。
わたしは
思いだしていた。
いったい何度
この部屋で目覚めて、
この部屋で殺されたか。
また目覚めるのは
この部屋だろう。
消えゆく意識のなかで
わたしは
頬をつたう涙を感じていた・・・