①わかってないのは
Ⅵ(全17話)です。
お付き合い頂けると幸いです。
私掠免許を持つ海賊船シー・ガル号。それが現在、あたしミリザ=ティポットの乗る船。
宝物の地図を手に入れて、シー・ガル号が灼熱の島ククヴァヤ島に向かったのはつい最近のこと。
でも、その場所で船長のディオンはサソリの毒にやられた。そばにいたあたしはディオンが死んじゃうんじゃないかって半狂乱になってたけど――あれから一週間が過ぎた今、ディオンは平然と甲板をうろついてる。
まだ体力は完全に回復してないと思う。本調子じゃないくせに、いつまでも寝ていたら船員に示しがつかないとか言うんだ。
強い日差しの中、あたしは洗濯物を干しつつ、その隙間からディオンを見遣った。
よく日に焼けた褐色の肌と海みたいな青い瞳。精悍な顔立ち。銅色の髪が風になびく。厳しい面持ちで船員に指示を出してる。
あれがあたしの想い人――。
まあ、こんな気持ちを自覚したのはつい最近なんだけどね。
ディオンがああして立てるようになってほっとはしてるんだけど、すぐに無理をするから心配にもなる。
洗濯物の陰から見てたあたしに気づいたディオンは、苦虫を噛み潰したような表情をして顔をそむけた。
何その態度! ――あれはそっちが悪かったと思うけど!
ディオンが目を覚ました翌日、あたしはそれでもディオンの世話を焼くべく部屋に通っていた。
甲斐甲斐しくディオンの世話ができてあたしは嬉しかった。でも、ディオンは複雑だったみたい。
あたしはディオンのことが好きだってはっきりと言った。領主様の跡取り息子で、それでなくても女王陛下のお気に入りで、あたしが釣り合うとは思えないような相手だけど、この気持ちだけは隠さないでいたいと思ったから。
あたしを好きだって言ってくれたゼノンやエセルにも正直な気持ちを伝えた。
ディオンにとってはゼノンもエセルも大事な戦力で友達だから、あたしの気持ちは迷惑でしかないんだよね。
気だるげにベッドに横になってたディオンに、胃に優しいスープを持って訪れた。あたしはスープをサイドテーブルに置くと、ディオンのベッドに腰を下ろした。
「ディオン、スープ持って来たよ。食べられる?」
ゆさゆさ、と肩口を揺すると、ディオンは起きているくせにあたしを無視した。それがわかったから、あたしはディオンの耳を引っ張って息を吹きかけた。びくっとディオンの肩が跳ね上がる。
「ねえってば――って――――わっ!」
そこでディオンは急にあたしの肩をつかんでベッドに押しつけた。ドサ、と倒れ込んだあたしに、ディオンがすごい怖い顔をして覆いかぶさった。顔が近い……。
「お前はなんにもわかってない」
へ?
ドキドキしてたあたしは冷水を浴びせられたみたいだった。
その口調はとんでもなく怒って苛立ってる。何を怒ってるのか、あたしはとっさにわからなかった。
ディオンはそんなあたしの顔を覗き込みながら言った。
「簡単に男に好きだとか言うのがどういうことなのか、お前はなんにもわかっちゃいない」
カチン。
簡単に言ったわけじゃないし。
この体勢って、要するにあたしが驚いて引いちゃうのを狙ってのことなんだ。怖がって震えて?
あたしはちょっと可笑しさが込み上げて来た。プツン、と何かが切れたとも言う。
素早くディオンの首に腕を巻きつけると、あたしはベッドから体を浮かせてディオンにキスをした。あたしがそう動くと思わなかったのか、肩を押さえつけたディオンの手には大した力がこもってなかった。
「……っ!!」
うろたえたのはディオンの方だ。しっかりと首根っこにしがみつくあたしを振り解けずにもがいてる。毒も抜けてないし、体力が全然戻ってない。ほとんど病人だからね。
――で、そろそろいいかと思って解放してあげた。それから堂々と言う。
「口移しで水を飲ませたりしてたもん。今更こんなことで怯まないし」
あ、気づいてなかったんだ。ちょっとショック受けてる。
心底疲れた様子のディオンをあたしは軽く睨んだ。
「わかってないのはどっちよ?」
あたしは真剣。
真剣に好きだって言った。それをわかってないのはディオンの方だ。
「オレを巻き込むな」
ぼそり、とそんなことを言う。
――大丈夫、めげたりしない。あたしは精一杯笑った。
「あら、一人だけ仲間はずれじゃ寂しいでしょ?」
なんてね。
エセルとゼノンはあたしの気持ちが報われることはないから諦めないって言うし。余計なお世話なんだけどなぁ。
あたしはね、ディオンが好き。
それはもう、今更どうにもならない事実なんだ。




