㉑曇りのち晴れ
「う……」
小さく呻いて薄っすらとまぶたを開いたディオンに、あたしは思わず被さって顔を覗き込んだ。
「ディオン!!」
あたしの髪がディオンの顔にかかる。
「ミ……っ――」
あたしの名前を呼ぼうとしてくれたみたいだけど、刺された患部が痛むのか顔をしかめて声が途切れた。でも、それで十分だった。目を覚ましてくれた。もう、これで大丈夫なんだ、そう思ったらあたしはボロボロと涙をこぼしてた。
ファーガスさんを呼ばなきゃ。そう思ってあたしは勢いよく立ち上がったんだけど、途端に立ちくらみがしてその場に倒れ込んだ。
ドン、という音がして鈍い痛みがぶつけた肩からじんわりと伝わる。その音は、この寝室の隣の船長室にいた二人に伝わったみたい。ずっとそこにいたなんて知らなかったけど、ゼノンとエセルが弾かれたように寝室の中に入って来た。
「ミリザ!?」
倒れたあたしをエセルが素早く抱き起こしてくれた。ゼノンはそんなあたしの様子を見遣りながらもベッドの上のディオンにも目を向けた。
「ディオン、調子はどう? 少しは楽になったかい?」
心配そうに、でもどこか複雑そうに声をかける。ディオンは首を軽くこちら側に向けると、精一杯の強がりか口の端を持ち上げて笑って見せた。あたしはその顔を見た瞬間に、体の芯から震えた。
涙を手の甲で拭き取ると、あたしを支えてくれるエセルの腕をそっと押しやる。だってね、すごく申し訳ない気持ちになったんだ。でも、エセルはちょっと傷ついたような顔をした。
心配してくれてる。想ってくれてる。
それが伝わるから、ちゃんと言わなきゃ駄目だって感じた。
あたしはディオンのベッドに顔を向けないまま、床に視線を落としてぽつりとつぶやいた。
「ねえ、エセル、ゼノン。あたし、ディオンのことが好きみたい」
口が悪くて、厳しくて、でも本当はたくさんの優しさを持ってる。
それに触れるたび、ほんとは惹かれてたんだと思う。でも、簡単にそんなこと認められない。
だって、領主の息子で、女王陛下のお気に入りで、近くにいるように思えてその実すごく遠い人だから。
気づきたくなかった気持ちだけど、喪いそうになってみて想いが募った。
あたしは、この人のことが好きなんだって。今まで感じたどんな気持ちとも違う想いをディオンに感じてる。
叶いっこない恋だって思うんだけどね、それでも気づいた以上、気持ちは止められない。
誰にとっても少しも喜ばしくないあたしの恋心。
でもね――。
あたしは正面にいたエセルとゼノンにそれぞれ視線を向けると、にっこりと笑ってみせた。
「ごめんね」
ここで苦しそうな顔をするのは何か違う。苦しい恋はお互い様。だから笑った。
報われないとしても、あたしはあたしの気持ちに正直でいよう。
背後のディオンがどんな顔をしてるのか、なんとなく想像がつくけど、そこはまだ振り返れないかな。
ゼノンはただびっくりしてたけど、エセルは深々と嘆息した。
「いつかそんなことを言い出すんじゃないかって気はしてたんだよ……」
あら、そうなの? 鋭いね。
でもね、とエセルは不敵に笑った。ちょっとサディスティックな目だった。
「相手が悪いよ。ディオンは君の想いには応えないだろう」
ぐ。
余計なお世話だ。
あたしが言葉に詰まると、エセルは打って変わってにこやかに笑った。
「だから、そう言われても諦めないよ。こっちを向いてくれるようにがんばるさ」
「えー」
思わずぼやいた。がんばらなくていいし。
エセルはゼノンを振り返る。
「ゼノン、お前は?」
すると、ゼノンは強張った顔でぼそりと言った。
「俺も諦めない」
…………。
あたしの気持ちははっきりとしてるのに。
すると、ベッドの上のディオンが苛立たしげに唸った。シーツをがっぽりと頭から被って、そこから低い声を放つ。
「出てけ」
あんまりにも素っ気ないひと言に、あたしはゆっくりと立ち上がった。
「部屋から? それとも……この船から?」
厄介事を持ち込むあたしに嫌気が差したとしても不思議じゃない。
あたしが無言で返答を待つと、ディオンは更に唸るような声で言った。
「――部屋からだ」
あたしはクスリと笑った。
「了解。じゃあ、あたしも少し休んで来るね」
きびすを返して、なんとか気力でヴェガスたちのところに戻った。その後の意識がない。
次に目を覚ましたのは丸一日後のこと。
でも、眠っている間、あたしはすごく満たされた気分だったんじゃないかな。
生まれて来る性別を間違えたなんて思ってたけど、そんなことなかったね。
女の子に生まれたからこそ、ディオンのことがこんなにも好きになれた。
この気持ちを持てた。だから、あたしはあたしのままでいいんだ。
芽生えた気持ちを素直に受け入れたら、心が晴れて世界が変わった、そんな気がした。
【 Ⅴ・宝と命と恋心 ―了― 】
以上でⅤ終了です。
お付き合い頂きありがとうございました!




