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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ・宝と命と恋心

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⑲宝物

 あたしはお風呂から上がると、ブラウスとロングスカートに着替えて濡れ髪のまま廊下に出る。

 一度洗濯物を片づけに行って、そこからあたしの足は自然と船長室に向かってた。やっぱり、もう一度ディオンの顔を見ないと休むこともできない。


 疲れた体で階段を上るのはつらかったけど、それでもなんとか船長室に向かった。

 するとそこには、汚れた布と水の入った桶を抱えたマルロがいた。とっさに体が強張る。マルロの目が、あたしを責めるように向けられると思ったんだ。

 でも、マルロは平然とあたしを見ただけだった。あたしの方が堪えられなくて口を開いた。


「あの……」


 ディオンはって、そこまで言葉が出なくて、途中で消えた。マルロは嘆息する。


「早く休めよ。ディオンならみんながついてるから」


 責めない。むしろ、労わるような声だった。

 それが逆に苦しくなって、あたしは涙をこぼしてた。そんなあたしにマルロが戸惑ってた。


「泣くな」

「ごめん……」


 素早く涙をぬぐって、あたしはマルロと入れ違いに船長室に入った。

 その先にいたのは、ファーガスさんとゼノンとエセルだ。

 ディオンは体を拭いてもらって着替えもさせられて身綺麗になってた。そうしてベッドに横たえられて、心なし楽そうに見える。……と思ったのは気のせいかも知れない。

 時々苦しそうに呻いてた。その声にあたしはいても立ってもいられなくなる。


「ミリザ、まだ休んでないのか」


 呆れたようにファーガスさんが言う。


「ディオンなら大丈夫だ。この程度のサソリ毒なら成人男性の致死量ではないよ。下手に患部を縛ったりしなければ毒は全身で緩和されるからね。しばらくすれば腫れも引いて目を覚ますだろう」


 よかった……。

 あたしは長く深くため息を漏らした。心配そうにゼノンが優しく声をかけてくれる。


「ディオンは人一倍体力はあるし、運も強い。今に平然と憎まれ口を叩くよ」

「うん、うん……」


 また、涙が零れそうだった。あたしはディオンのベッドの脇にへたり込むと、ディオンの手に触れた。

 その冷たさにぞくりとする。ファーガスさんは大丈夫だって言ってくれた。大丈夫、大丈夫……。

 でも、怖い。


「ミリザ、そろそろ――」


 エセルがそう言った。でも、あたしはかぶりを振る。


「あたし、ここにいる。ここで休むから」

「ちゃんと横になって休まないと」


 困惑したゼノンの声に、あたしは更に首を横に振る。


「ここがいいの。お願い」


 ギュッと、ディオンの冷たい手を握り締める。

 そんなあたしの様子に三人は渋々諦めたみたいだった。


「わかった。でも、無理はしないように」


 ファーガスさんがそうつぶやいた。あたしはこくりとうなずく。

 いつまでも心配そうにあたしを見ていた二人を外へ出るように促して、ファーガスさんも部屋の外へ出た。きっと近くにはいるんだと思うけど、引き離そうとするとあたしが躍起になるからあえてここにいることを許してくれたのかも。


 疲れてないわけじゃない。すごく頭が重くてグラグラする。

 なのに、ディオンの苦しげな顔からどうしても目が離せない。

 少しでも目を離したら、その隙にディオンがどうにかなるんじゃないかと思って怖くなる。目を覚まして、大丈夫だってディオンが言ってくれないと嫌だ。


 そのまま、ディオンの手を握ってどれくらいか経った。ディオンの呼吸は落ち着いて来てるけど、やっぱり眉間には深いしわが刻まれていて、表情も苦しげで……。

 あたしがハラハラとしていると、後の扉が開いた。そこにいたのは――。


「ヴェガス!!」

「Ήρθα」(ただいま)


 にこ、とヴェガスは疲労と汚れの残る顔で、それでも穏やかに笑ってくれた。テテテ、とあたしのそばまで歩み寄ったヴェガスを、あたしは思いきり抱き締めた。


「ヴェガス! 無事でよかった!!」

「Ω, θα ήθελα επίσης χαίρομαι ασφάλεια σας」(ああ、君も無事でよかったよ)


 みんなが聞いていると思うのか、ヴェガスはエピストレ語だった。苦笑すると、ヴェガスはディオンの苦しげな様子に目を向けた。


「Αυτό γίνεται για να δηλητήριο.Αλλά είναι εντάξει」(中毒症状だね。でも、大丈夫そうだ)

「うん……」


 ヴェガスも大丈夫って言ってくれた。あたしにその言葉がじんわりと染みて行く。

 そんな時、ヴェガスは懐から何かを取り出した。


「Μετά από αυτό, ο θησαυρός δεν ήταν μόνο τόσο πολύ」(あの後、宝と呼べるようなものはこれくらいしかなかったよ)


 と、革紐のついた簡素なネックレスをあたしの首にかけた。あたしが指でつまんでみると、それは木製の台座についた深紫色をした石だった。本当に、ただの石。キラリとも光らないし、細工も安っぽい。

 ……宝物は、思い出の品とかってオチなんだ。

 もう、どうだっていいけど。


「Παρακαλώ περάστε αυτό εάν συμβεί」(目が覚めたら彼に渡してほしい)

「うん」


 渡したら、海に捨てられて終わりそう。こんなもののために苦労したのかって。


「Μην πιέζετε τον εαυτό σας」(あまり根を詰めないようにね)


 ヴェガスは心配そうにあたしにそう言ってくれた。


「Σας ευχαριστώ,Βέγας」(ありがとう、ヴェガス)


 あたしがそうつぶやくと、ヴェガスは優しく微笑んで、そうして部屋を出て行った。

 寝室の中にあたしと苦しげに眠るディオンだけが取り残される。


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